【新約】狂気の産物   作:ピト

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九校戦編
第五話 九校戦に向けて


 ──────7月中旬、第一高校

 

 国立魔法大学付属第一高校では、先週に定期試験が終了し、生徒達の関心は一気に夏の九校戦の準備へと向いていた。

 魔法科高校の定期試験では魔法論理の記述テストと魔法の実技テストにより行われる。

 一方、語学や一般科目は普段の課題提出によって評価される。

 

 実技テストでは魔法式の構築速度を見る処理能力100点、構築し得る魔法式の規模を見るキャパシティ100点、魔法式が『事象に附随する情報体エイドス』を書き換える強さを見る干渉力100点、以上3つの部門を総合的に見た魔法力50点(ただし、総合魔法力は実技300点満点のうち上位50名にのみ1位から順に1点ずつ落とした点数が振り分けられる)の計350点満点。

 魔法理論の記述テストでは必修の基礎魔法学と魔法工学、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学の内2科目、魔法史学・魔法系統学の内から1科目、すべて100点満点の計500点満点。

 総合では850点満点となる。

 

 定期試験の実技と理論の総合結果は順当な結果となった。

 

 1位 A組 四葉尽夜  782点

 2位 A組 司波深雪  750点

 3位 A組 光井ほのか 702点

 4位 A組 北山雫   699点

 5位 B組 十三束鋼  698点

 

 1位から4位まではA組で占められ、5位にやっとB組が入った。

 A組の上位者の占め具合いにも目を向けられるが、それ以上に注目を集めたのは、理論単体の順位だった。

 

 1位 E組 司波達也  492点

 2位 A組 四葉尽夜  442点

 3位 A組 司波深雪  421点

 4位 E組 吉田幹比古 416点

 5位 A組 光井ほのか 407点

 

 注目すべきはトップ5に2科生が2人も入っていることだった。理論も実技には劣るものの魔法師において重要なファクターである。それに、実技ができなければ理論も普通は理解しづらい。その観点からも2科生が成績上位者に食い込むというのは難しく、同時に珍しいものなのだ。

 更に達也に限って言えば、平均点で2位以下に10点以上を放した信じられない結果であった。尽夜は例年であれば最高点数でなければおかしい。実際3位の深雪でも例年の首席を飾れるがその総合点が尽夜と20点以上離れていることを思えば、更に達也の尋常の無さがよく分かるだろう。

 今年の筆記のレベルはとんでもない事になり、教師陣は唖然としており。その為、達也に〈技術の四高〉と呼ばれる第四高校への転校を薦める羽目となった。

 

 

 

 

 ──────第一高校屋上

 

 午前の授業が終わり、食堂に向かう生徒や弁当を持参している生徒が各々の昼食の準備を進めているなか、一人の男が屋上に佇たたずみ、空を見上げていた。そこへ小柄な女性が屋上にそろりそろりと入って来た。その女性は男を認識すると、パァ! と顔を明るくし、駆け寄った。

 

「四葉君、待ちましたか?」

「中条先輩。いえ、俺も先程来たところです」

 

 聞きようによっては逢い引きの感じにも取れる挨拶を本人達は朗らかに交わす。尽夜は傍らに置いてあったアタッシュケースを取り、あずさに差し出す。

 

「これ、例のものです」

「あ、ありがとうございます! 大事に扱います! ほんとにありがとうございます!」

 

 アタッシュケースを受け取るあずさは深々とお辞儀をする。その後顔を上げ、アタッシュケースをじーっと見つめて無言になった。

 

「……………………」

「中条先輩? どうかしましたか?」

 

 急に無言になるあずさを不思議に思う尽夜は首を傾げて尋ねる。

 彼女はもじもじとしながら思ったことを口にする。

 

「あの、ですね。貰ったのは本当に物凄く嬉しいんですけど、ほんとに貰っていいのかと不安になりまして」

「構わないに決まってるじゃないですか」

「でもですね。普通なら高くて手に入れる事さえ難しいこのCADを、試作機とはいえタダでいただくというのは少々、いえ大分忍びないといいますか……」

「中条先輩」

 

 尽夜はあずさの名前を呼び、彼女の顔を上げさせる。

 若干潤んだ瞳で尽夜を見つめる彼女。

 

「俺は中条先輩だからこそ、あなたに使って欲しいからこそ提案したんです。遠慮せず貰ってください。それに自分が持っていたとしても何も使う機会がないので、CADもそんなやつの所より使ってもらえる所のほうが喜ぶんじゃないですかね?」

「しかし、いくらなんでもタダというのは……」

 

 貰われることは確定したが、まだ最後の一歩が踏み出せないあずさ。

 

