──────生徒会室
部活動勧誘週間が終わり、達也が風紀委員として活躍した数日後。
一部の上級生の生徒(2科生)による学内待遇の改善を求める暴動が起きた。達也の機転と真由美の考えにより、公開討論会が明日行われるため生徒会は慌ただしくなっていた。
どうにか下校時刻までには準備を終了させた役員達は帰る者とまだ明日に備えて話し込む者で別れた。今現在、生徒会室には会長の七草真由美と部活連会頭の十文字克人が話をしていた。そこへ、扉にノックがかかり、尽夜が姿を現した。
「失礼します。ただいま戻りました」
扉から入ってすぐ軽めのお辞儀をする。
「準備お疲れ様、尽夜くん」
「会長もお疲れ様です」
体育館での準備を手伝っていた尽夜に対して、その指示を行った真由美が労いの言葉をかけた。
「他の方々は帰られたのですか?」
「うん。もういい時間だしね」
尽夜は次に克人へ視線を向けた。
「お初にお目にかかります十文字先輩。四葉家当主四葉真夜の息子であります、四葉尽夜です」
彼の前に立ち今度は深々と頭を下げる。
「十文字家次期当主、十文字克人だ」
巌のような顔から自己紹介がされる。尽夜とは対照的に頭を下げることはしなかった。
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません。なにぶん適切なタイミングを見計らい損ねていたものですから」
「かまわん。十師族の堅苦しさをここにまで持ち込もうとは考えていない。それに、一般の生徒たちの目のある場所で見せるものでもあるまい」
「ご配慮痛み入ります」
克人は手を払う仕草をすることにより、尽夜の謝罪を受け取った。
「ちょうどいい。お前にも聞きたいことがある」
「はい? 何でしょうか?」
眉間に皺を寄せた克人の発言により空気が張り詰めた。室内にいる三人の表情には、服装を加味しなければ大人と見間違うような責任感を伴っていた。
「今回の一件についてどこまで把握している?」
「家の者は動いていません」
即答である。四葉家から送られてきたデータには明日学内でテロを起こすであろう相手のアジトや今回の首謀者、校内でこれに関わっている生徒まできっちりと調べ上げられていた。真由美と克人は互いに目配せした後に、尽夜に問いかける。
「四葉家は今回の対応をどうするつもり?」
それは家としての方針を求めるものであった。
「我々は今回の件に関して一切の手出しをしません。情報提供、交換も然りです」
「それは私達に任せるという事?」
「その認識で間違い無いかと。母上は今回の件に関して、七草家及び十文字家の管轄という御判断でした」
「それは四葉、お前もそう思っているのか?」
「ここでの俺個人の意思は関係ありません。当主の御判断に従うまでです。生徒会役員として適切な行動をとるつもりですが、ブランシュまたはエガリテの拠点を襲撃するのであれば頭数から引いていただきたい」
「もしかして拠点の調べはついてるの?」
「母上に問い合わせてみてはいかがでしょう? 俺にできることはこれ以上何もありません」
尽夜は軽くお辞儀したのちに座席へと向かい始めた。
「四葉。お前の話だと一高内部の問題であるならば動くというのは信じていいんだな?」
椅子に手を掛けたところで克人から確認の質問を受ける。
「ええ、構いません。日常生活を送る場所においては、管轄内であると判断できるでしょう」
尽夜はそう言って腰を下ろすとモニターで作業を開始した。
──────講堂
翌日の討論会は真由美の独壇場であった。
相手が訴えたのは、2科生と1科生の差別の撤廃。
それに対し、真由美は学校内でのカリキュラム、行事、部活動などにおいて極力平等になるようにしていると今までの事務処理結果から明確な証拠を提示した。さらにその上で彼女が訴えたのが差別意識の撤廃。
「私は現状を善しとしている訳ではありません。未だに校内に不公平な規則や差別意識が存在しているのも事実であり、私は任期中にそれらをできるだけ改善できるように努めるつもりです」
