便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第六十夜 正義

 

 

『エミヤ、その……もしも知っていればで構わないのだが、に、忍術の使い方は知らないか?』

 葛木から来た連絡に思わず黙り込んだエミヤは目頭を抑え、なんと返せば良いのか悩み、むしろ忍術はアンタの領分だろと返したかったが、何やら困窮しているのか真面目なトーンなのでそうも返せない。

「すまないが、知らない」

 すまないと謝るのもなんかなぁと思いながらも言葉に出来たのはソレだけだった。

 

 朝から葛木の変な連絡に困惑したが、今日は久々の完全休養日。

 エミヤは折角なのでとバイクを走らせ、キヴォトスに存在するレジャースポットに来ていた。

 先日のマコトが起こした騒動の後、結果的に入院する事になった彼女は電話越しにエミヤに『いつでもゲヘナに来れる様にしておけ、真面目に、相談したい事がある』と言われ、普段と違う様子に「電話では話せない事か?」と尋ねた所、『悔しいが、非常に悔しいが、貴様は私に気付きを与える事がある――頼らせろ、エミヤ』と、中々に嬉しい事を言ってきた。

 

それならば退院したらすぐに連絡が来るだろうと思いながらも、この世界はあまりにも怪我の治癒に個人差がある事を思い出し、休養日でも忙しくならない様に知り合いの少ない場所に来ていた。

 

 来ていたの、だが……。

 

「おぉおおお!貴方は我らが心の師匠!」

「燦然と輝く二振りの剣!」

「爆発を背に着地を決めるヒーロー!」

「料理が上手そうな御仁!」

「機械の隙間を縫って的確に攻撃をする繊細なる御方!」

 

「「「「「エミヤさん!」」」」」

 

 やって来た公園には何故か戦隊モノの格好をした五人衆が居た。

「いい……今日は、いいから……」

 もう色々と恰好だけでお腹いっぱいのエミヤは普段の余裕が消し飛んでいた。

 

「何をおっしゃる!貴方程の御仁に出会えたのは間違いなく運命!」

「ヒーローの道を進む者にとって師と仰ぐ存在は必要不可欠!」

「我らが正義の道は振り返れば荒野ばかりなれど!」

「先を往く貴方の背があればこそ我々は前を向ける!」

「それと次のASMR作品はいつ出ますか?最高でした!」

 

 独りだけ明らかにコメントが違う者が居たが、最早突っ込むのも煩わしい。

 エミヤは何とかして静かな空間に移動したいと願ったが、仮面越しで表情は見えないが何かを期待しているのだけは伝わって来た。

 

「……はぁ、それで、何か希望があるんだろう?どうしたんだ?」

「実はですね、我々はこうしてカイテンジャーとして各地で活動をしているのですが」

「我々の正義を理解してくれる者は多くは無く、批判を多く受けているのです」

「破壊行為は確かに行ってしまっておりますが、ソレは一重に理由あっての事」

「我々は夢を追い掛けているだけ、そしてその夢を邪魔したり、誰かの夢を食い物にしている連中が許せないのです」

「現れれば更地になる……なんて言われてますが、現れる場所に問題があるの間違いなんです!」

 

 エミヤは聞きながらよりにもよってヒーローが己の正義に従って行動した果てに周囲に理解を得られなかったという自分に刺さる展開に、余計に目を逸らしたくなった。

「それは……あー、その、君達が過剰な火力を用いているという可能性は無いのか?更地にせずとも対象や建物を破壊すれば目的は達成だろう?正義の為に、正義を成した後でそこに住まう民を脅かす必要はあるまい?」

「――成程!確かに言われてみれば!」

「ド派手な大爆発で助けに来たことをアピールしていましたが」

「言われてみれば爆発に市民が巻き込まれていましたね」

「逃げるの遅いなぁと思っていましたが」

「よくよく考えたらいきなり現れている私達を予想して逃げ出すのは出来ませんね」

 

