便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第二夜 優しき剣

 

 

 陸八魔アルは夢想家な現実主義者である。

 アウトローという落伍者に夢焦がれながらも、自身の身に降り掛かる災いと相対する際には臨機応変に向き合うことが出来る。状況が状況だけに現実逃避を許さないだけとも考えられるが、それでも現実を見据えて己の決めた道を進み続ける者だ。

 

 その在り方は強者であり、その在り方は弱者でもある。

 故に彼女は、行き着いた先で己の在り方を示すだろう。

 その道程がどれ程に過酷であろうと、アウトローを目指して進み続けるのだ。

 

 だが、今の彼女は正直いっぱいいっぱいだった。

 もう限界が近かった。

 

 眠たい中で作業を頑張っていたら、いきなり幽霊の声が聞こえてきて、その幽霊に怒声を浴びせられたかと思えば、成人男性が唐突に目の前に現れて頭を抱えている。

「あ……あの……」

 おっかなびっくりの体現者、まるで解体前の爆弾に触れるかの如く。その存在が明確な物なのか確認する為に目の前の男性へ指を伸ばした。

「何かな元マスター」

 返ってきた言葉に指は引っ込められ、すぐに脚と脚の間にピットインする。

 

「色々と説明をして欲しいのだけれど、構わないかし……ら、で、しょうか……?」

 言葉を述べている最中、視線を向けられ思わず委縮してしまう。

 褐色の肌に鷹を思わせる鋭い目付きにアルの精神は怯え切っていた。

 

 今の彼女には知り得ない詳細な情報も加味していえば、背の丈は百八十を超えて褐色の肌に白い髪、髪は掻き上げて立たせており、身に着けているのは不思議な紋様の描かれたボディスーツと紅い外套。

 室内に居るだけで温度が二、三度は上がりそうな男が突如として出現すれば誰だって怯えもするだろう。

 

 一方、自らをアーチャーと名乗った男もいっぱいいっぱいだった。

「そうだな……言葉にしてみれば意味不明になるかもしれないが……」

 それでも自分の中でもしっかりと事態を把握するうえで、なおかつ目の前の彼女がどの程度を把握してあの魔方陣を描いたのかを確かめたかった。

「君の描いた紋様がパスを繋げ、用意された疑似聖杯に神秘が注ぎ込まれ、その場に揃った概念が私を呼び、君の放った言葉を願いと受け取った聖杯が私と君のパスを解き、四つもの聖杯が依り代となって私の受肉を手助けし、結果として座に居た私の分霊がこの世界に現界した……なんと現実味の無い現象だ」

 言葉にした後で頭を抱えるのも無理は無い事だ。

 

 本来、聖杯で願いを叶えるにはそれ相応の魔力が必要となる。

 それを代替する程の神秘、そして神秘を魔力に変換する機構など聞いたことも無い。

 

 存在しなかった機構をその場のみとはいえ成立させ、存分に戦えるように私の魂へ作用して魔術回路の質を上げたなど、自分の都合が良い様に全ての願いを叶えて現界させたに等しい所業だ。

 そんな事は有り得ない、例え魔法の領域に達していようとも起こり得ない。

 

「……成程、分かったわ」

「そうか、何も分からなかったか」

「どうしてよ!?」

 アルの納得した姿がPCの操作を教えた時の『彼女』に似ていたことから、全く理解していない事は明白だった。

 在った筈の記憶の摩耗すらも丁寧に直され、嫌な思い出と嬉しい思い出がどちらも溢れている。

 苦しくもあり、嬉しくもある。

 

「言い換えよう……君は不思議な事をして私を別の場所から呼び出した」

「わ、私のせいだったのね」

「そして、本来であれば君に仕えるべき存在の私を君は、拒絶と敵対の意思を持って姿を現すように命令した」

「……そんな事も言ったような」

「結果、君との契約は無くなり、私は自由の身となったが……逆に言えば私は帰る術を失いこの世界で生きていかなくてはいけなくなった。孤立無援で天涯孤独、知識こそあるが全く理解できていない世界での第二の人生を強制されたという訳だ」

「……ごめんなさい」

 

 実際は伝えられた事を表面的に受け取り、理解というよりも事実として受け止めたに過ぎなかったが、アルは自身が何か取り返しのつかない事をしたのだと認識した。

 猛烈な反省と、人一人の人生を狂わせてしまったのだと涙を浮かべるアルを見て男性は頬を掻き、深いため息を一つ吐いた後で腹を決めた。

「良いさ、これも私の運命だったという事だろう」

 昔から奇想天外な展開には慣れているし、今更この状況も受け入れるほか無い事は分かっていた。

 

 良くない、そうアルは口に出し掛けたが、否定したところで何が出来る。

 何も知らない法則の中で起きたイレギュラーに対して自身が出来る事など無い、開きかけた口が吸いこんだのはそんな現実だった。

「……君は、優しいな」

 それを察してか、目の前の男性が浮かべた柔和な笑みに目を奪われる。

 どうしてそんな状況で、他者に明るく笑い掛けられるのか?

