便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第三十七夜 思い出

 

 葛木宗一郎は困惑していた。

 己の価値観の変化、己の好奇心の強さに。

 自分の中では失われた生来の十年、その失われた部分を脳が取り戻そうと童心が強くなっていると結論付けた。

 

 それは、本来の葛木宗一郎が持ち得なかった。

 いや、限られた空間で限られた行動しか許されなかった葛木宗一郎には、望めなかった物。

 そして、生前に共に居たいと――その者の為に在りたいと願った相手が好んでいた物。

 

 故にこそ、強く興味を惹かれ、購入という選択を採ってしまう。

 

「く~ず~き~せ~ん~せ~い~?」

「……カラフルな、糸だ」

 幾つもの毛糸玉を購入した葛木に領収書を顔の前に提示し、なんですかコレは?と聞いて来たユウカに対する答えを葛木はソレしか持ち合わせていなかった。

「そりゃあカラフルな糸ですよ!でも先生手芸とかしないでしょう?なーんで買っちゃったんですか!」

「ぐ……」

 ほぼ衝動的な購入、葛木自身、裁縫や手芸などは全く行わない、だが、

「……私が、裁縫や手芸を学ぶのは、似合わないだろうか?」

 学ぶ事で彼女が好きだったものを少しでも理解できるのなら、そう考えると自分の行動を正当化し納得が出来た。

 

 対するユウカ、先日から葛木が時折見せる無表情からの眉根を少し下げた自信無さげな顔に非常に弱く。

「似合わない……なんてことは、ないですけど」

「そうですよ、やってみないと分からないんですから」

 そんな顔をされてしまえば甘い対応を取らずには居られなかった。

 

 優しい言葉を掛けられ、手に紫紺の毛糸玉を掴み――少しだけ、思い出す。

 彼女は隠していたが、退勤して帰って来た際に一度だけ、彼女が借り受けた部屋の襖が開いており見えてしまった編み掛けのマフラー。

 

 今となっては願望であり、そうであれば良いと思うに過ぎないが、きっとアレは――。

 

 ――受け取って、やれなかった。

 

 彼女が居ない今となっては、如何に真似て作ろうとも所詮は自作であり、彼女の編んだ物とするならば贋作になる。

 それでもよかった。

 

 終ぞ受け取る事が出来なかった物でも、その想いを受け継ぎ、糸を紡ぎ、自身に贈ろう。

「ああ、感謝する」

 

 失われた十年を、私の好きな思い出で埋めてしまおう。

 

「ところで、君は誰だ?」

「生塩ノアです、先日から毎日のようにユウカちゃんが先生は先生がと口にするので、付いてきちゃいました」

 

 

 

 

 

 黒崎コユキは、強者では無い。

 神秘の量は並、特殊な点は行動力と脳の構造であり、戦闘という面では便利屋68の中でも最弱だ。

 

 かつての彼女であれば敗北を受け入れて前に進むことが出来た。

 数通りのパターンから正解を見つけ出す様に、幾つもの選択肢を用意した上で総当たりの気分で臨むことが出来た。

 

 だが――。

 

 

 

 SRT特殊学園会談当日 クロノス自治区 大通り

 

「こいつら……なんでコユキばっかり」

 歯噛みするカヨコは腹部を抑えて蹲るコユキを庇う様に迫り来るドローンの群れを撃退していた。

 いかに彼女達が生活のほとんどを共にし、連携においても問題が無いとしてもソレは相手を人と仮定した場合の事、圧倒的な物量や無機質に損傷を気にせず突撃してくる死兵が如きドローンなど想定していない。

 

「には、は……でも、お陰で敵の動きが分かりやすくはなりましたね」

 その言葉も嘘では無い、大通りを抜けてエミヤの下へ向かおうとするドローン達は、障害となる便利屋68の面々に対しても容赦の無い攻撃を仕掛けてくる。

 最初こそ面で来ていた攻撃が今では点、それこそ一つの穴を穿つ様にコユキへと降り注いでいる。

 

 それも、コユキの上空を通過しエミヤの下へ向かうのかと思われた機体が、突然進行方向を変えてコユキに落ちてくるなど、実に意表を突いた効果的なやり方で攻めてくるのだ。

「いい加減、壊れ尽くせッ!!!」

 そのやり方に苛立ちを覚えたムツキは普段の様子からは考えられ無い程に好戦的であり、時には跳び蹴りでドローンを地面に叩き落とすなど、銃では間に合わない程に追い詰められて尚、諦める様子は見せなかった。

 

「あは、は……」

 コユキは、ただただ羨ましかった。

 強さでは無い、頑張れることがだ。

 体が訴えていた。

 もう動けない、もう限界、もう休もうと。

「くそぅ……」

 だが、同じ位に傷を負ってなお頑張るハルカが居る。

「くそぅ……!」

 自分のせいで傷を負い続けながらも守ってくれるカヨコが居る。

 

 なのにコユキは、無理だ――と考えてから、そこから更に頑張る方法を知らなかった。

 無理だった――次は、それならば出来る。

 だけど、無理だ――それでも頑張ろうと、奮起するやり方が分からなかった。

 