 わざわざ毎回五人に分かれて喋られるのが本当に煩わしく。

 これで問題も解決しただろうと静かな場所へと移動しようと歩を進めたのだが、

「エミヤさん!他にも質問が!」

「どうすれば貴方の様に強くなれますか!?」

「貴方の様になりたい!襲い来る全てを跳ね除ける力が欲しい!」

「人々に魅せる戦いが出来る様になりたい!」

「全てを救えるだけの力が欲しいんです!」

 

 思わず、足を止めた。

 

 ――全てを救えるだけの力。

 

「(そんな物、私とて――)」

 記憶が、溢れそうになる。

 幾つもの経験、記憶、感情が己の中で暴走しようと渦巻く。

 

 その中には有り得ない物も存在した。

 幾重にも渡る『死』の記憶。

 老衰や果ての死では無い、聖杯戦争の最中に訪れる『死』の記憶だ。

「ぐ……!?」

 

 他者の経験でありながら己の経験であり、経験した出来事でありながら己に至らぬ道。

 矛盾。

 ソレが生じさせる――心象風景の塗り替え。

 

 不味い。

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ、エミヤは己の心象風景の中に、固有結界の中に脚を踏み入れた。

 

 荒野。 

 紅の宙と歯車。

 突き立てられた剣。

 

 そして、地に横たわる無数の衛宮士郎。

 

「――何が、起きて」

 声を出した瞬間、衛宮士郎の視線が一斉にエミヤへと向けられた。

『こんな所で』『守れなかった』『いっそのこと』『お前だけは』『まだ死ぬ訳には』

 呪詛の様に紡がれる言霊が、漏れだした口から紫色の煙となって宙へと溶けていく。

 ゆっくりと立ち上がり、一歩一歩、こちらへと歩み寄って来る。

『忘れるな』『俺達は』『体は剣で』『出来ている』『だからこそ』『一振りの剣じゃ無い』

 語り掛けられる言葉が理解できず、それでも己の中の何かが明確に変わろうとしているのを実感していた。

『砕けても』『剣は剣』『砕けても』『戦えるんだ』『砕けても』『ソレは剣だ』

 

 一人の衛宮士郎の指が、エミヤへと触れようとしたその時。

 全ての衛宮士郎が一斉に砕け散り、何かの剣の破片へと姿を変えた。

 どれもが砕け散っており、まともな剣の形を成している物は一つたりとて無い。

 

「なん、だったのだ……」

 ――そして、エミヤは固有結界から戻って来た。

 

 たった一瞬の出来事、しかし体感は長く。

 思わず見つめた掌に魔力を集中させると、とても剣とは呼べない、神秘の欠片も宿していないただの破片が投影出来た。

 

 これまで試そうとも思わなかったソレから、何の変哲も無い筈のソレから、非常に嫌な予感がした。

 

「……解析(トレース)開始(オン)

 

 そして見えたのは、最悪の武器。

 言葉にするのもおぞましい、理解するのもおぞましい、己の死の経験が込められた無念の欠片。

 傷付けた者にソレを垣間見させる怨讐の押し付け。

 

「(だが……確かにコレは、人を相手にした時かなり強く作用する)」

 

 突然の出来事ではあったが、お陰で気を付けるべき事を再確認出来た。

 そして、誰かを失う苦しみや悲しみ、何かを成し得ない後悔を痛感した。

 

「エミヤ……さん?」

 カイテンジャーからの問い掛けに答える余裕も無い。

 少し俯き突然足を止めたエミヤを心配している様子だ。

 

 その声は耳に届かず、エミヤは己の中で垣間見た記憶に整理を付け、深く息を吐いた。

 吐いた息にさえ震えがあり、整理は出来たとはいえ余裕は取り戻せていない。

 それでも、このまま正義に夢を見続けて、その夢に裏切られたとは思って欲しくない。

 

