【新約】狂気の産物   作:ピト

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第七話 懇親会 後編

 来賓の挨拶が始まり、高校生たちは食事の手を止め、談笑を中断し、必要以上に真面目な態度で大人の話に耳を傾けていた。

 入れ替わり立ち替わり壇上に現れる魔法界の名士たちの話は、魔法師志望の卵達にとって釘付けにされるだけの十分な興奮物であった。

 挨拶のトリを務めるのは、『老師』と呼ばれる日本魔法師界の最重鎮、十師族の長老、九島烈だった。

 この時代の十師族を確立した人物であり、20年ほど前までは世界最強の魔法師の一人と目される人物。最強の名を維持したまま第一線を退き、表舞台から姿を消したが、毎年九校戦には顔を出すことで知られている。

 尽夜や達也にとっても初の対面である。映像では見たことはある。齢はそろそろ90歳近いはず。

 彼らがいろいろと考えている内に、司会者がその名を告げる。

 会場が九島烈の登壇を今か今かと待った。

 しかし、スポットライトを浴びて現れたのはパーティードレスを纏い髪を金色に染めた、若い女性だった。

 会場がざわめく。

 意外すぎる事態に無数の囁きが交わされていた。様々な推測がなされている時に、数名が既に真相にたどり着いた。

 その時、何人かが気付いたのを見計らっていたかの様に、ネタバレが起こった。スポットライトには女性の他に、一人の老人が立っているのをその場の全員が突然認識できたのである。

 

【精神干渉魔法】

 

 おそらくは会場の全てを覆う大規模な魔法が発動していたのだ。目立つものを用意し、人の注意を逸らすという『改変』は、事象改変と呼ぶまでもない些細なもの。何もせずとも自然に発生する現象。故に、気付くことが困難である魔法。気付いてない者たちからしたら老人が空中から急に現れたように見えただろう。

 老師はニヤリと笑みを浮かばせ、側の女性に何事か囁いて彼女を下がらせる。マイクの前に老人が立つと彼の視線は一方向にずっと注がれていた。その視線は挨拶の終了まで切らされることはない。

 

「まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

 マイクから発せられる声は、老人にしては非常に若々しいものであった。

 

「今のはちょっとした余興だ。魔法というより手品の類。だが、それを始めから見破ったのは1人、後に気付いた者は私の見たところ5人だけだった」

 

 彼の話に大勢の高校生が興味津々の態度で耳を傾ける。

 

「それに、この事態に対処したのは最初から気付いていた1人のみだ。もし私が君たちの鏖殺を目論むテロリストで、来賓に紛れて毒ガスや爆弾を仕掛けたとしても、行動を起こす事ができるのは一人の生徒を筆頭に6人のみということだ」

 

 老師の話を聞く高校生たちは先程とは違う意味の静寂に覆われていた。

 

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であり、それ自体が目的ではない。そのことを思い出して欲しくて、私はこのような悪戯を仕掛けた。私が仕掛けた魔法は規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。魔法力の面から見ても低ランクの魔法でしかない。だが現に、君たちは惑わされ、私がこの場に現れることを知っておきながら認識できなかった。魔法を磨くのはもちろん大切だ。魔法力の向上も怠ってはならない。だが、それだけでは不十分。使い方を誤った大魔法は使い方を工夫した少魔法に劣るのだ。明日からの九校戦は、魔法を競う場であり、それ以上に魔法の使い方を競う場である事を覚えておいて欲しい。私は、諸君等の工夫を楽しみにしている」

 

 そう話を締めくくり、マイクを離れる老師に聴衆の全員が手を叩く。老師は舞台から降りる時にチラッと演説中にずっと見ていた方向を一瞥し、何事もないようかのように、静かに会場を後にした。

 

 

 

 

 ──────第一高校、宿泊ホテル

 

 懇親会が前々日に行われる理由は、選手に前日を休養に当てさせるためである。しかし、技術スタッフや作戦スタッフは最後の追い込みをかける。

 選手たちは各自それぞれのやり方で英気を養っていた。1年生の出番は大会4日目以降になる。そのため、1年生には緊張よりも興奮や高揚が勝っている。その雰囲気はさながら旅行気分となっているのも彼等の年齢を考えると仕方がないのも頷ける。

 1年生の部屋は二人一組である。雫とほのかが同室である。深雪はC組の生徒と同室であるが、その生徒が部活の先輩と共に時間を過ごすことが多いため、深雪は雫とほのかの部屋に居ることが多くなっていた。