「それなら、中条先輩」

「……なんですか?」

「1つ、お願いを聞いてくれますか?」

 

 対価として求められるのを見つけた彼女はそれを期待する。

 

「俺の九校戦のエンジニアになってくださいませんか?」

 

 尽夜が持ちかけたのは九校戦のエンジニアの依頼。恐らく定期試験の1位である彼はほぼ確定で選手に選ばれる。夏の九校戦では選手一人ひとりにエンジニア、CADを調整する人間がつく。勝負を左右する重要な役割。またそれには、使用者の技術者間の信頼関係が重要になってくる。さらには選手に比べ、技術者が少ないことがあり、良い腕の持ち主は獲得しづらくなる。

 あずさが選手ではなくエンジニアとして参加することを知っていた尽夜は、知らない上級生が自分の調整をするよりはまだ出会って日は浅いが、他の人より信頼できるあずさにしてもらいたいと考えた。

 

「えっ? 私がですか?」

 

 その提案に予期してないあずさは目をパチくりさせ、数秒のラグを経た後。

 

「えぇー!?」

 

 目を見開き、驚きの声を上げる。

 大声を上げたことに恥ずかしくなった彼女は口元を押さえて顔を赤くし、恐る恐る聞く。

 

「ほんとうに私でいいんですか?」

 

 CADをもらう手前、断るという選択肢はないが、それでも確認は取らなければ気がすまなかった。尽夜のCADは非常に高価な物だ。それこそ、あずさがもらった試作機など比にならないほどに。

『そんな高価な物を一介の高校生にいじらせていいんですか?』『もっと上手い人がいますよ』と言外に伝えるあずさに、ちょっと尽夜は悪戯を入れる。更に近づき、彼女の手を取って握る。

 

「ええ、あーちゃんがいいんですよ」

 

 ニッコリと微笑むおまけ付。拒否や躊躇ためらいをさせず、頷くことしか許さない気迫をこめる。

 あずさは先日のようにボンッと赤くなった。その間も目を逸らすことができず、結局首を縦に振った。

 

 

 

 

 ──────生徒会室

 

 魔法科高校にとって、夏の九校戦は秋の論文コンペティションに並ぶ一大イベントだ。

 インパクトは圧倒的に九校戦の方が勝るし、一般のウケも良い。

 どの競技も魔法技能による各校の対戦となるため、学校側はクラブなどの枠組みを超えて有望な選手に招集をかける。こうした性質上、部活連ではなく生徒会が主体となって準備が進められていた。

 

「選手を決めるだけでも一苦労なのよね…………」

 

 いつも活き活きとした笑顔が魅力の真由美は、忙しさからくる疲労によって精彩を欠いていた。

 この時期の生徒会は九校戦の準備が主な活動内容となるが、九校戦が終われば即座に生徒会選挙があるため、その準備も少しずつ平行に行われる。相まって仕事量は膨大なものとなり、更には生徒会長は1番忙しくなるため、その気苦労は窺い知れるものではない。

 そのため机に突っ伏したとしても誰も咎める者はいない。

 

「そういえば、尽夜くんの出場種目を決めていなかったわね」

 

 今思い出したように真由美は顔を上げて、尽夜の方に向く。

 

「ええ、特に希望はありません」

 

 淡々と作業の片手間に返答する尽夜の姿を見て、真由美は思い出したように笑顔になった。

 

「ふーん。尽夜君の魔法はまだ見たことないのよね〜。楽しみだわ♪」

 

 ちょっと先の楽しみを見つけた真由美は笑顔に精彩さを少し取り戻す。

 

「リンちゃん、1年男子の新人戦の選出はどんな感じになってるの?」

「今はスピード・シューティングとアイス・ピラーズ・ブレイクがそれぞれ一枠ずつ空いている状態です。それ以外はもう既に埋まっています」

「じゃあ、尽夜くんはその2種目で構わない?」

 

 尽夜は了承の合図として頷く。

 

「あらかた選手が決まっているけど、今度は深刻なエンジニア問題ね……」

 

 真由美の顔色は今日1番に曇る。

 七草真由美、十文字克人、渡辺摩利の『三巨匠』に加え、今の上級生にはA級判定を取得済みの生徒が多数存在している。いわば黄金世代なのである。真由美達が入学して以来九校戦は一高が2連覇中、真由美達にとって今年優勝してこその最大の勝利と考えている上級生は少なくない。

 だが、実技が優秀な生徒が多い反面どうしてもエンジニア問題が浮上してきた。エンジニアの絶対数が選手に比べ圧倒的に少ないのが実態だ。

 

