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───翌日、めぐみんの部屋。
ベッドの上でめぐみんが笑っている。今の俺にはそれが嬉しくて。今までの苦労が報われたような気がした。
「カズマ、他にはどんな事があったのですか?」
めぐみんは俺の話を聞き入ってくれる。どんな話をすれば、めぐみんは喜んでくれるだろうか。少し考えた後、俺は昨日のバニルとの会話を思い出す。
「これから聞くことは、めぐみんもきっと驚くぞ……」
めぐみんは眼に期待を潤ませる。昨日までとは大違いだ。目に光が宿っている。
俺は緊張を隠しながら、めぐみんに嘘をついた。
『実は俺達は結婚したんだ』
これが嘘でなければ良かったのに。
+
昨日バニルから買ったスクロールの効果は本物だった。勘の鋭いめぐみんですら、俺の嘘を疑うこともなく信じてしまった。
幸い今日は、ダクネスもアクアも屋敷にいない。この屋敷に居るのは俺とめぐみんだけだ。めぐみんに嘘をついても、それを咎める人は誰もいなかった。
「……結婚ですか? 私とカズマが……?」
先程起きたばかりのめぐみんは、ベッドの上で一瞬困惑した表情を見せる。結婚、という言葉の意味をすぐに飲み込めないのか、固まったままだった。そしてゆっくりと手で顔を隠すと、
「ううっ…………」
すすり泣きのような声を出した。もしかして俺の嘘がバレてしまったのかと心配するが。
「ち、違うのです。う、嬉しくて……!」
めぐみんは安心したように笑っていた。嬉し泣きだったようだ。俺はほっと息をつく。
「私に記憶障害があると言われた時は、本当に怖かったのですよ? でも、カズマの話を聞いていたら、私は一人じゃないのだと思えてきて……」
ベッドに座るめぐみんの手が、傍に居た俺の手に重ねられる。血流が悪いのか、その手はひんやりとしていた。
「夢みたいです。私とカズマが結婚するなんて……」
めぐみんは顔を綻ばせる。それにつられて俺も自然と顔が緩んでいた。
バニルからスクロールを買って良かった。例え数億エリスを払ったとしても、めぐみんの為なら俺は後悔しなかっただろう。
「その……求婚はカズマからしてくれたのですか?」
「えっと……どうだったかな……」
俺は言葉を濁してしまった。
「ふふっ、普段は小心者のカズマでも、いざと言う時は勇気を出してくれますからね。カズマがしてくれたのでしょう」
色白なめぐみんの顔が朗らかになる。めぐみんの笑顔を見るのは、久しぶりな気がした。
「ちなみに、プロポーズの言葉は何でしたか?」
「……それは、面と向かって言うのは恥ずかしいから、また今度な」
「良いじゃないですか。どこで告白してくれたのかや婚約指輪をどうしたのかも知りたいです。結婚式は挙げたのですか?」
めぐみんは根掘り葉掘り、結婚の事を聞く。婚約指輪も用意してないし、上手くめぐみんを騙せるか心配になってきた。どうにか話題を逸らさないといけないが……。
「……と、とりあえずご飯にしないか? 寝る前に食べておかないと、困るだろう」
「いえ、先に話してください。私にとって、大事なことなのです。だって……」
めぐみんは笑顔のまま目を少し伏せて言う。
「今日の内に聞いておかないと、明日になったら、私は全部忘れているのでしょう?」
「…………そうだな」
めぐみんが笑ってくれていても、心の奥底にある不安を取り除けた訳ではない。何十回もめぐみんの涙を見てきたのに、分かっていなかった。
「めぐみん、今でも寝るのが怖いか?」
「……少しだけ怖いかもです」
少しだけと言うが、めぐみんの手は僅かに震えていた。俺はめぐみんの手を握り、その恐怖を
「めぐみん、実はもう一つ言っておかないといけない事がある」
俺はめぐみんの不安を少しでも和らげる言葉を与えないといけない。その為に、俺はバニルからスクロールを買ったのだから。
『めぐみんの病気は、明日には治る』
俺はまた嘘をついた。
+
それから少しして俺とめぐみんは屋敷の居間で食事をとる。食事中は、俺達の結婚式の話やプロポーズの時の話が続いた。全て俺がでっち上げた作り話だが、めぐみんは、信じてしまった。
まるで、本当にめぐみんと結婚したかのようだった。魔王討伐の日から止まったままの時間が、ようやく動き出した。
俺はめぐみんと結婚式も挙げたし、新婚旅行にも行ったし、親への結婚の挨拶も済ませた事になっているのだ。少なくとも、めぐみんはそう信じている。誰もこの虚構の幸せを壊す人はいなかった。
それから食事が終わり、めぐみんと他愛もない話をしていると……、
「少し眠くなってきましたね……。まだ起きてからそんなに時間は経ってないはずですが」
