伊草ハルカにとって、己の優先順位は限りなく低い。
元より彼女がこの様な性格だった訳では無い、積み重ねられてきた否定の言葉が彼女の価値基準を歪めたのだ。
己よりも他者を優先する在り方は誰かに似ていた。
だが彼は己を卑下する事は無い、その在り方を誇りにすら思っていた。
誰かを守ろうとするその在り方が、間違っている筈は無いのだから。
「あ、あの、エミヤさん」
その日、便利屋68は依頼も無く穏やかな一日を過ごす予定だった。
エミヤもまたこの世界について学ぶために、購入した書籍を幾らか読み漁ろうと考えていた。
「ん、ハルカか、どうした?」
事務所のソファーの上、寝そべって本を読むエミヤに声を掛けたのはハルカだった。
そのエミヤの体をベッドにして眠っていたムツキが「なに~?」と目を覚ましているが、猫の様にエミヤの服の匂いを嗅ぐと再び眠りに落ちた。
「その、お手隙であれば爆弾の調達に付いてきて欲しくて、でも迷惑だったり忙しかったら全然、はい、一人で何とか……」
日頃、ハルカはエミヤから護身術を教わっている。
それもあって大分フランクに話しかけられる相手になってはいるが、エミヤからしてみればもう一歩遠慮を飛び越えてきて欲しい所だ。
勿論、個々人のペースもあるし、ハルカが頼み事をする時点で珍しい事であり、本当に男手が必要なんだろうなと感じた。
「あぁ、それなら今すぐに準備するから少し待っていてくれ」
体を起こそうとしたエミヤをムツキが「にゃっ!」としがみついて起きられない様に体重を掛けてきたが、首根っこを持つと途端に大人しくなり、それまでエミヤが枕代わりにしていたクッションの上に置いてやれば再び鼻を引くつかせて眠りについた。
本格的に猫になりつつあるなぁと、軽く頭を撫でてやり、最近ようやく新調した仕事用のユニフォームに着替える。ユニフォームといっても、黒いパーカーに赤字で胸元に『68』と記載があるだけのシンプルな物で、いつの間にかカヨコが注文していた物だ。
腰にはポーチを巻き、その中に入っている小型の爆弾を確認する。これもまたムツキが用意してくれた物で、しっかりとサイズを調整してベルト代わりにも使っている。
最後にファー付きのマントだ。首元で金色のチェーンを留める事で身に着ける事が出来、流石はキヴォトス製とでもいうべきか、貰った時にアルが「凄く頑丈よ!」と自身のPSG-1で射撃をしても穴が空いていなかった。元々マントは背面からの矢傷を防ぐ為に用いられていたと聞き及んだことがあるが、まさしく防護の意味で用いる事が出来る逸品だ。アルの使用しているコートにデザインが似ている事もあって気に入っている。
そして最後にハルカがくれたお守りを首から下げれば便利屋スタイルの完成だ。
ハルカを乗せて車で走り出す。
今回目指すのはブラックマーケット、このキヴォトスにおけるブラックマーケットはスラムに存在する小さな闇市とは違い、ブラックマーケット地域とでも呼ぶべき広大さを誇っている。それだけに扱っている物も数多く。ブラックマーケットで見つからない物は無いと言っても過言では無い程。
「今回はどの程度の量を購入する予定なんだ?」
走らせる車は便利屋で購入したという物だが、ブラックマーケットの方面へと走る車はあまり見かけず。エミヤ達もブラックマーケット周辺で停める予定を建てている。
問いかけられたハルカは手帳を取り出し、確認してから伝えた。
「凄くいっぱいの量を扱っている業者の方がいらっしゃって、持ってきた資金分は買おうかなぁ、と」
持ってきた資金分と聞いて、思わずハルカの据わる座席に目をやると……。
リュックサックからチラリと大金が見え隠れしている。
見なかったことにした。
二リットルのペットボトルが六本は入りそうなリュックサックを膝の上に置いて抱いているハルカが視界には映ったが、まさかそれは無いだろうと運転に集中した。
「いっぱい買えると良いな」
「はいっ!」
車を降りて徒歩で向かう事三十分、ようやく辿り着いたブラックマーケットは人で溢れかえっており、とてもじゃないけれど目的のブツを見つけるには場所が分かっていなければ難しいだろうと判断した。
ハルカへと目をやれば目の前の人混みに目を回しており、これまで一人でここまで来て買い物をしていた事が彼女にとってどれほどの勇気が必要だったのか、そこまでして便利屋の力になりたかった事が伝わって来た。
「ハルカ、もし良ければ」
「はい?」
エミヤの提案、それは思いもよらぬものだったが合理的で、少し恥ずかしそうにしながらもハルカは了承。
結果として生まれたのがリュックサックを担ぎ、ハルカを肩車するエミヤである。
大金の入っているであろうリュックサックの口に触れようとすればハルカのヒップに手を伸ばす変態となり、目的の人物を探すのも人相が分かっているハルカが高い位置から探すのが最も効率が良い事から肩車。
ブラックマーケットでこれでもかという程に目立ってはいるが、非常に合理的な手法だ。
「あ、あの、あのエミヤさん、もしも重たかったら言ってくださいね?」
「いや、重くは無いのだが人波でバランスがな、ぐらつきは問題無いか?」
