便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第十六夜 理解

 

「ミレニアム学園を襲撃した!?」

 ヴァルキューレ警察学校、キヴォトスのD.U地区に居を構えるその巨大な統治機構は学園自治区外のあらゆる事態に対応する幅広い活動範囲を持つ。

「はい、そこでC&C……分かりやすく言えばミレニアムの一組織に捕まって、ゲヘナの生徒に関する処罰をミレニアム内で行うのは問題が生じるという事から我々に、要は厄介ごとを押し付けられた形です」

 そのヴァルキューレの中でも所長という立ち位置に座するのが、エミヤを前に書類を読みながら事のあらましを説明してくれた尾刃カンナ、狂犬の異名を持つ心優しい生徒だ。

 

「何故ミレニアムの襲撃を……?いや、そこを深堀して問題を表面化せずにおくのが狙いか」

 ここでエミヤが事実確認を行ってしまえば、潜在している罪が表に出てきてしまう。

「ご理解が早くて助かります――まぁ、公的な記録に残さないので言ってしまいますが、どうやら依頼を受けての襲撃だった様ですよ」

 とはいえ柔軟なのがこの狂犬、エミヤに対して苦労しますねと同情の篭った視線を向けてくれる。

 

「その、拘留という事はミレニアム側の要望や彼女達が負うべき責は無い物となっている……その認識で良いのだろうか?」

「えぇ、ミレニアム側……というよりも不思議な話で、C&Cからは『早い所ソイツらを連れて行ってやってくれ』と言われまして、便利屋五名をそのまま引き渡された形です」

「ん?便利屋、五名?」

「……あぁ、成程。私は何も聞いていません、取り敢えずそちらにお渡しするのでお待ち下さい」

 

 引っかかる所はあったが、やはり深堀しない方がいいのかカンナの対応もすぐに話を切り上げたい様子だった。

 エミヤからしてみれば不明点が多すぎる今回の出来事だが、直接聞いた方が早いだろうという点と、これ以上カンナに迷惑を掛けない為にも頷きを返して待機に移った。

 

 しばらくして、カヨコとハルカが平然と歩いてエミヤの所まで来ると、後から来たカンナにスリッパで頭を叩かれて別室に再度連れていかれた。

 少し気になったエミヤが隊員の一人に尋ねてみた所、

「貴方が迎えに来たことを告げたら、檻をこじ開けて素知らぬ顔で貴方の所に向かったので、手続書類を書かせる為にカンナ局長が……」

「すまない事をした」

 申し訳ない事実だけが出て来た。

 

 再度しばらくして、今度こそ便利屋の面々と合流を果たしたエミヤ。

 ここまで来るのに一度便利屋の事務所を経由して車で来たので、後は事務所まで帰るだけといったところなのだが、

「アル、何故君は……その、捕まっていたのに凄く『私、やりきったわ』といった表情で腕を組んでいるのだね?」

 もう全力で胃が痛くなり始めたエミヤは聞きたくも無い事を聞かなければいけなかった。

 

「それとカヨコ、私の脚を蹴るのはやめてくれ、ムツキも私に登るのは良いのだが首を噛むのはやめてくれ」

 更には二名ほど、エミヤに近付いて鼻をひくつかせた後に即座に暴力行為に走る者もいた。

 

 そこへ、ハルカがエミヤの服の裾を引っ張り、耳打ちする為に口元を手で隠しながら見上げて来た。

「えっと、え、エミヤさん、実はアル様は今回ちゃんとお仕事をやりきったので、その……ほ、褒めて欲しいそうです、エミヤさんに」

「……なんだその、いじらしさは」

 思わず可愛い所もあると思ってしまい、怒る気が一切無くなってしまう。

「ついでにハルカ、何故カヨコとムツキは先程から私に攻撃しているのだ?」

「それは……え、えい」

 疑問を尋ねた所、まさかのハルカからも遠慮がちだがパンチを繰り出される。

「エミヤさん、これまでと違って女の人の匂いが凄い付いてて、私達の誰の匂いとも違うし、その……ムッってなりました」

「ぐ……べ、別段何か女性に対して不埒な事をしてきた訳では無いのだが……」

「それでもムッってなっちゃったんです……ム~です」

「す、すまない」

 謝罪してどうにかなる物では無いのだが、それ以外の術が思いつかなかった。

 

