風紀委員長。
その肩書は絶対のシンボルとしてゲヘナ学園に轟いている。
『風紀委員が来る』という触れ込みは自動的に、
『風紀委員長が来る』という意味合いで受け取られる程に、風紀委員長の強さは絶対だ。
しかし、その絶対を恐怖として犯罪者達が認識しているのなら兎も角、仲間である風紀委員が彼女を絶対の存在として見ているのはよろしくない。
ヒナ風紀委員長。
その存在感はキヴォトスの中でも有数の物であり、知らぬ者が居ない程。
だが同時に、彼女が居るならばと考えてしまう者も多い。
ある少女は言う。
『ヒナが居ない風紀委員なんて怖くない』
ある少女は嗤う。
『なんだヒナが居ないなら逃げ切れる』
ある少女は誇る。
『ヒナ委員長から逃げ切れるとお思いですか?』
一体どれだけの信と責を彼女は負い続けるというのだろうか?
それが例え、彼女の選んだ道だとしても、その道に甘んじていて良いのだろうか?
今日、風紀委員の在り方が問われる。
運動場、もとい演習場は周囲を建物で囲まれ、遮蔽として利用できる物は存在しない。
演習目的に合わせて配置する事はあるが、本日は遮蔽は皆無。
エミヤは久方ぶりに己の元からの戦闘服に身を包んでいた。
対するはヒナ、風紀委員長として君臨する絶対強者。
見守る風紀委員達の眼に心配の色は無い、これまで通りの期待の眼でヒナを見守る。
「最初から全力で良いのかしら?」
「――分かっているのだろう?そうでなければ」
「えぇ、意味は無いわね」
互いの距離は十メートル、既にエミヤの手に巻尺は握られておらず。その手には夫婦剣が握られている。
「君達も参戦出来ると考えたら戦いに加わると良い、コレは――私と風紀委員全隊での演習だ」
そう言いながら見守るチナツ達へ向き直ったエミヤの耳に、連続した射撃音が届く。
横目に確認、ヒナの持つMG42、カスタム名称『終幕:デストロイヤー』から放たれた弾丸が迫る。
集弾性能がそれほど高い銃では無い筈だが、纏わせた神秘のお陰かどの弾もエミヤの体に着弾する様に放たれていた。
だが、
連続した金属音が響き渡り、エミヤは表情も変えずに佇んでいた。
「避けると思ったのに」
「腕が痺れるな、避ければ良かったとは思っているよ」
実は一撃目を弾いた際に握りを強くしたのだが、あまりの速度に誰も眼では追えていない。
「それなら」
腰から生えた羽根の片方を地面へと突き刺し、同時に再びの発砲。
狙いを読みながらも『魅せる』目的から動かずに弾丸を迎撃、備える意味で脚を肩幅に開く。
「これは?」
突き刺した羽根で自分を引っ張り、射撃を継続しながら前方、エミヤの下へ。
接触の直前で羽根をブレーキ代わりにして回し蹴りを放つも、身体を逸らす事で避けられるが、更に突き刺した羽根をピンと張る事で直上へ、直上から射撃を行うが――
「威力も速度も申し分ない、だが」
敢えて、エミヤは弾丸を弾き、その弾く方向までコントロールした。
「うぐっ!?」
その弾丸は観戦していた風紀委員の肩に直撃し、制服を破き流血を引き起こした。
「――ッ!」
落下しながら踵落としをエミヤの脳天目掛けて喰らわせるも避けられ、
「本当はもっと出せるだろう?何を遠慮する」
避ける最中、耳元で囁かれた言葉に歯を強く軋ませた。
答えは知っている癖にと思いながらも、ヒナはソレを口には出さない。
エミヤも答えは持っていながらも、ソレは口に出さない。
二人は信じていた。
気付き、気付いた上で彼女達ならば――と。
だからこそ、厳しくあらねばならなかった。
「――皆、もっと離れて」
苦しそうに伝えた言葉、それは危険だからと捉えられたのか、それとも別の意味で捉えられたのか。
そそくさと後退する風紀委員達の中、イオリだけは動こうとしなかった。
「イオリ」
ヒナに名前を呼ばれても、真っすぐにヒナを見つめている。
その様子にエミヤは思わずイオリに微笑みかけた。
「強いな」
「そうでしょ?」
二人が戦いを再開する一方で、アコはイオリの腕を掴み呼びかけている。
「イオリ、どうしてそこに居たままなのですか!ヒナ委員長がもっと離れてと言っていたでしょう!?」
呼びかけるが、イオリは応える様子は無い。
ただ力強く握り拳を作り、血が滲まんばかりにレザーのグローブは皺を作っている。
先の戦闘で、エミヤの言葉を最も耳にしていたのはイオリだった。
だからこそ、エミヤの行動には意味があると感じていた。
この戦いも意味がある。
そう意識をして戦いを見始めて、その意識の中でヒナの言葉を聞いた時、イオリにはこう聞こえていた。
「『危ないから』――皆、もっと離れて」
ただの指示じゃない、身を案じての指示。
それに気が付いた時、イオリの中に悔しさが生まれた。
今は未だその悔しさの意味には気付けていない、だが、イオリはそこから動くわけにはいかないと感じた。
もっと深く二人の会話を聞きたいと思った。
もっとしっかりと二人の戦いを見たいと思った。
もっと――何かを、感じたかった。
「もう!勝手にしてください!」
イオリは逆に問い掛けたかった。
アコちゃんは何も感じないの?
