便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第二十八夜 テウメソスの狐編 ①

 

 

 頑張った先には笑顔が待っている。

 その少女は、いや、少女達はそう信じてこれまでを走り抜けて来た。

 

 幾つもの事件を解決した。

 幾つもの問題に直面した。

 それでも努力を惜しまずに乗り越えて来た。

 

 気が付けば、周囲には共に乗り越えて来た仲間達が居てくれた。

 少女達の背を見て憧れて同じ学園に入ったと言ってくれる子まで現れた。

 

 諦めなければどんな問題でも解決出来る。

 

「連邦生徒会長と連絡が取れなくなりまして」

 

 諦めなければ。

 

「これまでは会長が全責任を請け負う事でSRTは成立しておりました」

 

 諦めなければ。

 

「直属の子飼い部隊、キヴォトスの全ての自治区での活動も連邦生徒会長の権限で可能な特殊部隊」

 

 諦めなければ。

 

「大隊規模の集団を相手にしても少人数で対応が可能、最新鋭の武装を所持した――宙ぶらりんになった武装集団」

 

 あきらめなければ。

 

「存続について連邦生徒会統括室並びに行政委員会で話し合ったところ」

 

 あきらめ、なければ。

 

 

 

「SRT特殊学園の閉鎖に賛成が多数となっております」

 

 

 

 伝えられたのはSRTの最年長部隊である私達FOX小隊のみ、他の子達はまだ知らない。

 

 納得しようがしまいが二カ月後には書類も揃えて公式の発表を行うと言われた。

 小隊のメンバーは小隊長以外の皆が怒りを露にした。

 

 当り前だ。

 

 突然母校を失う。

 居場所を失うなんて事があってたまるか。

 

「ヴァルキューレ警察学校への編入が決まっておりますのでご安心下さい」

 

 違う。

 そういう問題じゃない。

 

 頼られ、賞賛を浴び、憧れを受け、仲間と共に笑い合ったSRT特殊学園の閉鎖が嫌なのだ。

 居場所を決めて欲しいのでは無く。

 自分が選んだ居場所(SRT特殊学園)を失う事が嫌なんだ。

 

 事情を知った二年生の生徒が声を上げた。

「それなら、連邦生徒会を襲撃して分からせてやれば良い」

「そうだ!内側にいる情報提供者から地図や巡回経路を手に入れてある」

「私達が必要だという事を分からせてやろう!」

 別の生徒が声を制した。

「駄目だよ、おかしいよ」

「どうしてこんな短期間で情報提供者と信頼関係を構築できたのさ、疑問に思わなかったの?」

「私達の持つ武装は任務を果たす為にあるんだよ、存在意義を示す為じゃないよ」

 

 過激な意見が出る中で、一年生には伝えない事も決まった。

 これから先、私達が何をしてどんな結果になろうとも、一年生を巻き込まない様にしようと。

 

 そして、襲撃を二年生にやらせるわけにもいかず、私達FOX小隊が担当する事になった。

 

 責任を負うのは私達で良い、皆が求める事を行おう。

 

 過激派と保守派。

 このままでは、例え襲撃が上手くいこうとも内部で分裂が起きてしまう。

 そうなれば、皆が望んでいるSRT特殊学園の閉鎖を止める活動さえ行えなくなる。

 

 涙を流せば後輩達に、仲間達に心配をかけてしまう。

 泣くことは出来ない、俯いてなんてやらない。

 

 諦めなければどんな問題でも解決出来る。

 

 あきらめなければ。

 

 

 

 だけど、もう。

 

 

 

 その日は、金曜日だった。

 前回は行けなかったとある集まりに少女は向かいたいと内心では思いながらも、襲撃を前に控えた仲間達から離れる事は恐怖でもあった。

 

 故に、皆が寝静まってから外出する事にした。

 

 それはいつも集まる時間からは優に遅れた時間であり、いつも待ち合わせている場所に辿り着いても、誰も居ないであろう事は予想できた。

 

 しかし、その足は歩くことを止めなかった。

 止められなかった。

 

 あの場所に居る時、それは何者でも無いただの一人になれる時間。

 きっとそれは集まっている誰もが同じで、全てを忘れる訳では無く一度だけ重荷を降ろして、また背負う為の英気を養う為の場所。

 

 逃げている訳じゃ無い、そう自分に言い聞かせても罪悪感が拭い切れない。

 

 だけど、その罪悪感に押し潰された所で、本当の居場所に戻った所で――私は、皆の選択に付いて行ってしまう。

 それが間違った選択であろうとも、堕ちるのならば何処までも一緒にと賛同してしまう。

 

 真っ暗な穴の中で蜘蛛の糸も見えなければ、強引な手段でもかつて居た場所を目指そうとする事を、小隊の皆の努力を、仲間達の明日を目指す姿勢を、止める事なんて私には出来ない。

