「……正気かしら?わざわざ自分から
ミレニアムサイエンススクール、セミナーの執務室に堂々と入って来た少女を前に、調月リオは己の眼を疑った。
「えぇ、正気ですよ、正気じゃ無ければこんな事しません」
銃を構えるでもなく至って平静の状態で、悪びれもせずにやってきた黒崎コユキの姿に。
「エミヤンー、コユキちゃん知らないー?」
便利屋事務所二階の居住スペースでカフェが休みという事もありソファーに座り読書をしていたエミヤは、背もたれごしに抱き着いてきたムツキの頭を撫でながら「そういえば見ていないな」と首を傾げた。
「何か用事でもあったのか?」
「うーん……その、この前の一件からちょっと元気が無かったから、今日は一緒にボウリングとかどうかなぁって誘おうかと」
最近、ムツキがコユキを遊びに誘う事が多いなと感じていたエミヤはとても優しい理由からその行動をしていた事を知り、背もたれを乗り越えて隣に座り、エミヤの肩に頭を預けたムツキを抱き上げて膝に座らせた。
そのままエミヤを背もたれに「しつこかったかなぁ」と見上げる形でエミヤの胸元に後頭部を当て、両手を首後ろに回す。
「いや、感謝こそすれ疎んではいないだろう、優しい事が出来て偉いなムツキは」
ムツキの両の頬っぺたを優しくつまみ褒めるエミヤの優し気な笑みに、ムツキは思わず自分も笑顔になってしまう。
「えへー、ムツキちゃんだって仲間の事なら気に掛けたりするんだから」
完全に甘え切ったムツキの姿と甘やかすエミヤ、同じ室内で珈琲を淹れていたアルは平静を装っていた。
しかし、チラと見つめた際に目が合ったムツキが非常に憎たらしい勝ち誇った笑みを向けて来た後に、体勢を変えて正面からエミヤに抱き着き、その上で再度アルを見てあっかんべーをしてきた事で、「私だってエミヤに甘えたい!」という感情が限界を迎えた。
「わ、私もコユキの様子が気になるわー」と、小学生のお遊戯会でも聞かないレベルの棒読みをしながら、片手に珈琲を持ったアルはソファーに座り込み、エミヤを背もたれにする為に後ろに倒れ、
「いっ!?あっちゃ、あっつぅううううう!?」
持っていた珈琲が当然の如くカップから零れ、胸元に降り注ぎセルフ熱湯被りという昨今のお笑い芸人でもやらない流れをやり通し、
「ふぇ」
反射から放したカップが宙を舞い、中身の液体を飛散させながらムツキの顔面に飛来。
「ふぎゃああああ!あっつぅういいいいい!?」
二次災害を引き起こしながら二人はジタバタと暴れる中、エミヤは一人呟く。
「……私も、熱いのだが」
そこまで騒げる素直さは無くなったなぁと自分が重ねた年月で失った純粋さに虚しさを覚えるのであった。
「知りたい事がある……との事だけれど、通した私が言うのもなんだけれど、此処はミレニアムの奥も奥、セミナーの建物の最上階よ?」
リオは頭に手を当て、「理解が出来ないわ」と吐き捨てデスクに付いたボタンを押す。
コユキが先程開けて入って来た扉が一人手に閉まり、小気味よい『ガチャリ』という音からも鍵まで掛けられたのだと分かる。
「にははは……まぁ、そうしますよね、でも……リオ会長が、暗号の解読能力だけで私をセミナーに入れたとは思えないんですよ」
「……何処まで気付けたのかは分からないけれど、理由が何であれ教えて貰えると思っているのかしら?」
「エリドゥ」
その一言で、リオの動きがピタリと止まった。
「……うーん、成程、もしかしてとは思っていましたが、
何かに納得がいったコユキは、強く目を瞑ると「うえぇ」と吐きそうな様子を見せる。
「どこから
何かを共有した二人は視線を逸らさずに会話を続ける。
「
「そう……それなら貴女の知りたい事は知れたんじゃないかしら?」
「面倒なんで言葉にしちゃいますけど、つまりは認識次第という事ですか……」
「私にとっても確信は無かったわ、とはいえ、過去の記録を見るに似た事が出来る人物は皆、電子以外でソレを活用していたみたいよ」
なんだかんだで教えてくれたリオに素直じゃないなぁと苦笑しつつ、世界の見方を変える事に慣れなくてはいけない事にコユキは少し困った。
「ついでに教えて下さいよ、コレって戦闘でも使えるんですか?」
「さぁ……?結局当人の想像力次第よ、もう理解しているみたいだから私も言葉にしてしまうけれど」
一度咳払いを挟み、
