便利屋エミヤ   作:晴れときどき曇り

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第六十四夜 教える事と教えられない事

 

 

「どう……かな?」

 山海経高級中学校、玄武商会の経営する飲食店においてエミヤは厨房で一つの皿を前に冷や汗を流していた。

 調理工程の中で気のせいで無ければ二度漬けに近い事をしていたが、問題はそれが調味料では無く油に対しての二度漬け、更に二度目は一度纏った衣の上にマヨネーズを纏わせてそこから更にというのが問題だ。

 

 料理が下手という訳では無く新しい事に挑戦したいのだろう。

 玄武商会に辿り着いた際に案内してくれたレイジョという女性も、

「ウチは色々な所から文化や調理法を取り入れて新しい物を創作出来ないか試しているんです」

 と、話していた。

 

 高カロリーという言葉すら裸足で逃げ出す高血圧殺害料理にエミヤは箸を伸ばすのを躊躇う。

「小さな子って濃い味の物が好きだから、そういう風に仕上げてみたんだけど」

 優しさを料理に投影するにしても、もう少しやり方はあるだろうと思わせる彼女は朱城ルミ、この玄武商会の会長にして調理の腕に関しては非常にスムーズ、しかし、エミヤは何処か違和感を感じていた。

 

 そう、スムーズだったのだ。

 まるで、既に作った事がある料理かの様に。

 

「ルミ、例えばだが……確かにこうした味の濃い食べ物を小さな子は好むだろう。だが、ケーキだけを食べて育った子どもの味覚というのがどれだけおかしな物になるか、知っているかね?」

 味覚というのは刺激の一つだ。

 ソレは音と同じで、幼少期にどのような刺激を受けて育ったかで歳を重ねた際に感じ取れる刺激に差異が生まれる。一流のソムリエやワインセラーを抱える者の子供は日頃から嗅覚や味覚に常に多様な刺激を受けており、歳を重ねてからも様々な料理やワインを味覚、風味、食感で楽しむ様になる。

 

「うぅ……やっぱり濃いかな?」

 少し自信無さげにさせてしまったが、彼女の心にあるのは梅花園にいる小さな子供たちに美味しく食事を楽しんで欲しいという思いやりの心、キヴォトスに存在する食材はエミヤの見知った物が多いが、時折どのように調理するのが正解なのか分からない不思議な物にも遭遇する。

 大人になった際にそうした物も楽しめる様に、出来るだけ多種多様な料理を食べて貰うのが良いだろう。

 

 もっとも、エミヤ個人の考えとしては美味しく食べて貰うというのが第一であり、次に健康がやって来る。

 しかし比重は美味しさと健康は釣り合いが取れる程に拮抗しており、結局はどちらも大切だ。

 

「下味を付ける段階で濃い目にすればいいさ、何も二度揚げをして食感も面白く~というのは気にしなくていい、そうだな、マヨネーズ、醤油、ワサビを混ぜ込んだ物に肉を漬けて置くとか、その程度でも良いんだ」

「そっか、それなら過度な辛さにはならないし、風味も良い感じになりそう」

「まぁ、子どもの頃からというよりは、子どもの頃である程に好き嫌いが激しいのも事実、誰にでも受けるという訳では無いがな」

 それでも訳の分からん麻婆豆腐を食べるよりは絶対に受け入れてくれるはずだと自信はあった。

 

 再びの違和感。

 料理に慣れている人物が、この程度の事を知らない筈があろうか?

 

「うーん、正直な所、今回の料理を作るに至った経緯が鶏肉がとんでもなく余っているからなんだよね、実はとある人物が驚く程大量に送り付けて来てね、コレをどう処理するか悩んで唐揚げ二度揚げマヨネーズ仕立てを思いついたんだ」

 その説明を受ければ出来るだけ色々な唐揚げや味付けを模索しているのも納得、エミヤはアルから聞いた話を振り返る。

 

『きょ、今日の午後から、エミヤが満足できるまでって期間を要求されているのよ、だから貴方がもう助力は必要無いって思えば依頼が完了になるわ』

 

