便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第二十二夜 ☆

 

 

 『正義実現委員会』

 

 それはゲヘナにおける風紀委員会、トリニティにおける警察機構。

 所属する者達は文字通りの正義を守る為にその身を賭し、毎日の訓練と雑多な業務に追われながらも充実した毎日を送っている。

 しかし、このトリニティにおいての活動は決してゲヘナの風紀委員会の様に分かりやすい物では無い。

 

 ゲヘナ風紀委員会に求められるのは『暴』であり、簡単な話が鎮圧や制圧が主となりソレさえあれば活躍する事が可能だ。

 では、トリニティにおける『正義実現委員会』の職務内容とは?

 

 勿論『暴』も必要となって来る。

 だが、それ以上に必要なのが『倫理』だ。

 

 派閥間におけるイジメなど日常茶飯事、しかしソレは非常に陰湿な形で行われる。

 無論、ゲヘナにもイジメが無い訳では無い。しかし、トリニティのソレは学生の物とは一線を画す物だ。

 

 罪を被せたり、罪を捏造したり、時には罪すら無くとも誤認逮捕を誘ったりと、その陰湿さは賭けに使うコインを両方裏なのに相手に表しか選ばせない程に汚さ(・・)を感じさせるものだ。

 

 トリニティ総合学園における『正義実現委員会』は多忙では無い。

 だが、精神的な疲労という点においてはゲヘナ風紀委員会にも引けを取らない、いや、それ以上に苦しい物がある。

 

 それでも彼女達は選んだのだ。

 『正義実現委員会』である事を。

 その覚悟は尋常の物では無く。常に『倫理観』を試されている。

 

 『正義実現委員会』は清廉潔白であり、そこに所属する生徒は嘘を吐かず正しきを示す。

 故に彼女達に対して裏金の持ち掛けなど日常茶飯事であり、イジメの現場に遭遇した時に対処の為に動こうとも権力を盾に出される事も多くある。

 

 それでも正義を実行する事が出来る者こそが『正義実現委員会』であり、その委員長こそが――。

 

 

 

「そちらに居られる剣先ツルギ先輩になります」

「ひゃっはぁぁああーーーー!!!!」

 

 紹介を受けて何かが抑えきれなくなったのか叫ぶツルギを前に、エミヤは、カヨコは、そしてムツキでさえも、尊敬の念と共に頭痛を感じていた。

 エミヤはトリニティ総合学園の生徒達の抱える闇の深さに驚嘆し、カヨコはあまりにも陰湿な話に温泉開発部に一度全て爆破してもらった方が良いのではとまで考え、ムツキはあまりにも楽しくない学園の様子に今すぐ帰りたくなった。

 

 だが同時に、そこで『正義実現委員会』を張り続ける生徒が居る事に心の底からの尊敬を覚え、目の前のツルギの意思の強さに感嘆を覚えていた。

 

「そんなの面倒臭くて私だったらヴェェってなっちゃうよ」

「……仕方ない、と思う」

 

 短い返しだが、ツルギの心根が伝わる。

 誰もが『正義実現委員会』である事は出来ないのだと理解している。

 

 まだ夢を見ても良いだろう年齢の少女が、人の中にある悪を認めている事は強くもあり、悲しくも映った。

 

「ツルギは委員長なんだよね?」

「あぁ、委員長だ」

「その、更生するって信じてるの?そういう生徒が」

 

 少し悩んで見せる。

 反省室はある。

 懺悔ならば『シスターフッド』も居る。

 過ちだと認めて更生した生徒もこれまで見てきた。

 

 しかし、ソレらは何もツルギの在り方に関係は無い。

 

「考えた事も無い、やるべき事を、やる」

 

 自分で定めた在り方に、周囲の変化や個人の価値観は関係無い。

 そう在ろうと選んだ道を貫く。

 

 達観とも諦観とも取れる返答だったが、ツルギの眼を見つめたカヨコは「そっか」と返し、エミヤへ視線を投げた。

 

 それを受けて、エミヤもツルギに問いを投げ掛ける。

 