討論が終了すると、真由美に向けて割れんばかりの拍手が送られる。会場の雰囲気は真由美の圧倒的勝利。しかし、今回の訴え側の影で潜む者たちはこのままで終わろうとはしなかった。
ドン! っと轟音がなると同時に会場が揺れる。
「風紀委員はただちにマークしていた者を取り押さえろ!」
数秒のラグを経て、風紀委員長である摩利が大声で指示を出す。それと同時に講堂の入り口から明らかに生徒ではない防護マスクを被った集団が現れる。摩利は予期していたとばかりに魔法を発動させ、マスク内の酸素を奪った。酸欠状態に陥った侵入者は1人残らず倒れる。
「尽夜くん」
風紀委員らによる迅速な対応によって講堂内は恐ろしく静かに保たれていた。聞こえるのは時折外から聞こえる爆発音だけだった。
「実技棟に同じような不審者が目撃されてるわ」
真由美が尽夜に近付いて特殊能力で得た情報を教えた。
「風紀委員長も同じ情報を入手しているみたいです」
尽夜は真由美の言わんとしていることを理解した上で必要がないと伝えた。既に講堂の扉から出ていく達也を指差して。
「そう。なら大丈夫そうね」
「図書室はいかがですか? 秘匿技術が閲覧できるとなれば外部勢力が狙わない理由もありませんが」
「あ、え?」
真由美は慌てて確認を行う。すると彼女の視界には図書室で慌ただしくしている生徒たちが映った。
「服装的に不審者とは言えないけれど、怪しい動きをしてる生徒がいるわ」
「包囲しますか?」
「たぶん完全に包囲し切れる程の戦力は回せないと思うわ。先生方も風紀委員も実技棟の方へ集中しちゃってる」
「制圧でしたら事足りますが」
「……」
真由美が手を顎に当てて逡巡する。尽夜の制圧は恐らく問題なく完遂できるであろうが、彼がもし図書館にいる生徒を敵と認識した場合、その生徒たちにどれだけの被害で済むのかが分からないからだ。
「会長」
悩む真由美に声がかけられた。
「リンちゃん」
キリッとした眼光で真由美と向かい合う鈴音は淡々とした口調で進言を告げ始める。
「今何を悩んでいるのかは分かりませんが、時間を浪費すればするほど後手に回ります。我々のすべきことは侵入者をできるだけ早く無力化し、無関係の一般生徒に害を及ぼさないことです。ご決断を」
「……うん、そうね!」
鈴音の進言により吹っ切れたのか、真由美は胸の前で一度手を叩いた。
「尽夜くんは図書館をお願い。でも、相手に配慮してね」
「御意」
尽夜が2人のそばから駆け出す。常人ではあり得ないほど滑らかな動き出しと脚力によりたった数秒で講堂から姿を消した。
「リンちゃんは放送室に行って生徒に安全が確保できる場所で待機するように放送して。怪しい人物や物を見つけても近寄らないこと」
「わかりました。会長は?」
「私は、先生方とまずは連絡を取って全体を把握します」
「お気を付けて」
「うん。リンちゃんもね」
「ありがとうございます」
尽夜が図書館の入り口に近づくにつれて戦闘が散発していた。教師陣がテロリストに対し応戦していたが、彼等は図書館の外側だった。そばの柱に身を隠していた教師の横に辿り着いた。その顔を確認すると、何度か授業を受けた覚えがあった。
「四葉くん!?」
「現状はいかがですか?」
驚いた表情の教師に対して尽夜は事務の確認作業のように質問をする。
「見ての通りだ。十師族とはいえ君は生徒だ。早く下がりなさい」
「ご心配には及びません。では、お怪我のないように」
尽夜が言葉を打ち切ると、目の前の教師には尽夜の姿が幽霊の如く透けて見え、次の瞬間には完全に視界から消えた。
「四葉くん!? どこへいったんだ!?」
実銃の流れ弾や魔法の流れ弾を避けて尽夜は図書館の入り口から侵入を果たした。階段下には2人のテロリストが、階段上にも2人のテロリストがいた。尽夜は彼らの真横を通るが、誰も尽夜に気付くことはない。やがて秘匿文献の閲覧室へ辿り着く。しかしそこは重厚そうな扉に守られていた。尽夜はその扉に手をかざすと、扉は静かにその機能を停止させた。中に侵入するも、無音の侵入に誰も気付かれることはなかった。
