嘘つき   作:てね

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約5000字あります


告白

 

 

 

時計の音が時間を刻んでいる。もうすぐめぐみんが目を覚ますだろう。彼女の部屋には、俺とアクアとダクネスしかいない。

 

きっと今日がめぐみんと話せる最後の機会だ。俺には、そんな気がしていた。多分めぐみんは今日、永遠の眠りについてしまう。

 

 

「カズマさん、めぐみんの前では泣いちゃダメよ」

 

 

じわじわと俺の目が曇っていくのを、アクアは見ていたらしい。俺は口を一文字に結んで頷く。

 

 

「そうだな、めぐみんの前ではせめて笑っていよう。その方がめぐみんも安心するだろう」

 

 

ダクネスの手が俺の背中を優しく撫でる。俺は目から雫を拭って、上を向いた。

 

 

「んんー……ふぁぁ……」

 

 

めぐみんがもぞもぞとベッドの上で動く。ベッドの横の床に座っていた俺達は、めぐみんの顔を覗き込んだ。

 

 

「おはようめぐみん」

 

「……はい、おはようございます……?」

 

 

めぐみんはキョロキョロと辺りを見回す。彼女の記憶では、さっきまで魔王城に居たのだ。急に屋敷の自分の部屋にいて驚いているのだろう。

 

 

「えっと……私が寝ている間に、何かあったのですか?」

 

 

めぐみんは俺達の顔を窺いながら、聞いてくる。

 

 

「色々あったな……。それについてはすぐに話すけど、その前に……、めぐみん。何かやり残したことはないか?」

 

 

めぐみんが起きていられる時間は、約三十分だ。彼女が眠りにつく前に、めぐみんの願いを叶えてやりたい。

 

 

「急ですね……。やり残したなんて言い方だと、まるで私に残された時間が短いみたいではないですか」

 

「…………」

 

 

鋭いめぐみんの言葉に俺達は黙る。俺達の表情を見て、めぐみんは何かを悟ったように目を見張った。本当に自分に残された時間は短いのではないかと、疑うような目を向ける。

 

 

「そうですか……。やりたい事……」

 

 

めぐみんは人差し指を頬に当て、考える素振りを見せる。そして、何かを閃いたように口を小さく開けると、

 

 

「爆裂魔法が撃ちたいです」

 

 

迷いなく言い切った。

 

 

「何があったかは知りませんが、こういう時は爆裂魔法を撃って落ち着きましょう。ええ、それが一番です」

 

 

昔、よく爆裂魔法を撃ちに行っていた場所までは歩いても一時間はかかる。めぐみんが起きていられる時間は、三十分しかないから、今から行っても間に合わないだろう。俺の代わりにダクネスが答える。

 

 

「すまない、めぐみん。今日は恐らく爆裂魔法を撃ちに行ける程の時間がない。他にやりたい事はないだろうか?」

 

「爆裂魔法以外ですか? そうですね……」

 

 

めぐみんは考え込む。だが、すぐに答えは出ないようで、暫く沈黙が続いた。

 

(ねぇねぇカズマさん。わざわざ外まで行かなくても、ここで爆裂魔法を撃てばいいじゃない。空に向かって一発くらい撃っても、めぐみんが刑務所に連行されれば済む話よ)

 

アクアが俺に耳打ちする。この女神は、めぐみんの最期を檻の中で過ごさせる気なのだろうか。アクアの意見を無視しようと思ったが。

 

 

「……そうだな、もう最後だしな」

 

 

ここで爆裂魔法を撃ったら、すぐにめぐみんを捕まえに人が来るだろう。街中で爆裂魔法を撃つ人なんて、一人しかいないのだ。

 

俺は考え込むめぐみんをちらりと見て、立ち上がる。めぐみんが爆裂魔法を撃つ時に使っていた杖は、部屋の隅にあった。俺はそれを手に取る。

 

 

「ダクネス、屋敷の中に人が入ってこないように、肉壁になれないか?」

 

「に、肉壁……? ま、待てカズマ。なぜ杖をめぐみんに渡そうとしている? ここで爆裂魔法を撃つ気じゃないだろうな!?」

 

 

ダクネスは慌てふためいているが、病弱なめぐみんの手前、無理に止められないようだ。

 

 

「か、カズマ……? いいのですか?」

 

 

めぐみんは不安そうに尋ねる。だが、それ以上に爆裂魔法を撃ちたいのか、目の奥が輝いていた。

 

 

「ああ、久々にめぐみんの爆裂魔法が見たいんだ」

 

 

めぐみんは杖を握りしめて、詠唱の準備を始める。起きたばかりなのに、もう目は覚めてるようだ。

 

 

「さすがカズマさんね! そうと決まったら、ちゃっちゃと撃ちましょう!」

 

「よし。めぐみんが爆裂魔法を撃ったら、アクアはめぐみんの代わりに刑務所に入ってくれ」

 

