便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

39 / 75
第三十五夜 境界線路

 

 

 電車の音がしていた。

 鉄のレールの上を走る電車の音、その揺れ、それらを感じていた。

『――先生』

 誰かがそう口にした。

 しかし、既に私には関係の無い物だ。

 

 既に死んだ身でありながら、現世に関わるつもりなど無く。

 この人生における心残りなど、私が庇った魔術師(キャスター)が最後に見せた涙の意味、それ位だ。

 

 それにしても、何とも滑稽な人生だった。

 いや、劇的と言っても嘘にはなるまい。

 だが、その最後は――

 最後に至り、己の望みに気が付くなど――

 

 『私は、ずっと昔から、“誰かの為”に、なりたかった』

 

 滑稽としか、言いようがあるまい。

 

『葛木先生』

 だが、名前を呼ばれてしまえば反応しなくては失礼だ。

 例え、それが死神や悪魔の類であっても。

 

 眼を開ける。

 まるでそれが引き金となった様に、私はそこに存在した。

 それまでは何だったのか分からないが、途端に臀部に椅子の反発が、背中に柔らかな背もたれの感触が感じられた。

 

 思わず手足を見れば見慣れたスーツ姿、教員として働いている際に身に着けていた物だ。

 次いで眼前へ視線を向ければ、水色とピンクのコントラストを髪に持つ女性が座っていた。

 血、血液、既に凝固したソレが付着した服は、彼女が傷を負っている事を察するに充分だった。

 

「私の名を呼んだのはお前か?」

 果たして化生の類か、はたまた霊魂を回収する死神とやらか、今となっては何がこの世に存在しようとも信じる事が出来る。

 

『はい、やはり貴方はこうして会話が出来るのですね』

 その表情は何処か寂し気であり、憂いを帯びていた。

 憐憫、そう呼ばれる感情なのだろう。

 私には――よく分からない物だ。

『この電車は、云わば境界線を往く物、存在が不確かだからこそ乗車できる狭間の旅』

 首を傾げるばかりだ。

 存在が不確か、そんな筈は無い。

 私は明確に死を迎えた。

 

『ふふっ、葛木先生、貴方は死後――所在不明とされています』

 思考に答えるが如き言葉に、少しの驚きを覚える。

 そして、所在不明という事実に。

『何故……でしょうね、貴方の死を悲しむ者が居るから誰かがそうしたのか、それとも貴方の死体が何故か見つからなかったのか』

 答えは分からない、今となっては知る由も無い。

 だが、ソレは私に相応しいと思った。

 死すらも認められない、その扱いは私の人生に対する報いではないだろうか?

 

『ですが、そのお陰で貴方の存在は揺らぎ、この場所に、そしてあの場所にお連れする事が出来ます』

 その口ぶりから、何処かへ私を連れて行くという。

 死せる者が運ばれる場所、闘争ならば北欧神話を思い出すが、目の前の少女は戦女神と呼ぶには些か胡散臭い。

 だが、言葉の意味を汲み取るのであれば彼女も存在が揺らいでいるからこそこの場に居るのではないだろうか?

『ふふ、やはりお気づきになられましたか?そうです――私も同じく存在が揺らいだ存在です』

 それは……死なのか?

『あ、もしかしてこの傷ですか?こちらは、なんといいますか、私が行方不明にならなかった未来を見て来た代償です』

 まるで時間遡行者の様な口振りに一層胡散臭さが増す。

『今とは異なる未来、辿るかもしれなかった未来の私から、伝言です』

 

 ――変わった。

 明確に何が、とは言えないが、目の前の少女の雰囲気が違う物となった。

 先程の少女よりももっと暗い、不思議な感覚。

 

『……私のミスでした』

 そして、既知であるかの様な語り掛け。

『私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況』

 恐らくは彼女の言った通り未来の、彼女が見て来たと告げた行方不明にならなかった未来の彼女。

『結局、この結果に辿り着いて初めて、貴方の方が正しかったことを悟るなんて……おっと、そこから先は私が伝えるのでここまでです』

 言葉の途中だったがいきなり雰囲気が戻り、先程までの少し陽気さを感じる少女に戻った。

 

