「それで、あの後は何も波乱は無くか?」
便利屋68カフェ、そのカウンタ―席に座った葛木はエミヤが淹れた珈琲の香りを楽しみながら心を落ち着けていた。
「あぁ、晴れて出張業務は終了、むしろこの後で彼女達と忙しく動くのはお前だろう」
アビドスはベンリヤコーポレーションとして債権回収を担う事になり、その業務の説明の為にこれからエミヤは何度かアビドスに赴かなければいけない。
尤も、ベンリヤコーポレーションについて説明を受けたアルは「会長はエミヤ?あれ……?わ、私は変わらずに社長なのね!ふふふ、それなら問題無しよ!」と一瞬で納得していた。
業務内容について説明をした所「確かにお金を借りて変な利息を抱えさせられるのは嫌よね……」と債権者の立場に立って利息無しの回収業という点も理解してくれた。
「クックック……斯様な解決を迎えるとは私にも計算できませんでしたよ、やはり貴方達は決まった枠に収まらないらしい」
葛木の隣の席に座った黒服が紅茶を口にしながらリラックスしている。
内心でエミヤは黒服がホシノにしようと画策していた事を知っているので冷や冷やしていたが、知っているのか知らないのか、葛木が特に干渉するつもりも無さそうなので敢えて触れずとも良いだろうと判断した。
「まぁコレで物事が円滑に運ぶのなら貴様らにとっては最上の結果だろう」
そして平然とカウンター席に座るプレジデント、電源を落とした理事の頭部を肘置きにしてピーチティーを楽しんでいる。
最初に姿を現した時、黒服が手に見た事も無い錫杖を出現させ構えを見せた事で一触即発となったが、「やめよ、非番だ」と席に座るプレジデントに黒服は「……えぇ」と困惑を見せていた。
「エミヤさん、これはあまりにも異様な集まりに思えるのは私だけでしょうか……?」
黒服の問い掛けにエミヤは「まぁ」と同調を示しながらも、「客だしなぁ」とまともとは思えぬ結論に辿り着き黒服は「んん……」と悩まし気な声を漏らした。
「フハハハ、何か不都合でもあるのかゲマトリア?面白いじゃないか、『守護者』『先導者』『探究者』がこの場に揃っているのだ、折角の機会だ――思考ゲームといこうじゃないか」
言いながら、懐から取り出したチェスのコマをエミヤへ渡す。
「今渡したソレを宝だとしようか、ソレは各々にとって大切な物や目標となり得る物だとしよう――ただし、概念的な物では無く日頃近くにある存在や物体に限定する」
エミヤは皆に見える様にカウンターの上に置き、自然と視線は白のクイーンの駒へと集まった。
「さぁ、そこへ敵のポーンがやって来た――明確に敵だと分かっている存在だが、それ以上の事、敵の強さや数、効果的な対抗手段は分かっていない、しかしもう五分もすれば白のクイーンと接敵してしまう、白のクイーンの傍に居るのは自分だけ、さぁ、どうする?」
イマイチ意味が分からない問い掛けだったが、誰も応えない所を見てエミヤは「私であれば」と手を挙げる。
自分にとって大切な存在を思い浮かべ、
「クイーンと共に戦う――だな、余程の理由でも無ければその選択肢以外を選ぶこと自体、私のクイーンには断られそうだ」
思わず苦笑を漏らしながらの答えに、黒服とプレジデントは「(便利屋はそこまで粗雑なのか)」と感想を抱き、葛木だけは別の人物を思い浮かべて「あぁ……」と察していた。
次に葛木も「私であれば」と珈琲を一口、
「クイーンの支援の下で戦う――になるな、何人もあやつに触れようとする者に対しては、今の私では、容赦を忘れてしまうだろうな」
「おや、葛木先生はもしかして依然よりも過激に?」
黒服の何気ない質問に、葛木は少し腕を組み考え、目を伏せて少し苦笑を浮かべながら答えた。
「なに、二度は失いたくないだけだ」
