──────8月1日
九校戦出発日。
大会を前々日に控えたこの日、東京の西外れにある第一高校では選手、作戦スタッフとエンジニアを乗せた3台のバスが出発の準備を整えていた。
炎天下の中、バスの脇には男女が一組立っている。
「風紀委員長は中にお入りにならないので?」
尽夜は日傘の下にいる摩利に乗車を勧めた。
「いいんだ。後輩を一人ぼっちで待機させておくのは忍びないだろう?」
摩利は顔を申し訳なさそうに苦笑して尽夜の提案を拒否した。
現在、出発の準備は整っているのだが、真由美が今朝に急な用事が入ったために遅れているのだ。
十師族、七草家の長女である彼女は家の用事をないがしろにはできない。跡取りではないものの一族の直系としてどうしてもやらなければいけない事はでてくる。
真由美は先に行ってもらうことを提案したが、3年生が待つことを選択したため今に至っている。最上級生の気持ちは分からなくもないため、それに対して異を唱える下級生はいなかった。
「先程までは達也がいましたが?」
尽夜は達也がいる作戦スタッフとエンジニアがいる車両に目を向ける。
「30分以上前の話だろう?」
事実、達也はこの場に自分と同じで点呼の役目を担っていたが、技術スタッフとして移動中にしたい事があると話題に出してしまい、尽夜が車両に戻るよう説得して行かせたのだ。
「ごめんなさ〜い!」
遅れること1時間20分、リストに最後のチェックをいれる。
「遅いぞ真由美」
「ごめんごめん」
真由美と摩利は言葉をかわしながらバスへと乗り込んで行く。
尽夜はそれを見ていると真由美が振り返った。申し訳なさそうに真由美が話しかける。
「尽夜君、私一人のためにごめんなさいね」
「いえ、事情はお聞きしてますので」
「暑かったでしょう?」
「朝の内ですし問題ありません」
2、3言話すと真由美は向日葵のような笑顔を浮かべ、申し訳なさを消した。
「ところで、どうかな?」
真由美は尽夜に良く見えるように気取ったポーズをした。
彼女が着ているのはサマードレス。尋ねているのはこの事だ。尽夜は履き違えたりも誤答をする事もない。表情を変えずに最適解を出す。
「とてもよくお似合いですよ」
抑揚のない言葉に真由美は尽夜の予想と違いムスッとした。
「もうちょっと感情を込めてくれてもいいじゃない……」
両手を絡め、上目遣いで彼にすり寄る。
「それはまたの機会にしましょう」
尽夜の逃げと思える選択に更にムッとなる。
「どうして?」
「周囲を見渡してください」
「???」
真由美は不思議に思い、あたりを見渡すとバスの乗員全員が2人を興味深げに見ていた。深雪の周りの女子達はブランケットを体に巻きつけてブルブルしている。それを認識した真由美はカァ〜っと顔を赤くし、しずしずと乗車して行く。
尽夜が最後に乗車すると深雪の隣に座った。座席配置は基本割り当てられた席。その座席はひんやりしており、炎天下の中待ち続けた彼には非常に心地よく感じた。
始めのうちは心地良く感じた冷気もずっと続けばそうではなくなる。それは彼をピンポイントに当てていた。周囲に影響のない程度に。
「深雪、ありがたいが少々寒くなってきたんだが?」
流石に我慢がしんどくなってきた尽夜は出発してから隣に座っているのに一言も喋らない深雪にささやいた。
「ご自分の胸にお聞きください」
彼女はプイッと可愛らしく顔を背けた。
しかし、尽夜には今回に関しては心当たりが無かった。
「すまない」
「すまない? いえ、私は謝罪が欲しいわけではないのです」
バスが生徒たちの話し声で賑やかに運行する中、周りに聞こえない音量で会話を交わす。
「私のわがままみたいな感情に整理をつけているだけですので」
そう言って深雪は冷気を抑え始めた。その時。
「──あぶない!」