「はやくしろ!」
「慌てるな! 今やってる!」
室内にいたのは4人。秘匿情報を必死に盗み出そうと集中する3人の男と彼らの姿を長い顔付きで見つめる女子生徒だ。
「よし! 開いたぞ!」
「これでやっとだ……!」
閲覧に成功したメンバーたちが歓喜の声を上げる。
「壬生! はやく記憶キューブ──」
だか、その歓喜はすぐに消えた。自分たちを守っていたはずの扉がいつの間にか破壊され、仲間の女子生徒の隣には危険人物として把握していた存在が佇んでいたからだ。
「ご機嫌よう」
その場に似つかわしくない爽やかな挨拶に全員が呆気に取られた。しかし、すぐに気を取り直し隠し持っていた拳銃で応戦を試みる。だが、その仕草の瞬間に尽夜は距離を縮めてそれを叩き落とした。
「ってぇ!」
一声の後に二撃目が襲う。現状把握が追いつかない彼らに腹部をえぐるような拳が叩き込まれる。鈍い音が合計3度響いた。男たちはうずくまるように膝から崩れ落ちた。ピクピクと痙攣を起こしている。
「ひぃっ!」
目の前で繰り広げられた惨状に、女子生徒は恐怖を感じて後ずさる。尽夜が女子生徒を目で捉えて数秒後、耐えられなくなった彼女が閲覧室から大慌てで逃げ出した。扉に肩をぶつけて倒れそうになりながらもなんとか脱出を成し遂げた。
「彼女は確か、壬生沙耶香だったか。洗脳形跡は認められるが、果たして会長たちはどう落とし所をつけるおつもりか」
軽く息を吐いた尽夜は室内に倒れているテロリストメンバーを拘束し始める。完全に動きを制限させた時、扉に見知った人影が見えた。
「彼女は?」
「エリカと交戦中だ。千葉エリカ」
『彼女』の意味合いを履き違えることなく達也は簡潔に答えた。
「ああ、入学早々揉めていた時にグループの先頭にいた千葉家の御息女か」
「その覚え方はどうかと思うが、その通りだ」
「大まかなナンバーズの子女子息は把握している。お前が任せてきたということは、確かな技量と力を持っていると判断して良さそうだな」
「学内において剣術の技量で右に出る者はいないと思うぞ」
「なるほど。また一芸に秀でた存在がいたのか。おもしろい」
尽夜が楽しそうに微笑む。
「どうやってここまで来た? 道中の経路にはテロリストがいたが」
「もちろん正面から歩いて入って来たさ。彼らには俺が見えていなかっただけで」
「聞いたことのない魔法だな」
「お前には通じんさ。情報を書き換えるわけではない」
尽夜は肩をすくめる仕草で両手を天に向けた。それを答える気がない合図と捉えた達也がこれ以上踏み込むことはなかった。
──────生徒会室
テロリストの襲撃を鎮圧した一高では、達也の意向で背後組織の殲滅を行うことになった。反乱分子であった二科生の壬生沙耶香の処遇を無かったことにするためだ。もっとも、達也にとっては自身の妹の生活を脅かされた報復の口実として壬生沙耶香をダシに使っただけであるが。
達也の一行には深雪、レオ、エリカの一年生や、部活連会頭である十文字克人、剣術部二年生の桐原が参加する。生徒会の主要メンバーのほとんどは学校に残ることになった。
現在生徒会室では事後処理をしているメンバーの脇で風紀委員長の渡辺摩利が机に突っ伏して沈んでいた。
「ちょっと摩利! そんなところで駄々を捏ねられても目障りなんだけれど。委員会の方に戻って後始末しなさいよ」
「……私にそんな緻密な事務作業ができると思うか?」
摩利の態度に痺れを切らした真由美が彼女を叱って動かせようとするが全く効果はない。
「呆れた……。数ヶ月もしない内に後輩に全部丸投げしちゃったのね」
「うっ、、」
「一応断っておくけど、達也くんを推薦したのは摩利の事務作業を楽にするためじゃないんだからね」
「……わかっているさ。だが私がやるよりアイツがやる方がミスなく短時間で終わるんだから仕方ないだろう」
「先輩の風上にも置けないわねー。そんなに甘えちゃって、威厳がなくなっても知らないからね」