「ええ、もちろんよ! …………今、刑務所って言葉が聞こえたのだけれど、私の聞き間違いよね? 聞き間違いなのよね?」

 

 

アクアの言葉は、めぐみんの詠唱にかき消される。俺は窓を開けて、めぐみんが爆裂魔法を庭に撃てるようにした。あとは、彼女が撃つだけだ。

 

 

「ま、待てめぐみ───」

 

 

ダクネスが止めるより先に、めぐみんは爆裂魔法の詠唱を終える。

 

 

「エクスプロージョンッッ!!」

 

 

空中の一点に閃光が輝く。一泊置いて轟音と爆風が届いた。周囲の木々がなびき、窓が激しく揺れる。火の粉が辺りを舞い、熱がこちらまで伝わってきた。

 

 

「さ、最高です……! この屋敷の庭に爆裂魔法を撃ち込みたいと、前々から思っていたのです!」

 

 

爆裂が終わってから暫くして、めぐみん以外の俺達はそっと窓から外の様子を見る。爆裂魔法によって、地面には小規模のクレーターができていた。

 

 

「ああ……、ど、どうするのだカズマ!? こんな事をしたら、警察がすぐにやって来るぞ!」

 

「こ、これはめぐみんがやった事よね!? 私は知らないわよ! す、すぐに逃げないと……!」

 

 

アクアが足をもたつかせながら、部屋から出ていく。警察が屋敷に来る前に、逃げるつもりなのだろう。

 

 

「ふうっ……最高でぇす……」

 

 

めぐみんは自分が撃った爆裂魔法を目に収めた後、バタンとベッドに倒れる。そのまま寝てしまうのでは、という考えが一瞬頭をよぎる。

 

めぐみんが撃った爆裂魔法を見れるのも、これで最後かもしれない。彼女と話せるのも、今日で終わりかもしれない。感情が溢れてきそうになる。

 

(カズマ、大丈夫か?)

 

ダクネスが耳打ちする。気遣っているのか、俺の背中をさすってくれた。せめてめぐみんが起きてる間は、泣かないようにしたい。

 

 

「……まだめぐみんとの約束が残ってる」

 

 

めぐみんが眠りにつく前に、彼女との約束を果たさないといけない。俺の言葉だけ聞くとダクネスは、そっと背中から手を離した。

 

 

「……そうか。めぐみんは愛されているのだな」

 

「?」

 

 

めぐみんは、キョトンとした顔でこちらを見てる。俺達が何の話をしているのか、分からないのだろう。ダクネスは俺達の方を見ながら、ゆっくりとドアの方へ向かう。

 

 

「後悔のないようにな」

 

 

ダクネスは、めぐみんを名残惜しそうに見つめた後、それだけ言い残して、部屋から出ていった。部屋にいるのは俺とめぐみんの二人だけだ。

 

 

「めぐみんが寝てる間に何があったのか、説明したいんだ。聞いてくれるか?」

 

 

めぐみんはこくりと頷く。俺達は殆どの時間を今のように二人だけで過ごしてきた。またあの時の生活に戻ったように思えた。

 

 

 

 

 

 

めぐみんは前向性健忘症だ。寝たらその日の記憶がリセットされる。記憶を明日に持ち越せない。実は、めぐみんが寝てる間に、もう半年もの月日が流れてるんだ。

 

 

「……半年ですか」

 

 

その殆どを俺達は一緒に過ごしてきた。あの時のめぐみんは毎日不安そうで、寝ることに怯えてて、俺がどんな言葉をかけても、心の奥底にある恐怖は取り除けなくて。だから、もうめぐみんは本当のことを知らなくていいと思ったんだ。

 

 

「……はい」

 

 

めぐみんが現状を知る術は俺の言葉しかないから。俺が頑張れば、めぐみんを幸せにできると思ってたんだ。でも、めぐみんはいつも何も覚えてなくて、俺が何をやっても結局無駄で。

 

 

「…………」

 

 

むしろ俺の嘘は、めぐみんの病気を悪化させてたんだ。嘘のせいで余計に脳に負荷がかかって、めぐみんの余命が縮むことになった。今日がめぐみんにとって最後の日になるかもしれないんだ。だから、ずっとその事を謝りたかった。

 

 

「…………」

 

 

俺は嘘つきだけど、今話してることは本当だ。だから、だから……。

 

 

「…………」

 

 

ごめん、めぐみんの前では泣かないって決めてたのに。

 

 

「…………私は、嬉しいですよ」

 

 

…………

 

 

「カズマが私の為に嘘をついてくれて、嬉しかったと思いますよ」

 

 

…………ごめん

 

 

「私に爆裂魔法を撃たせてくれたのも、嬉しいです。私の為に泣いてくれたのも嬉しいです」

 

 

…………

 

 

「私、とっても幸せですよ。もう何も思い残すことがないくらいに……」

 

 

…………

 

 

「……あっ。でも一つだけカズマとの約束が残っていました」

 

 

……約束

 

 

