連邦生徒会長の失踪。
事実としては失踪となるのだが、現状でソレを把握しているのはエミヤと七神リンの二名のみであり、詳細な情報までは知らない彼女から呼び出しを受けたエミヤは「――まぁ、そうなるよな」と思いながらサンクトゥムタワーへ足を運んだ。
「ん……?」
以前訪れた際は入館管理としてSRTのニコが入口に居たのだが、今回は居らず。
今度の月見会で持っていく食事の相談をしていようと思ったエミヤは少しだけがっかりした。
しかし何も受付や許可も得ずに入って良いか悩んだ結果、以前ニコが話していた『上司』の存在を思い出し、少し悩んだ後に連絡を取ってみる事にした。
「もしもし、便利屋68の庶務エミヤという者だが…不知火カヤ、であっているかね?」
『はい、エミヤ様ですね、その節は感謝しております』
怒っていたり此方に恩を着せてくると覚悟していた手前、予想外の対応に早速連絡するんじゃなかったと後悔する羽目になった。
不知火カヤ、連邦生徒会防衛室長を任される
己の持てる権力を行使する術には長けており、だからこそ権力に従わないエミヤに対しては招致を呼び掛けようとも全く響かず。果てには混乱の極みに達し崇める事でエミヤが降臨しないかとバグっていたタイミングでの来訪、連邦生徒会長からの催促も無くなった事で胃痛から解放され、それ以来エミヤに対して謎の感謝を抱いている女性だ。
以前訪れた際にはニコからの忠告もあり面会する事は避けていたが、それが起因して『やっと来たのですか文句の一つでも』と考えていた段階から、胃痛の解放を経て『なんだかんだ来て頂けたお陰で非常に助かりました』と思考が突然変異を遂げた結果である。
「あー、その、サンクトゥムタワーに入りたいのだが、入口に誰も居なくてな……」
『あー……入っちゃって大丈夫ですよ、任命権の問題で少し色々ありまして、私の管轄からスタッフを配備しておきますので安心して下さい』
混乱こそ起こっていない物の、指で掬えば埃が見つかる程度には問題が表面化してきている事が窺えた。
とはいえ、連邦生徒会の問題に積極的に関与する訳にもいかず。許可を得た事で入れるようになった館内へ、何処へ行けば良いのか分からなかったが丁度通りかかった人物に声を掛けた所、
「僕って兄ちゃん居たっけ……?」
まさかの質問を質問で返してくる上に理解不能な思考回路をしていた事からすぐさま離脱。
「待ってよ兄ちゃん!だってキヴォトスでここまで似た肌色の人ってゲヘナの風紀委員の子以外で初めて見たんだもん!」
「えぇい私は兄では無い!……泣きそうな顔をするな!?」
「だって兄ちゃんが兄ちゃんだって認めてくれない……」
「三十秒前に会ったばかりで家族関係が構築される事など……」
――『私が聖杯戦争に参加した際か?冬木の町に気の良い家庭があってな、少し魔術を使ってそちらの家族として下宿していた』
「……無いとも、言い切れんが」
脳裏を
「じゃあやっぱり兄ちゃんだ!あはははは!やったー!兄ちゃんだー!」
「
キヴォトスで出会った少女達の中でもかなり体格が良い方であり、普段から使い慣れているのか自然とレスリングの要領でエミヤに組み付いており、無理に引き剝がせば怪我を負わせてしまう心配もあり悪戦苦闘。
「ハイネ体育室長、何を遊んでいるの?」
そこへ通り掛かった青い髪をした少女が鋭く指摘した事で、ハイネと呼ばれた少女はその動きを止めて首だけを動かして振り向き気まずい顔をする。
「い、生き別れの兄に会えたから、つい……」
「そう、仕事の時間に生き別れの兄と偶然出会うだなんて、まるで仕事をサボって廊下に出て休憩室に向かおうとしていた所で叱る人に会うみたいな偶然ね」
「わぁー!先輩絶対に怒ってる!に、兄ちゃんまたね!今度会ったら認めてね!」
「誤認にも程がある」
まさに嵐の如き少女だったと一息吐いて、次いで助けてくれた少女へと目を向ける。
「ウチのハイネがご迷惑をお掛けしたわ、私は扇喜アオイ、連邦生徒会で財務室長をしているわ……アオイと呼んで頂いて結構よ」
「本当に助かったよアオイ、私は便利屋のエミヤ、今日は七神リン主席行政官に呼ばれて来たのだが、彼女は今何処に?」
「せんぱ……リン行政官であれば連邦生徒会長の執務室に、貴方の事、何処かで見た事がある様な気がするのよね……最近何か有名になる様な出来事とかあったかしら?」
その時、エミヤの脳に
「いや、他人の空似だろう。それよりも教えてくれてありがとう、感謝する」
「空似する外見じゃ無いと思うけれど、まぁいいわ……とても明瞭快活で要点の纏まった会話、ウチの室長達も皆、貴方みたいであれば良いのに」
少しだけ表情に怒りを見せるアオイの様子が何処か可愛らしく癒される。
しかし愚痴の内容がどうにも内情を知らない連邦生徒会の事だったので反応に困っているとアオイもソレに気が付き少し恥ずかしそうにしながらも、出来る限り表情に出さない様に平静を繕った。
「し、失礼したわ、用があるのに引き留めて」