「黒崎コユキ、貴方の持つ強みは『解答を得る力』よ、本来ならアナログもデジタルも問わずに『問題』『暗号』『謎』として認識した物事について答えを得られるわ」
先程室内に入ってくる際、コユキは『どうすればリオ会長の興味を引けるかが問題だなぁ』と考えていた。
そこから考えると……、
「つまり、私が敵を『どう倒せばいいでしょうか?』という出題だと認識すれば良いって事ですか?」
「ここからは私の見解だけど、貴女の場合はもっと厄介ね」
そう言ってからリオはデスク上のデバイスを操作し、室内にホログラムで数学の問題を表示した。
「貴女は以前、『問題』を解く事が『呼吸』をするのと同じで他の人がどうして出来ないのか理解できないと言っていたわ……つまり、無意識下における対象の識別が『問題』である必要があると私は定義したわ、だからこそ、今しがた私が表示した数学の『問題』の答えは分かった筈よ」
発言の最中にまた別の何かを表示するリオ、自然とコユキの視線も表示された物へと移る。
「歌……?」
「えぇ、話が早くて助かるわ、今あなたはこの表示された文字列を『歌』と認識したわ、それじゃあこの歌の続き、分かるかしら?」
「んえぇ?分からないですよ知らない歌ですし」
コユキの答えに自分の仮説が合っていたのか満足気に頷いたリオは、再びデバイスを操作する。
「それなら次に表示する文字列に続く文章を答えて頂戴」
「ん、んん?」
そうして表示された文章を眼にした際、コユキは何故かその続きが分かった。
「さて、先程の文章を貴女は『歌』と認識したけれど、今回の文章に関しては前提として私の『出題』があり、『問題』として貴女は認識した筈よ」
「そりゃあ、まぁ、答えろって言われましたし」
「つまりはそういう事よ」
静寂。
「会長、言葉足らずって誰かに指摘されたことありません?」
「奇妙な自称を幾つも使い分ける車椅子の年齢詐称にはよく言われるわ……」
再びの咳払い。
「貴女の持つ特殊な能力は、事前にソレを『問題』として認識している事でのみ活用できるわ、事象を前にして『コレは問題だ』と後から理解してもダメ、そして同時に『答える物』として、そうね……『答えがある』と認識している必要があるわ」
「……だから私に『暗号解読』や『数式の解明』みたいな『答え』が必ずあると分かっている物をやらせたんですね」
「そういう事よ、それでいて地頭としてもミレニアムに入れるだけの知能があるのだから、PCや電子機器の操作技術を覚えれば電子の世界ではほとんど敵無し、もしも仮に、貴女が戦闘という行為を『問題』として捉えたり、目に入る敵を『問題』として捉える事が出来れば、貴女の戦闘能力は飛躍的に向上するでしょうね」
なるほどなるほど、と頷くコユキだったが、頭の中では「(滅茶苦茶面倒臭いじゃないですかぁ)」と涙目になっていた。
「ただし、決してやってはいけない事があるわ、だからこそ今の情報を貴女に伝えていなかったのだけれど……」
自身の体を抱き、本当に苦しそうな様子を見せるリオは伝えるのも本当は嫌だという様子で口を開く。
「貴女が自己暗示を非常に上手く行って、『眼に入る全てが問題』と定義した上で……戦闘じゃなくてもいいわ、私生活でも、確実に貴女の脳は情報量の過多で壊れるわ」
思わず喉を鳴らす。
それはコユキが、そうすれば最強だと考えていたからだ。
「……あくまでもコレは私の推測よ、貴女の行動と任せた仕事の様子から組み上げた物だから間違いないとは思うけれど、確定していないから伝えたくも無かったのよ」
そして聞きながらコユキは必死に考えていた。
「(うーん、もっとこう、ガッツリ電子的なシステムに干渉できる物かと思っていたので余裕ぶっこいてたんですけど、コレ私……)」
背後をチラリと見て、鍵穴も無ければ錠がある訳でも無い扉を見る。
「(で、で、出れないじゃないですかぁ~!?)」
「それで、危険を冒してまで貴女はどうして私の前に姿を現してこの情報を得たかったのかしら?」
展開していたホログラムを消し、改めてデスクに肘を突いたリオはコユキを見据える。
その瞳は調月リオとしてでは無くセミナーの会長としての物、罪を犯して反省部屋に入れられていたコユキを逃がさないと眼が語っていた。
怖い、そう感じた。
思わず俯いてしまう程に。
だが、リオの問い掛けがその恐怖を消し飛ばした。
何の為に?