「貴方も……良い人ね」

 分からない事は多くとも、その判断に間違いはないと確信できた。

 伝わってくる優しさが、アルの緊張を解してくれる。

 

「それよりも、こうなってしまったのだから暫くは君と一緒に居ても良いか?」

 それでも未だに罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、相手から与えられていた圧が無くなり余裕を取り戻しつつあったアルはその提案に思案する。

 自分の責任だというのは承知の上だが、大人の男性と一緒に生活をすることを便利屋の皆に相談無く決めても良いのだろうか?

「私は、その、仲間が居て」

 仲間、その言葉を聞いて、そしてその存在を此処で主張する彼女を見て、男性は笑みを浮かべた。

 責任に押されて物事を決めるのではなく相談できる仲間がいる。

 友でも無く部下でも無く仲間がいる。

 

「それならば相談して決めると良い、大丈夫だ。私は……エミヤと呼んでくれて構わない、君は?」

「私は陸八魔アル、このキヴォトスの便利屋68で社長を務めているわ」

「ではアルと、相談の結果が否定的な意見になっても君を責めたりはしない、そこは安心して欲しい、それよりも先程の事で怪我や体調の不良などは起きていないか?」

 途端に柔らかな雰囲気になった男性、エミヤにアルは驚きながらも、彼の告げた優しい言葉と優しい声音に胸の内に安堵が広がり、座っていたソファに腰深くまで身を預けた。

「大丈夫……はぁー、えっと、それじゃあエミヤさん?」

「エミヤでいいさ、緊張させてすまなかったな」

「ありがとうエミヤ、私もう眠気が限界で……あとは明日でも良いかしら?」

「あぁ大丈夫だ。それと、もし良ければ軽く建物の中と外を見て回っても良いか?」

 何をする気……と問いたい気持ちもあったが、アルにはエミヤが悪い事をするとは到底思えず許可を出した。

 

「それじゃあ、おやすみぃ」

「あぁ、おやすみ」

 

 

 

 

 小高いビルの上から街を見下ろし、エミヤは思案する。

 神秘を内包した存在も居れば、神秘自体が依り代を求めている様子も見られる不思議な場所。

 

 神秘と呼ばれる概念の在り方自体が自身の知る魔術を根幹とした在り方とは違う。

 再現性や文明の発展により神秘の度合いが変わる魔術とは違う。

 

 この世界の神秘は宿る物だ。

 土地・人・物体に神秘そのものが宿っていてまるで神話の時代に迷い込んだ気分だ。

 投影魔術は問題無く使用出来ることからも、私自身の属性や起源が変わった訳では無いらしい。

 

 それにしても、マスター無しで戦闘が存分に出来る状態での受肉など、本来の私の魔術回路では不可能な筈の事だ。問題無くでは無く存分に、そう。存分に戦闘が可能なのだ。

 一部の英霊に生じたら世界の危機にすら成り得る事態だ。

 だが現実問題として起きている。

 起きているとはいえ、疑似聖杯四つ分の奇跡だろうが、魔法の域に達している事象が起きようが不可能だ。

 現代で自分が守護者になった時と同じく……世界に望まれでもしない限りは……。

 

 ソレが世界なのか、それとも別の意思なのかは分からないが、何か大いなるモノがあの瞬間自分に接触しようとしていた。

 しかしそれはガラスの割れる音の後で掻き消えた。

世界にせよ、大いなるモノにせよ予想外の出来事だっただろう。

 この世界の者に使役される形で現界する筈だった私が、まさか個として成立するなど。

 

異常(イレギュラー)、それが今の私といったところか。

 

 言ってみれば、唐突に第二の生を与えられたのだ。

 どう生きるかも決めていない中で唐突に――。

 

 私は、どう生きる?

 また摩耗する日々(正義の味方)を志すか?

 何もいつまでもアルの所にいる必要は無い、今の私は望む様に生きる事が出来る。

 暫くは――そうして相談を持ち掛けた以上、いずれ何処かで離れなければいけない。

 

 思いもよらない所で困ったな、マスターが居ないというのはこうした悩みも付いてくるのか。

 胸中で問い続けるしかあるまい、何かを選択する場面で意識することで道を決める事もあるだろう。

 

 故に問い続けよう。

 

 ――私は、どう生きる?

 

 




お読みいただきありがとうございます。

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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