「全ては――救えなくとも良い」

 自分の心と対話をしながら、言葉を選ぶ。

「私も、全てを救おうとしていた時があった」

 自分の心を見つめながら、言葉を選ぶ。

「選択や力不足、時間切れや勘違い、様々な理由で己の成そうとした正義が空振りになる事はある」

 苦しい過程、その過程の中で心を病んでしまえば生まれるのは後悔、それをエミヤは知っている。

「だが、ソレは己の正義に裏切られた訳でも無ければ、己の正義が揺らぐわけでも無かろう?」

 そして、過程がどうあれ結果を見た時に『誰かを助けられた』事実から目を逸らし、より助けられたと――助けた人物がいるにも関わらず後悔を抱く事の愚かさも知っている。

「一つ一つ、数えれば良い、誰を助けたのか、何を助けたのか、何を守れなかったのか、何を助けられなかったのか」

 過激な正義は誤解を産むが、それでも後悔してはいけない。

 未熟な正義は悲劇を生むが、それでも後悔してはいけない。

 

「そして、忘れるな」

 正義の下に助けられた者が居るのなら、助けられなかった者を悔めども振り向くな。

「己が正義を胸に抱いた始まりを、己が正義を志したその時を」

 正義を胸に抱いた理由があるのなら、持ち続け決して捨て去るな。

「ソレが貴様らの行動原理だ――ソレが、貴様らの見つめるべき物だ」

 もしも見失ったのなら、見つめ直せ。

 

「憧れは、貴様の中にある」

 

 去っていくエミヤの後ろ姿に、確かに憧れを抱きながらも、カイテンジャーの面々は敬意を抱いた。

 エミヤが強いのでは無く、強く在ろうとする強い人だと知る事が出来たから。

「「「「「ありがとうございました!!!!!」」」」」

 

 下げた頭をエミヤは見る事は無い、その礼の言葉には確かに何かを受け取った実感が込められていた。

 

 

 

 

 

「ようやく……ゆっくり出来る」

 公園のベンチに腰掛け、エミヤは目を閉じて太陽を浴びながら息を吐く。

 静寂とは呼べずとも人々が遊び、喜び、楽しむ声はエミヤに癒しを与えてくれていた。

「……あぁ、平和だな」

 安らぎ、とても健やかな温かさが心に満ちていく。

 便利屋68の面々と過ごす休日もとても良い物ではあるが、時折、こうして一人で過ごすのも良い物だとエミヤは腰を落ち着けながら感じていた。

 

「あら?」

 そこへ、聞きなれた声が耳に届いた。

「店長?」

 自分が店長を務める店の店員、清澄アキラが居た。

 白のワンピース姿に大きな本を持って読書が出来る場所でも探していたのか、隣に座って来た彼女に「奇遇だな」と声を掛けると、「えぇほんと」と穏やかな返事が返って来た。

 

 エミヤにとって清澄アキラは日常の象徴に近い人物だ。

 荒事に巻き込まれる事も無ければ、ASMRの話題を振ってくるでも無い、ただ穏やかに店内の事を手伝ってくれる優しい少女。

「散歩か?」

「はい、少し深く読みたい書物があったので、腰を落ち着けられる場所を探していました」

 そう言いながら開いた本のタイトルは『美麗絵画百選』という物、成程教養を深めようとしていたのかとエミヤはキヴォトスにおける芸術に少し興味を持った。

「アキラはそうした……芸術に当たる物が好きなのか?」

 それは何気ない質問だったのだが、アキラは薄く笑い、一度口を閉じたかと思えばにこやかな表情で、

「はい、とっても!そこに込められた想いや、様々な人の手を渡って来た重ねた歳月、古い物であれ新しい物であれ、美として産み落とされた物には想いが込められていますので、そうした品々が大好きなんです」