誰かの叫び声があがった。
その声に全員がバス前方方向へと視線を向けた。そこには対向車線から傾いた大型トラックが徐々にこちら側へと倒れてくるところが見えた。
前方にいた車輌に激突し、炎を上げる。
次々と車両がぶつかる中でバスは急停止し、全員がつんのめった。
しかし、トラックは止まる気配がない。
「吹っ飛べ!」
「止まって!」
「消えろ!」
パニック状態にならなかったのは褒められるべきだが、大人数が魔法を使用したために事象の混乱が起こり発動しない。
これにいち早く気づいた摩利は、叫んだ。
「辞めろ!」
次の瞬間、事象の混乱がすべて吹き飛んだ。
目を丸くする生徒たちのなかで、尽夜が手をかざしながら出てきた。
「十文字先輩、トラックを。深雪は火を消してくれ」
尽夜がそれぞれに指示を出す。指示を出された生徒以外は見守ることしかできなかった。
結果、トラックは一高のバスにぶつかる事なく止まった。
「みんな、無事?」
真由美は全体を見渡し、確認を取る。
全員が無事だったことを分かった後は、それぞれに声をかけ始めた。
「十文字君、深雪さん、ありがとう。尽夜君もね」
尽夜のした事は指示を出した事と事象の混乱を沈めたことだ。この車内の人ではこれを成し得たのは彼のみである。
彼が混乱を鎮しずめた方法は実に簡単で、力技だった。事象の混乱になる原因の情報体を全て整地するだけの干渉力でその場を整理するという事のみ。圧倒的な想子量サイオンりょうがなければ成功しない手であった。
「会長。一人お礼を言い忘れてますよ」
尽夜は真由美がまだ影の功労者に気付いていなかったので、助言する。
「えっ?」
「市原先輩ですよ。バスが停止する時に今の場所までに止めるのを手助けしたのは」
バッと鈴音の方を見る。
「そうなの? リンちゃん?」
すると、鈴音が恥ずかしそうに目を逸らした。
「リンちゃんもありがとう!」
今にも鈴音に抱き着かんばりの勢いで礼を述べた真由美は、尽夜に近づいて小声で問いかけた。
「これって本当に事故だと思う?」
「偶然にしては被害が大きすぎます。単なる巻き込まれ事故とは考えないほうがいいでしょう。ですが証拠はない。これが本当にそうだったならば、注意しなければなりません」
「分かったわ。なるべく注意を呼びかけるようにするわね」
真由美が尽夜から離れ3年生が固まっているところに向かっていく。
入れ替わり、エンジニアの車両に乗っていた達也が近づいて来た。
「尽夜」
「達也か。どうだった?」
「魔法の痕跡を確認した。まだ無頭竜と決まった訳ではないが、恐らくは、いや確実になにか仕掛けてくるだろう」
「……これが警告か。もしくは序章か。どちらにせよ、しかるべきタイミングで手を打つ必要がありそうだな」
厳しい顔つきで事故の現場を見つめる尽夜の目には焦りは一切感じられなかった。
その後警察が到着し、質疑などを行ったため、会場に着いたのは夕方であった。
──────九校戦、懇親会会場
前々日のこの日に会場入りした最も大きな理由は、夕方から催される全国の魔法科高校全ての選手スタッフが集う懇親会である。
これから競技を行う彼らにとって、その催しはプレ開会式のようであって、和やかさというよりむしろ緊張感の方が目につく。
「これだから本当は出たくないのよね……」
午前中に着くはずではあったが行きの事故のおかげで会場に着いてからまだ少ししか経っておらず一高生は若干の疲労もあり、この雰囲気に嫌気が差した。
九校戦の参加者は360名。裏方を合わせると400名を超える。
ホテルの会場は必然的に大きくなり、スタッフの数もそれなりに多い。ホテルの専従スタッフでは間に合わなかったのか、明らかにアルバイトと思わしき人もチラホラ見かける。
「四葉くん、飲み物どう?」
