演習、基本的に行われるのは集団演習と対個人演習の二つだ。
集団演習では教本に従い集団で動く際の規律や迅速さを磨き、
対個人演習では強大な個に対する集団戦闘を磨く。
現在はイオリと、
「A隊、側面に敵!全員射撃用意!放てッ!」
少し大人びた眼鏡の少女、チナツによって統制された集団の演習をエミヤとヒナは建物内から見ていた。
「それで、どうかしら貴方から見て私達の練度の程は」
先ずは見て、その次に参加という流れを提案したヒナは現状で気付くことがあるのかを確認した。
一見すればA~Fの全ての隊は非常に統制も取れていて、動きも迅速、問題点は見当たらない様に見える。
しかし、それは素人の意見、というよりも教本に則った意見だ。
「練度自体は悪くない、武器を構える速度、
だが、
「個々の即応能力は鍛えていないのか?先程から指示があるまでリロードすらしていない者が多数だぞ」
集団で良くても、指示を受けて動けても、自分の考えで動けていないのだ。
「痛い所ね……それに関しては、私やアコ、イオリやチナツ自身も問題視している点なの、このゲヘナ学園において統制が執れている事がまず奇跡に等しいのだけれど、それ以上を望むのが難しくてね」
「つまり、統制が執れた状態で個々の判断により場合に応じて最適な行動を……望むべくはそんな所か」
それをするには指揮官の素質が問われる。
そして教導官の素質もだ。
前回遭遇した際もそうだが、イオリはイレギュラーな事に対しての対応が遅い、それは求められている個々の判断能力が欠如している証拠だ。これに関しては経験という部分もあるが、経験して無いから対応が出来なかったでは風紀を守る者として落第だ。
「さて、それでは少し突いてくるとしようか」
「あら、もう少し待ってくれれば行政官のアコが来るけれど、挨拶は良いの?」
「む、確かオペレーターを務めているといったか?ならば丁度良い」
建物の屋上へと向かうエミヤに僅かな笑みを浮かべて見送る。
乱入という選択肢で屋上に向かうなど、それだけで並の人間では無い事が分かる。
「せいぜい私に対処してみせたまえ」
エミヤが扉を開けて屋上に出る位のタイミングで、階段を駆け上がってくる音が聞こえて来た。
「すいませんヒナ委員長!渡された書類の処理がようやく終わって……!」
息を切らしながらやって来たアコにお疲れ様と声を掛け、あえて何も言わずに窓へと視線を向ける。
「見せて貰おうかしら、最強と自負する人間を」
「全隊整列!」
屋上の柵に立ち、運動場で演習を行うイオリ達を見るエミヤ。
その表情はまるで悪戯好きの子どもの様で、それでいて優しさを孕んでいた。
「さて、使うのは……コレでいいか」
その手に持っているのは巻き尺、屋上に上がってくる途中に放置されていた物だ。
伸ばせば長さは五メートル、少々短いがハンデとしては丁度良かった。
まるで空でも歩き出すかのように身を躍らせて、空中からイオリとチナツへ声を掛ける。
「さぁ!一度目の演習だ!私を制圧してみせろ!」
二人がエミヤへ視線を向ける頃には既に着地済み、もうもうと立ち上る砂煙の向こうを睨み付ける。
エミヤはあえて動かず。
いや正確には足を動かして砂煙を立て、見えない敵にどう対応するのかを待った。
「A・B・C隊は対象の前方から射撃、標的に動きを許すな!チナツ!」
「はい!D隊は右側面、E隊は左側面、F隊は扇状に広がり後方にて敵の出方を伺え!」
二人とも声を張り上げて指示を出す。
「馬鹿者!敵が近くに居るというのに包囲で声を張り上げる奴があるか!ハンドサインがあるだろ!」
怒声と共に巻尺の爪に指を引っ掛けて、本体を投擲。
砂煙を突き抜けて向かってくる小さな物体にイオリは警戒するが、自分の斜め後ろでピタリと止まったソレを見て目を剝いた。
「巻尺……?」
「飛翔物が判明したならば予測できる敵の所在地への発砲を命じんか!」
強化の施された巻尺は途中でへたる事は無かったが、ここで強化を解除。
体を回転する勢いで巻尺を横に薙ぎ、イオリの体に巻尺が巻き付く。
「敵の武器が分かったのなら考え得る攻撃方法から身を守れ!」
再度発動された強化の魔術、巻尺で拘束されたイオリは振り解こうとするが解けない。
「か、各員散開!対象を中心に円をつくうわああああぁ!?」
そして命令を出すイオリを釣りの様に引っ張り、イオリは人質としてエミヤの胸中に収まった。
隊員達が動き出す中で、エミヤはイオリの口元を抑えた。
砂煙は晴れ始め、隊員達はイオリが拘束されたことを目視で確認。
これで指揮系統はチナツが担当する事になる。またはオペレーターをしているというアコ行政官だ。
「ふぁ、く、くひに、ゆびを」
抑える時に口元を覆うのではなく指を突っ込む形になってしまったのは申し訳ない。
本来であればここで「動いたら顎の骨ごと抉る」くらいを耳元で囁くのだが、流石にそこまでするのは気が引けた。
『各隊、イオリの指示の通りに円を作成、逃げ場を封じた後に一斉にプレスを掛けて彼を拘束しなさい、私は上から見ている分チナツよりも指示が出しやすいから今は任せてくれますね?』
風紀委員の各隊員が装備するインカム越しにアコ行政官からの指示が飛ぶ。
ソレを受けて、隊員達が己の耳元に指を置き、一瞬アコの居る建物上層へと目を向けて頷き返す。
キュインッ!