『そう怪訝になされないで下さい、これからお連れするキヴォトス、そこであれば貴方は――望みを叶える事が出来る』

 

 心臓が、大きく高鳴った。

 望み、そう聞いた時に思い浮かんだ。

 彼女を庇う自身と、彼女と過ごす自身。

 

 嗚呼、そうか――私は今、望みを二つ持つ。

 

『――あぁ、そんな、これは……本当に、本当に御免なさい』

 己の望みを自覚した瞬間、少女は謝罪を口にした。

『私は良かれと思い、この揺らぐ空間で貴方の心に細工をしました。今からお連れする場所で、どうか、様々な感動を味わってほしいと』

 理解できなかった。

 少女が口にしているのは素晴らしい願いだ。

『だからこそ、貴方が壊れたと思い込んでいる感動を、少しだけ、ほんの少しだけ縫い繕ったんです』

 

 その言葉で、理解できてしまった。

 私の中にある『誰かの為』になりたいという望みと、『あの者と共に居たい』という望み。

 彼女が想定していたのは前者のみ、だからこそ、叶うと口にしたのだろう。

 故に、後者の望みは――。

 

『それが、貴方の望みを引き出してしまうだなんて、思わなかったんです』

 

 そうか――。

 それはアイツの、彼女の望みだと思っていた。

 だが、違ったのだな。

 

「いや、お前が何者なのかは分からないが……知れて良かった」

 頭を下げるのに迷いは無い、私は感謝を胸にしていた。

 

『……そんな、いえ、貴方は初対面の得体の知れない相手に配慮する方ではありませんね』

 私の何を知っているのかは分からないが、かなり失礼だ。

 だが、少なからず私を知っているのは間違いないだろう。

 

「所で、私はそのキヴォトスとやらに行って何をすればいい」

 向かう先があるのは分かった。

 だが、私の望みが叶うというのなら行動が必要な筈だ。

『ふふ、何も意識する必要はありません、ただ『葛木先生』の思う様に過ごして下さい』

 理解は出来なかった。

 だが、未来を知る彼女が言うのであれば間違いないのだろう。

『いいえ、私は私の居ない未来を見る事は出来ませんので、本当にどうなるか分かりませんよ?』

 

『ただ――『葛木先生』が思う通り、願う通り、信じる通りに動くことは、きっと捻じれて歪んだ終着点を変えるに至るでしょう』

 全く話を掴めていない、だが、再び私に教職に就けと言っているのだろうか?

 だとすれば、なんとも皮肉だな。

「己の生徒を殺そうとした私が、お前の願う歪みを正せると思うか?」

 私こそが歪みだというのに、そんな事が――

 

『はい、思いますよ』

 一切の疑いの無い瞳で、真っすぐに私を見ていた。

『貴方はもう、後悔を知っている』

 何故そんな眼で私を見る事が出来る?

『後悔を知らず最適解と信じ込んで進み続けた私と違う――今の貴方は、大丈夫』

 何故、私などを信頼できる。

『不安定な状態から貴方の存在を呼び出した影響で、一部思い出せない記憶はあるかと思います』

 言われ、己の記憶を探ってみるが思い出せないのは――

 

 ――成程、十年か。

 生まれなど気にしても居なかったが、失えば穴が空いたように感じる物だな。

『ですが、大丈夫です。何も思い出せなくても、あなたは同じ状況で同じ選択をする』

 それは、彼女が見て来た未来と同じ……という事だろう。

 

 私はどうやら、生まれてからの十年と引き換えに未来を手に入れたらしい。

 鍛錬を続けていて良かった、それならば体の動かし方は忘れない。

 死の間際に己の望みを思い出して良かった、ソレならば私は己という一本の道を違えない。

 