「それは、少しだけ共感できるな、想いが込められて産み出された物はどれも特別だ――例えソレが、大衆の眼に触れず埋もれていたとしても、芸術としての価値を失う事は無いし、作者が居る以上はそうした感性を持つ者も他にいる筈、埋もれているのは価値も同じ様にだろうな」

 刀剣類を解析する中で感じた事は芸術にも当てはまり、エミヤはアキラが持つ素敵な感性に感じ入る。

 そしてアキラもまた。エミヤが口にした芸術を理解した者の言葉に激しく頷いていた。

 

「ふふ、少しだけ過激な考えかもしれませんが、私は芸術とはその価値が正しく分かる者の手に渡ってこそだと考えてまして、タダの蒐集家や熱意無いコレクターが持っているだけ、保管方法も知らずにその手の中で腐らせていくだけというのがどうにも許せなくて、いつか(・・・)自分の手で美術品を集めて正しい持ち主の下に届けたいと考えているんですが――傲慢でしょうか?」

 もしかしたら勘付かれるかもしれない、そうでなくても、これまでとは違う視線を向けられるだろうと思いながら振った話、酷く独善的な思考、己の中の合理性を詰め込んだ言葉だ。

 

 それに対してエミヤは、

「――誰かを、何かを救おうという思いは、どれも傲慢であるべきさ」

 あろうことか、「(魔術師よりはマシな思考だな)」と比較対象がおかしかった。

「自分が救うんだって思えるなら、ソレはアキラにとっての正義なんだろうな」

 

 だが、その答えがアキラにとって救いであったことは間違いなく。

「……私を、正義と仰って下さるのですか?」

 その様な質問はエミヤからすれば、

「美や芸術として生み出された物が、その価値を失う状態から救い出そうとしているんだろう?」

 何かを守ろうとする意志の正しさを問われたに過ぎず。

「ならその想いは、考えは――決して、間違いなんかじゃないだろ」

 当然、答えはそうなるのだ。

 

「――――ッそう、ですか」

 

 求めてなど居なかった。

 

 肯定の言葉なんて、所詮は絆す為の道具に過ぎないと思っていた。

 

 だが、すぐ隣に座る人物が投げ掛けた肯定の言葉は、共感や情状酌量の言葉では無く自身の考えの表れ。

 

「やっぱり、少し眠くなってきちゃいました」

 

 アキラはエミヤの膝に頭を置き、ベンチに横になってそのまま睡眠の体勢を取った。

 日常生活で、働いている時でさえ張り詰めていた警戒を完全に解き、全てをエミヤに預けた。

 

「おいおい、折角の綺麗な髪が……大丈夫か?」

 

 その言葉で、エミヤにとっては先程の質問が大きな意味を持っていなかったことが窺える。

 本当に、ただ聞かれたから答えただけなのだ。

 

「えぇ、大丈夫(・・・)です」

 

 この時以来、慈愛の怪盗は芸術品を盗み出す際に極力人を傷付けない様になる。

 手口は華麗、用意は周到、そしてソレまで以上にずっと平和に行われる犯行。

 

「とても良い、答えを得ましたから」

 

 銃を向けられようとも土壇場にならなければ攻撃を返しもしないスタイルに、ヴァルキューレ内部では『目的』を遂げる為であっても最小限の犠牲を望むと噂が立つ。

 行いは罪であっても、その流儀とも呼ぶべき犯行のスタイルに彼女の中で定めたルールがあるのだろうと皆が予想した。

『まるで、自分の中での決まり事は破らない様にしてるみたいで――まるで、ポリシーというか、彼女の中に明確な正義が定まっていると感じました』

 追い掛ける中でビルから落ちかけた所を救われた者も居た。

 

「それなら、今は眠ると良い」

 

 心の拠り所を見つけた彼女にとって、犯行は一人であっても、心にはいつもエミヤの存在が居る。

 

「はい、エミヤ(・・・)さん」

 

 もう決して、店長という肩書では見る事が出来ない、己の理解者が。

 

 




次回投稿は2/26となります。

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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