 でも、分からないだけ、分からないだけで頑張ろうとはした。

 戦闘の最中、崩れた建物の中に運び込まれカヨコに守られていたコユキは、這いずってでも外に出て、再び銃を手に取り片手であっても構えて、ドローン目掛けて撃ち込んだ。

「コユキ……」

 仲間の為に、そう頑張ろうとするコユキに心打たれたカヨコは何としても守ろうと決意を新たにし、コユキの姿を視界に収めたアルは撤退のタイミングを計算し始める。

 

 一人、ドローンに跳び付いて拳で装甲を貫き、中にある電子回路を引きずり出して繋がったケーブルを手に、即席のモーニングスターを振り回すムツキは既に限界を超えていた。

 弾薬は尽きていながらも、同じように徒手空拳で戦うハルカと、倒れていても戦おうとするコユキを眼にしたからこそ、彼女は己の百パーセントを超えて戦った。

 

 しかし――。

 

「コユキッ!」

 一体のドローンがそれまでと同じ様にコユキに向けて行った体当たりを、カヨコが身を挺して庇い。

 頭部にドローンの突撃を受けたカヨコはコユキの目の前でパタリと動かなくなり、彼女のヘイローもまた数度ブレた後に消えた。

「え――」

 這いずり、カヨコの下まで辿りつき、その頬に手を当てる。

「(呼吸はしてる……!)」

 最悪のケースまで想像したコユキは安堵と共に、膝に力を込め、何度か倒れながらも立ち上がり、カヨコの頭部に手を添えて上体を起こし、自分にもたれさせる形から必死に背負い、せめて上空からは見えない様にと二メートル程を途中で倒れて床に顎を強打しながらも、涙を流しながらも、最後には割れた爪の痛々しい指と腕の力で移動し、カヨコが安静に出来る位置まで移動した。

 

 これで一先ず――。

 そう思ったコユキの手に、液体の感触。

 

「う、あ」

 先程、カヨコの頭部に添えた手に付着した。

「あ、あぁああ」

 自分を守って負った怪我の、血液。

「うあああぁあぁああああ!!!!」

 

 その悲鳴に、アルは我慢が出来なかった。

 己のポジションであるスナイパー優位の高所を捨て、皆が戦う大通りに躍り出たアルはムツキも見た事が無い程の神秘を迸らせ、汗を垂らしながらも膝立ちになり銃を構え、まるでビーム砲が撃ち出されたのではないかという一撃で上空に居たドローンを消し飛ばすと、その場に倒れ伏してしまった。

 

 しかし、倒れてすぐに顔を上げ、視線を走らせて無事な隊員を確認すると奥歯を強く嚙み合わせ、結果として顎の骨が一部ヒビ割れる事にはなったが立ち上がり、

「ハルカ!今すぐにカヨコを背負って!私はコユキを!ムツキは私達が撤退する際の露払いをお願い!」

 即座に走りながら指示を飛ばし、コユキを回収。

「――エミヤに、エミヤに報告するわよ」

 悔しさに顔を歪めながらも、するべき事を口にした。

 

 呆然とするコユキの下まで辿り着いたアルはカヨコの容態を確認し、頭部は切っただけで激しい出血はしていない事に安堵し、コユキにその事を伝えて抱き締めた。

「ありがとうコユキ、貴方がここまで運んでくれなかったらカヨコは……!」

 そう感謝されたコユキは、胸が張り裂けんばかりだった。

本当は言いたかった「そうじゃない、私が余計な事をして前に出ようとしたから」と、だが、アルはそんな後悔を言わせない(・・・・・)

「コユキ、過去の後悔より今の事実を認識しなさい、貴方が助けなければカヨコはどうなっていた?」

 確かに――それは――そうだけど。

 口だけがパクパクと、酸素を求めて動く。

「貴方が叫ばなければ、私は撤退の決断も出来なかったわ」

 ソレに至ってはコユキが知り得ない事、故に反論も出来ない。

 

「ありがとうコユキ、お陰で助かったわ」

 

 先程までの剣呑とした雰囲気から、いつものアルに。

 仲間に対して見せる優しい笑顔をコユキへと送った。

「あ……あぁ」

 それが、コユキの心を救った。

 壊れかけていたコユキの心を、仲間という絆で救った。

 駆け付けたハルカがカヨコを背負い、コユキをチラリと見て「無事で良かった」と心からの安堵を口にして、アルはコユキを背負いその場を離脱する。

 

「コユキ、貴方がどう感じようとも、貴方は頑張っていたし、貴方は私達を助けたのよ」

 そして一本の連絡を入れる。

『エミヤ!私達ももう限界だわ――コユキをおぶって撤退するわよ!』

 

 

 

 ――先の戦闘において、コユキは頑張ったと、感謝していると、助けたのだと伝えられたが、それでも拭えない後悔があった。

 

 だからこそ彼女は取りに来た。

 強くなるための欠片(ピース)を。

 

 ミレニアムサイエンススクール、かつての自分が過ごしていた学園。

 そこは母校に当たる場所だと理解しながらも、本当に自然と、無意識に、コユキの口は動いた。

 

 

「お邪魔します」

 

 

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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