便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第十二夜 過去と今と

 

 

 最初の演習の翌日、エミヤは鬼の様な厳しさで風紀委員を鍛え上げていた。

 

「イオリ!指示が遅い!今ので二人死んだぞ!」

 時には即応性を高め、

「チナツ!右側面への警戒を怠るな!負傷者テントを守れ!」

 時には状況を想定した訓練を行い、

「アコ!焦りを声に出すな!指揮する者の迷いは全隊に影響する!」

 時には緊急時の対応を学び、

「ヒナ!突出するな!仲間の位置と移動速度を頭に入れろ!」

 時には基本の連携からやり直させ、

 

「待て!おかしいと思ったぞ、君の歩き方が一時間前と違うからな、背に手を添えるが悪く思うな、ほら、運ぶぞ」

 隊員の中で怪我を負う者が居れば即座に気付き、

「む?休んで良いさ、お疲れ様、汗の処理だけはしっかりとな、君達が風邪を引いては悲しいからな」

 休憩の時にはとびっきり優しく接し、

「イオリ、その、脚のマッサージだから仕方ないが、もう少し声を抑えて貰えるか」

 明日に残りそうな疲労には対応をし、

「アコ、一つ質問なのだが……その服装は、え?あ、あぁ、そうだな、カウベルも似合っているとも、うん」

 七不思議になりそうな事に関しては対応しきれなかった。

 

『ありがとうございました!』

 

 その日の演習が終われば解散、各々が更衣室に戻りシャワーを浴びてから帰宅する。

 エミヤはというと、二日目にアコに用意してもらった全員分の所属名簿をデータに起こし、それぞれの隊員の長所と短所、そしてスペックを攻撃・防御・速度・作戦・臨機・連携でパラメータ化し、一週間の演習の終わりには風紀委員へ提出しようと考えていた。

 

「あ、あの、エミヤ教官」

 そんな風に演習参加が教官としての物になっているので、気が付けば呼び名もこの通り。

 話しかけてきたイオリに対して「おつかれさま」と労い、先程までの厳しい表情とは打って変わり、柔らかな表情で「どうした?」と問いかける。

「っ……え、えっと、教官は部室棟の便利屋支部になる部屋に泊まってるのよね?」

「あぁ、もしかして苦情でもあったか?」

 思い当たる事は無いが、年頃の少女達だ。何がきっかけで嫌われてしまうか分からない。

「いえ、食事はどうされているのかなって」

 身構えたものの、思ったよりも普通の話題で安心。

「食事なら外食で済ませているが?」

 その答えに何故かイオリは口元に僅かに笑みを作り、

「そうですか、それは大変ですね、そうですかそうですか、それなら」

 

「食堂使わないんですか?」

 唐突に割り込んできたアコの言葉に、イオリは停止した。

 古いからくり人形の様な動きでアコに顔だけ向けると、エミヤの方からはどんな表情をしているのか分からないがアコが小さく「ヒェッ」と鳴いた。

「食堂があるのか?」

 そう問われれば、答えないわけにはいかず。

「は、はい、授業棟の一階に」

「ありがとう、行ってみるよ」

 何を望んでいたのかは記さずにおくが、その日のイオリは訓練後に荒れていたという。

 

 

 

 所変わって食堂。

 ゲヘナ学園における食堂は、戦場だ。

 作業員二名に対して作成量は四千人分、一日でそれだけの量を作り、一日の終わりには翌日の仕込みに入る。

 とはいえ忙しいのは昼間、ランチの時間帯が忙しさのピークに当たり、夜間は利用者も少なく比較的に落ち着いている。

 

 そこにやって来たのがエミヤだ。

 彼としては先ず自分が食堂を利用しても良いのか確認する為にも、食堂の調理室へ向かい挨拶をしようと思っていたのだが、二度調理室の扉をノックして開けた彼が見たのは、謎の生命体に服を脱がされ掛けている一人の女学生だった。

 

 その時、エミヤは微笑んだ。

 その頬笑みは女学生のあられもない姿を見て浮かんだ物では無く。

 その後の展開を知り、懐かしさを覚え、諦めに至り浮かんだ物だった。

 

 案の定、耳をつんざく叫び声を受けた彼は謝罪を残して調理室の扉を閉めた。

 