「せめて摩利が自分で調整できたらね……」

 

 真由美の苦言に摩利はあからさまに顔を逸らした。

 

「リンちゃん、やっぱりエンジニアに……」

「無理です。私の実力では中条さんたちの足を引っ張るだけです」

 

 顔を唸らせる真由美にあずさが案を思いつく。

 

「なら司波君はどうですか?」

「ほえ?」

「深雪さんのCADを調整しているのは司波君だと聞いていますが?」

 

 真由美が勢いよく立ち上がる。

 

「盲点だったわ!」

 

 獲物を見つけた視線を達也が浴びる。

 摩利も同様な視線を向けていた。

 2つの視線に、内心諦めつつも達也は最後の抵抗を試みる。

 

「1年がエンジニアに加わるのは過去に例がないのでは?」

「なんでも最初は初めてよ!」

「進歩的な貴方がたはそうお考えかもしれませんが、他の選手が嫌がるのではないですか? 唯でさえ2科生の自分が風紀委員ですのに、更に悪目立ちする事になります。それに、CADの調整には信頼関係が重要です。機器の性能が発揮されるかどうかはユーザーのメンタルに左右されますからね。選手の反発を買うような人選はどうかとおもうのですが……」

 

 もっともらしい意見に真由美と摩利は顔を合わせる。

 彼女たちはアイコンタクトで後輩を更に追い詰めようとしたときに横から援護射撃が放たれた。

 

「私は九校戦でも、お兄様にCADを調整していただきたいのですが、だめでしょうか?」

 

 予想していなかった口撃に、達也は固まった。

 

「尽夜さんはどう思われますか?」

 

 深雪の発言で達也的には既にチェックメイトだが、彼女は尽夜にも同意を求めて来た。それに対して尽夜は無言で首を傾げていた。

 

「尽夜さん?」

「……ああ、すまない。いいんじゃないか? いつも達也に調整してもらっているのであれば、その方が実力を出せるだろうし」

「そうですよね!」

 

 深雪がパァッと笑顔を咲かせて両手を合わせた。

 

「ところで会長」

「はい?」

「先程の風紀委員長との会話で疑問があるのですが、CADは自分で調整しても構わないのですか?」

「そんな人は中々いないけれど、エンジニアの人数も限りがあるし、できる人にはそうしてもらっているわ。私とか十文字くんとか極々少数ではあるんだけれどね」

「なるほど……」

「もしかして、尽夜くんも自分で調整できるの!?」

 

 真由美が目を輝かせた。キラキラと期待の眼差しを受けた尽夜はいささか申し訳なさそうに口を開く。

 

「自分で調整は可能ではあります。しかし、九校戦においてエンジニアの干渉は必須と思ってしまっていたため、本日の昼休み時に中条先輩にお願いしてしまったのです」

「あーちゃんに?」

 

 真由美はあずさへと視線を移した。その視線の先にいる彼女はアタフタとしている。

 

「でも、あーちゃんの負担が軽くなるし、尽夜くんには自分で調整してもらった方がよくない?」

「自分も知らなかったが故にお頼みしていた立場なので、中条先輩のご負担が減るのであれば問題ありません」

「……えー」

 

 真由美の提案に、尽夜は賛同したが、あずさが不満げに声を出した。自分でも意外だったのか、あずさはハッと口許を押さえた。

 

「どうかした、あーちゃん?」

「そ、それはですね、その、色々ありまして──」

 

 あずさの返事は煮え切らないものだった。流石に高級なCADをタダで譲り受けたことは伏せる。あのCADは手に入られたくても普通は一介の高校生には凄く難しいのだ。プルプルと震えて冷や汗をかくあずさ。真由美はコテンと首を傾げた。

 

「中条さんは四葉くんのCADを調整してみたいのでは?」

 

 すると、あずさの隣にいた鈴音が助け舟を出した。

 

「私はそちらの方面にあまり詳しい方ではありませんが、四葉くんのCADがとても希少な物だといつかおっしゃってたように覚えがあります。そういった希少価値のある物で調整経験しておく機会はなかなか得られるものではないと考えているのでは?」

「あーちゃん、そういうこと?」

 

 あずさはモジモジと人差し指同士を合わせてコクンと頷いた。それを見た真由美はため息を一つ吐いた。

 

「まあ、いいわ。だったら、そうなるように調整し直さなきゃいけないわね……」

 

 仕事が増えたことにちょっと鬱になった真由美はこれ以上詮索は控えるようだった。

 

 

 

 ──────帰り道

 

