便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

25 / 75
第二十四夜 努力

 

「先程は見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございませんでした」

 なんとか一息ついて、遅れてやって来た『ティーパーティー』の桐藤ナギサは自己紹介も済ませ、エミヤへと深々と頭を下げていた。

「うふふ、私も突然出てきて驚かせちゃいましたよね」

 同じくセイアから代わりにエミヤを見定めて欲しいと頼まれて出席した浦和ハナコも自己紹介を済ませ、誰も何故彼女が水着姿なのかには突っ込めないまま着席していた。

 

「いや、私こそ突然の事に体が動いてしまったうえに、ハナコに関しては無視に近い事をしてしまったからな、大変申し訳ない」

 そしてエミヤは一連の出来事で恐怖を覚えたレイサに膝の上に乗られて抱き着かれながら、テーブルの下でカヨコとムツキに思いっきり足を踏まれている状態にも関わらず平然を装って挨拶をした。

 そのカヨコの隣の席で椅子に背を預け口から血を流して満足気な笑顔で真っ白になっているミカは笑い疲れているだけだ。

 

「改めて、私達『ティーパーティー』は他の学園でいうところの生徒会として、学園全体の管理を担っている者達です」

 エミヤは順にミカとナギサを見やり、

「君たちがか……!?」

 中々に失礼な発言をした。

 

「さ、先程のは突然の事で私も気が動転していたのでお忘れ下さい」

「えっと、普段はナギサ様はすっごくしっかりとしていて、生徒達の事を第一に政策や活動を考えて下さっていますよ」

 援護に入ったヒフミの言葉もあり「(ヒフミが言うならその通りなのだろうな)」と素直に納得。

 両手を合わせてまるで神に祈るかの如く「ヒフミさん……!」と感謝を示している姿は見ない事にした。

 

 しかし、落ち着いて紅茶を口に運ぶ所作や佇まいは実に洗練された物であり、先程の怪異が如き暴走を忘れれば、目の前に居るナギサは誰もが想像するお嬢様を形にした理想像であり、その様子からは『ティーパーティー』のトップを務めている事にも頷ける程だった。

 

 とはいえ、エミヤとしては別段お嬢様という存在が狂っていようが狂暴だろうがプロレス技を使ってこようが八極拳を会得していようが驚くことは無く単に古傷が痛むだけだ。

「いや、先程は私も失礼した――特にヒフミ、すまないな抱き寄せてしまって」

「い、いえ、私も勿体ぶった伝え方をしてしまいましたし、嫌という訳ではありませんでしたので……」

 顔を真っ赤にして返答するヒフミを見ながらティーカップを嚙み砕いて咀嚼したナギサは口元を拭く所作の中でハンカチに陶器の破片を隠してポケットに仕舞い、誰にもバレない速度でミカの前に置かれたカップと自分の物を交換した。

 

「そ、そういえばエミヤさんとヒフミさんは何処かでお会いになられた事がある様子ですが、どちらでお会いに?」

「それは――」

 と、そのまま答えになったエミヤだったが、ナギサの背後で顔を青くして涙目になり必死に首を振るヒフミが目に入り、出会った場所がブラックマーケットであることを思い出して「(そうか、不都合なのか)」と察し、

「――この場においては、私とヒフミだけの秘密だ」

 己の脚がより強く踏まれる事になるのをただ受け入れた。

 

 ふと腹部に掛かる力が強まったのを感じコアラ状態のレイサを見下ろしてみると、何故か頬を膨らませたレイサがこちらを見上げていた。

「あら……あら……♡」

 その様子を見て芯からゾクゾクしているのか、身体を震わせるハナコが恍惚の笑みでエミヤを見つめていた。

 

 ナギサの羽根が三枚程ハラリと地に落ち、微振動のダイエットマシンを使用しているかのような震えを起こしている中でようやく復活したミカは口元の血を拭きとると「はーーー!すっごい笑った☆」と非常にご機嫌な様子でエミヤへと視線を投げた。

 

「ねぇねぇエミヤさん、今日一日トリニティ総合学園を見てみてどうだった?」

 それは、ミカだから出来る質問だった。

 