「……いざとなれば実力で黙らせるさ」
「それもどうでしょうねー。もしかしたら摩利より強いんじゃない?」
「……」
少し沈黙があった。真由美は摩利に対して目も向けずに話していたのだが、不思議な沈黙が生じたことで視線を向けた。そこには真剣な表情で顎に手を当てて考え込む摩利がいた。
「どうしたの?」
「いや、考えてみれば今回の達也くんは異様に感じたなと」
「そう? まあ、確かに突出して戦果をあげてくれてはいたけど」
「荒事に対する対応が冷静すぎる。一般的な学生では考えられないほどに。部活勧誘期間に鎮圧した場面ではただ慣れているのだなとおもったが、今回の彼の落ち着き振りを目の当たりにしてな。一年生にしては早熟が過ぎる。妹ともども」
「……考えすぎじゃない? それを言うなら尽夜くんだってそうよ。焦った様子も一切無く対処してたわ。私が一年生の頃にあんなに冷静でいられたとは思えないもの」
「んー、そうかぁ? 四葉に関しては直接見てないから何とも言えんが。まあ、真由美がそう言うなら私の気にしすぎなのかもな」
「そうよ。ね、尽夜くん?」
真由美が奥の作業机に向かって問いかけた。
「喧嘩等の荒事への対処は経験が物を言います。達也がそういう場数を踏んできたのは間違いないでしょう。知り合いに警備会社の社長がいますが、その方は自身の息子にそういった場に慣れさせるために、様々な経験させるそうです。達也と同クラスの千葉エリカさんも活躍したと聞きましたが、そういうことではないでしょうか?」
「確かに。そういうものか」
尽夜の説明に納得したのか。摩利は考える仕草を解き、立ち上がった。
「何にせよ、一度手合わせ願いたいものだな。君を含めて」
「摩利、分かってると思うけど、そう簡単に模擬戦の許可は出せないからね」
「九校戦の練習の時にでも機会を探すさ」
「ほどほどに。あんまり邪魔はしないでね」
摩利は真由美から背を向けて扉から出て行った。騒ぎが起こったとは思えないほど暢気な雰囲気に戻っている生徒会室。テロリストのアジトを襲撃しているメンバーはそうなっていると思いもよらないだろう。
──────
第一高校がエガリテ、ブランシュからのテロを退けたその日の夜。尽夜は結果を伝えるべく、四葉の秘匿回線で本家へと連絡を入れた。真っ暗な室内のモニターが応答を知らせた。
「はい。尽夜様でございましたか。お久し振りにございます」
応答したのは彼の母親、真夜の背後で付き従っている四葉家執事序列一位の葉山忠教であった。
「葉山さん、お久し振りです。母上をお願いします」
「承知いたしました」
葉山は尽夜に対して恭しく一礼すると画面から消える。
数分が過ぎ、真夜が姿を見せた。
「母上、夜分に申し訳ございません。お久しぶりです」
尽夜が挨拶すると真夜は嬉しそうに笑みになった。
「久しぶりね、尽夜さん。構いませんよ。それで今日はどうしたのかしら?」
早速要件を彼女は聞いてくる。
「ブランシュの件です。すでにお耳には入っているとは思いますが、そのご報告をと思いまして」
「あら、わざわざありがとう。事の顛末はお聞きしました」
「はい。しかし、それ以上の大きな理由として、ここ最近母上に顔をお見せできていなかったので」
「あらまあ! 嬉しいわ!」
ふふふ、と口に手を当てて上品に笑う。
「お時間はよろしいでしょうか?」
「いいのよ。あなたより大事なことなんてありません。せっかくしばらく会ってない息子が連絡してきてくれたのだもの」
「恐縮です」
尽夜は真夜に対して一礼した。
「ねえ、尽夜さん。興味のないテロ事件のことなんてどうでもいいわ。それよりもあなたのお話が聞きたいわ」
「よろしいので?」
「ええ、もちろんよ。元気にしてたか。誰と出会ったのか。深雪さんや達也さんは? あなたの口から聞きたいの」
2人は微笑み合う。それから尽夜は4月からの出来事を詳しく話し始めた。穏やかな時間が流れていく背後には、真夜達を和やかに見つめる葉山の姿があった。
今後も自分のペースでゆっくりやっていきます許して。