「……いいだろう」

 これが狂言や猿回しの類であろうと、目の前の少女には一つの()がある。

 

 誰かの為に――か、そういえば居たな、務めていた高校に体現者が。

 己の望みの為に生きてみるというのも良いだろう。

 

 あの戦いの中で、彼等や彼女達がそうであったように、己の望みを見据えるのも……悪くない。

 それにアイツはきっと、私の死を悲しんでいた。

 

 ならば、生きる事が私に望まれた道なのだろう。

 

 

 

「『先生』とやら、引き受けよう」

 

 

 

「語るべきはこんな所か、それで衛宮、お前は……非行か?日焼けサロンや染髪は……もう学生では無いか」

 未だに狐面の少女の首を背後から掴みながら説明した葛木を前に、エミヤは困惑が限界に達していた。

「いや、足りないだろどう考えても……目の前で首を絞めている人物が首を絞めている理由を説明せずに『こんな所か』と言われても、頭が狂いそうになる」

 

「あ……が……♡」

 加えて何やら狐面の少女の様子がおかしい、明らかにおかしい、それ以上首を絞め続けるのはシンプルに葛木が危ない予感がする。

「ふむ、確かにお前の言う通りだな、リンと言ったか?あの女から此処に連邦生徒会長とやらが私に遺した物があると聞いてな――来てみればこの女狐が居たのでな、何やら呟いて逃げようとしたので捕まえた」

 捕まえるにしてももっとあっただろうと思いながらも、口から唾液を垂らしている狐面の少女は……面の端から見える口元が歪み、三日月を描いている。

 

「放してやれ、既に知っているとは思うがこの世界の少女達は頑丈だとはいえ、苦しいのは変わらんだろう」

「ふむ……」

 エミヤの発言を認め、葛木はその手を放した。

「カハッ……!」

 解放された少女は息も絶え絶えで苦しそうにしながらも、何故かその息は桃色の気配を孕んでいた。

 

「ハァー……ハァー……♡」

 床に膝を突きながら、狐面は葛木に対して向けられている。

「……どうした?もう行っても良いんだぞ?」

 問いかける葛木に体をビクビクと震わせ、少女は葛木に手を伸ばし、その後その手を胸元で握り締めて走り去って行った。

 

「良く分からない娘だな――それで衛宮」

 昔と変わらぬ鋭い視線、まるで蛇に睨まれた気分にさせられる冷徹な……いや、何故だ?以前ほどの冷徹さを感じない。

「何故お前も此処に居る」

 そしてなんというマイペースっぷりだろうか、エミヤは思わず天を仰いだ。

 

()……あぁ、もう調子が狂うな、私は事故の様な物だ」

 思わず一人称が以前に戻ってしまった事を恥じらう。

「それよりも、彼女が遺した物は見つけられたのか?」

 

「あぁ、恐らくコレ――」

 そう口にして、懐から見覚えのあるタブレットを取り出した瞬間、葛木が停止した。

「――なん、だ?」

 疑問を口にしながら、まるでソレの操作方法を知っているかのように葛木はタブレットの電源を入れた。

 

 その様子を見ながらエミヤは驚きを隠せない、葛木は出会った時『私にとってはそこまで時は経っていないが』と言っていた。

 で、あるならば葛木の知識は冬木の聖杯戦争の時から変わっていない筈だ。

 

 にも関わらず、葛木はタブレットの電源を入れた。

「(連邦生徒会長(アイツ)の仕込みか)」

 そしてそのまま、まるで操られているかの様に言葉を紡いだ。

「我々は望む七つの嘆きを、我々は覚えているジェリコの古則を」

 

「……拗らせたか?」

「お前が言えた話では無いだろう」

「おい、心は硝子だぞ」

 数拍の後、突然頷いたのかリズムを取り出したのか分からないが、首を数度か縦に振った葛木がいきなりタブレットに指を触れさせ、また数度頷いた後にエミヤの方を向き、

「……居るが、まぁ、良いんじゃないか?」

 そう葛木が呟いた瞬間、

『やっほー!どうもー!聞こえますかー!』

 ほぼ脳にダイレクト、騒音だの喧騒だのよりダメージのデカい爆音の一撃(インパクト)