 何がどうだった?でも無く全体的にどうだったかを問い掛ける曖昧な質問は、逆に言えば回答者にとって一番印象に残っている事を引き出す問いでもある。

 

「そうだな――」

 

 自身が育った学園と美しい街並みを愛するレイサ。

 環境の所為なのか生まれ持った物か、誤解を受け易くも一組織の長を務めていたサクラコ。

 己のするべき事に真っすぐで、すぐさま行動に移せる上に間違いをすぐに認めたミネ。

 非常に難しい仕事内容にも関わらず正義という光を信じ続けるツルギ。

 複雑な感情を抱きながらも自身を素直に表現するミカ。

 

 そして、この学園の生徒が抱えるであろう陰湿さと狡猾さ。

 

 それらを見てエミヤは、感想を述べた。

 

「この学園の生徒は、皆『努力』を惜しまないな」

「……努力、ですか?」

 その感想に真っ先に反応したのはハナコだった。

 

「あぁ、正義実現委員会の活動を聞いた際にイジメがある事や、ティーパーティーやシスターフッド、救護騎士団の話を聞いた時には勢力や組織といった言葉も出てきて、成程確かに他の学園と比べてどうしても裏を匂わせる環境だとは思った」

「――そう、ですね」

 その言葉に、先程までよりも暗さを帯びたハナコの眼が伏せられ、

 

「だが、そこに『何故?』という部分を探した時、単純に性格が悪いとか、計算高く動いているでは説明できない物もあった」

 エミヤの言葉に、目と耳を奪われた。

 

「イジメる事や蹴落とす事は確かにマイナスな行いだ。だが、それを何故行うのかという部分に着目した時、その他の学園と比べてトリニティでは『立場を奪う為』『失脚させる為』という向上心にも繋がる部分がある」

 それはあまりにも好意的な解釈であり、シンプルにマイナスの感情の発露として行われるイジメも多い、

「それに、ソレらに気付く者達は多くを考えていなければ気付けない筈だ。ただの天才では不可能、言葉の裏を探るのは理解しようという努力から来る物だ。誰かのマイナスな点に気が付くのはその人を知ろうとする努力から来る物だ」

 またもや好意的な解釈だ――意識せずとも結びついて、気が付いてしまう。

 そこに努力なんて物は存在しなかったし、誰かの言葉の裏に気が付いても、ただただ不快感が募るばかりだった。

 

「この学園には、そうしたマイナスの面を聞き及ぼうとも周囲を見渡せる者が居る」

 ――好意的な、解釈だ。

「届いた言葉から意味を汲み取り、何かに気付ける者が居る」

 ――好意的で、一端しか知らないから言える事だ。

 

 

「そうした『善意を探す努力が出来る者』が、『何処かで諦められずに努力する者』が居る」

 

 なのに、何故こんなにも嬉しさを覚えてしまうのだろうか。

 

 

「誰だって、言葉の裏や真意という物は探してしまう」

 気が付けば皆、エミヤの言葉に耳を傾けており、

「ソレは他者の全てを疑って掛かっている訳じゃない、全てを疑い、諦めているのなら探す事さえしない筈だ。ただ言葉をマイナスに捉える筈だ」

 ナギサは先程までの様子が嘘の様に何処か安堵の表情で紅茶を飲み、

「今日出会った生徒達は、そう、君達は」

 ミカはテーブルに肘を突き、顎を手で支えにこやかな表情をエミヤに向け、

「誰かを信じる努力を止めない生徒達だと、私は感じたよ」

 ハナコは誰にも見えない様に一人、静かに涙を流していた。

 

「成程……非常に貴重な、本当に貴重なご意見をありがとうございました」

 誰が聞いても分かる心からの謝辞。

 それは、今の全ての言葉がどれもこの学園の生徒を表していながら、エミヤ自身を表していたからだ。

 

「正しくこのトリニティ総合学園を見て頂き、その上で貴方様は――エミヤ様はそう仰られたのだと、今のお話で伝わりました」

 不思議な程に心の湖面が安らいでいた。

 

「私もそんな風に言われたのって初めてかも、ねぇエミヤさん、それって誰でもそうなのかな?言葉の裏を探す子達はみーんな、人を信じる事を諦めてないのかな?」

「――そうだと言いたいが、ソレは違うな」

 