「いや、日頃から周囲をよく観察していなければ今の様な言葉は出てこないだろう」
「……ありがとう、ほ、ほら、エレベーターを使えばすぐよ、私は仕事に戻るわ」
「あぁ、私こそありがとう、それではな」
アオイと別れエレベーターへ、なんだか久しぶりに凄くまともだと思える子と話をしたなぁと感慨深さを覚え、リンの待つ執務室へ。
途中、エレベーターが停まり同乗してきた金髪の少女が書類を大量に抱えていた事もあり「良ければ運ぶのを手伝わせてくれないか?」と声を掛け、感謝を貰いながら偶然にも行き先が同じだったこともあり執務室への案内を買って出てくれた。
「ありがとうございます、もしかして貴方が来訪予定のエミヤ様でしょうか?」
「あぁ、もしかして君も何か室長を務めていたり?」
「どうしてお分かりになられたのですか?はい、私は調停室長を務めております岩櫃アユムと申します」
「いやな、先程から室長の立ち位置にある人物とえらくエンカウントするもので、思わずな」
書類を受け取り廊下を歩きながらの雑談、アユムと名乗った少女は柔らかな物腰でとても温和な性格をしており、
「一日で多くの方と知り合う事が出来るのはとっても素敵ですね」
その受け答えから何処となく元々はトリニティの出身だろうか?と思う程にお嬢様を感じさせた。
「それにしても連邦生徒会は組織として様々な部署があるのだな、調停室長という事は……アユムは元々そういった部活や活動をしていたのか?」
「ふふ、私も含め、皆連邦生徒会長からのスカウトを受けて所属するに至りまして、私は今と比べればもう少し現場寄りの仕事をしていたのですが、気が付けば体を動かして規律違反者を追い掛けるよりもデスクワークが増えて仕事を追い掛ける日々になってしまいました」
困り顔ながらも気を荒立てるのでは無く至って穏やかな姿に、これまで知り合ったトリニティの生徒を思い出して『トリニティであればもっと感情的になるか』とナギサの姿を思い出しながら思案。
「もし良ければ聞いておきたいのだが、リン主席行政官はどのような人なんだ?」
「そうですね……とても誠実で、仕事においてあの方以上に任せられる人は居ない、そう思える程に真面目な方です。ですが、少しだけ……」
「ん?」
「主席行政官として揺らがない姿を周囲に見せる事を意識してらっしゃるので、忙しさや業務上の大変さを共有して下さらないのは困り所です」
ソレは随分とヒナと話が合いそうな人だなぁと思いながらも、こうして周囲に理解者が居てくれるのであれば大きな問題に繋がりはしないだろう。
アユムが扉をノックし、返答を貰った事で執務室の扉を開ける。
「リン行政官、エミヤ様がお越しになられましたよ」
リンと呼ばれた長い黒髪の少女が作業をしているデスクに書類を置き、エミヤが持つ書類も受け取り同じ様に積み重ね、そのままリンの傍に侍り小さく会釈した。
「お待ちしておりましたエミヤさん」
――という事は彼女が連邦生徒会長が電話越しに名前を呼んでいた。
「私もリンちゃんと呼んだ方が良いのだろうか?」
「誰がリンちゃんですか、リンで良いです」
「そうか――」
もう一度、その名前を呼ぶ事に少しだけ躊躇いを覚えた。
凛。
リン。
別人だ。
しかし、その
「では、リンと……」
――それでも、あの言葉は彼女に贈った物だ。
「よろしく頼む」
過去を引きずっている訳では無い、しかし、それでも言えなかった。
心のどこかで、思い出として宝物になっているから。
「今回お呼び立てしたのは、私共が所属する連邦生徒会、その長である会長が連絡も取れず電話にも応答しない事からです」
予想通りの言葉にエミヤはリンの聞き及んでいる範囲が失踪の理由にまでは至っていない事を推測。
しかし慌てていない様子、そして対応書類を集めている所からも、会長がすぐに戻ってこない事は知っていると予想した。
「そう――だな、私もリンと聞いている内容はあまり変わらない、それと……」
内容が内容だけにアユムがこの場にいるままではお互いに話せない事もあるだろうと目線でリンへと伝える。
「そうですね、アユム、申し訳ないけれど席を外して貰えるかしら?」
「……分かりました。何かありましたらお呼び下さいね」
少しの逡巡はあったが退室したアユムに、見知らぬ男と二人にする事への警戒を抱いている事、それだけリンの身を案じている事に優しい少女だと思わず笑みを浮かべる。
「さて、それでは私が知っている情報としては――会長は何かが解決するまで帰って来る事が出来ず。私はその間の連邦生徒会長の代理を務める様にと伺っております」
本来であればそれ程の信頼を置かれている彼女に失踪の理由を伝えたかったが、エミヤは連邦生徒会長との会話の中で彼女が言っていた『役割』という言葉が気に掛かり、伝えなかったのでは無く伝える事が出来なかったのでは?と考えた。
「ふむ、私も大体は似たようなものだ。今のに付け加えるのであれば『先生』と呼ばれる存在が来ること、そして『先生』をサポートする為のタブレットを用意しておくと彼女は言っていたな」