 時刻は間もなく10時に差し掛かろうとしている。3年生や2年生の初日の出場選手は明日に備え、そろそろ就寝に入ることだろう。

 そんな中、手持ち無沙汰の1年生の女子が夜通し行うのはお喋りと相場が決まっている。

 この九校戦の期間中に就寝時刻というものは存在しない。スタッフが準備に駆られると深夜就寝や徹夜ということも考えられ、たとえ決めたとしてもなんの拘束力も持たないからである。

 だから、この時間に部屋にノックされようとも別段不思議ではない。

 

「あ、私が出るよ」

 

 ほのかが立ち上がり、扉を開けた。

 

「こんばんは〜」

「エイミィ? 他のみんなもどうしたの?」

 

 ドアから顔を覗かせたのは、ルビーのような光沢のある瞳を持つ小柄な少女、明智英美だった。彼女の背後には4人の1年生女子がいた。つまり、ほとんどの一高1年女子が集結したのだ。

 

「どうしたの?」

「うん、皆で温泉に行こうよ!」

 

 部屋の中の3人は突拍子もない言葉に少し驚く。

 

「温泉があるのは知ってるけど、ここは軍の施設だよ。入っても良いの?」

 

 疑問を投げかけたのは部屋の一番奥にいる雫だった。

 このホテルは一般のホテルではない。軍の演習場に附随する施設だ。あらかじめ許可された施設以外を勝手に使うのは憚られる。

 

「試しに頼んでみたら、11時までだったら良いって。それに湯着も貸してくれるらしいよ」

 

 英美があっけらかんと言う。

 

「流石エイミィ」

 

 ほのかが呆れたような声を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ──────温泉

 

 地下の温泉は現在、第一高校1年女子の貸し切りであった。

 もともと軍の施設であり、観光客向けのようなレクリエーションを想定しておらず、人工的なこの温泉はお湯に浸かることを目的としているため、シャワーブースなどは別室に備えられている。

 女性用の湯着というのは、短丈の浴衣を想像できる。帯はなく、ゆったりとしたものであった。

 

「わぁ」

「な、なに?」

 

 異性に見られるのは憚はばかられるものだがここには女性のみ。それにそれなりに気心が知れた1年女子であるが、英美に向けられる視線はほのかにとって男に見られているような羞恥と警戒を感じた。

 思わず、胸元を手繰り寄せるようにして閉じる。英美の視線は間違いなく、ほのかのそれに向けられていた。

 

「ほのかってスタイル良いね」

 

 にじり寄る英美に後退するほのか。

 

「ねえ、ほのか」

「なによっ?」

「むいていい?」

「いいわけないでしょ!」

 

 英美の目は笑っている。悪ふざけであることは確実だが、その目はどこか本気を感じさせる。助けを求め、ほのかは周りを見渡し、1番の親友である雫に目で訴える。

 

「雫、助けて!」

 

 声も出ていた。しかし、雫から放たれたのはほのかの期待を裏切るものであった。

 

「いいんじゃない?」

 

 雫はそう言うと、湯船の外に歩き出した。

 

「なんで!?」

 

 親友の裏切りに悲痛の叫びを放つほのか。

 雫は自分の胸元を見下ろしてから再び視線を戻した。

 

「ほのか、胸が大きいから」

 

 そう言って彼女は個室サウナに姿を消した。その後、浴場にほのかの悲鳴が反響する。ほのか以外のメンバーは面白そうに笑っていた。

 

「どうかしたの?」

 

 その言葉に、1年女子の全員が声のする方向へ向き、固唾を飲んだ。

 いつも下ろしている髪をアップにしており、そのお陰で見えるうなじは色気を感じさせる。全員が同じ湯着を着ているにも関わらず、彼女が着ると全くの別物のようになってしまう。それは女同士といえど見惚れるには十分過ぎた。その本人の深雪は、自分に向けられるそういった視線に戸惑っていた。

 

「な、なに?」

 

 たじろぎ、問いかけるも答えはない。全員が無言で深雪を見つめていた。

 

「ダメよ、みんな。深雪はノーマルなんだから!」

 

 不自然な沈黙はどこか悲壮な表情のほのかによって破られた。

 

「いやぁ、ごめんごめん。ついつい見惚れてしまったよ」

 

 どこか少年的な口調のD組の里美スバルという少女が口を開く。その言葉で深雪は自分がどんな視線を向けられていたか理解した。

 

「ちょっと、女の子同士で何を言ってるの?」

 