 

 

「エミヤさん、ですか」

 寸胴の中にあるスープをお玉で混ぜながら、その少女、愛清フウカは自己紹介を済ませた。

「フウカ、改めて先程はすまなかったな、その……」

「思い出さないでください忘れて下さい、謝罪が慰めにならない事だってあるんですから」

 何処か死んだ眼で語る少女にエミヤが告げられる言葉は無く。

 ふわりと香って来た食欲をそそる匂いにエミヤはフウカの傍まで近寄った。

 

「魚介のスープか……もしかして」

 フウカの前には寸胴が一つ、しかし右を見れば更に幾つも寸胴があり、全ての中身が同じ物だった。

「これらを全てフウカが?」

「いえ、調理は私ですけど、食材を切ったり調理器具を用意するのはもう一人の給食部の子が手伝ってくれています」

 自分の耳がおかしくなったのかと疑ったのは、その量だ。

 無論、エミヤは食堂に食べに来る人数など知らず。

 何故フウカが一人で調理を担当しているのかも理解していなかった。

 

 だが、最も驚いたのは彼女が当然の様に答えた事だった。

 

「もしかしてだが、この量をいつも二人で?」

 もしもそうなら、一番の大問題だ。

「そうですよ、最初はおかしいと思っていましたけれど、他にもおかしい事がありすぎてもう慣れちゃいました」

 少し困った顔で笑う少女を前に、エミヤは深い尊敬の念を抱いた。

「もしも、もしもだが、君が食事を作らない日はどうなるんだ?」

「ありましたよ、私が熱を出して作れない日、その日は風紀委員がいつもよりも忙しかったとチナツさんに愚痴られちゃいました」

「……そうか」

 彼女ともう一人の給食部でどれ程の役割をこなしているのだ?

 学生にとって、いや、人にとって食事は生命線だ。

 それだけに食堂が休みとなれば、それだけで苛立ちが募り暴力的な行いに走る者も増えるのはゲヘナ地域の生徒達を見て来たエミヤには理解が出来た。

 

 故に、気が付いた。

 給食部もヒナと同じ様に、当然という檻の中に居るのだと。

 

 違う点は彼女が諦めている点だ。

 受け入れているのとは違う。

 自分が給食を、食堂のご飯を作る事が風紀委員の仕事の量に直結すると理解して、いつもこの数を作る事を仕方が無いのだと諦めている。

 

 他の生徒は寮や自宅に帰る時間帯に、彼女は一人この給食室で作業をしていたのだ。

 そのおかしさに、異常な事に気が付きながらも慣れてしまう程。

 

 もう一人の給食部員すら先に帰らせて、たった一人で……。

 献身という言葉ですら足りない、この学園を支えているといっても過言では無い。

 

「――誰か、手伝ってくれる人は」

「あはは、居ませんよ、ここはゲヘナ学園ですよ?好きな事をして好きに生きる混沌の園、私も料理を作ることが、食べてくれるのが好きだからこうしてるんです」

 言葉の何処にも嘘は無いのだ。

 本当に料理を作る事が、食べて貰う事が好きなのだと伝わってくる。 

 

 やり場の無い怒りを覚えた。

 この状況を知っている筈のマコトやイロハ、ゲヘナ学園全体を管理する立場の彼女達に対しての怒り。

 同じく状況を知っている筈のヒナやアコ、風紀を守る彼女達に対しての怒り。

 

 だが、給食部は怒っていない。

 ならばこの怒りをぶつけてはいけない、抑えなくてはいけない。

 

 大丈夫だと本人達が言うからと、仕事や責務を押し付けてそのままに……しておく……など……。

 

 かすかに、記憶の隅をくすぐられる感覚。

 

 

 

何故、今更になって気が付くのだ。

 

 私は何処まで――未熟なのだ。

 

美綴が、一成が、慎二が怒っていた理由。

『あとは任せたよ衛宮』『アイツはお願いすればやってくれるんだよ』

 そんな馬鹿でも分かる迷惑を、他人からの評価を気にするアイツが大声で吹聴していたのはきっと、他に頼む奴が出にくくする為。

『衛宮、助かるがな』『なんでもかんでも引き受けるのは感心しないぞ』

 直接的な事は言わなかったけれど、アイツも怒っていたのだろう。私一人が様々な事を請け負うという事態に対して。

『衛宮、また気が向いた時で良い』『また私の前で、弓を引いてくれないか?』

 理由を付けては弓道場に行かなかった。行けない理由を作っていた。行きたくないわけじゃ無かった。だけど、その理由に対して私は何と言っていた?