 とはいえ、アルを褒めるにしても一度この攻撃を止めて貰おうとムツキを掴んでカヨコの横に降ろし、二人に軽くチョップをお見舞い。

「一週間ぶりなのだから先ずは久しぶり、二人とも捕まったと聞いた時は何事かと思ったが、元気そうで何よりだ」

「そうだね久しぶりだね、それで、エミヤさんは女物の香水とか付け始めた?それとも匂いが着いちゃうほど親しくする相手でも出来た?」

「エミヤンから知らない匂いがする!ムツキちゃんその匂い嫌!私の匂い付けるから嚙ませろ!」

マーキングが剥がれた犬猫の様だ。とは口に出さず。エミヤは頬を掻きながら思い当たる事が多すぎてなんと返した物かと困惑。

 

アルがチラチラと片目を開けながら「まだ私のこと褒めないのかしら?」と様子を窺ってきているが、今その余裕は無い。

「その、親しくはしていたが、誰かを口説いたり恋仲になって来た訳では無いぞ」

「エミヤさん、それって当り前の事だよ」「わーざわざソレを主張するのってなんでかなー?」

「……わ、私に出来る埋め合わせならば何でもするから機嫌を直してくれないか」

 僅かな空白の時間、何か夢想に耽りながらカヨコとムツキは口元に笑みを浮かべ、

「それなら……」「まぁ……」

 ようやく許しを得る事が出来た。

 高速で移動してエミヤの背に張り付いたムツキはもう諦めるとして、さてアルに話を聞いて褒めてやらねばと向かおうとした所を、カヨコがエミヤの服の袖を掴み押し留めた。

 

「その、さ……えっと」

 何やら言いにくそうにしているカヨコに「どうした?」と屈んでみると、そっぽを向きながらか細い声で、ギリギリ聴きとれる声量で一言。

 

「おかえり」

 

 もしかしたら、その言葉を聞きたかったのかもしれないと思う程に、エミヤの心にストンとカヨコの言葉は落ち着いた。

「あぁ、ただいま」

 そして、この言葉を返せる事がどれ程に自分の心も満たされるのか、エミヤの気持ちは一気に明るい物へと変わる。

 

「ほ、ほら、早く社長を褒めてあげてよ、私はもういいから」

 顔を赤くして一向に目を合わせようとしないカヨコに「ありがとうな」と礼を言い、今度こそアルの方へと向き直る。

 

 部屋の隅で『の』の字を書きながら三角座りしているアルが居た。

 しまった遅かったかと頭を抱えるエミヤの下へ、足取り軽く近づく者がいた。

 

「こんにちは!貴方が皆さんが話していたエミヤさん?で良いんですよね?」

 首を傾げて興味津々の眼の輝きをエミヤに向けてくるその生徒は、ピンク色の頭髪を揺らしながら「そうですよね?」と再度の確認。

「あ、あぁ、そうだが君が……カンナ所長の話していた五人目の便利屋か」

 

「にははは!はい!今回皆さんに依頼して救助してもらった黒崎コユキです!よろしくお願いしますね!エミヤさん!」

 

 

 

「凄い!アルは凄いな!よーーーしよしよし!アルは頑張ったな!他の人じゃこうは出来ないだろうな!いやー凄い!天才!最高のアウトローだ!」

「ふふふふふふーん!!!!そうでしょう!そうでしょう!もう褒め過ぎよエミヤ!もっと褒めて!」

 カンナから「あの、退室を」と申し訳なさそうに言われたのですぐに出て、車に乗り込むまでの間にずっとアルを褒め続けたエミヤは何とかアルの気分を盛り上げる事に成功した。