 紅茶を一口。

「中には、信じたいけれども信じる事が出来ない者もいる」

 少しの苦味が口内に広がり、既に紅茶が冷めつつある事が分かる。

「中には、裏など無いのに言葉の裏を見つけた気になって、勧善懲悪を気取り冤罪が如き裏を作る者すらいる」

 ただただ苦い、苦い味だった。

 

 

「それでもな、ソレらを知っていても尚、誰かの為にと人を信じて行動する者も居るのさ」

 

 

 その表情は柔らかな笑みだったが、ムツキとカヨコには何処か泣きそうな表情にも見えた。

「自分が何処に該当するのか知りたければ、振り返ってみればいい、またはこの先でこの言葉を思い出せばいい」

 紅茶を置き、ミカの頭に手を置いて、セットが乱れない程度に頭を撫でる。

「嫌になった時、他人に絶望した時、自分に絶望した時――それでも誰かの言葉を聞いて、その言葉から好意的な物を探し出せたのであれば、ソレはまだ信じる気持ちが残っている証拠だ」

 

 既に泣き止んだハナコはエミヤの言葉を聞き逃さない様にと胸の前で指を重ねて、祈る様な姿勢を取っていた。

 

 

 

 浦和ハナコは天才だ。

 『一を聞き十を知る』いや『知ってしまう』程に頭が良かった。

 故に、このトリニティにおいて聞こえてくる言葉の裏に含まれた幾つもの悪意に苛まれてきた。

 

 どれ程に綺麗な言葉で隠そうとも『利用してやる』『派閥に入れ』『分かっているだろ?』と棘の様な悪意に晒され続けて来た。

 ソレらは汚くて、鋭くて、他人を傷付ける物で――ソレらに気が付いてしまう自分自身も、嫌だった。

 

 心を閉ざしてしまいたかった。

関わる事さえ億劫で、押し付けられる理想が苦しくて、いつからか自由に振舞う事でそのストレスを解消していた。

 

そう――浦和ハナコは今の話で気付いてしまった。

 

閉ざしてしまいたかったけれど、それでも自分は心を閉ざさなかった。

向けられる悪意や猜疑心、好奇の眼の中から理解者を探していた。

全てで無くとも良い、自分が自由奔放に振舞う姿に対して真っすぐに向き合う者を探していた。

 

ソレを、ハナコは逃避だと考えていた。

だからこそ、自分の事を好きにはなれなかった。

学業の面を褒められようとも全く嬉しさは無く。

求めていたのは、受け止めてくれる存在だった。

 

「(この人はソレを『努力』だと言ってくれるのですね)」

 

 まだエミヤはハナコの事など何も知らない。

 これらの言葉もただ感想を語っただけであり、ハナコの為に用意した言葉では無い。

 だからこそ、ハナコは素直に受け取る事が出来た。

 自身の内にある共感にも近い醜悪さを知られようとも、エミヤは間違いなく受け止めてくれると確信を持てた。

 

 いや、エミヤならばそうであると、信じる事が出来た。

 

 

「(なんて、大きな方なのでしょうか)」

 興味が尽きない、もっと知りたい、そう思えた。

 どのような思考でその考えに至ったのか、どのような経験でその答えに至ったのか。

「(そして、なんと暖かい……)」

 胸の内に灯った炎が、ハナコの心を温めてくれていた。

 

 

 

「そ……っか、えへへ、えへへへへー!」

 頭を撫でられたミカは、それまでよりもより一層無邪気な様子でエミヤに抱き着いた。

「な、なんだ?どうした?」

「ううん!なーんでもないよ!」

 その、何処か救われた様子の笑顔に対して、カヨコは手を差し込むことはしなかった。

 

 とはいえ、ソレはソレとしてエミヤの足は踏んでいた。

 

 

 

 全ての会合が終わり、トリニティ総合学園の自治区とD.U地区の境界まで見送りに来ていたレイサはたった一日の出来事にも関わらず。今日の事を決して忘れないと確信していた。

 

 それ程までに濃密であり、学びに満ちた一日だった。

 