 随分とこちらを試すような契約を結んできた物だと身構えて会ってみれば、真面目に料理と向き合い困っている姿にエミヤは不思議な嬉しさを覚えていた。

「それなら、私が知る限りの鶏肉料理を君に教えよう……それにしても、この厨房は少し熱すぎやしないかね?恐らくはあの蒸籠(せいろ)の所為だとは思うのだが」

「あぁ、そうそう、私も新料理の研究をしているけれど、だからと言って普段の業務を怠る訳にはいかないからね、夕飯用の肉まんを蒸してたんだ」

 エミヤは心の中で、もしかしてキヴォトスでまともな人物を探そうと思った場合は調理関係の人間を当たれば良いのでは?と仮説を立てていた。

 

「取り合えず、君は一旦汗を拭いてきたまえ、危険は無いとはいえ私も男性、そうも胸元が汗で滲んでしまっていては肌に張り付いて気持ちが悪いだろうし、ここでいきなり脱ぎだす事は無いにせよ調理をする上で汗は出来る限り抑えられるように脇の汗腺をサラシで絞めたり、その……何か胸元にタオルなどを入れておいた方が良いぞ」

 そう言わたルミは自分の胸元に視線を移し、これでもかと主張する張り付いたシャツの向こうに見える肌色とは対照的に、顔は真っ赤に染まった。

「そ、それは、その、やっぱり蒸し料理だから外部からの水分もあるし」

「だとしても、君の様に魅力的な人物が恋仲でも無い男性にそのような姿を晒すものでは無い、食事よりも君に夢中になられるのは料理人としては望ましくないだろう?」

「あっ、えっ……いや、それはそうだけど、ず、随分とサラっと褒めるねエミヤさん」

「褒めたつもりはないさ、事実を述べたまでだ」

 顔を赤くしてルミが部屋から出て行ったのを確認し、エミヤは室内を見渡し、業務用の冷蔵庫に近付き中を開けてみた。

 

「……成程、確かに鶏肉だらけだが、しっかりと皮が付いたままな所を見ると、塩に炭火焼もアリだし甘ダレも良いな、焼く時は串に刺して子ども達の下に運ぶ時に外すのもアリだし、サンチュの様に野菜に巻いて食べても美味しいだろうから栄養価の面でもフォローは可能だ」

 ルミがまだ戻ってこないことを確認し、鉄串をかなりの本数投影して調理に使えそうな火元を探す。

 とはいえ蒸を行う場で炭を使うのは環境的によろしくない事もあり、至った結論は――

「作るか」

 こうして玄武商会横の少し開けたスペースに僅か一日で立派な炭焼きの土台が出来上がり、着替えから戻って来た時には既に石材を近場の山から切り出して運んできているエミヤを見たルミは「……えぇ?」と疑問の声を漏らした。

 

「それで、創作料理が不得手な振りをしてまで、私を招きたかった理由というのはそろそろ話してくれるのかな?」

 一息ついた所で切り込んだエミヤの言葉に、ルミは押し黙った。

 それもその筈、唐揚げの二度揚げなど既に試しているであろう事、脂っこくなるのも知っていた筈、鶏肉が大量にあって困っていたのは事実だろうが、最初の料理に関しては前フリでしか無かったのだろう。

「えっと、騙したかった訳では無いし、料理について教えて欲しかったっていうのも本当なんだけど……目的が別にあるのは、ごめん、その通り」

 開かれた口から飛び出した言葉は素直な物で、嘘偽りは無い物だと捉える事が出来た。

「だけど、まだ――まだエミヤさんには話せないかな、本当は今日、彼女達(・・・)がちょっかいを掛けに来てくれたら良かったんだけど、どうやら今日は静かに過ごせるみたいだし」

 その口ぶりからも何かしらのトラブルを日常的に抱えているのが窺えたが、『話せない』というのであればエミヤがする事は一つ。

 

「ならば、今から君に高説を垂れる――その彼女達(・・・)や君には悪いが、話されない問題に関われる程、私も察しが良い訳では無いのでな」

「――うん、それじゃあ、お願いしようかな」

 突き放す様でありながらも、頼れば話せば応えるぞと言外に伝えてくれたエミヤにルミは感謝した。

 