尽夜は深雪を伴って会場の隅の方で立っていた時に、近づいて来た少女がドリンクを薦めてくる。
「確か、達也と同じクラスの千葉エリカさんだったな? ありがたく頂戴するよ」
達也と仲良くしているこの生徒は、親しげに会話してくることが意外だったのか目を丸くして驚いていた。尽夜が飲み物を受け取った後に口を開いた。
「あの時はどーも」
「こちらこそ。千葉さんのことは達也と深雪の話によく出てくるからね。改めて四葉尽夜だ。よろしく頼む」
「エリカでいいわよ」
「わかった。なら俺も好きに呼んでくれて構わないよ」
「じゃあ、尽夜くんって呼ばせてもらうわ」
「エリカ、可愛い格好ね。でも仕事を疎かにしていいのかしら?」
横にいた深雪が忠告するように言う。若干のジト目で。
「ハーイ、深雪。ちょっとくらいいいじゃない。ところで、尽夜君は褒めてくれないの?」
少し遠慮気味にだが友人の間で聞いてくる。尽夜もそれに答えようとすると。
「──尽夜さんを早々にからかうんじゃありません」
深雪が間髪を入れずに割り込んだ。その顔は笑顔だが目は笑っていない。
「あれー、どうしたのかな深雪ぃ。あはははは、ごめんごめん」
エリカはドリンクを絶妙なバランスで保ちながらそそくさと人の合間を縫うように歩いていった。
「まったくもうっ」
「深雪、ここにいたの」
「達也さんはどうしたんですか?」
今度は一高のエンブレムが付いた女子生徒2名がやって来た。
「お兄様なら技術スタッフの方々の所におられるわ。尽夜さん、存じているとは思いますが北山雫さん、光井ほのかさんです」
同じクラスだが同学年で深雪と達也以外とは関わりの無かった尽夜は彼女達と初めて面と向かう。
「四葉尽夜だ。尽夜と気軽に呼んで、仲良くしてもらえると嬉しい」
「北山雫です。雫って呼んで」
「分かったよ、雫」
「み、光井ほのかです。ほのかでいいです」
「了解、ほのか」
それぞれが自己紹介する。ほのかは四葉という名前にまだアワアワしているが、気配は好意的なため別段尽夜が気にした様子もなかった。
「雫、わざわざ探しに来てくれたの?」
雫は頷くことで答えた。
「他のみんなは?」
「あっち」
雫が指を指した方向を見ると、男子生徒の集団が慌てて目を逸らしていた。1年女子も同じところに固まっていた。
「深雪に近づきたくても尽夜さんがいるから近づけないんだよ」
「俺は番犬か……」
雫の推測にせせら笑う尽夜。
「違いますよ、尽夜さん。私が尽夜さんの番犬です」
深雪が「わんっ」とイヌの手を真似る姿に笑顔を見せた後、尽夜はあたりを見渡した。すると先程の男子生徒集団と同じように目を逸らす女子生徒の集団がいくつも見受けられた。
尽夜達から離れている場所でエンジニアスタッフと一緒にいた達也はエリカを見つけ声をかけた。
「関係者ってこういう事だったんだな」
「達也君。そうよ。ところで深雪と尽夜くんのところに行かなくていいの?」
「あの二人は1年の代表だからな。他校への対応に忙しいだろうし、遠慮するよ。それより、いつの間に尽夜と知り合ったんだ?」
「ついさっき。尽夜くんが手持ち無沙汰にしてたから私から声をかけたの。四葉家って言うからどんな人かと思ったら意外にもフレンドリーなのね」
「4月のいざこざを止めたのもあいつだし、1科や2科の差別意識は元々あいつは持ち合わせていないよ。深雪に紹介された時はアイツから話しかけてきてくれたからな。家名のせいで友達は俺か深雪しかできなかったらしいがな」
「持ってる雰囲気もその一因だと思うわよ。なんていうか初めては近寄り難いのよね」
「まあ、良い奴だから仲良くしてやってくれ」
「言われなくてもそうするわ」
もう一度2人が尽夜に目を向けると、彼は生徒会の面々と他校へ挨拶周りしているところだった。