 

『良いんだよ、俺が好きでやっているんだから』

 

 私は、馬鹿だった。

 周囲の心配は私の為だとは知っていた筈だ。

 だが、ソレを無視してでも、誰かが助かるのならばと動き続けていた。

 

 ならば、心配してくれた者達はどうなる。

 何故あの時の私は、ソレに気付けなかった。

 

 

 

 我に返ったエミヤは最早、フウカを赤の他人と思う事は出来なかった。

「フウカ、頼みが……頼みが、ある」

 そこには躊躇もあった。

 結局のところ、コレもまた独り善がりなのではないかと、善意の押し付けという名の自己満足では無いかと。

「はい、なんですか?えっと、お夕飯でしたら他の学生さんの分とは別に少し量を多めにしたりは出来ますくぇぇぇっ!?」

 

 突然の抱擁!

 

「なんっ!?え、エミヤさん!?あ、あの、まだ会ってから十分というか、えっと、すごい男の人の香り……じゃなくて!腕太くって、すっごい……じゃなくて!あの!?エミヤさん!?なんだか変にほわぁってなっちゃうから!ドキドキしちゃうから放してください!」

 

「フウカ」

 

 差し込まれる。

 緊迫した声。

 

「君の青春の中に、私が入っても良いだろうか?」

 

 耳元で、凄く優しい声で、思いやりの伝わる声音で囁かれ、フウカの頭の中は混乱の極みに達していた。

 

「(こ、こ、こ、こ、これって、え!?え!?)」

 

 実際の所はエミヤが給食部の表面化している問題に対処したいと伝えているのだが、過去の記憶を想起した結果エミヤ自身の情緒も揺さぶられ余裕は無く。言葉選びを完全に間違えて傍から見れば告白でしかない状況になっている。

 

 対するフウカ、恋愛などこれまで経験が無く。日々の多忙さから自身には無縁の事だと考えていた所に突然の恋愛核弾頭の投入により既に全てが限界、ヘイローは異常な回転を見せ、お顔は真っ赤っか、それでもスープが煮え過ぎない様に無意識下でしっかりと火加減を調節している。

 

「あ、あの、あの、ど、どうして、私なんでしょうか?」

 

 その言葉に、エミヤは一度抱擁を解き、しっかりと眼と眼を合わせてフウカと相対した。

 至近距離で見るエミヤの顔立ちは整っており、改めて意識してしまったフウカは胸元からする心拍の異常な速さがエミヤに伝わっていないか不安を覚えてしまう。

 

「君は……フウカはきっと、ソレは好きでやっていると、求められているからやっているのだと答えるだろう」

 

 過去の自分と照らし合わせ、それでもすべてが同じでは無いと分かりながらも、エミヤは続ける。

 

「それでもフウカはこれまで、褒められるべき事をしてきた」

 四千人分の食事を作る事がどれ程大変な事なのか、理解しているエミヤの言葉は上っ面の物じゃ無かった。

「ありがとうと、感謝される事をしてきた」

 そしてそれは、このゲヘナ学園において『ごちそうさま』すらロクに言われない環境では、温かすぎた。

 

 エミヤは、自身が壊れている事に気が付いている。

 だからこそ、彼は苦しいとも、辛いとも、大変だとも感じなかったが……普通の少女はそうではない。

 ましてや、エミヤ以上のハードなスケジュールをこなしている彼女が、ただ好きだからでこなし続けられる業務量では無い。

 

「辛い、苦しい、もう嫌だ……そんな感情を『好きだから』『必要とされているから』でここまでやってきたのは……どれだけ……凄い事か……」

 ヒナから感じられる程の神秘も無く。

 無理をすればそれだけ体にも反動は返って来るだろう。

 いかにキヴォトスの生徒が頑丈だと言っても、精神までは頑丈では無い。

 