自分の為、仲間の為、どちらも間違いでは無い。
だが、コユキは思い至った答えに自分でも笑ってしまった。
私は本当に、あの人達が大好きなのだと。
顔を上げ、リオを見据えたコユキの瞳は十字の星の外側に歯車が加わっていた。
音を立ててリオが立ち上がり「貴女もしかして……!」と焦りを顔に浮かべる。
コユキは、己に言い聞かせる。
常識に収まるな、他人の想像の外に行け、私は便利屋68の黒崎コユキだ。
「私が、アウトローである為に」
信じられない程の激痛の中でコユキは銃を構え、リオでもデスクでも扉に向けてでも無く、床を撃った。
「――まさか!?」
身を屈めるリオとは反対にコユキは扉に向けて走り出す。
身を屈めた所為でコユキの行動が見えなくなったリオは自身も銃を構え、デスク横からコユキが姿を現すのではと緊張していた。
コユキはこの日、最初からリオに危害を加えるつもりは無くゴム弾を装填していた。そして撃ち出された弾は跳弾し、床、窓枠、天井、再び床を経由し、リオのデスクにある扉の解錠ボタンを叩いた。
目の前でボタンを押され慌てて施錠ボタンを押そうとするが、勢い良く扉の開閉する音が聞こえ既に間に合わないと悟りデスクから身を乗り出して銃を構える。
「待ちなさい!」
意外にも、コユキは扉を開き外に出た所で大人しく止まった。
そこで、コユキは重ねた。
もしもこれがアルであれば、彼女であればどうしたか。
きっと彼女はスナイパーであるにも関わらず、こういう状況で人に制止を促す時に銃を構える事はしないだろう。
差し伸べる様に手を伸ばし、言葉を尽くす筈だ。
だからこそ、銃を向けるリオを見てコユキは――同情した。
足を止めたのだから撃てばいい物を、リオは撃たなかった。
つまり、リオも力では無く言葉で投降を促したいのだ。
しかしこの日、セミナーの二人は新しく赴任した葛木先生の下へ出向いており、C&Cは呼ぼうにも流石に距離がありセミナーの建物を脱出するのに充分に時間はある。
ならばあとリオが出来るのは心に訴えかける事、理詰めの投降の呼び掛けは出来ない。
リオは虎の子のカードを切るか悩んだ。
だが、もしもの事を考えるとソレは出来ない。
しかし、リオは何を言えばコユキの心に響くのかが分からなかった。
「掛ける言葉も……ありませんか」
同情と、寂しさ。
ここでリオがもしも『いかないで』と言ってくれれば、コユキも考える位はしただろう。
だが、リオはその言葉を思いつかなかった。
ただ効率的にコユキに何を伝えれば良いかを考えてしまっていた。
そして、寂しげな表情を向けられたリオは構えた銃を下ろせなかった。
まるで自分の心を守る様に構え続けている。
眼を閉じて、再び開いた時コユキの眼はいつものモノに戻っていた。
「かい……いえ、調月リオさん」
その言葉が意味するところを察したリオは、膝から崩れ落ちた。
まだ、セミナーの建物自体を封鎖するという選択肢があると頭では分かっていたのに、心が体の動作を止めた。
「また、何処かで」
走り出したコユキの遠ざかっていく足音を聞きながら、リオが出来た事は膝を抱える事だった。
しかし、同様にコユキも苦しみを胸に抱いていた。
『待ちなさい』と銃を向けられた事に、そこから続く言葉が無かった事に。
『やって来るなんて』と最初に言われた事に、嗚呼自分の居場所は此処じゃないのだと。
その現実から逃げるように走って、走って、走って。
ミレニアムの正門に着く頃には涙も枯れて、残っていたのは『危ない』と言われたのに無理をした能力の使用による頭痛だけだった。
何処かで休もうかなと考えるコユキの耳に、正門の方から賑やかな声が聞こえて来た。
「そこをなんとか、服を脱いで筋肉組織の密度と骨密度、併せて筋線維の柔軟性のデータを取らせてもらえればそれで良いんだ」
「そうそう、ついでに反応速度を測るために頭に器具を取り付けさせてもらえれば尚良しかなぁ」
「まぁ後はおまけ程度なんだけど音声のデータを収集する為に一日の生活を録音させてもらえれば言う事なし」
「いや……凄い、なんというか、君達は誰なんだ……」
そこには、用事があったのかバイクに跨ったエミヤが居た。