「その、ツルギ……こんな事を聞くのは君に失礼かもしれないのだが、嫌になる事は無いのかね?」

 エミヤからしてみても、彼女達の年齢を鑑みてあまりにも学園の環境が悪いと言わざるを得なかった。元を正そうにもソレが生徒の気質であるとなれば、一体どれ程の時を掛ける事で意識の改革を成す事が出来るのか。

 それは恐らくツルギがこれから過ごす学園生活の中では成す事が出来ず。誰かに託すことになる問題だろう。

「嫌になる事は、あります――でも、誰もが嫌だからと目を背ければ、問題は問題のまま、分厚い壁に覆われて、真実も光も、壁の向こうに閉ざされてしまいます」

 それでも、彼女は選んだのだ。

「その方が嫌なので、私は壁をぶち破る正義を己で示す事を決めました」

 真っすぐに、緊張していようとも己の意志を確と伝えられる程の覚悟を持って。

 

 エミヤにとって、眩しさすら感じるその在り方。

 

 どうしても、顔を覗かせる己の過去。

 

 ――それでも、正義は裏切られる事もあるんだぞ。

 ――それでも、正義を信じられずに背を刺される事もあるんだぞ。

 ――それでも、正義を選んだ事に後悔を覚える事もあるんだぞ。

 

 伝えたかった。

 

 まだ選ぶ事が出来る彼女達だからこそ、その選択を妄信する事は恐ろしい未来に繋がるぞ、と。

 かつて、衛宮士郎(オレ)にそう伝えたように――。

 

 だが、伝えなかった。

 

 ソレを衛宮士郎(オレ)に伝えたのは、己の中に後悔があったからだ。

 正義の味方を選んだことで得た苦しみを、悲しみを、裏切りを、別れを、果てに至るまでを悔やんだからだ。

 

 しかしもう、エミヤの中に後悔は無い。

 忘れていた物を思い出せた。

 過程がどうあれ、結果がどうあれ、己の選択で行動し己の決断で行動した。

 失った筈の理想を、壊れた筈の思い出と、もう一度直面する事が出来た。 

 

 彼女(ツルギ)の持つ覚悟を揺らしてまで、伝える事では無い。

 いや、その考え自体が、彼女の覚悟が揺れるという考え自体が失礼だ。

 

 ふと、自分の掌を見た。

 正義の果てにその掌は血で染まり、正義の果てに傷つける事を選んだ掌だ。

 それでも、ソレは正義だった。

 己の中で選んだ誰かを助けたい願いだった。

 

 余計なお世話だろうか。

 

 伝えたいと思ってしまう。

 己の後悔では無くお節介を。

 

 犠牲の刃でその身を裂かれようとも、裏切りの弾丸でその身を貫かれようとも、世界の意思で精神を酷使されようとも、結果に至る行動は全て誰かを助けたい願いからの物であり――。

 

「もしも、君が」

 

 ――それは、間違いでは無かった。

 

「君が、助けを必要とする事があれば呼んでくれ」

 

 ――だって、その果てが今なのだとしたら。

 

「その時は――」

 

 ――自然と、隣に立ってくれた彼女達に出会えたことに、果てに待つこの便利屋での生活()に、

 

「――便利屋(私達)が、力になろう」

 

 ――後悔など、ある筈が無い。

 

 

 

 少女にとって、ソレを言われた事は初めての経験だった。

 助けて下さい、こちらに増援を、お任せします。

 その言葉が耳にこびりついて久しい彼女にとって、目の前の男性が言う『力になる』という言葉は、胸の内に空いていた何かを満たしてくれる物だった。

 

 決して仲間を頼っていない訳では無い、何かあれば指示を出し、何かあれば助力を願う事もある。

 だがそれは、『正義実現委員会』としての彼女であり、今、目の前の男性が伝えて来た内容は『君が』という個人に向けた物だった。

 

 『正義実現委員会の委員長』では無く。

 剣先ツルギを助けると、そう彼は伝えてくれたのだ。

 