『あ、今はA.R.O.N.Aって呼んで下さいね!記録で拝見したエミヤさんって貴方ですよね!』

「あぁ取り敢えず大体は察したから一先ず音量を落としてくれ」

 

 やはりスピーカーから音声が出ている訳では無く。エミヤの脳に直接情報を送っている様だった。

 

 エミヤの察し、つまりは連邦生徒会長がA.R.O.N.Aというプログラムになった事、そしてプログラムとなってもエミヤを識別できるようにキッカケを残していた事、更にエミヤが傍に居るか葛木に尋ね、エミヤが居る事と直接コンタクトを取っても問題無いかを確認した上で今の爆音が流れた事だ。

 

『あれ?情報では私の事が大好きでナンパの予約をしたってあったんですけど……』

「そうか、いいかアロナ?曲解という言葉があってな……」

 

 わちゃわちゃしながらもD.U.地区のサンクトゥムタワーの制御権は無事に連邦生徒会へ譲渡、

「(それにしても、葛木がモーセとは……さながら一度失踪した己はイエス・キリストとでも言いそうだな)」

 まさかの人選に驚きながらも改めてシャーレの一階に戻った二人を迎えたのは四人の生徒。

 

「あっ、先生!用事はもう済んだんですか?」

「早瀬と言ったか、あぁ、しっかりと権限も回復出来たぞ」

 最初に出迎えたのは早瀬と呼ばれた生徒、服装からミレニアムの者だろうと推測するエミヤの隣にさも当然が如くチナツが控える。

「エミヤさん、と呼んでいいでしょうか?」

 その反対側、背筋をピンと伸ばした長い白髪に赤眼の生徒がやってきた。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、トリニティ総合学園で自警団をしております守月スズミと申します」

「自警団というと、レイサの仲間に当たるのか?」

「はい、ふふ、そのように一瞬で信頼を置いて頂けるとは、レイサが懐くのも分かります」

「あらエミヤ教官(・・)、随分と仲がよろしいのですね」

 会話に強引に割り込んできたチナツにスズミが睨みを利かせる中、エミヤはむしろ左右で起きている犬猿の仲の学園による口喧嘩よりも、葛木が上手くコミュニケーションが取れているかが心配になっていた。

 

「良かったです……流石、連邦生徒会長の人選といった所でしょうか、勿論先生ご自身の尽力もありますよ?」

「そうか、ところで早瀬……何かスポーツはやっているのか?」

「へ?と、突然何の話ですか?あまり日頃運動は……健康的な範囲ではやるようにしていますが」

「ふむ、良い事だな、自転車競技者かと思ったが勘違いだったようだ」

 エミヤは見ていた。

 その場に集まっていた生徒達の脚部を見た後で早瀬という生徒に再び目を移し、その質問をした葛木の姿を。

 そして今の質問の意図も理解したが、流石は元高校教師、その辺りの言葉選びは出来ているようで安心だ。

 

 そして遅れてやって来た最後の一人が「先生、ご無事で!」と迎えてくれたことで四人の生徒が全員集まった。

「羽川か、外の具合は?」

「はい、残存敵戦力は少数、先生が先駆けを努めてくれた事もあり連携が崩れていた為、我々全員が容易にシャーレに辿り着く事が出来ました」

「上々だな、中には負傷して動けない者も居るだろう。なんと言ったか、警察の様な組織もあるのだろう?その者達に連行する様に伝えておいてくれ」

「かしこまりました!」

 そのやり取りにエミヤは安心の溜息、羽川と呼ばれた生徒の服装を見るにトリニティの正義実現委員会の所属だろう。キビキビとした動きと葛木の質問に礼と正確さを以て返す姿は好感が持てた。