 エミヤの指導はそれから続き、

「いいかルミ、中華料理は味もだが食感も大事にしている物だ。タピオカの様なもちもちとした食感を『Q』、歯を当てた際にほろっと崩れる様な食感を『酥』、パリッとしたポテとチップスの様な食感を『脆』、豆腐や柔らかな肉の様な水分が含まれており柔らかな食感を『嫩』や『滑嫩』、空気を含んでふわふわと柔らかな食感を『鬆』、ヌガーの様な粘りのある食感を『黏』と呼び、大切にされてきた。これらを料理でどう表現するのかも子ども達が食事を楽しむきっかけになる筈だ」

 食感は勿論、

「スパイスと一口に言ってもホールスパイスとパウダースパイスがある。基本的にはホールスパイスは料理を始める際に油と共に使用するのが定石で、それから調理を行う食材をスパイスの風味で包み込みたい時に使うのが良い、逆にパウダースパイスは最後の仕上げだな、とはいえ火は通すんだぞ?香りが引き立ち粉っぽさが消えるからな」

 風味も言及、

「茶葉は……白茶と緑茶か、もしも手に入るようであれば香り高く興味を惹きやすい青茶も良いかもしれんな、小さな内から白茶を好む者がいるとはあまり思えないが、味覚を刺激するという意味ではたまに出してやれば新鮮な味わいを楽しめるだろうな」

 飲み物に関しても話は及び、

「文化的な側面を重視するのであればスープを食事の始めに出してやると良い、キヴォトスでその文化があるのかは分からないがな」

 ちょっとしたお節介も加えた。

 

「……エミヤさんって、料理人なの?」

「いや?料理をするのは好きだがソレで生活をしていた訳では無いぞ」

 あまりの知識量の差に思わず尋ねてしまう程、エミヤのポテンシャルは非常に高かった。

「ん~~~!こんなに一日中教えられながら料理したのってすっごい久しぶり」

 伸びをしながら肩を回すルミを見て、どちらかといえば楽しそうな様子を見せてくれて安心のエミヤ。

 

 内心で教え過ぎたか?と考えていた分、彼女が楽しそうで何よりだ。

「まぁ、私が満足するまで教えてよいという事なので、もし良ければ明日は実践的に教えたいし――君が尋ねたい事や聞きたい事があれば応えたいと考えているが、問題は無いか?」

 その言葉の意味するところは、今日話されなかった問題について、明日なら話せるかもしれないのなら頼れという優しさ。

「えぇ、私からも是非お願いしたいけれど……いいの?」

「さて、何の事かな、私は料理を教えたいだけだが……もしもその依頼を達成するのに弊害となる物があるのであれば、なんとかしなくてはいけないな」

 遠回しだが確かに伝わる優しさに、ルミは小さく笑った。

 

「エミヤさん、この後ってD.U.の方に帰っちゃう?」

「そう……だな、今日はこの辺りで泊まれる場所を探すつもりだが」

「ふふ、もし良かったら私の所に泊まる?意外と広いから一人泊まる位なら問題無いよ?」

「本当か?それならば厄介になっても良いだろうか?」

 

 この時、エミヤの認識は『私の所(玄武商会)』であり、ルミの認識は『私の(部屋)』。

「ふぇ……?」

「どうした?このまま野宿しろというのならそうするが……」

「い、いや、でもベッド一つ(私の分)しか無いし」

「私の体が大きいとはいえ、ベッドが一つ(私が寝る分)があれば充分だろう」

 

 思ってもみなかった展開に、ルミの頭は混乱し始める。

「で、でもでも、お風呂だって同じ物を使う事になるよ?」

同じ風呂(共有浴場)を使う位、そう珍しい事でもあるまい?」

 

 このままでは成人男性を私室に招く事になるという焦りはあるが、ルミは危険視している訳では無く――自分の感情がいまいち分からなくなっていた。

「え、えっと、エミヤさんは(私の部屋に泊まって一緒のベッドで寝るの)嫌じゃ無いの?」

「むしろ、(夜に野宿しなくて良い事は)喜ばしいな」

「―――ッ!?」

 

 厨房の外で二人の会話を聞きながら紅茶を飲んでいたレイジョは、一人椅子に座りながら溜息を吐いた。

「どうすればあの話の流れからいきなり青春が始まるんですかね……」

 

 エミヤ、朱城ルミの私室にお泊り決定。

 




次回更新は少し遅れてしまうかもしれません。
楽しみにお待ちいただけますと幸いです。

多分大筋合ってると思うんだけどミレニアムの第3章書いてもいい?

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