黒服が思わぬ回答にピシリと固まる中、プレジデントは未だに詳しくは知らない葛木に質問をしたい様だ。
「葛木先生、アナタの価値基準はその大切な者との記憶か?」
「…………多くは、そうだろうな、だが、このキヴォトスに来て変わった部分もある。人とは、そういう物であろう?」
その言葉が『教え』では無く『確認』の意が含まれていた事に黒服とプレジデントは葛木という人物を少しだけ理解できた。
「それでは私が」黒服が手を挙げ、「ふむ」と思案。
「クイーンが望むならば――最後を共に、といった所ですかね」
思いもよらぬ黒服の回答に、この中で関りが多いエミヤは驚いていた。
「てっきり敵を分析して~というかと予想していたが、思っていたよりもロマンチストだな」
「ふはははは、あのゲマトリアがその様な忠臣が如き精神を?これは意外だな」
二人からの言葉に手を重ね、片手で片手を包んだ黒服は「ロマンチストなどではありませんよ」と苦笑。
「死に方は、選べる時に選ぶべきでしょう?」
過去に何があったのかは分からないが、避けられぬ悲しみに対面した事があるのだろうとエミヤは揶揄うのを止めた。
「では最後は私だな」
プレジデントはカウンター上にあったクイーンの駒を手に取ると、自分の手前に置いたポーンの駒の前にソレを置いて見せた。
「クイーンを囮に私が逃げる――大切な者であっても、我が大義の前には生贄に過ぎぬ。利用価値が残っている内に利用してこその資源、コレが私の答えだ」
「反吐が出る」「守れぬ者の考えだな」「大義を果たすのに力不足だからその選択肢になるのでは?」
「フン、貴様らの言葉で揺れる程のメンタルでは無いわ、我が答えにブレは無し」
やはり相容れないとエミヤは考えながら、日頃から胸元にチェスの駒を入れているのだろうかと気になった。
「む……?」
ふと、葛木が連絡でも来たのかスマホを取り出し、眉根を寄せて難しい顔をしている。
「それにしてもエミヤさん、珈琲もですが紅茶を淹れるのも非常にお上手ですが、元々何かそういったご職業の経験が?」
気にはなったが黒服からの質問に相槌を打ち、「昔ちょっとな……」とかつてのプロレス系お嬢様の下での生活を思い出し遠い目になる。
「ゲマトリア、今更この男にどんな過去があろうとも私は驚かんぞ、私の
人をデータとして見る事でも出来るのか、プレジデントの言葉にエミヤは返答に詰まりながらも「その通りだ」と隠す意味も無いのでオープンした。
「並みの人間なら脳が壊れる程の情報量だ、他者の経験を読み取るのに余程慣れているのか、はたまた特殊な装置でも用いたのか、身体的に変化が起きていないのが奇跡に等しい」
言われた意味がイマイチちゃんと理解できなかったが、言われてみて他者と脳の構造は違うだろうなとエミヤは納得した。
「すまないが、急用……もとい仕事が入ったので失礼する」
席を立ち支払いを済ませた葛木は何やら急ぎで喫茶店を出て行き、異物四人衆は解散となった。
後片付けをしながら他の客の注文を処理していると、支度を終えたカヨコが店員として参戦。
昼を過ぎてからアキラも来てくれていつも通りの業務へと移行した。
そんなエミヤのスマホに、連絡が入る。
『も、もしもしエミヤさん!?そっちにウチのマコト先輩行ってない!?』
その声は棗イロハの物、これまで聞いた中でもぶっち切りで焦っており、一応店内を見渡すが勿論マコトの姿は無い。
「いや、居ないが……どうした?」
尋ねた所、とても大きな溜息を吐いて『あーーーもーーー!』と大声を上げた。
『『事前の打ち合わせの前にトップ自ら赴き業務上での余裕を見せるとするか!』とか言ってトリニティに出向いたんですよ!』
「……は?」
あの爆弾が爆弾しか居ない火薬庫に?