その言葉にリンは頷き、エミヤは自身もまた試されていた事を察した。
互いに情報の開示において嘘は吐いていない、『失踪の理由を知らない』とはエミヤも言っておらず。リンも知っていたであろうシッテムの箱の存在を『知らない』とは言っていない。ただ互いに相手が何処まで会長から信を得ていたか計る為の言葉のやり取りだ。
しかしここで、リンから思わぬ言葉が飛び出した。
「それではエミヤさんは、『先生』がどなたなのか――そこまでは聞き及んでいないという事ですか?」
それは予想外の質問だった。
そして、とある仮説が立てられる物でもあった。
「正直に言おう。聞いていない、しかし今の発言から『先生』は私が既知の人物、または著名な人物故に名前を聞けば分かる様な人物で間違いないか?」
「――成程、会長が信頼する訳です」
その質問に対して答えでは無く感想で返し、リンは深く息を吐き椅子から立ち上がると窓辺まで歩いて向かった。
「その通りです。『先生』は貴方が既知の人物、そして貴方が教えを請うた事もあり、既に
「……いやいやいやいやいやいや、待ってくれ」
エミヤの脳裏に一人の男性が想起された。
確かにその人物であれば神秘渦巻くこのキヴォトスでも魔術などを用いて立ち回る事は可能だろう。
それに教育者としてもかなり、それどころか非常に優秀だ。
「いやだが待ってくれ待ってくれ」
そもそも、あのロン毛を『先生』として連れてくるというのは、あちらの世界ではどういう扱いになる?
それとも自身と同じ様に座に登録されてソコから引きずり出してくるのか……?
あの人ならば座に登録されるほどの偉業を成し遂げていても驚きはしないが……。
「その者の、名は?」
「……その部分が問題でして、エミヤさん、もしも心当たりがあったとしても、決して口には出さないで下さい」
「む?」
「私は会長にその人について色々と聞かされましたが、最後に伝えられ、何かをされました」
その言葉に疑問を抱きながらも続きを促す。
「その名前を口に出してしまえば、不安定な状態で存在が確立されてしまう。故に、私は『先生』が姿を見せた時に名前を思い出す様に仕込まれております」
「(条件付きの魔術か……?)」
連邦生徒会長が魔術を使えるというのは聞いていなかったが、『知っている』と言っていた事からも使えても不思議では無い。
しかし、その場合は魔術師では無く魔術使いだろうなと自身もあまり興味の無い根源へ少しばかり同情する。
「この場にお呼び立てした本当の理由は――その、エミヤさんは何か、連邦生徒会長から私やこの組織について指示を受けたり……伝言などは、ありませんでしたか?」
その言葉を述べた彼女の様子は、先程までの凛とした姿では無くまるで親を探し求める迷子の様で、ソレにも関わらず答えを持たないエミヤは申し訳なさを抱いた。
「――すまない、私は何も」
「そう、ですか」
「だが、彼女の性格を考えればソレこそが伝言だろう」
「はい?」
エミヤから告げられた言葉の真意を探すが、見当たらずに首を傾げるリン。
「必要な事は伝えた――だから、君ならば、君達ならばあとは伝えずとも大丈夫だと信頼したのではないか?」
それは希望的観測だ。
しかしリンはエミヤの言葉が腑に落ちた。
連邦生徒会長の判断は理解するのが難しかったり、時には最善策とは思えない指示も飛ばされる。
しかし、交わす言葉は指示の遂行に必要な情報が含まれており、頭を働かせれば既に聞いていた情報から対処が可能な指示ばかりだった。
つまり、多くを語らずともリンならば、彼女達連邦生徒会ならばこの先に待つ問題を乗り越えられると会長は判断したという事になる。
「そう……ですね、あの人はそういう人でした」
窓の外を見つめながら、ガラスに手で触れる。
「本当に、勝手な人」
寂しげな表情の中に浮かんだ笑みには多くの意味が含まれているのだろう。
そこまでを察する事は出来ずとも、エミヤは「(コレを伝えさせる為にあえて情報を分けたのだろうな)」と今はプログラムとなっているであろう彼女の底意地の悪さに苦笑する。
「何かあれば頼ってくれ、その時は私も力になる」
「はい、それはこちらもです――これから、どうかよろしくお願い致します」
託された者と託した者、託された者に託した者の総意など伝わる筈も無く迷いは常にあるだろう。
だが、乗り越えられるはずだ。
礼をして顔を上げた彼女の眼には、既に凛とした覚悟が戻っていた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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カヨコとのエピソードはUA25万で解放されます。
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