『ひゃぁっ!?』
建物の窓に張り付くようにして演習場を俯瞰していたアコのすぐ前、もしもガラスが無ければアコは頭部に銃弾を喰らっていただろう。
何故撃たれたのかは分かる。
分かりやすく隊員達が何処に居るのかを目線で教えていたのだから。
「わらひのじゅう……んにゃ!?や、やめろ、指をうごかひゅな」
使用されたのはイオリが持っていたKar98K、カスタムした結果の固有名クラックショットだ。
ちなみにエミヤは断じて口に入れた指を動かしてはいない、イオリが勝手に身じろぎしてエミヤの指の位置が変わっただけだ。
「指揮官から指示があったと分かりやすく一瞬の動作停止、そして指揮官の位置を目で追うとは……」
正直、エミヤはここらで一度きりあげた方が良いかとすら思った。
「めんほくにゃうひゃぁあぁ!?」
クラックショットをイオリの背中に差し込み、投影したロープでイオリを縛り口元から指を抜く。
「お、おい!スカートの中にまで入ってるから!抜け!抜けー!」
イオリには申し訳ないが演習中であることを理解しているのだろうか?
耳元に指を走らせ、インカムを取り上げて自身の耳に装着する。
「ひゃぁああ!?な、なんで耳を触った!?え、演習中なんだぞ!?」
演習中だぞはこちらの台詞である。
一応、綺麗に円を作りエミヤを包囲してはいるものの、次いで指示が無い為にエミヤに対して誰も何もアクションを起こさない。
「せめて注意喚起や拘束の為の武装を持った部隊が口火を切るといった事を期待したのだが」
待つこと三秒、一応待機してみたが何も起きない。
『ぜ、全隊!対象へ向けて攻撃!』
焦ったように発せられる命令に隊員達もまばらに攻撃を始める。
即応性においてあまりにも未熟と言わざるを得ない。
「イオリが捕まっているのは忘れているのか?」
「痛っ!痛い痛い!え!?あ!インカムが取られてる!?痛いって!」
容赦なく撃って来た隊員達の攻撃をイオリを盾にすることで防ぎ、上空に向けて巻尺を投げて再び伸ばして強化。
「まぁ指揮官が一人いなくなっても攻めの姿勢を変えないのは……指揮系統がしっかりしているのか、それとも混乱しているだけか」
「冷静に状況分析していないで痛いからぁ!」
対象へ向けての攻撃を指示して、そこからの指示は無しか。
実際、普通の犯罪者やキヴォトスの者であればこれだけの一斉射撃は耐えられ無いとは思うが、先程のヒナ委員長や便利屋の面々であればこの射撃には耐えられてしまう。
ハルカと護身術の訓練をやっている際に、ハルカの銃弾からは神秘を感じたが、今撃たれている弾丸からは神秘をまるで感じない、神秘の乗っている弾丸との威力の差は歴然だ。
もしかしてだが、便利屋の面々はかなり強い部類に入るのだろうか?
唯一チナツの放ってくる弾丸には神秘が乗っているが、一体どこに違いがあるのだろうか?