「ひ、一人で?」
『ひ・と・り・で!』
こちらを見て首を傾げるアキラに、思わず呟く。
「……なんでさ」
・・・・・・・・・・・・・・
『はぁ!?』
電話越しに聞こえて来た大声にエミヤは思わずスマホを顔から遠ざけた。
「お、落ち着けナギサ、声が」
『し、失礼しました……すいません、もしかしたら聞き間違いかもしれないのでもう一度お願いします』
バイクを走らせているので確かに聞き間違いや走行音でしっかりと聞こえていなかったかもしれないと考え、エミヤは再び伝える事にした。
「ゲヘナ学園の統括機構である
しっかりとマイクに向けて伝えた所、ナギサからの返答は無かった。
スマホの向こうから「ナギサ様!?」「し、白目を!」「いけません!一体どれだけ過激な発言を聞かされたんですか!?」「う、羨ましい」と彼女の傍に侍女達が騒ぐ声が聞こえて来た。
しばらくして、
「あー、もしもしー?エミヤさーん?」
「その声はミカか、その、ナギサはどうした?」
「ナギちゃんはちょっと、一応目は覚ましたんだけど出迎えの準備というか、私も人の事は言えないけど、ほら私達ってゲヘナに対してアレだから、歓待役も選ばないといけないんだよね」
思い返してみて納得の説明にエミヤは「ナギサは大変だなぁ」と思わず漏らすと「私もちょっとは大変だよ!?」とアピールされ、なだめてから話を本題に移す。
「それで、マコトの姿は確認出来たのか?」
「ううん、自治区内の監視カメラも洗って貰ったんだけど、余程変なルートから来てるのか、それともまだ辿り着けていないのか、確認出来ていないみたい」
「(いかにマコトが馬鹿だといっても、地図くらいは流石に読めるだろう……一体何処へ?)」
まさか馬鹿が馬鹿を発揮した結果馬鹿みたいな出会いをして未来で馬鹿をするとは思っても見ないエミヤは一先ずゲヘナからトリニティまでの道を探そうとバイクを走らせた。
・・・・・・・・・・・・・・
「キキキッ!わざわざ出向いて答えを持ってきてやったのだ――そちらのトップが応対するのが筋だろう?」
件の人物、羽沼マコトは何処か古びた建物でソファに腰掛けながらテーブルを挟んで対面する少女に語り掛ける。
「悪いが忙しい方でな、だが当日の指揮を執るのは私だ。勘弁して貰おう」
黒いキャップを被り美しいロングのヘアをストレートで流し、口元のマスクとキャップの合間から差し込まれる鋭い視線はマコトを捉えている。
「まぁ良いだろう。誰が相手だろうと答えは変わらん、計画通りに事が進めば、空埼ヒナはその権威を失墜し、憎きトリニティも大混乱に陥る――この認識で合っているか?」
問いかけるマコトの眼を見据える少女は短く「あぁ」と相槌を打ち、懐からカードを取り出してテーブルの上に置いた。
「加えて、作戦への参加を表明してくれれば飛行船もやろう。他の学園でも持っている者はそう居ない、誰が凄いかを分からせる上では最上の代物だろう」
「キッキッキ、中々に分かっているじゃないか――錠前サオリ」
気前の良さに機嫌も良くするマコトはそのカードを手に取り、頷いて見せる。
「――成程な、実に準備が良い」
「当然だ、私達は来たる日の為に準備を整えて来た――念願だ」
マコトは真っすぐに向けられる瞳を見つめ返し、眼前のサオリという人物を捉えようとする。
「(嘘は吐いていない、だが危うさが残るな、まるで外付けの恨みに憑りつかれたかの様な夢の抱き方だ)」
芯から来ている言葉だが、その想いに芯を感じない。
「(行動に恨みは関係無い……いや、個人への恨みや具体的な何かへの恨みでは無くもっと抽象的な物に恨みを抱いているのか?)」
発言には外付けの恨みを、行動には恨みよりも怒りを感じるサオリをマコトは少し悲しく思いながら、
「それは、さぞやり甲斐のある目的だろうな」
決して馬鹿にすることは無かった。
しかし、
「だが断る」
マコトが選んだのは拒絶、拒否。
カードをテーブルの上に放り、顔の角度を上げて敢えて見下す様に告げた。
「は?」
サオリの疑問も当然、問い掛けたい言葉も出てくるという物。
「聞こえなかったか?断ると言ったのだ」
堂々と、脚を組み直してマコトは告げた。
「分かっているさ、コレは私が望む
しかし、と続ける。
「貴様らの計画は破壊の事しか頭に無い、いかに壊すか、いかに傷付けるか、いかに立ち直れなくするか」
圧倒的な暴力で全てを挫く。
それは確かに力を示すうえでは効果的だ。
だが、
「貴様らの行動原理がトリニティへの復讐である事は以前聞いた。成程理に適った作戦、確かに復讐は遂げられるだろう――で?」
その先は?