そう言いながらハルカの太ももに手を添え、少し力を入れて力強く支える。
ハルカとしては恥ずかしい事この上無いのだが、エミヤが下心からこうした行動を取らない事は重々理解しているので破廉恥な考えを頭に思い描いてしまう事が申し訳なく。ハルカは若干の自己嫌悪を感じていた。
「それで、どちらに進めばいい?」
「えっと、右前方にお願いします」
「了解した」
エミヤ号発進とばかりに重たいリュックサックと一歩間違えれば蹴り飛ばしてしまいそうな低身長なキヴォトス住民達の事もあり、普段よりも鈍重に歩を進める。
「ここは凄いな、アサルトライフルに金の延べ棒、ジャガイモ六十キロ……?並べている商品もだが、多種多様な物が売られているな」
「はい、ロボットなんかも見掛ける事があります」
「闇市というレベルを超えている気がするな……」
目の端で商品を捉えながら歩いていく。
見覚えのある物もあれば、科学技術が飛躍しすぎた携帯できるホログラム装置も売られており、キヴォトスの技術水準が未だに要領を得ていないエミヤは更に困惑する事となった。
「そういえば、私を召喚した際の金の杯も此処で開かれるオークションで、その、盗んだと聞いたが」
「あ、えっと、その、盗んだというよりも、オークション会場がどんなものか見てみようと皆で見学に来た際に、帰り際にみんなの荷物袋に一つずつ入っていたんです」
「……それはなんとも、作為的な物を感じるな」
召喚されたあの時、着地の寸前に差し込んだ七色の光を思い出してエミヤは冷や汗を掻く。
元々流れがコントロールされていて、アルが魔方陣を描くまでは予定調和だったのだとしたら、あの時に契約を破棄する言葉を紡いだアルの機転は正しくファインプレーだ。
「あ、ここを左です」「あうっ」
「む、了解し……?ん?」
曲がろうとした所、何者かにぶつかってしまったらしく胸元から呻き声が聞こえた。
亜麻色の頭頂部しかエミヤの視点からは見えていないが、何やらキャッチ―なキャラクターの鞄を肩から下げた少女だ。
「すまない、先ばかり見ていて前方不注意だった」
「い、いえ、私も探し物で周りばかり見ていたので」
すぐに距離を取ってお辞儀をする礼儀正しい少女に、エミヤは好感を覚えた。
覚えたが、此処がどこなのかを思い出して首を傾げる。
「うひゃぁう!?えええ、エミヤさん、首を傾げられると髪の毛が、その、ももに……!」
「あぁ、すまない」
コレをセクハラと捉えるか事故と捉えるかはハルカ次第だが、幸いなことに事故として飲み込んだらしい。
「……ところで、君は此処で何をしているんだ?中にまで入っているから分かると思うが、此処はブラックマーケット、君の様に可憐な乙女が来るには危険な場所だと思うのだが」
白い制服に丈の短いスカート、何処かの学園の生徒だろうかと予想しながら訪ねた相手は「あはは」と笑いながら少し困った様子で頬を掻く。
「その、分かってはいるのですが、此処でしか手に入らない貴重な物もあって……」
「ふむ……ハルカ、提案なのだが一人同行者が増えても構わんかね?その、流石にこの少女を一人で闇鍋無法地帯に晒すのは」
「えぇ、だ、大丈夫です」
同行者が増える事に少しの緊張を見せたが、視線をチラと少女に向けると一切の威圧感も無いブラックマーケットに居るのがおかしいと感じる程に普通の少女だった為、ハルカも承諾した。
「それでは、えー、私は便利屋68に務めているエミヤという者なのだが、もし良ければ君の探し物を手伝わせてはくれないだろうか?」
「えっ!?」
誤解を産まない様に注釈を加えるが、少女が「えっ!?」と声を漏らしたのはエミヤからの提案によるものでは無い、お辞儀から顔を上げて頬を掻いて、自己紹介されたことで相手の全体像を視界に収めた所、気弱そうな少女を肩車する大男が視界に飛び込んできたのだ。
「えっと、そ、そう、ですね……それじゃあ、お願いしても良いですか?」
しかし困惑に勝る誘惑、己の求める物を手中に収める事が出来るならば気にする程でも無いと断じた。
「私は阿慈谷ヒフミといいます。よろしくお願いしますね、エミヤさん!」
後に秘密犯罪組織のリーダーとなり、天候すら変える奇跡を起こす自称普通の女の子。
エミヤの交友関係が広がるきっかけとなる出会いが、ここに起こった。
起きたらお気に入りが1000超えてました!驚きです!
いっぱいの人が読んでくれて嬉しいです!
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?
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いいよ
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だめだよ
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やってみろ
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エロ書け