考えながら、上に伸ばした巻尺を隊員同士の間に振り下ろし、体を回転させて円を作っていた隊員達を文字通り薙ぎ倒す。
『あっ、くっ、な、何してるんですか!固まっていたらそうなるに決まっているでしょう!』
円を作る指示をそのまま推し進めたのは君だろうと思いながら、その後のプレス攻撃に繋げる流れは何処に行ったのかと思わず溜息を吐く。
後詰めとして控えていた部隊に対して一息に近付き、強化を解除した巻尺でまとめて巻き取り、ぐるぐる巻きにした所で再び強化、何人か巻尺攻撃を逃れた隊員にたいしては近づいていきデコピンを喰らわせる。
『くっ……ず、ズルいですよ!ヒナ委員長やトリニティの委員長と同じレベルの個人戦力じゃないですか!マコト議長からの要請書にはそんな表記どこにも無かったのに!』
成程、油断していたという訳か。
だとすれば、二度目の演習ではこうはいかないのだろうな。
納得の反面、エミヤは少しの怒りを抱えていた。
彼女達は決して弱い訳では無い、鍛錬を怠っている訳でも無い、指示を無視した訳でも無ければ、今回は確かにエミヤという個が強すぎただけの話だ。
だが、とインカムのスイッチを入れる。
「実戦で相手が命さえ奪う敵であれば、彼女達は死んでいるぞ――アコ行政官、君の指揮でな」
まぁ、そんな相手を取り締まる機会があるかは知らないが。
それでもエミヤにとって、指揮官として誰かに命令を飛ばすのであればと考えて言葉を続けた。
「君の仕事は行政官であり軍事における指揮は専門外なのかもしれない、しかしな、戦場において一度その責を負えば、君は指揮する相手の命という責も背負わなければならない」
厳しすぎるか……?とは思いながらも、ここで緩めるのは彼女の為にならないと腹を括る。
「例え知らない相手であっても指示を出すのが指揮官の役目、そして――その指揮官に判断材料を提供するのが現場で指揮をする者の役目だぞ、イオリ、チナツ」
無言で地面を見つめ、握り拳を作る彼女達だが……どうしてだ?
新参者にここまでやられて、何故その程度の悔しさで済んでいる?
この訓練はいつか命を賭ける場に出た時に役に立つものだから、真剣にやらなければいけない、自分の全霊を賭して新しきを学ぶ必要があるという姿勢をヒナ委員長からは感じた。
だが、イオリやチナツ、風紀委員の隊員からは全霊と賭す程の覚悟は見受けられなかった。真面目にはやっているし、怪我をすることも恐れていない、だが、何か余裕を感じるのだ。
学生の時分には少し過ぎた覚悟だとは思うが、このキヴォトスの治安や武器として用いられている銃を考えれば当然の事だろう。
あのマコトという少女のいう通り、『たるんでいる』と評されても仕方のない物だ。
だとすれば、何がここまで彼女達の即応性を失わせる?
いや、別の思考だ。
何が彼女達に緊急的な対応をしなくても良い要因として邪魔をしている。
そう例えば、何かあっても解決してくれる存在。
集団が頼ってしまう程の、絶対的な個の存在。
自分達が倒れても――と考えてしまう精神的な支柱の存在。
「あぁ」
合点がいった。
あのマコトという少女は、ここまでの事を考えてなのか?
だとすれば洋食屋で出会ったあの一瞬で、すさまじい慧眼だ。
ゲヘナ学園の校門から風紀委員の建物に歩いてくるまでの間にイロハから聞いた言葉が思い出される。
『マコト先輩はヒナ委員長の鼻っ柱を折りたいだけなんですよ』
だとすれば、理解していたのだろう。
私がこの風紀委員との一週間の演習で行うべき本当の課題が見えた。
そしてソレは、早くに行うに越したことは無いだろう。
「聞こえるか、ヒナ風紀委員長」
恐らくは彼女もソレを理解している。
だが、その為には誰の眼から見ても全力を出していると分かる必要がある。
『えぇ、次は私という訳ね』
ならば、叶えなくては。
立ち続ける事が出来る者などいない。
しかし、ソレが支え続けているのであれば、辞める事も中々出来ない。
誰かが座らせてあげなければ。
ふわりと降り立ったヒナ委員長はエミヤを見据え、大きく翼を展開した。
それと同時、彼女の内から神秘が迸り、周辺に紫色の風が吹き荒れる。
「
彼女も思い至っているらしい、果たして僅かに浮かべた笑みは何の意味を持つのか。
参ったな、
「頼まれよう」
負ける理由が見つからない。
良いお年を!
良いお年を!
少しアコちゃん達を弱く書いちゃってごめんねと言いながらの執筆でした。
多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?
-
いいよ
-
だめだよ
-
やってみろ
-
エロ書け