尋ねられ、サオリは眉根を寄せた。
己が何を尋ねられているか分からないという様子に、マコトは苛立ちを募らせる。
「私は頭が良いとは言えん、故にその条約とやらを乗っ取る事で得られる武力は確かに魅力的だと感じる。だが、武力で飯は食えんぞ?」
テーブルを指で叩きながら、言葉を続ける。
「確か貴様はこう云ったな、公会議とやらで賛同しなかった結果の排斥、独立したアリウスだが一枚岩では無く幼少期は自治区を二分した内戦が行われており食事さえもロクに得られなかった。『マダム』とやらが現れ終戦、生き方と真理を教えられた……と」
「そうだ。その復讐が今回の目的だ、思考の違いで排斥し、すぐ近くで起きていた悲劇に手を差し伸べず神を敬うとぬかす奴らに『虚しさ』を――!」
「馬鹿か?」
差し込まれた言葉に、サオリは「なん、だと」と拳を握る。
「教訓を与えたいなら
言い返せず、「しかし」と何かを口にしようとして、それ以外の道など知らないとは漏らせなかった。
「貴様ら、温泉を掘った事はあるか?」
「……は?」
「木々を伐採し、砂地にシャベルを突き立て、硬い岩盤は発破し、土地を掘り返す」
突然語り始めたマコトに困惑しながらも、言われた内容と行動は理解出来る。
「その果てに出て来た温泉、身体の芯まで染み渡る熱は労働の後に最高だ――ソレを、土地を破壊した後に生まれる極楽を、私は知っている」
きっかけは隠しカメラを仕掛けた事なのだが、言わぬが華だろう。
「分かるか、貴様らがこの作戦で得られるのは達成感では無い、口癖の様に貴様らの言う『虚しさ』だけだ」
「vanitas vanitatum, et omnia vanitas……」
「……悲しいな、伝導者の言葉の全てを知らず、ただ表面的な意味しか知らぬのは」
同情にも似た視線で見つめられ、サオリは憤った。
「貴様にッ……貴様に何が分かる!」
「貴様よりは知っている――その言葉は決して、破壊を推奨する物では無い」
「なん……だと……?」
席を立ち、出口へと向かうマコトはコートをたなびかせながら最後に問い掛ける。
「『虚しさ』が与える物を考えた事はあるか?」
サオリは、何も言えなかった。
虚しさは、虚しさ、全ては虚しい物。
それだけだと、教えられたから。
ともかく、交渉は決裂。
「――皆、分かっているな」
陰から、銃を持つアリウスの生徒達が姿を見せる。
「私達の目的の達成の為、情報を漏らさせる訳にはいかない」
あと一カ月と二週間で運命の時はやってくる。
「それまで、喋れなくなって貰う」
・・・・・・・・・・・
万魔殿に呼ぶ事も出来た。
ゲヘナ学園の中に呼び出し、迎え撃つ事も出来た。
だって、こうなる事は分かっていた。
奴等は私よりもずっと残忍だ。
恐らくは取引を断れば痛めつけられ、下手をすれば――死ぬ。
だが、誰かに相談すれば例の条約の締結まで期間が延びてしまうのは間違いない。
トリニティなんぞ気に食わん存在だが、敵を減らすなら早い方が良い。
手を取り合えるなどという幻想は抱いていないが、争う事が無くなれば最上の結果だ。
その為には証拠が居る。
この胸元に潜ませたカメラ、エミヤを盗撮するのに使用したカメラ。
案の定、奴らに気付かれる事も無く目的は達成できた。
あとは帰るだけ、この
「手と、脚、それに肩……キキキッ、髪が不揃いになってしまったな」
それが出来るかどうかは、運次第。
ボロボロになった身体を引きずって、まだ遠いゲヘナへの道を往く。
幸い、森に逃げ込めたのもあり隠れながら進めている。
誰かを呼ぼうにもスマホは敢えて置いてきており、位置を知られる事も無ければ連絡を取る事も出来ない。
「キキキ……例え私に何かあったとしても、ヒナなら上手くやるだろう」
腹が立つ程に有能だからこそ、任せられる役割もある。
だが、それは最終手段だ。
暗くなった森を往く。
木陰に隠れ、足音がすれば息を殺し、普段であれば絶対にしない地へ這いつくばる姿勢も厭わない。
「やはり、一人で来て正解だな」
自分の負った傷をもしも万魔殿の誰かが負ったらと考えると寒気がする。
だからこそ、場所はゲヘナから遠くを、敵の本拠地を選んだ。
しかし、
「クッ……キキッ、動けんか……」
限界だ。
前のめりに倒れ込んだ位置には泥があり、口を開けば入り込んでくる。
「ク……」
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
「ア……」
死ぬ。
「アア……」
死にたくない。
死ぬ?
は?
死ぬだぁ?
「アァ!?」
私が!死ぬ訳!無いだろ!
羽沼マコト様だぞ!?
なぁにが動けないだ!自分に酔って死ぬところだったわ!
全然動けるわ!
「キーッキッキッキ!見つけられずに森で迷子になればーーーーか!」
よっしゃー!逃げるぞー!キーッキッキッキッキ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・
『……ごめんなさいエミヤさん、なんか、勝手に帰って来ました』
「え……?」
『すまないミカ、なんか、トリニティ行ってなかったらしい』
「……は?」
むしろちょっとだけ関係が悪化した。
次回投稿は2/24です。
多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?
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だめだよ
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やってみろ
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