 気が付けばその彼との会話は終わっていて、既にその姿は遠くへと去っていた。

 だが、何故か視線を逸らせなかった。

 彼が去ったその先をいつまでも見つめていた。

 

 この人は頼っても、良いんだ。

 

 『正義実現委員会』としてでは無く個人として、頼っても良いと言ってくれた。

 

 突然の言葉にも程があり、ヘイローの無い貴方が何を言っているのかと思った。

 

 だが、労わりの言葉よりも何故か胸に響いた。

 

 真っすぐに向けられた視線は彼女を見ているのに、何処か遠くへと向けられていて、それが凄く気になった。

 

 気になったからこそ、彼から貰った言葉を何度も反芻した。

 

 エミヤは知らない、ソレがどれだけ彼女にとって救いになる言葉なのかを。

 エミヤは知らない、その安心感が、彼女にまた一層の強さを与えてくれたことを。

 

 

 

「と、言う訳で!こんにちは便利屋のエミヤさん!それとおまけで付いてきた人達!私がティーパーティーの聖園ミカだよ!よろしくね!」

 遂に最後の『ティーパーティー』への挨拶となり、レイサに連絡を取ってもらったところ待ち合わせ場所として指定されたテラスに辿り着いた時、エミヤはトリニティ総合学園の抱える闇と対面する事になる。

 

 言葉にも含まれる明確な区別。

 トリニティの生徒が潜在的に抱えるゲヘナ嫌いという闇の体現者が目の前に現れた。

「私は」「私は便利屋68の鬼方カヨコ、よろしく」「同じく浅黄ムツキだよ、よろしくねミカちゃん」

 ソレに対して物怖じせずに挨拶を返すカヨコとムツキのなんと心強い事か、心配を隠せずにエミヤの腕を抱くレイサは同時に驚きも隠せずにいた。

 

「あれ?私はエミヤさんに挨拶したつもりだったんだけど、白い服を着たって隠せていないゲヘナ臭さが嫌だから挨拶しなくても良かったのに、わざわざありがとう!」

「どういたしまして」

「ちょっとー、嫌味には嫌味で返してくれないと、私だけが悪い子みたいになっちゃうじゃん!」

「あはは!ミカちゃんすっごく正直だね!それで、他の『ティーパーティー』の人は何処?ちゃんと挨拶出来る人とお話したいな」

 

 笑顔なのに怖いのは何故なのか、エミヤの脳裏には赤色と紫色の少女が時折この様に笑顔でバチバチしたやり取りをしていたなぁと懐かしさすら思い出されていた。

 

「えっとね、今日はナギちゃんは少し用事があって、セイアちゃんも必要な事をするーって時間が取れなくて、本当は凄く凄く嫌だったんだけど、私しか体が空いていなかったから仕方なく私が応対する事になったんだよね」

「……あぁ、うん、ありがとうねミカ」

「ふーん……そうだね、素直にありがとうねミカちゃん」

 最早見守りに徹しているエミヤだったが、今のミカの返答を聞いて最初はゲヘナ嫌いだけが印象だったミカへの見方が少しだけ変わった。

 

「別にお礼が言われたかった訳じゃ無いよ、連邦生徒会長から連絡まで入っていたし、それにゲヘナの生徒のカヨコちゃんとムツキちゃんはともかくとして、エミヤさん個人には会ってみたいなって思ったから時間を取った訳だし、だけどゲヘナの子と同じ空気を吸っていると病気にならないか心配だから出来たら早く切り上げたいかな」

「ふふっ、ミカは多分私達の事、心底嫌いなんだろうね」

 それは不思議な感覚だった。

 何処までも嫌いを前面に押し出しているのに、何故かカヨコもムツキも言葉を重ねる程にミカに対する不快感が薄れていくのだ。

 それは聞いているエミヤも同じで、何処までも嫌いを隠そうとしないミカの言葉はいっそ清々しさすら感じる程で不快感は無かった。

 