「カヨコさんなんですかアレ?」

「気にしないで、あとあぁはならないで」

 コユキが不思議な生き物を見る目でアルを見ているのをカヨコは一蹴、仕方なしに車の運転をするカヨコはエミヤの隣の席を確保したアルとハルカを少し羨む視線を向けていた。

 

「それで、コユキと言ったか?君は救助されたとの事だったが、どういった依頼内容だったんだ?」

「ゔぇっ!?え、えっと……エミヤさんって、出来ちゃう事をやったら悪い事だった場合って、どう思いますか?」

 質問を質問で返すコユキにエミヤは首を傾げるが、一応の事内容を考えてみる事にする。

 

「そうだな……何事も善と悪で考えれば悪は断罪となるが、他者と自身で善悪の価値基準が違い、その出来てしまった事が自身にとって善であれば、もしくは善悪の価値基準に満たない事であれば、出来ちゃう事をするのはその人にとってやって当然、呼吸をするのと同じ様な物だろう?であれば、仕方ないのではないか?直すべきはソレが善なのか悪なのか、行動をした者にとって指標となる基準が無い事だろう。当人だけの所為では無く環境から見直すべきだろうな……っと、もしもこんな真面目な講釈が聞きたいわけでは無ければすまない」

「……いえ、いえ!にははは!そっか、へぇ~、そういう見方もあるんですね!」

 エミヤの膝の上で胸元に体を擦り付けていたムツキがまたもやムッとした表情でエミヤを見て、何か言うでも無く溜息を吐いた。

 

「実は私が所属していたミレニアムの上層部のセミナーっていう組織のお金を流出させてみたんですよ!そうしたらびっくりする程怒られまして、反省部屋に監禁までされたのですがミレニアムの自治区内に脱走しても捕まるだけなので、今回は最近チラチラとネットでも名前を見掛ける便利屋68の皆さんに依頼を掛けてミレニアム自治区内から脱出してみたんです!」

「成程、驚くべき重犯罪者だな、よしカヨコ、そのセミナーという組織に電話だ」

「うえぇぇええーーん!!!なんでぇーー!?」

「駄目よエミヤ!コユキはもう便利屋68の一員なのだから!」

 即決犯罪者判定を下したエミヤを止めるアルの意思は固そうであり、エミヤ自身本当に連絡を入れるつもりは無かった。だが気になっていたのは彼女の行った行為だった。

 

「まぁ連絡はしないが、コユキはそのセミナーのお金をどうやって流出させたんだ?」

「ふぇ?どうやって……?えっと、出来るかなーでやってみたら出来ちゃいました!」

「……もしかしてだが、君はセミナーというミレニアムの上層部の重要なデータなどにも簡単にアクセスを……?」

「まぁー出来ますけど、別に難しい事じゃないですよ?やろうと思えば出来ちゃいますもん」

 酷くつまらなそうに吐き捨てるコユキの様子に、エミヤはアルが何故今回の依頼を受けたのかなんとなく理解した。

 そして、カンナから聞いたC&Cという組織の対応に関しても、今回の事がコユキの願望一つで進んでいる話では無い事をなんとなく察した。

 

 察した上で、エミヤにとってソレは、他人事では無かった。

 

「――カヨコ、車を止めて貰っても良いか?」

「? 分かった」

 車が停止したのは何もない道の上、既に辺りは暗くなっており、エミヤが何故ここで車を止めたのか誰にも全く見当が付かなかった。

 

「コユキ、あそこに岩があるな?」

「んぇ?はい、まぁゴロゴロと大量に」

「見ていろ」

 

 エミヤは車から降りると、その手に黒い洋弓を投影し幾本かの矢も併せて投影した。

「へ?弓?」

 一体何をするつもりなのか、便利屋の面々とコユキはエミヤの突然の行動に驚きながらも、深く息を吐いたエミヤを見て何故か自然と『射る』つもりだと理解した。

 