 嫌だと感じてしまった事を『努力』だと褒めてくれて、自分が嫌いだと思った部分も含めて好意的な意見でまとめてくれた。

 

 突然の依頼で行う事になった案内役だったし、大人の男性に対して恐怖が無かったと言えば噓になる。

 しかし今では、連邦生徒会長に感謝を覚えていた。

 

 エミヤだけでは無くカヨコとムツキに出会えた事も余計な偏見を捨てる機会を得られて嬉しかった。

 

 だが、どんな一日にも夜があるように終わりが来る。

 前を行く三人の背中はレイサにとって大きく見えた。

 

 物事を見る時、様々な方向から見る事が出来る三人にレイサは尊敬の念を抱いていた。

 

 モモトークの交換はした。

 ならばこれからは、依頼が終わったら友達の様に接して良いのだろうか?

 思わず、隣を歩いている先輩、阿慈谷ヒフミに目を向けた。

 

 レイサにとって不思議に思えているのは、彼女も自分も三人も誰も会話をしていないのに空気が重くない事だった。むしろ笑顔、不仲だから会話が無いのでは無く。そこにある確かな信頼が会話を必要としていない。

 その空間に自分が居る事が何処か凄く場違いな気がして、胸に苦しさを覚えていた。

 

「あ!そうだレイサちゃん!」

 屈託のない笑顔を浮かべて、それは楽しそうに語り掛けて来たムツキに思わず体が硬直してしまう。

 周囲を確認して、もうトリニティの自治区外に出てしまう事に気が付き、『別れの挨拶だ』と涙が溢れそうになる。

 

「今日のお礼にさ、今度一緒にお買い物行こうよ!今日見たお店とか結構品揃え気になる物もあったし、一緒に選んでよ!」

 

 予想を裏切られた。

 とても、とても良い形で裏切られた。

 恥ずかしさすら覚えていた。

 友達の様に接して良いのだろうか?などと悩んでいた。

 

 だけど、目の前に居る友達(・・)はそんな事を気にせずにまた会おうと言ってくれた。

 

 自然とレイサの足が動いて、ムツキに向けて走り出す。

 飛び込んできたレイサを抱き留めて、ムツキは「どーしたのー?」と言いながらも嬉しそうだ。

 

「どうだった?」

「どう、とは?」

「今回の依頼」

「――カヨコ、流石に気にし過ぎだ」

 

 カヨコが聞いてきたのは『トリニティ総合学園』がどうだったか?では無い、連邦生徒会長からの依頼だ。

 何が狙いなのか、ソレは分かったか?という質問だ。

 

「だって、明らかにさ」

「あぁ、ゲヘナの生徒である事に気が付いた上で受け入れる――ミカの反応からしても、『シスターフッド』の教会内においても、意図的に大きな問題にしないように対応されていた」

 

 そこから思い付くのは、この依頼自体が何かの布石であるという可能性。

 人脈を広げる――ソレはあくまでも副次的な目的であり、主目的は別にあると判断するのが正しいだろう。

 

「案外、レイサとかサクラコさんとか、私達じゃなくて向こう側を主体とした依頼だったのかもね」

「便利屋の人脈では無く――トリニティ側の、という事か」

 

 どれだけ悩もうと、答えは出ない。

 隣り合っていたカヨコが再び歩き出し、エミヤはレイサとムツキに声を掛けて「そろそろ行くぞ」とじゃれ合う二人を引き離す。

 

「絶対絶対、今度一緒に遊びましょうね!」

「あははっ!うん!私も楽しみにしてるね!」

 ムツキとレイサの非常に仲の良い様子に心癒されながら、レイサに「その時は私も一緒に良いかな?」と笑顔で尋ねる。

 

「ふぇ、あ、は、はい、エミヤさんも、選んで……下さい……」

 顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに了承したレイサに首を傾げていると、小走りで近付いて来たヒフミが答えをくれた。

 

 

「二人とも、水着を選びに行くって話してたんです」

 

 

 レイサと別れてからの帰り道、エミヤはずっとムツキに揶揄われる事になるが……自業自得ゆえに受け入れるしかなかった。

 

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

  • いいよ
  • だめだよ
  • やってみろ
  • エロ書け
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。