総勢400名の立食パーティーとなれば1つの大きなテーブルでは賄いきれるはずもなく、会場には9つのテーブルが用意され、若く食欲旺盛な彼らに随時料理を補充していく。
それぞれのテーブルに各校の生徒が集まるのは例年のことだが、生徒会役員ともなれば各校へ挨拶、もとい腹の探り合いに行かなければならない。
今、真由美たちは今大会最大のライバル校と目される第三高校の生徒会長と話していた。
その背後では第三高校の1年男子がこっそりと囁き合っていた。
「なあ、一条。あの子、超カワイクねぇ?」
「なにサカってるんだよ。…………無駄無駄。あんな美少女、高嶺の花も良いところだろ。お前じゃ相手にされないって」
「うっせーな。んなことわかってんだよ。でも一条ならいけるかもしんねぇだろ。なんせ一条は顔良し腕良し頭良し、そのうえ十師族の跡取りだ。もしかしたら俺にもチャンスが来るかも知れないだろ?」
「ないない。天地がひっくり返っても有り得ないよ」
実に男子高校生らしい会話がなされている傍ら、引き合いに出された輪の中の中心にいる生徒は、答えるでもなくじっと話題の生徒の方へ向いていた。
「将輝、どうしたんだい?」
小柄だがよく鍛えられた体の吉祥寺真紅郎が、甘いマスクというよりむしろ凛々しい、若武者風の美男子、一条将暉に話しかけた。
だが、一条が答えることはなかった。
「……将輝?」
訝しげな視線を吉祥寺は向ける。
「……ジョージ。あの子のことを知ってるか?」
「え? あ、ああ、制服で分かると思うけど一高の生徒だよ。名前は司波深雪、出場種目はピラーズ・ブレイクとフェアリー・ダンス。入学式では総代を務めた一高1年女子のエースらしい」
「げっ? 才色兼備ってやつか」
大げさに仰け反る男子生徒を尻目に一条は呟いた。
「司波深雪か……」
その呟きに吉祥寺とその友人達は意外感と好奇心をブレンドされた視線を向けた。
「珍しいね。将輝が女の子に興味を示すなんて」
「そういやそうだな」
「こいつの場合女からやって来るからな。けっ、贅沢な野郎だ」
一条はその会話に応えることはない。
ただその件の女子生徒に露骨にならない程度に目線を向けるだけであった。
しかし、彼の目にどうしても気になる事ができた。彼女の横に立つ自分と同じくらいの身長で男らしい体、同年代に似合わない妖艶な雰囲気を醸し出している男子生徒にその彼女が楽しそうに話しかけていたのだ。
「ジョージ。彼は?」
吉祥寺は一条の視線の先にいる男子生徒に目を向けると驚き、少したじろいだ。
横の女性に皆が目を集めるため、その存在に気付かないでいた。
「…………」
「……ジョージ?」
「彼だよ」
「はあ?」
一条は吉祥寺の言葉が理解できずに間抜けな声を出す。
「…………四葉尽夜だよ」
その名前を聞いた瞬間、その場がざわついた。会話に混じっていない全ての生徒もバッと件の男子生徒に視線を向けた。
「あいつが、……四葉尽夜」
全員の目には未知に対する恐怖が映った。
『触れてはならない者たち』の異名はその場の雰囲気を一色に染め上げるのは容易であった。
「…………あいつの出場種目は?」
まだ動揺が取れない将暉が気丈に問いかける。
「彼は将暉、君と同じピラーズ・ブレイク。そして、僕と同じスピード・シューティングに出場する」
「そうか」
一条は自然と拳を握り力を込めた。隣の吉祥寺も気迫を込めた目付きで尽夜をターゲットに据えた。
「実力は申し分ないだろう。情報部から手に入れたのによれば、彼は入試の実技が満点。筆記試験を受けずの推薦合格のために総代は司波深雪に譲ったようだけれど、直近の定期試験では実技筆記合わせて圧倒的な差で首席を獲得したらしい」
「一条以外にもそんな奴がいんのかよ」
一条は素性を理解し、目を向けるその視線には女子生徒に向けるものとは別の感情があった。