 なのに、彼女は戦い続けた。

 給食部の彼女達は、戦い続けたのだ。

 

「私に、変えさせてくれ――君の青春を」

 

 知らずの内に、フウカの眼からは涙が溢れていた。

 

 認められる事だと、そもそも考えていなかった。

 凄い事だと褒められる物ですら無いと思っていた。

 

「これまで、いっぱい頑張ったな」

 

 再度、優しい、包み込む抱擁。

 

 いつの間にか与えられた役職の中で、それでも料理を作るのが好きだからと頑張って来た。

 だけど、言葉にされてしまえば気付いてしまう。

 思いが、溢れてしまう。

 

「どう、して――出会ってまだ、十分も経ってないのに、そん、な……」

 諦めていた。

 褒められる事など、無いのだと。

 認められる事など、無いのだと。

 

「そんな、風に……私の、欲しかった、言葉ッ……!」

 だけど、くれる人が居た。

 

 出会って僅かなのに、その言葉に込められた実感は全てを見て来たかのようで。

 何も知らない癖になんて言える訳も無くて。

 

「うわぁぁあぁあーーーーーん!!!!」

 

 今はただ、その胸の中で泣きたかった。

 

 自分を認め、褒めて、労ってくれた。

 その胸の中で。

 

 

 

 ゲヘナ学園出張四日目

 

 フウカに告白まがいのお助け宣言をした二日目から一日を挟み、ゲヘナ学園の食堂事情は大きく様変わりしていた。

 先ず調理食材に関しては、ゲヘナ学園の食堂を運営する上で必要な物であり、給食部の活動をゲヘナ学園自治区全体としたくない万魔殿の意向から、毎週給食部から渡される必要最低限の食材のメモに従って万魔殿が用意する事が決まり。

 調理担当に関しては、ゲヘナ学園の風紀に直結する事に加えて、野外活動の際の食材の扱いや調理の技術を磨くという意味でも風紀委員から日替わりで人材が送られる事となった。

 

 この決定の裏には、

『マコト議長、万魔殿と風紀委員だけが有しているゲヘナ学園自治区内全体での活動許可……コレを給食部に認めるという事は、給食部がこの二つに並ぶと認める事になると思うが、如何かな?』

 というプライドの高さを突いた交渉と、

『風紀委員諸君、ちょっとお話をしようか』

 という満面の笑みで行われた累計六時間にも及ぶ説教の結果もたらされた物である。

 結果としてヒナ、アコ、イオリ、チナツを含め全員がシナシナになってしまったが、実際に怒られても仕方のない内容だと当人たちも理解しているので反省のシナシナだ。

 

 これにより食堂の回転率、品質は共に上昇。

 給食部としてもこれまでは作れなかった少し凝った料理に手を出す事がこれからは出来そうで、愛清フウカ、牛牧ジュリの両名ともに感涙。

 

 だが同時に、最もダメージを負ったのも愛清フウカその人であった。

 

 結果的に言えば、フウカは告白と勘違いした状態でひとしきり泣いた後で、

『私、が、頑張ってエミヤさんに相応しい人間になります!よろしくお願いします!』

 と、お付き合いをOKしたつもりでいたのだが、三日目の夜にエミヤが先述の戦果を報告しに来て、全てが自分の勘違いだと気付いた。

 

 しかし、エミヤの行動は勿論全てが善意から来ており、『青春の中に入る』なんて分かりにくい言い回しをしたエミヤもエミヤだが、詳しく確認しなかった自分も悪い。

 つまり責める事も出来ないどころか、感謝する事はされているが、怒る様なことは何もされていないのである。

 

「部長ー、お皿洗い終わったよー」

「はーい、そうしたら座席の方を簡単に掃除お願ーい!」

「はーい!」

 

 風紀委員もしっかりと働いてくれるし、ジュリも前よりも人が増えて楽しそうだし、何も文句を言えない。

 

 言えない……けれど……。

 

「エミヤさん……覚えててくださいね……!」

 

 また一人、エミヤに対して特別な感情を抱く者が増えたのであった。

 




このたび初めてコロナになりました。

病院からの投稿になります。

皆さまも体調にはお気をつけてお過ごしください!

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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