 

 だから、ほんの一時。

 ほんの一時で良いから、抱えた重荷を降ろしたかった。

 

 大丈夫、また背負うから。

 一緒に、背負うから。

 

 重くなった足取りで辿り着いた公園には、もう誰も残っていなかった。

 当然だ。

 いつもの約束の時間はとうに過ぎている。

 

 あの人達にも生活がある。

 毎日を共にする仲間がいる。

 

 私の為にと時間を割いている訳じゃ無い。

 

 思わず見上げたのは涙が落ちない様に、だけど目に見えるのは茂った木々ばかり。

 いや、違う。

 

 あの人達と一緒に見上げた夜空は月が綺麗だった。

 

 だけど、一人で見上げた夜空は、光を見つけられなかった。

 

 重荷を降ろそうとやって来たのに、私は一人。

 

 でも、コレで良い。

 誰も居ないのなら、思いっきり泣けるから。

 

「あ、うぁ、あぁぁ」

 

 そう思ってしまった。

 だから、決壊した。

 

「うわあぁあぁあぁああん!」

 

 怖い、怖い、怖い。

 どれだけ気丈に振舞って見せても、どれだけ頼れる先輩を演じても、時間が経つ程に覚悟を求められる。

 

「うあぁ、あぁ、ああぁああぁあ!」

 

 今だけ、誰も居ない今だけ、重荷を降ろそう。

 精一杯に泣き喚こう。

 

 足まで浸かった絶望の海に落ちる涙は、どうせ誰にも気付かれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう誰も居ない筈なのに――。

 

「さぁ、少し急ぐぞ」

 

 ――どうしているの?

 

 まるで絶望の淵から掬い上げる様に、少女の胴と脚に手を回して抱き上げる。

 月を背景に真っすぐと、行くべき場所へ視線を向けている。

 

 どうして遅れたのかも聞かず。

 どうして先週来れなかったのかも聞かず。

 

 その力強い腕で抱き上げて、一瞬で地上から跳び上がり視界には星空が広がった。

 

 そして気が付く。

 その腕が冷え切っている事に、身を預ける胸元も冷えている事に。

 

 ただの一瞬で思い知らされる。

 ただの一瞬で心が満たされる。

 

 待っていてくれたのだと、あの場所でとても長い時間。

 探してくれていたのだろう、あの広い公園の中を何度もずっと。

 

 他の誰でも無い、私の為に。

 

 ――ありがとう。

 

 思わずその体に抱き着いた。

 彼の冷え切った身体を暖めたくて、自分の冷え切った心を温めたくて。

 

 ――ありがとう。

 

 優しく。

 だけど確かに支える腕に力が込められた。

 応えてくれた事が嬉しくて、悲しみに満ちていた胸の中に嬉しさが確かに灯る。

 

 ――ありがとう、エミヤさん。

 

 夜を駆ける。

 それまでの後悔も絶望も置き去りにして、まるで希望へと向かう様に。

 

 何も問わず。

 何も疑わず。

 ただ待ち人を抱き締めて。

 

 

 

 

 

 少女が、ニコが自分の抱えている物を全て吐き出したのは、その時が初めてだった。

 古株として応えたい期待、在り方に悩む後輩、誤った道に進もうとする仲間達。

 思いと思いが絡まり合った事情、踏み込むには覚悟がいる問題。

「ごめんね、こんな事話して――でも、本当に楽になった」

 悲しそうな顔で、だけどようやく見つけた嬉しさに縋って感謝を告げたニコ。

 

 その場に、便利屋が新しく購入した建物の一階に集まった面々は――誰も、聞くで済ませるつもりは無い。

「皆もこんな事を話されたって困るよね、どうすれば良いのか私でも分からないのに」

 

 悲しげな様子を見せているのは誰だ。

 全てを諦めて涙を流しているのは誰だ。

 頼る先を見つけられず、それでも打ち明けてくれたのは誰だ。

 

「えぇ、そりゃあ私じゃ打開策なんて今はパッと出てこない」

 ――尾刃カンナは少しなれど事情を知っている。

「私なんて全く知識も無い事だしね」

 ――間宵シグレは何も知らない。

「だがそれでも、此処に居る者は皆等しく思った」

 ――エミヤは深く事情を知っている。

 

 ――だが、そんな事は関係無い。

 

 ――事情を知っていようが、知るまいが、共に食事を摂り笑い合ったニコが泣いているのだ。

 

 今泣いているのは、仲間だ。

 

 ――ならば、どうする?

 

「その涙は、止めてみせる」

 

 ――助けるに決まっている。

 

 




SRT特殊学園編スタートです。

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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