どうしてエミヤさんが呼ばれたのか、考えないの?
だが、問い掛けるよりも今は――。
ヒナは驚愕と歓喜を同時に感じていた。
強い、その事は分かっていた。
だが想像を遥かに超える強さを前に、ヒナはこれまでで最も脳が働き次なる手を考える事に楽しくなっていた。
一手一手、銃撃や蹴り、時には銃床で殴りつける動作に対して『こうすればいい』という答えを提示してくれる。エミヤの持つ長身のリーチを活かさずに小刻みな動きで避けたり、刃で弾いたり、開いた掌で受ける角度を調整していなされたりと、力では無く技術で以て全てに回答が返ってくる。
凄い。
戦いという物を暴力では無く学問の様に、ヒナの投げかける問いに答えで返す。
そして何より、ヒナはむず痒い不思議な気持ちに侵されていた。
段々と、そう段々と、エミヤの動きがこちらが動作を行うよりも早く対処に移っているのだ。
それは紛れも無く予測、そして予測が立てられるという事は理解されつつあるという事。
受けを先手で構えられ、後手で攻撃するのだから当たる筈が無い。
こちらが出した最適解に対して既に答えを用意されていてはどうしようも無い。
「成程な」
「なにかしら?」
「君は努力の結晶だな」
至近距離、蹴りを受け止められ腰を抱かれ、投げると同時に囁かれた言葉に思わず頬が緩む。
こんなにも強い人が、こんなにも理解してくれて、その上で褒めてくれる。
ただ強さにだけ注目されて、今の頑張りや忙しさに対しての労いでは無く。
これまでを褒めてくれる。
何を分かった風な――なんて思うはずも無い。
彼がこの言葉に至るまでに見せた技術の数々、彼が私の攻撃を受ける際に見せた受けの種類、一体どれ程の格闘技や武器における修練を積み、どれ程の研鑽を積めばそれ程の領域に至れるのか。
普段は抑えている神秘が漏れ出る程に、ただの拳の一発が空気を痺れさせる程に、ヒナは満たされ、解放されていた。
まるで子が親に甘える様に、全てを出し切ってなお受け止められる嬉しさ。
初対面である事などいつの間にか忘れ、必殺の弾丸であろうとも弾かれる。
ならばと乱発してみれば回避と弾きで全て無効化。
肉弾戦を挑んでも格の違いを見せつけられるだけ。
その全てが研鑽の先にあるという嬉しさ。
歩いてきた道の途中、孤独では無いと、道の向こうで待ってくれる人がいるという嬉しさ。
求められるが故に果たす責務では無く。
求められて我儘に、求められて奔放に、求められて自由に!
気が付けばコートも脱げ、息も荒くなり、銃の弾も尽きていた。
それでもまだ――試したい事が山ほどある!
