エデン条約。
連邦生徒会長が発案したトリニティとゲヘナ間で結ばれる予定の不可侵条約であり、各陣営から構成員を供出する事により双方の学園の問題を解決する為のエデン条約機構、Eden Treaty Organization=ETOを設立する事が目的だ。
「私はトリニティ総合学園のティーパーティー、そのホストである桐藤ナギサと打ち合わせを重ねながら幾つかの条件を取り決め、仮にもキヴォトスにおける三大学園の二つが手を組むのだ――当然、露見すればおこぼれに預かろうとする者や、この条約に異を唱える者が現れると考えた我々は秘密裏に会議を重ねて来た」
連邦生徒会長の失踪により当初は条約成立自体が立ち消えてしまいそうだったが、桐藤ナギサは七神リンと連携し必要な符号を確認する事で計画の概要を掴み今から二週間ほど前に熱心に動いていた。
その一方で同時期、桐藤ナギサの計画を知ったとある組織は条約の締結相手である羽沼マコトに接触、過去のトリニティ設立時期に迫害を受けたというアリウス学派は今ではアリウス学園を設立し、一人の絶対的生徒会長の下で復讐の機会を窺っていた。
エデン条約という大きな舞台、そこにはゲヘナの主要人物は勿論、トリニティの主要な人物も集結するという事もあり、『そこで圧倒的な力を示す機会を貴方に与えましょう、その代わり、当日の私達の復讐にも協力して欲しい』と話を持ち掛けられていたマコトだったが、
「キキキッ……私は三年生だ。ゲヘナを卒業した後で統率する存在は誰になるのかと考えた時、必ずソレを決めるのに今は息を潜めている者や虎視眈々と議長の座を狙う者達が争いを起こすと考えてな、私がするべきは今を壊す事じゃない――」
病院着を身に纏ったマコトは医療用のベッドに横たわりながら身を起こしており、その傍らにはつい先程までお話をしていて、疲れて眠ってしまったであろうイブキが掛け布団を枕に眠り込んでいる。
彼女を見て、マコトは優し気な笑みを浮かべ言葉を続ける。
「――未来を守る事だと思ったんだ」
故に、マコトはその企みの持ち掛けを断った。
「最も、奴等は既にトリニティには手を出しているという話だ――エミヤ、誰か居ないか?トリニティに所属する生徒で連絡が取れなくなった者や、以前から姿を見せない生徒は?」
言われれば脳裏に浮かぶのは蒼森ミネの姿、エミヤは頷くことで応え、マコトの言葉の続きを待った。
「だろうな、良いかエミヤ、奴等は私がこれまで相対した存在の中で最も危険だと感じた相手だ」
イブキの頭を撫でていた手を止めて、強い視線をエミヤへと向ける。
「奴等は桐藤ナギサを殺す算段すら立てていた――良いか、殺す算段だ」
マコトにとって邪魔だと感じる風紀委員会に対してですらそこまでの敵意は抱かない。
「例え私の身がどの様な状態であろうとも、例え桐藤ナギサがどの様な状態であろうとも、互いに互いの学園の未来を想う以上、何があろうともエデン条約機構の成立は止まらない――今から一カ月と一週間の後、私という要素が無くなり奴等がどの様な手を打ってくるかは分からない、そして恐らくだが、私が居ようがいまいが、奴等は会場となるトリニティ総合学園を破壊できるだけの武力を有している」
当日のその場に揃った正義実現委員会や風紀委員会の面々であっても意味を成さない程の『暴』。
ソレが無ければ成り立たない復讐という目的に、マコトは恐怖を覚えていた。
「一度しか言わん――エミヤ」
マコトは姿勢を正し、エミヤの眼を見て告げる。
「ゲヘナ学園は、私達は、お前の事が大好きだ」
それは、学園の総意としての発言。
万魔殿の議長として伝える言葉。
「そんな大好きなお前に、頭を伏してお願いしたい」
頭頂部をエミヤに見える様に降ろし、その上で願う。
「奴等の手段も、何処に潜伏しているのかも、復讐の対象や当日の最大目標も分かっていない、無い、無い、無いの状況だが――奴等が我々を害する事は分かっている」
マコトにとって、頭を下げるというのは軽々しい行為ではない。
その行いをマコトが取らない理由は、己が議長であるから。
己が頭を下げるというのは、ゲヘナ学園が頭を下げるのと同じ意味を持つ。
それでも、今この時は頭を下げる時だ。
「我々の未来を、守ってくれ」
エミヤは分かっていた。
反省していても何故マコトが頑なに頭を下げるという行為をしていなかったのを。
だからこそ、その下げられた頭の価値に、心を打たれた。
必要な事だとは分かっていても、悔しいのだろう。
頭を下げながら僅かに震えているマコトへ視線を向けていられない程に、悔しさが溢れていた。
それは、己が守るべき物を守れない悔しさだろう。
それを受け入れて、今マコトは頭を下げているのだ。
「任せておけ、必ず――お前達の未来は、私が守ろう」
そう言って、背を向ける。
受け取ったからには、もうその姿は見せなくていい。