 第一高校から駅への道のりを、達也と深雪と尽夜の三人は歩いている。彼らが一緒に帰るのは非常に珍しい。いつもであれば達也と深雪は仲良くしているグループとともに帰る。しかし、委員会作業が忙しくなってきている時期で時間も遅いため、示し合せがなければ別々で帰ることも増えて来た。2人に挟まれて歩く深雪はとても楽しそうに会話を先導しながら歩いていた。

 

「お兄様のエンジニア採用がなされてよかったです」

 

 放課後、達也のエンジニア採用の件は2年生、桐原のCADを試験的調整を九校戦選手の眼前で行い。最後には克人が賛成の意を唱えた事が決定打となり、容認された。

 ただ達也の調整相手は要望のあった1年女子たちが大半を占めた。

 

「なんとかね。こんなつもりではなかったのだけど」

「お兄様の実力が正式に認められて深雪はとても嬉しく思います!お兄様に支えられた私が負けるはずありません! 一緒に頑張りましょう!」

 

 深雪は両手を胸の前で握り、気合いを入れた。その姿を男2人は慈愛の目で見つめる。

 

「尽夜さんも練習相手お願いしますね」

「もちろんだとも。俺も負けないように頑張らないとな」

「はい。全力で胸をお借りします。でも、私のことを甘く見ていると噛みついちゃいますからね?」

 

 深雪が少し前のめりになって尽夜を上目遣いで挑発した。

 

「深雪相手に油断なんてする暇がないよ。最近はどんどん成長しているし、追いつかれそうでいつもヒヤヒヤさせられる」

「尽夜さんの背中についていけば間違いありませんもの」

 

 褒め言葉で深雪を持ち上げる尽夜。深雪は照れ臭そうに上品に笑った。住宅街の十字路に差し掛かり、もう少しで別れる地点が近付いてきた。

 

「達也、深雪。急ですまないがお前たちの家に寄っても構わないか?話したいことがある」

 

 尽夜が頼み事をする。現在の時刻は午後8時を過ぎている。普通の友人の家にお邪魔する時間ではないことは明らかであった。

 

「構わない。良かったら夕餉も食べて行くか?」

 

 達也は嫌な顔一つせずその提案を受け入れる。

 それもそのはずで、この兄妹は現在親元を様々な理由で離れているため2人の他に気にする相手はいないからだ。

 深雪は達也が夕餉に誘った事に嬉しそうに悶ていた。

 

「是非御一緒になさってください」

 

 満面の笑みでの口撃に尽夜の選択肢はなかった。

 

「なら、ご相伴に預からせてもらうよ」

 

 承諾に深雪は今にもスキップをしそうなぐらい上機嫌であった。

 

 

 

 司波家に到着してから時計の長い針が一周したぐらいに、三人は揃って食卓につく。

 

「尽夜さん、簡単なものですみません。今度いらしていただいたときはもっと腕によりをかけて作りますからね」

 

 深雪が作ったのは、鰆の照り焼きがメインの和食だった。

 深雪は簡単なものと謙遜しているが、見た目は鮮やかで、炊かれた米は柔らかいが程よく硬く、味噌汁は短い調理時間ながらしっかりとした出汁の味わいが感じられるものであった。料理を日常的に作り、更に作るという行為に満足するのではなく己の研鑽けんさんを怠ることのない人物のみが辿り着けるほどの味わい。

 外食が勿体無く感じられる程深雪の腕は申し分ない。

 

「いや、この食事も十分美味しいよ。深雪以外の作る料理が霞んでしまうよ」

 

 お世辞抜きに言う尽夜の言葉に、更なる研鑽を決意する。

 

「尽夜。それで今日来たのは?」

 

 達也が二人の会話を見計らって、本題を促した。

 

「九校戦にちょっかい掛けてくるかもしれない奴らについて知りたいかと思ってな」

 

 達也は警戒のレベルを一気に最大限まで引き上げた。尽夜の情報は四葉本家の偽らないものだからだ。

 

「情報は確かなのか?」

「ほぼ確実に」

「本家からか?」

「そうだよ」

「なぜ十師族の2人に話さなかった?」

「さあ? なんでだろうね?」

 

 『知らない』と言葉には出すが、顔は薄ら笑みを浮かべているため、とても信じられるものではなかった。尽夜の背後に彼の母親の影がチラつく。

 

「なぜ俺には話すんだ?」

「ん〜、もし何かあったら達也と片付ける方が早いし、知らせた方が確実に深雪を守れると思うからな。それに国防軍は恐らく掴んでいるからその動向も知りたいのが理由かな?」

 

 もっともらしい理由をつらつらと並べる尽夜。彼があまりにも自然的に話すために、達也に奥底の本当の理由については見抜くことは叶わなかった。

 達也がしばらく口を閉ざす。

 無音の音楽が空間に緊張をもたらしていた。

 