 

 エミヤはリンへと連絡を取り、この後で超法規的組織S.C.H.A.L.Eを正式に発表する事を聞き、それではこの場においては一先ず出番は終わりかと安心から胸を撫で下ろす。

「葛木、色々と聞きたい事はあると思うが後日だ。初日という事もありアンタは受けるべき歓待や説明が多くある」

「そうか……何の因果か知らぬが、こうして知らぬ土地で知る者が居るのは奇妙な物だな」

「先人にしては教えられることは少ないが、これからのアンタの道行は私も力を貸すところだ――だから」

 差し出された手に、葛木は目をわずかに瞠り、エミヤの気のせいで無ければ僅かに口角が、0.01ミリほど上がった気がした。

「そうだな、過去はあれど生きるは今、それにしても握手でそれを示してくるとは、手を取り合おうという意思表示ならば言葉でも済んだであろうに恥ずかしくなったか?」

「私に対してだけ少し当たりが強くないかアンタ……?」

 口ではそう言いながらもしっかりと握手を返してくれた葛木に、エミヤは警戒を解いた。

 

 握手の意味を理解し、それを返す。

 ソレを葛木がやったのならばエミヤは信頼を置くことが出来た。

 葛木宗一郎を多少なりと知っているエミヤからすれば、寡黙でミステリアス、つまらない男など言われることもあったが――吐き出した言葉は違えない男だったのも事実だ。

 

 エミヤは自分でも無意識に願った。

 彼が、葛木がこのキヴォトスで世界に価値を見出せることを、第二の人生と言っても遜色ないこの世界で、生きていく意味を見つけられる事を。

 

 

 

 「後日な」と、そう約束をしてその場を離れたエミヤはスマホを取り出して連絡を掛ける。

「失礼する……調月リオ会長、突然の連絡大変申し訳ない、実は――」

「あぁマコトか、此の度S.C.H.A.L.Eという超法規的権限を持った組織が――」

「そうなんだナギサ、そこでトリニティ総合学園の生徒に出動をお願いしてな――」

 S.C.H.A.L.Eについての連絡と、公式の発表を行う前に各学園所属の生徒がD.U.地区で戦闘行為を行った事への説明、並びに使用された物資や弾薬について後程S.C.H.A.L.Eに問い合わせれば経費で落ちるだろうことを伝えておいた。

 並びに、今回の事は緊急事態であり間違いなくD.U.地区でも問題にされることは無いと安心して貰った。

 

「全く……公式発表前にD.U.の自治区で他学園の生徒を運用するのはあまりにも危険だぞ、リン」

 一応のフォロー、もしかしたら必要ないかもしれない事だが、用心しておくに越したことは無い。

「それでは私は、仲間の病室にでも寄ってから帰るとするかね」

 それでも無事に連邦生徒会長(アイツ)が望んだ形で事は動き出した。

 少しのイレギュラーはあったが、動き出し進み続けた先にまた出会えるのならばこれで良いと、エミヤは歩を進めるのであった。

 

 

 

 その日、矯正局から七人の囚人が脱獄し、七囚人と呼称された。

 その日、『先生』がキヴォトスへやってきて、運命が動き出した。

 その日、七囚人の内二人が劇的な出会いを果たし、依存と呼んでも差し支えない好感を男性へ抱いた。

 

 そしてその日から、エミヤに毎日モモトークを送ってきていた蒼森ミネからの連絡が途絶えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 小話 狐と蛇

 

「うふ、うふふふ、うふふふふふふふ♡」

 暗い一室、住処としては到底機能しない部屋でその少女は壊れた様に笑いを漏らしていた。

「あぁ、なんて、なんて出会いでしょうか!」

 天井は崩れ陽が差し込み、まるでスポットライトの様に少女を照らす。

 その光の中でくるくると踊りながら少女は狐の面を外した。

 