だけど、
「これから先、どれだけでも君を受け止めよう」
突然、飛び込む様に突き出した拳では無く体を受け止められた。
まるでヒナから抱き締めて貰いに飛び込んだ様にも見える形で、その後に目と目を合わせて顎に手を添えられれば、流石に一瞬の恥じらいが生まれる。
「だけど今は、休め」
その意識の糸が途切れた隙間、視界がブレたと思った矢先、ヒナの意識は消失した。
顎に手を添えて揺さぶられ、脳震盪で気絶したに過ぎない。
だが、エミヤの手に抱かれながら力無く腕も脚も、その力を振るう銃さえも地面に落ち、ヘイローも消えた。
内心で『すまない』と思いながら、エミヤはヒナの首を掴み観戦に徹している風紀委員達に見える様に掲げた。
「中々の強さだが、風紀委員とは
その言葉は静寂の中に響いた。
誰も、誰も言葉を発せなかった。
どこまで言えばいい、そう悩みながらもヒナの首を掴んでいない方の拳を強く握り込み、血を滲ませながら言葉を続ける。
「この程度であれば、このまま寝かせてやった方が――」
目に見えて首を掴む手に段々と力が籠められる。
アコは呆然としていて、チナツはその手に銃を掴んでいるが行動に移れていない、しかし、
「そこまでだ――エミヤさん」
イオリはただ一人、エミヤの前に銃を向けて敵対した。
その行動に、誰もが目を剥いた。誰もが正気を疑った。
『無理に決まっている』『ヒナ委員長が勝てなかったのに』『でも、あのままだとヒナ委員長が』
聞こえてくる声に、そんな事は分かっているとイオリは吐き捨てる。
ただ一人、広い演習場でエミヤへと立ち向かう事を選んだ。
「エミヤさん、ヒナ委員長を放して頂戴」
この場に立つ事がどれ程の恐怖を覚える事になるか、全てを理解した上で。
『無謀だよ』『ヒナ委員長とあの人の演習なのに』『イオリさん、どうして?』
無謀だなんて分かっていた。
この場に立つ事が実力としても不足している事も分かっていた。
だが、気付いてしまった。
これまでの自分の考えに、これまでの自分の愚かさに。
エミヤはヒナの首は掴んだまま、ヒナの脚が付く高さまで腕を下げてイオリへ向き直った。
「ほう――
そうだろうねと思わず浮かびそうになる笑みを抑えて、言葉を受け取ってなお、イオリは銃を向ける事を辞めない。
「だが、敢えて聞かせて貰おうか、何故君はそこに立った」
その眼は真っすぐと、
「何故君は、敵わないと分かっていながら私の前に立つ」
イオリの心を見据えていた。
エミヤが発する圧が、演習場全体を包み込む。
恐怖が風紀委員達を包み込む中で、アコは「戻りなさい!」と、チナツは何かを感じているのか無言でイオリを見つめている。
内心でイオリは、なんて優しいのだろうかと感謝していた。
その在り方を説くのは彼でも良い筈だ。
その在り方を伝えるのは彼が最適の筈だ。
なにせ、この場で一番の強さを発揮したのは紛れも無く彼で、そんな彼の言葉であれば誰もが耳を傾ける。
なのに、
「(私に言えと、言葉にしてみろと、チャンスをくれるんだな)」
銀鏡イオリは理解していた。
自分は決して頭が良い訳では無い、自分は決して強い訳でも無い、指揮官として優れている訳でも無ければ、個として圧倒的な影響力を持つ訳でも無い。
それなのに、
「『私が卒業したら、きっと貴女が風紀委員長ね』」
期待を掛けてくれる人が居た。
「『何故君は、敵わないと分かっていながらも私の前に立つ』」
答えを求めてくれる人が居た。
脚なんて震えている。
トリガーに掛けた指も震えている。
なんて情けないんだろう。
強者の前に立つというのは、なんて恐ろしいんだろう。
――コレを私は、私達はずっと。
「わた、しは……」
声に震えがあった。
周りに聞こえない小さな、か細い声。
「良いんだ、イオリ」
それは、二人にしか聞こえない声の大きさで。
「息を吸え」
ゆっくりと、息を吸い込む。
「吐き出すと共に、背筋を伸ばせ」
深く吐き出し、地面を踏む足に力を入れて真っすぐと立つ。
「準備が出来たら、あとは」
あとは、吼えるだけだ。
「私は!風紀委員だ!」
ありがとう。
「例え貴方に敵わなくとも、例えヒナ委員長が敵わなくとも、それが撤退の理由にはならない!」
ありがとう。
「
ありがとうエミヤさん。
「私が私である為に!私が風紀委員である為に!」
私が私を嫌いになる前に、教えてくれて。
「風紀委員会は集団組織、市民が恐怖を覚えぬ様に風紀を守り!乱されれば正し!傷つく者には手を差し伸べ!仲間が倒れればソレを助ける!」
忘れていた訳じゃ無かった。
「それが例え誰であっても――コレからは、一人で戦わせない!」
だってこうして、吼えている。
「聞こえているだろう!お前ら!」
吼えられている!
火宮チナツは、目の前で吼える少女に驚きを覚え、同時にその想いに震えていた。
「お前らはどうしたいんだ!」
これまではヒナ委員長が負ける事など無かった。
だからこそ、負けた時の動き方なんて練習すらしていなかったし、基本的にヒナ委員長が現場にやってくれば全てが片付く。だからこそ我々は、ヒナ委員長のお力になれる様に戦って来た。
「命令は無い!心で決めろ!」
だけど、今のイオリの姿勢は、その叫びは。
これまでの在り方を否定する物。
ヒナ委員長の為に戦うのではなく。風紀委員全体の為に戦うという物。
ヒナ委員長の横に立って戦うという――あまりにも過分な在り方。
だからこそ、気付かされた。
自分達がこれまで、ヒナ委員長の横に立っていなかったことに。
最終的な全ての責を、悪党から来る恐怖の対象すらも、今はぐったりと気絶しているあの少女に背負わせていたのだ。
自分から背負いに行った?