「『無頭竜』だよ」

 

 尽夜が口を開く。そして、1つのとある組織の名前を口にする。

 

「なに!? 国際犯罪シンジゲートか!?」

 

 たかが高校生の対抗戦に手を出すのか? と疑った達也だがその考えはすぐに改めた。高校生といえども魔法師の卵、それにその大会にはその世代のトップクラスが集結するのだ。テロを仕掛ければこの国の人材面は大きく打撃を受けることになるだろう。

 

「そいつらは九校戦で友好的な犯罪シンジゲートと賭けをしてるそうだ。だから、何かしらの外的工作が入るかもしれない」

「この事は叔母上は?」

 

 達也は真夜が今現在、どのような判断を下しているかが気になった。ここまで掴んでいるなら九校戦前に片付けることも容易なのではないかと考えたのだ。

 

「一任されてる」

 

 達也はその一言に驚く。

 四葉家にとって現当主の真夜の判断は四葉全体の判断となる。当主という以上その判断にはおぞましい程の重圧がかかる。時には四葉のすべてがかかってくるのだ。それを目の前の男、尽夜に一任したということは、彼の判断によって四葉が動くということに他ならない。いわば当主代理のような存在。

 達也は深読みせずにはいられなかった。しかし不自然に会話を途切れさす訳にはいかない。

 

「どうするつもりなんだ?」

 

 気持ちを切り替え、話を達也が促す。

 

「手を出してくるなら対処するけど、たかが賭け事如きで手を出す必要はないと思う。だから、その時に判断するよ」

「そうか……」

 

 呆気なく、その話題はそこで切れた。

 再び沈黙が訪れる部屋で今まで心配そうに二人を黙って見守っていた深雪が空気を変えようとする。

 

「お兄様、尽夜さん。そろそろ一息入れませんか?」

 

 横からの助け舟に二人も緊張が解けて、それに乗る。後は何気ない日常の会話に戻った。

 

「尽夜さん、今日はこのまま泊まっていかれますか?」

 

 気づけば時計の針は2つとも真上に揃おうとしていた。

 

「いや、申し訳ないから帰るよ」

 

 深雪の提案に尽夜はやんわりと断りを入れる。

 

「いや、今日は泊まっていってくれ」

 

 だが意外にも尽夜を引き留めたのは達也だった。その事に驚き、この兄妹でなければ気づかないほどの所作で動揺した。

 

「お前に見せたいものがある。1時間ほどしたら深雪と一緒に地下室に来てくれ」

 

 達也は言うがいなや食卓を後にした。

 達也が部屋を出て、少しフリーズしていた彼に深雪は話しかける。

 

「尽夜さん、お風呂が既に湧いてるので入っていらして下さい」

 

 深雪の声に硬直は消えて、対応する。

 

「いや、深雪が先に入ってくれ」

「いえいえ、尽夜さんはお客様なのです。私はその間にお召し物とお布団をご用意しますから」

 

 言い放って深雪もそそくさと部屋を出てしまう。

 一人残された尽夜は風呂に入る以外することが無かった。

 

 

 尽夜と深雪が予定通りの時間に地下室へ入ると、そこには宙に浮いて瞑想めいそうする達也の姿があった。

 入って来た2人は、文字通り目を見開き、言葉が出なかった。

 

「今日は二人にもこのデバイスを試して欲しい」

 

 抑揚のない口調でしゃべる達也の声が現実に引き戻す。

 

「…………飛行術式、常駐型重力制御魔法が完成したのですね!」

 

 深雪が達也に駆け寄り、歓声を上げる。

 

「おめでとうございます! お兄様!」

 

 加速・加重系統によって現代魔法が確立してまだ間もない頃から重力制御魔法が論理的には可能とされていたが、長年可能にできる者は出てこなかった。

 今日までは。

 

「お兄様はまたしても不可能を可能にされました! 深雪は歴史的快挙の証人になれたことを誇りに思います!」

「深雪、ありがとう」

 

 興奮冷めやらぬ深雪に達也はテストを提案する。

 デバイスを受け取った彼女は、喜々として広い空間へと躍り出て行った。

 

「達也、おめでとう」

 

 深雪に遅れて尽夜も達也を褒め称えた。

 

「流石は天下のシルバー様だな」

「ありがとう。お前も後で試してくれよ。情報は多ければ多いほど役に立つ」

「もちろんだ。明日は寝不足が確定している」

 

 尽夜の冗談を境に2人は、楽しそうに宙を舞う深雪を眺めた。

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