 狐坂ワカモ、七囚人の一人であり無差別の破壊により矯正局に収監されていた者。

「嗚呼……ただの一瞬で私に気付かせてくれるだなんて……」

 そして、己の首を愛しげに撫で、そこに残る指の痕に愛を感じていた。

 

 意義や意味、彼女にとって真に美しいと思える物にはソレらが宿っている。

 そして最も美しい瞬間はソレらが破壊される瞬間であり、ガラスの薔薇が砕け散り残された破片が元の姿を示しながらも還る事が無い破壊の美、そうした物を己の手で生み出す生産的破壊活動、それが彼女の見出した美の極致だった。

 

 だが、今日その価値観を変えられた。

 

 矯正局を脱獄した際に聞き及んだ最上の意味を持つモノ。

 連邦生徒会長の残したモノ。

 それを破壊する瞬間の美しさを見る為に入り込んだS.C.H.A.L.Eというビルにおいて運命の出会いを果たした。

 

 最初、ゆったりとした足取りで目の前に現れたその人物を見た時、ワカモは恐怖を感じた。

 その瞳に見つめられた瞬間、死を悟った。

 死ぬと思ったのでは無く死んだと思った。

 それ程までに冷え切った視線、勝てるや勝てない、どのように攻めてくるかを考えるより先に『殺す』事を実行する人だと悟らされた。

 

 そして同時に、ワカモの姿を見て偏見や奇異の眼で見るのでは無く。ただ冷徹な視線を向けられた事に――感動を覚えた。

 その視線は何処までも平等、求めるのは優劣では無くその身に沁み込んだ業を果たす事。

 それでいて、その人物は行動に移さずただ真っすぐにワカモを見据えた。

 

 恐怖や奇異、侮蔑や失望では無く一個人に向けられた他者へ向けるのと変わらない視線に、ワカモは一人の少女へと戻された。

 

 故に、激烈な恥ずかしさがその身を襲い逃走を選んだ。

 その人物にヘイローは無く。逃げ出した己を抑える事など出来ないと考えていた。

 

 だが、次の瞬間には背後から首を掴まれていた。

 不思議と力が抜けた。

 気道を押さえているのか脳への酸素が足りなくなっているのか、思考が緩慢になりまともに物事を考えられなくなっていく中で、ワカモは自覚した。

 

 破壊される。

 

 その瞬間、ワカモは気付かされた。

 『破壊を成す事が出来る己』こそ、最も自分にとって重要である事を。

 

 故に、ソレを破壊しようとする背後の人は――最高級の美を演出する人物。

 

 もしもこのまま破壊されるとすれば、きっとソレは人知れず孤独で何処にでもいる一人の少女として破壊される。

 それまで自身が作り上げて来た災厄の狐というレッテルを剥がされ、意味も意義も破壊されて一人の少女となる絶望的なまでの平等な死の予感に、ワカモは歓喜した。

 形ある物よりもずっと壊せない尊厳の破壊、積み上げて来たブロックを一息に崩すが如き無慈悲さ。

 

 それでいて、一息に破壊出来た筈の自身を生かし、あまつさえ遅れてやって来た人物と日常的な会話を繰り広げる異常性。

 

「嗚呼♡嗚呼♡私はあの人の前であれば一人の少女に戻れる♡」

 分からされてしまった。

「壊されても良い、愛されても良い、私が果てるその時を貴方に捧げたい♡」

 最上の美を、最上の人を、最上の感情を。

「なんて、なんて愛おしいのでしょうか――嗚呼」

 

「葛木先生……♡」

 




という訳で、

・その世界における公的な認識として所在不明、行方不明となっている=存在の揺らぎ

があのよく分からん電車空間に行ける条件としました。
なお葛木の望みに関してはホロウアトラクシアを是非……!

今後はあまり起きませんが葛木と会って少しだけ言葉遣いが昔に戻っているちょいレアエミヤ君でした。

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

  • いいよ
  • だめだよ
  • やってみろ
  • エロ書け
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。