めぐみんはまぶたをこすり、小さなあくびをする。時計を見れば、もうめぐみんが目覚めてから三時間が経とうとしていた。今日のめぐみんとのお別れの時間だ。
「そろそろベッドに行くか。自分の部屋まで行けるかめぐみん?」
「ええ、そんなに気にかけて貰わなくても大丈夫ですよ。このくらい、簡単です」
めぐみんは立ち上がり、自分の部屋に向かおうとする。だが、何かに気づいたように、はたと足を止めて、
「…………カズマ、やっぱり一人では行けないかもしれません」
リビングから出るドアの前で足を止める。振り返ってよろよろと俺の方へ戻ってくると、
「せっかくカズマと結婚した事ですし、カズマが部屋まで運んでください。お姫様抱っこで運んでくれたら、私が喜ぶかもしれませんよ」
上目遣いで甘えてきた。一瞬だけめぐみんの体調を心配したが、杞憂だったようだ。
「しょうがねえなぁ。ちゃんと掴まっておくんだぞ。……ふんっ!」
めぐみんの足をひょいと持ち上げて、腕に乗せる。そのまま部屋まで運ぼうとしたが、めぐみんが重い。腕に力を込めるが、危うく転びそうになった。
「……あの、カズマ。もう少し高く持ち上げられないのですか?」
「これでもっ、頑張って持ち上げてるっ……!」
リビングから出てめぐみんの部屋へと向かう。めぐみんは落ちないように、俺の首元にしっかり抱きついていた。
「まさか……、私が重い訳じゃないですよね? 違いますよね?」
「そりゃ毎日っ、食べては寝てを繰り返してるからなっ……! 少しくらい太ってもっ、おかしくないたたたたた! いひゃいいひゃい!」
「どの口がそんなことを言うのですか!? この口ですか! いたいけな少女に太ったなんて、禁句ですよ!」
めぐみんに頬を引っ張られながら、どうにか部屋まで着く。腕から感じる彼女の太ももが、思いの外ムチッとしていた事は黙っておこう。
「ほら、着いたっ。早く降りてくれないと、腕が悲鳴をあげちゃうぞ」
「ちゃんとベッドの上まで運んでください。そこまでしてくれたら、今日は許してあげます」
仕方ないので、俺は片手でドアを開けてめぐみんの部屋へ入る。まだ昼過ぎなので、部屋には、窓から暖かい日差しが入っていた。
めぐみんをベッドの上にそっと降ろす。俺はベッドの隣の椅子に座り、めぐみんの手を握った。
「カズマに怒っていたら、余計に眠くなってきましたね……」
めぐみんは目を閉じる。彼女の体から力が抜けていく。今にも眠りにつきそうだ。
「……めぐみん」
「……どうかしましたか?」
いつものめぐみんなら、寝るのを怖がっていただろう。だが、今日は随分と穏やかな表情をしていた。
「もう少し、起きていてくれないか?」
「……いいですよ」
めぐみんは、まぶたを薄らと開ける。俺の為に無理に起きてくれているのが、なんだか申し訳なかった。
「何か不安な事でもあるのですか?」
「……いや、別にいいんだ。大した事じゃない」
俺が強がると、ベッドの上のめぐみんはゴロンと転がってこちらに体を向ける。俺の手を強く握り返した。
「今日話してください。私が寝てしまう前に早く」
めぐみんは強い声で言った。俺の隠した気持ちを敏感に察知したようだった。
「……今日一日、どうだった?」
「どういう意味ですか?」
「だから……その、楽しかったか?」
俺の曖昧な質問に、めぐみんは訝しげな眼差しを向ける。
「まぁ、楽しかったですよ」
「泣きたいと思わなかったか?」
今までのめぐみんなら、寝る前は泣きながら寝たくないと懇願していた。だから、今日のめぐみんが穏やかなのが、少し不思議だったのだ。俺がめぐみんに嘘をついているように、めぐみんも俺に本心を隠しているのではと、気になってしまった。
「……泣いてもいいなら、泣きますよ。今だって、本当は寝るのが怖いんですから。カズマの手を握ってないと、どうかしてしまいそうです」
めぐみんは両手で俺の手を包み込む。その手を愛おしそうに頬へと寄せた。めぐみんの頬の柔らかな感触が伝わる。
「でも、いい事もありましたよ。カズマと結婚した事もその一つです。それだけで私は生きていけます」
「……そうか」
「それに、私の病気は明日には治るのでしょう? あと少しの辛抱ですから、今日だけなら頑張れます」
めぐみんの幸せは、全て虚構の上に成り立っている。俺がやるべき事は、その虚構を崩さないようにすることだけだ。
「……その言葉が聞けて良かった」
めぐみんの頬を優しく撫でると、彼女は嬉しそうに目を閉じた。しばらくして、規則正しい寝息が聞こえてくる。もう眠りについたようだ。
「おやすみめぐみん」
結局、俺はめぐみんに本当の幸せを与えることはできなかった。
頑張って描きます。