違う。
そうしなければ、背負わなければ私達が潰れていたからだ。
背負ってくれていたんだ。
責を、恐怖を、風紀委員長という肩書きだけでは無く、風紀委員全体を。
「お前らは、どう在りたい!」
エミヤの背に回り、銃を構えた。
天雨アコは理解が出来なかった。
勝てない相手、ヒナ委員長ですら負けた相手に、二人が何故立ち向かうのかを。
ヒナ委員長の事は大切に思っている。
だからこそ、彼女の言葉を第一に行動してきた。
『危ないから下がりなさい』
そう言われれば撤退を命じ、彼女が存分に戦える環境を作って来た。
その行動に間違いは無かったと自分でも理解している。
だけど、私は納得していたのか?
そう考えた時、思わず自分が腰に手を伸ばしていた事に気が付いた。
ルガーP08、カスタム固有名称ホットショット。
行政官になった時、ヒナ委員長から手渡された銃だ。
その銃の持つ物語を聞いた時、ヒナ委員長への忠誠を誓った。
『知っているかしらアコ?その銃はね、とっても整備がし辛い銃なの』
どうしてそんな銃を渡すのか、気になった。
『どうして?だってね、その銃は部品の一つ一つが手作りで、同じルガーの銃であってもパーツを代用品として用いる事は出来ないの』
整備のし辛さを聞いたわけじゃ無かったが、
『替えが利かないのよ、その銃も、アコも』
心に残ったのは、嬉しさだった。
合理的に考えれば、あの
これまでの考えからすれば、それが正解。
だけど、もしも本当に命の危険がある時、同じ場面に遭遇したら?
例えヒナ委員長を失う事になっても、私は同じ選択を取る事が出来るのか?
無理だ。
私の心が、納得しない。
『戦場において一度その責を負えば、君は指揮する相手の命という責も背負わなければならない』
それならば、先ずはその命の危険に私が飛び込もう。
ヒナ委員長が、彼女がそうしていた様に。
私だけじゃない、誰もがそうなんだ。
替えなんて効かない、なのにこれまで私達は――。
これから先も合理性は捨てない、部隊員の命を考えたうえで指示を出そう。
だけど同時に、私は心に従おう。
エミヤの側面に回り、銃を構えた。
「何が君たちをそうさせる?私に勝てない事は分かっているだろう?」
それは、一般隊員達から見ても理解が出来なかった。
なのに、彼女達も逃げ出す事はせずにその場に立っていた。
「私が風紀委員である為に」
一人が駆け出した。
「共にその責を背負う為に」
二人が、三人が、
「合理性よりも心で納得をする為に」
その波は気が付けば大きくなり、風紀委員全員がエミヤを包囲して銃を構えた。
『私達が、私達である為に』
例え強者であっても、立ち向かう。
理由なんて様々で良い、命令なんて無くてもそう在る為に。
彼女達は、エミヤに銃を向けた。
「ふ……合格だ」
その日の夜。
ヒナはイオリ、チナツ、アコの三名を呼び出して今回の事を振り返っていた。
「はぁ!?最初からある程度は計画通りって、ど、どういうことですか!?」
叫ぶアコを横目に、イオリは何処か居心地が悪そうだ。
それを見てチナツも何かを察したのか溜息を吐いた。
「マコトがどう考えていたかは知らないけれど、最初に演習を見て貰ってエミヤさんに気が付いて貰えたら、後は今回の流れに出来たらなぁって……その、思ってて」
事は綺麗に進んでいたが、後から考えてみれば滅茶苦茶な計画だ。
事前の打ち合わせは無し、エミヤの善性と頭の回転に全てを任せた演習。
「それに、実際の所は私の気絶もすごい短い間で、途中から意識は取り戻していたのよ」
その言葉にイオリは「聞いてた?」と表情で尋ね、頷いたヒナを見て恥ずかしさから思わず蹲った。
「途中からエミヤさん、私が苦しくない様に首を掴みながら地面に脚を付けてくれたし」
あぁ、あの時……とチナツも納得。
「その後はずっと首の後ろを指圧でマッサージしてくれて、その、気持ち良かったわ」
そんな事までしてたのか……とイオリはもはやお手上げ状態。
一人納得のいっていないアコは、エミヤが今回してくれた事には感謝こそすれ、最終的に、合理的に、自分の心の中で答えを出した。
「私はあの男、大っ嫌いです!」
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?
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いいよ
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だめだよ
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やってみろ
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エロ書け