「はい、アクアを連れ戻したら、その日の夜に二人で()()()をしましょうと、約束しました。覚えていますか?」

 

 

…………ああ、覚えてる

 

 

 

 

 

 

「めぐみん」

 

 

彼女は足を床に下ろして、ベッドの上に座る。俺はめぐみんと向かい合うように立った後、彼女の為に用意していた小さな箱をポケットから取り出した。

 

高級感のある青い箱。めぐみんはそれを見て、あっ、と小さな声を漏らした。この箱の中に何が入ってるかを察したようだ。

 

俺はめぐみんの前に片膝を着く。青い箱を開けて、めぐみんに中に入っている指輪を見せた。彼女の為に買った婚約指輪だ。

 

 

「……えっと、その……」

 

 

温かい太陽の日差しが指輪を照らす。澄んだ銀色の指輪がキラキラと輝いて見えた。

 

 

「この半年間、ずっとめぐみんに伝えたいことがあって……」

 

 

めぐみんがまっすぐ俺の目を見ている。俺の鼓動もそれに応じて速くなる。伝えたい言葉が次々と浮かんでくる。

 

 

「俺は、め、めぐみんの事が……」

 

 

もうめぐみんに残された時間は短い。もっと早く想いを伝えられていたらと後悔しそうになり、嗚咽が漏れ始める。

 

 

「本当に、好きでっ……、なんでっ、こんなに言うのが遅いのかって、思うのかもしれないけどっ」

 

 

最後までプロポーズを言い切る前に、言葉が途切れ途切れになる。それでも、めぐみんは手を差し伸べることはしない。俺が何を伝えようとしているのかを、まっすぐ見ている。

 

 

「本当に愛してるっ……。だからっ、めぐみんの正直な気持ちを教えて欲しいっ」

 

「……はい」

 

 

最後にめぐみんにハッキリと伝えなければならない。

 

 

「俺と結婚してほしい」

 

 

嗚咽混じりの声だったが、その言葉だけはハッキリと言えた。俺は手で顔を覆うことなく、めぐみんの目をまっすぐ見る。それ以外のものは何も見ていなかった。

 

 

「……嬉しいです」

 

 

一言だけ、めぐみんは呟いた。暫く、俺達は見つめ合う。

 

 

「私もカズマのこと、大好きですよ。たまらなく愛しています」

 

 

めぐみんは目を細めて笑っている。彼女の愛の言葉を聞いて、俺は手が震える。

 

 

「指輪。嵌めてもらえませんか?」

 

 

めぐみんは、左手を俺の前に差し出した。俺はすぐに箱から指輪を取り出す。親指と人差し指で指輪を掴んだ。

 

 

「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。私はまだ眠るつもりはありませんから」

 

「…………ああ」

 

 

俺は、めぐみんの色白な手を支え、薬指に婚約指輪を嵌める。めぐみんは、手を近くに持ってきて指輪をじっと見た。

 

 

「……これ、ただの指輪じゃないですね。なにか魔力を感じます」

 

「……その指輪を長い間付けると、爆裂魔法の威力を強化できるんだ。もう意味がないかもしれないけど……」

 

「爆裂魔法の威力を強化、ですか……」

 

 

めぐみんはさっき爆裂魔法を撃ってしまった。今日はもう爆裂魔法を撃てないだろう。

 

 

()()、爆裂魔法を撃うのが楽しみですね」

 

「…………」

 

 

めぐみんは、自分に明日が訪れないことをわかっているはずなのに。彼女は笑顔のまま明日の話をする。

 

 

「カズマ」

 

 

めぐみんは俺の右手に手を重ねる。

 

 

「今日は、私に嘘をつかなくていいんですか?」

 

 

めぐみんが俺の手を力強く握る。もうめぐみんが眠ろうとしているのだと、俺はすぐに悟った。

 

 

「嫌だ……めぐみん……」

 

 

もうめぐみんと話せなくなる。そのことを意識して、俺は目を伏せてしまう。

 

 

「そんなに泣かないでください。私はカズマの笑顔が見たいのです」

 

 

せめてめぐみんの前では、最後まで笑っていたい。それでも、俺は上手く笑えなかった。

 

 

『大丈夫ですよ。私が寝たらちゃんと寝たって言いますから……』

 

 

めぐみんが俺のために嘘をついてくれる。俺も震える唇をどうにか動かして、めぐみんに嘘をついた。

 

 

『また明日……話せるから……安心して眠ってくれ』

 

 

俺の手を握るめぐみんの手から、力が抜けていく。

 

 

「はい……おやすみなさい……」

 

 

めぐみんは座ったまま目をそっと閉じる。そのまま倒れそうになった彼女を、俺はベッドにそっと寝かせた。

 

 

「ううっ……おや、おやすみ、ひぐっ……めぐみん……」

 

 

めぐみんからは返事がなかった。俺は隣でただ彼女の手を握りしめていた。

 

 

 






あと一話で完結です。
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