そしてその周りにはヴェリタスやエンジニア部の面々がやいのやいのとエミヤに好き放題の注文をしている。
何か用事なら邪魔しちゃ悪いかなと、コユキは正門では無く裏門への道に歩を向けようとしたのだが、
「私はコユキを迎えに来たのであって、実験体になりに来たのでは無くてな……待てそこの少女、何故バイクに工具を添えた?」
聞こえて来た言葉に、思わず勢いよく振り返った。
『迎えに来た』
何気なく言葉にしたエミヤだったが、今のコユキにとってそれは――。
振り返った先に居るエミヤが、困り眉で周囲の女の子達の相手をしている。
そうだ、周りには女の子が居る。
なのに、今のコユキには、エミヤしか目に映らない。
どうして此処に来れたのかは分からなかった。
どうして今欲しい言葉をピンポイントで言ってくれたのかも分からなかった。
ただ、理由なんてどうでも良かった。
それが、エミヤという男だと理解していたから。
気が付けば走り出していた。
先程まで胸にあった苦しみは無くなっていて、先程まで逃げる為に動かしていた足は向かう為に動いている。
並み居る女性陣の中にコユキは文字通り飛び込んだ。
そのまま女性陣が退けば間違いなく地面に激突してしまうと分かっていながらも飛び込んだ。
だって、それ以上に分かっていたから。
「ははっ、コユキ!どうしたいつになく嬉しそうにして」
エミヤが抱き締めて、受け止めてくれると。
聞かれたのに何も言えず、コユキはエミヤに全身を擦り付ける様に甘えた。
「なんだなんだ、甘えたいのか?」
一欠片の拒絶も無い、ただあるがままを見て受け止めて、尚且つ自分を望んでくれる存在。
やっぱり便利屋が良い、私の居場所は便利屋が良い。
「コユキ、迎えに来たぞ」
コユキの様子が少しおかしな事は気になったが、エミヤにとってはコユキが無事に帰ってこれた事の方が嬉しかった。
「おかえり、コユキ」
優しく頭を撫でられながら彼の肩に頭を預け、告げられた言葉にコユキはようやく答えることが出来た。
「――ただいまっ!」
それは、まるで太陽の様な明るさの笑顔で以て返された。
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コユキがミレニアムに居ることが分かった経緯
「コユキなら多分ミレニアムに居るよ」
「カヨコ?どうして分かるんだ」
「エミヤさんの動向を監視するスレッドに『若頭ASMRパパ店ちょ』……ごほん、『エミヤさんの所の桃色の子がミレニアムに来てる』って書き込みが」
「待て待て待て待て待て待て待て待て」
リオ会長こんな役目を与えてすまねぇ……!
コユキの能力まとめ
己が問題と認識している事柄に対する解答を得る能力。
言い換えると、
飛んできた銃弾を認識してから「どう避けるか」は出来ず。
「銃弾が飛んできたらどう避けるか」と前提を踏まえて飛んできた銃弾は避けるる為の答えを得られます。
歌を聞かされて「続きは?」と言われても答えられず。
「このあと流れる歌の続きはなんだろう?」と考えながら歌が流されれば答えられます。
『施錠されたとびらの鍵を開ける方法』
を考えても回想なので答えは得られませんが、
『視界に入る全てから解錠をするにはどうすればいいか?』
と考えながら目を開いたり、一度視線を切ってから再度見ればその場における最適な解答が見つかります。現在進行形なので。
と、非常に使いづらいツヨツヨ能力になります、
多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?
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いいよ
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だめだよ
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やってみろ
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エロ書け