エミヤは言外にソレを伝えた。
「頼ってくれて、感謝する」
こちらも、頼られてうれしいのだという事を忘れずに伝え、エミヤはトリニティへと向かう。
「――存じておりました」
いざ対面した桐藤ナギサの言葉は、予想外の物だった。
「それは、アリウスという連中の存在を?」
「えぇ、誤解しないで頂きたいのは、羽沼マコト様に危害が及ぶのは完全に想定外だったことです」
その言葉には安堵したが、アリウスを知っていたというのは聞き逃せない言葉だった。
しかし、同時に思い浮かぶマコトからの忠告――『奴等は既にトリニティには手を出しているという話だ』『奴等は桐藤ナギサを殺す算段すら立てていた』この二つから、蒼森ミネの安否が気になった。
「やはり、ミネは……」
「……そちらは、私にも分かっておりません、ティーパーティーの一角、百合園セイアという生徒も行方知れずとなっております」
あくまでもナギサが知っていたのは『アリウス』だけであり、彼女達が行ったと思われる危険な行為に関しては掴み切れていないらしい。
だからこそ、ナギサを殺す算段が立てられている事を伝えるかを非常に悩んだ。
ここで伝えてもただ怖がらせるだけになるのでは?と、
「それにしても、羽沼マコト……そこまで芯のある方でしたか」
紅茶を手に取り、口元に運びながらナギサは何か考え込んでいるのか目を伏せた。
「てっきり、言葉だけの人物かと思いましたが、私もまだまだ人を見る目が無いようですね」
――それでも、と何かを言い掛けて、カップを置いて言葉を止めた。
「エミヤさん、もしも……」
何か、縋る様な瞳でエミヤを見つめるナギサは、非常に言いにくい言葉なのか胸元で手を握りしめている。
「……もしも、私が」
その言葉が予想できないエミヤでは無い、だが、
マコトが頭を下げた以上、エミヤは安易に安請け合いが出来ない。
ソレは、マコトの頭の価値を下げる事になってしまう。
アリウスを知っており、既に蒼森ミネと連絡が取れなくなっている環境、間違いなくナギサは伝えずとも己が狙われている事を勘付いているだろう。
エミヤは本音を言えば助けると伝えたかった。
感じているその恐怖から守って見せると伝えたかった。
だが――言えないのだ。
何も言われずとも勿論守るつもりだ。
しかし、言葉にするのならば、相手からの言葉が必要だ。
マコトは『我々』と言葉を使った。
そこにはゲヘナだけでは無くトリニティも含まれているだろう。
だからこそ、守る事は既に決めている。
安心させる為の言葉は伝えられずとも、エミヤはそう決めている。
「ッ……いえ、なんでも、ないです」
しかし、口に出さずに伝わる程、桐藤ナギサは聡くは無い。
マコトが頭を下げた事まで伝えられない以上、ソレを察する事は出来ない。
己の事で精一杯な今のナギサに、拳を強く握っているエミヤの姿など、視界に入る訳も無いのだ。
「何か、あれば――」
それでも、エミヤは伝える。
守ると伝えられずとも、頼れと伝えられずとも、
「――私が居る」
それだけは、伝えた。
ナギサがどこまでを理解したのかは定かでは無い、しかし、紅茶のカップからは手が離れ、少し驚いた様子でエミヤを見つめる瞳には敵愾心や困惑以上に、驚きが含まれていた。
ナギサにとって、その言葉は大きな意味を持っていた。
『味方だ』と心に入ってこようとするわけでも無く。
『頼れ』と全幅の信頼を得ようとするわけでも無く。
ただ、居ると告げられた事はナギサにとって、とても――。
「ありがとう、ございます」
事態は動き出している。
見えない闇がゆっくりと、ゆっくりと。
「(私が乗り込めば、アリウスの連中をどうにか出来るかもしれんが――全貌が掴めない組織に乗り込めば、強引な手に出られる可能性もある)」
今はただ、警戒しか出来ない。
ただ歯痒い時が、何よりも苦痛だった。
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「おいもしかしてエミヤって頭を下げれば何でも言う事を聞いてくれるんじゃないか?」
「……マコト先輩、台無しです」
次回投稿は2/28になります。
多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?
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いいよ
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だめだよ
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やってみろ
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エロ書け