 服装は変わっていないのに、そう思わせる何かがエミヤからは溢れていた。

 

 

 

 足踏み――足を開き。

 胴造り――弓を左ひざに、右手を腰に。

 弓構え――右手を弦へ、左手の位置を整えて視線は岩へ。

 打起こし――音も無く洋弓が頭上に掲げられ。

 引分け――弓が左右均等に引分けられる。

 会――心身が一つとなり。

 離れ――胸郭を開き、矢が放たれる。

 残心――そのままの姿勢で、弓の至る先を見つめ続ける。

 

 

 射法八節、あまりにも流れる様に、呼吸の中における当然の一コマとして行われた一連の動作は見る者に否応無く理解させた。

 

 今、私達は凄い物を見ている。

 その流れの美しさ、そして誰が見ても分かる完成した動作。

 

 褒める言葉すら出てこない、賞賛に値する事だとは分かるが、褒める事さえも侮辱に当たりそうな程に当然の様で――。

 

 そこで、コユキは気が付いた。

 もしかして、と。

 

 これまで誰に話そうとも決して理解されることが無かった事象に対して、エミヤは言葉で語るのでは無くこの一連の動作を見せた。

 

 その意味に、コユキは思い至った。

 

 真の意味での理解者に、コユキはこの日出会った。

『分かるよ』『気持ちは分かる』『そういう物なんだね』

 そんな上辺の言葉じゃない、真の意味で同じ気持ちを共感してくれる者。

 

「コユキ」

 それまでと何も変わらない呼び掛け、先程だって名前は呼ばれた。

 なのに、今のコユキには聞こえて来たその声が、特別な物に感じられた。

 

「便利屋へようこそ」

 優しく浮かべられた笑みに、コユキは期待をせざるにはいられなかった。

 自分の退屈な生活が終わりを告げ、世界が色付く感覚をコユキは味わった。

 

 そして、言葉を返さないコユキを見て運転席でカヨコは「はぁ」と深い溜息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 黒崎コユキはセミナーの重要情報を持っている。

 持っているどころか、これから追加されるであろう重要な情報に対しても彼女は息をするようにアクセスする事が出来る。

 故にミレニアム自治区内から出ることは許されておらず。彼女は何度も脱走をしても反省部屋へと送り込まれる生活を繰り返していた。

 

 それはセミナーの会長である黒い髪の少女の判断でもあり、ミレニアムにおける全知の称号を持つ白い髪の少女であっても仕方のない対処だと考えていた。それ程までに黒崎コユキという個人が持つ能力は恐ろしい物であり、その能力の価値を正しく理解せずに振るうコユキという存在は、ド級の爆弾という見方をされるのは仕方のない事だった。

 

 だからこそ、

「何を考えているの?貴女には彼女の危険性が理解できていた筈だけれど」

「……貴女にも分かっていた筈よ、このままでは彼女の心は遠くない未来に壊れてしまうと」

「それが今回の彼女の逃走の補助をした言い訳になるとでも?貴女がした事はセミナーを、ミレニアム全体を危険に陥れる行為よ」

「そうね、そこが貴女と私の違い」

 

「私は不確定要素に賭けてみる事にしました。バグと呼んでも差支えの無いあの人に」

「エミヤ……あの男も危険だわ、それは貴女も私も共通の認識だった筈だけれど」

「そうですね、危険は多分に孕んでいる存在です――ですが」

 

「彼と関わった者が皆、笑顔になっている」

 だからこそ、その爆弾を一度手元から放してみる事にした。

「それだけで、私にとっては賭けるに値する存在だわ」

 何かが変わると信じて。

 

「私には……私には、理解できないわ」

 

 人知れず行われた黒と白の会合は、合意に達する事は無く。

 だが確かに、互いに未来を思って行動を重ねるのであった。

 

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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