「うん!私はゲヘナの生徒が本当に大嫌い!なんでだろうね?だけど凄く嫌いなんだよね、そこに理由を見つけられないのに嫌いっていう感情が真っ先に来ちゃうんだよね」

「まぁ、分かるよ、私も対面してみると何故か嫌悪感が湧いてきちゃうし……でもね、いや、難しいかもしれないんだけど、ミカ、個人で見てごらん」

「そうそう!私も此処に来て気付いたんだけど『トリニティ総合学園の誰か』って意識しちゃうと変な感覚になるけど、『誰か』だけでその人を見てみるとあんまり変な感じしないんだよね」

 まるでソレは呪いにも似た何か、所属を意識すると嫌悪感に襲われるという不思議な何か。

 

 しかし現に、便利屋68として接していたサクラコとミネやマリーはカヨコとムツキに対して嫌悪感を表には出しておらず。

レイサも「ゲヘナから来た~」と言ってはいるが、ゲヘナの生徒としてカヨコとムツキを意識した様子は無くそのお陰からか一切の嫌悪を感じさせては居ない。

 此処に来て初めてミカが『ゲヘナの生徒』としてカヨコとムツキを意識する事で嫌悪感を表に出しているのだ。

 

「うぇ……?い、いきなり言われてもそんな事出来ないよ、だってゲヘナの生徒である事に違いは無いんでしょ?だったらキモいし嫌いだもん、そんな、どうしてとか、考えた事ないし……ゲヘナ学園とトリニティ総合学園(私達)ってそういう物じゃん、ね?」

 それでも、少しはやってみようと意識したのか多少困惑している様子が見て取れた。

「エミヤさん、えっと、多分ミカ様が普通なんです……私や今日これまで会って来た方々が異常で、もしかしたらそれもあっての連邦生徒会長から個人を指名しての依頼だったのかもしれません」

 レイサの発言もあり、エミヤは尚の事確信を深めた。

 

 何かある(・・・・)

 それも呪いというよりも制約に近い土地に根付いた物が。

「自己紹介が遅れてすまない、既にご存知の様だが私がエミヤだ……ミカ、君はミレニアムについてはどう思う?」

「あはっ!よろしくねエミヤさん!ミレニアムは別になーんにも!頭が良い学校なんだろうなぁって位の認識だよ?ねぇねぇそれよりもエミヤさんって背高いよね?声も格好良いし、凄い筋肉してるよね~!触って良い?うわぁ!ちょっとレイサちゃんも触ってごらん?こういう形の服を着ているのかと思う位に硬いよ!」

 一の質問に対して返って来た答えと意味の無い許可を求める問いと謎の勧誘と……エミヤは先程までの様子とのギャップに驚きながらも、今日は既にギャップでの驚愕を体験していたお陰かすぐに冷静になる事が出来た。

 

「あまりみだりに」

 瞬間、ミカは背後に飛び退り鋭い何かを避けた。

 

「触るのはさ」

 強い風が吹いたのかと思えば、エミヤとミカの間に手が差し込まれていた。

 

 今日はよく遮られるなと思いながら手の主であるカヨコを見ると、目に見えて怒っている様子にエミヤは口を閉ざす事にした。

「触るのは違くないかな、聖園ミカ?」

 飛び退ったままの膝を折った体制で、そのカヨコの様子に心底楽しそうな笑みを浮かべたミカは挑発を重ねる。

 

「分かりやすい嫉妬は醜さが露呈する行為だよ、鬼方カヨコ」

 

 あくまでも差し込まれたのは『手』であり、蹴りや拳では無い。

 これが明確な攻撃に該当する物であればミカも喜んで攻撃に転じる事が出来たが、あくまでも差し込まれたのは『手』であり、制止を求める動作に他ならない。

 

「少しだけ、スキンシップの時間とか、どうかな?」

「ふぅん、良いんじゃないかな」

 

 二人の間で高まる緊張感に、ムツキは「いけいけー!」と楽し気である。

 

「なぁレイサ」

「ひゃぁ!?は、はい!?」

 目の前で行われる行為に、背後に隠れているレイサに声を掛けたエミヤは心の内を曝け出した。

 

「もう帰って良いかな」

「この状況で!?」

 

 もう正直帰りたかった。

 

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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