 焦った声を出し、内腿に手をやり、裾すそを引っ張る仕草をする深雪にまたもや浴室は奇妙な緊張を孕む。

 

「……女の子同士、うん、分かってるんだけどね」

「性別なんて関係ないって思っちゃうよね。深雪を見てると」

 

 しみじみと語られる内容に、

 

「もう! からかうのもいい加減にして!」

 

 勇猛に深雪は苦言を入れた。

 

「いい加減にしないと、ここにいる皆、氷水で冷水浴する羽目になるわよ」

 

 その言葉を機にチームメイトは押し黙る。

 

「どうしたの?」

 

 個室サウナに入っていた雫は浴室の微妙な雰囲気を感じとり、疑問を口にする。

 

「何でもないわ。ところで、サウナはどうだったの?」

「ん。全然熱くなかった。このサウナはあまり好みじゃないかな」

 

 深雪と雫が朗らかな会話をする。それに少女たちは己を鑑みて、そろそろと会話を開始した。少女たちが一旦いつもの調子を取り戻せば、浴室は賑やかなさえずりで満たされる。女の子のお喋りといえど、話題はオシャレや恋愛話だけでは無いが、それが主となるのは確かである。

 自然に話題は昨日の懇親会へと移る。対象は主に『男の子』、だが中には『男の人』や一部『小父様』も含んでいる。そんな話が最も盛り上がるのはやはり年が近い異性の話だ。

 

「三高に十師族の跡取りがいたよね?」

「あっ、見た見た! 一条君でしょ? 結構いい男だったね」

「うん。男は外見だけじゃないけど、顔も良ければ言うことないしね」

 

 一条に話が移ったことで、浴室の隅で疲れを癒やしていた深雪に話題が移る。

 

「三高の一条君って言えばさあ、彼、深雪のこと熱い眼差しで見てたね」

 

 深雪は自分にかけられた話に答えることはできなかった。

 

「えっ、そうなの?」

「もしかして一目惚れかな?」

「深雪だったら有り得るかもね。むしろ、深雪に惚れない男がおかしい」

「実は前から知り合いだったりして」

 

 きゃーという歓声が上がる。

 

「深雪、どうなの?」

 

 唯一冷静だった雫が問いかけた。

 

「……真面目に答えさせてもらうけど、一条君のことは写真でしか見たことないし、それに会場のどこにいるのかも分からなかったわ。知り合いなら挨拶しない訳がないもの」

 

 酷いような冷たいような言葉に、期待していた少女たちはあからさまに落ち込んだ。

 

「じゃあ、深雪の好みのタイプってどんな人? やっぱりお兄さん?」

 

 めげることない人はいるようで果敢にも深雪にかかるが、この質問に最も反応したのはほのかだった。

 

「お兄様? ……そうね、あまり好みのタイプというものを考えたことがないのだけれど、お兄様みたいな方がお相手なら嬉しいわね。優しくて頼り甲斐のあって、尊敬できる方がいいわ」

 

 深雪の完璧な答えに言葉をつまらせる少女たちと内心喜ぶほのか。その中でやはり冷静な雫が誰も触れようとしないだろうことを話す。

 

「尽夜さんは?」

 

 その言葉に落ち込んでいた面々は色めきを復活させた。

 

「そうよ! 四葉くんはどうなの!?」

「四葉くんと日常的にお話できるのって一年女子では深雪しか許されないし」

「大人びた雰囲気があって、顔も凄くカッコいいけど怖くて近寄りがたい存在だよね。深雪だから近寄れる感じがする」

「始めに四葉くんに話しかけたのは深雪だし、その後も授業のペアとかはほとんど深雪だよね」

「タイプ的にバッチリじゃん! どうなの! 深雪?」

「……」

「…………深雪?」

 

 雫は他の面々が興奮している間、なにも言葉を発さない深雪を不思議に思い、問いかけるが返事がない。全員が彼女へ目を向ける。

 

「……」

 

 そこに居たのは顔が俯いた姿をした深雪であった。彼女の顔はお風呂のせいだと言い訳できぬくらい真っ赤に染まっていた。

 

「……えっ、ほんとに?」

 

 英美が全員の気持ちを代弁した。問いかけた今まで冷静だった雫ですらも驚き、目を見開いている。雫はこんなにもあからさまになるとは思っていなかった。雫は少しだけ後悔したが、友達のある意味意外な一面が見れたことに満足することにした。

 この後、すぐに深雪はハッとなり、周りを見渡す。そして、自分の失態を自覚した。

 

「あの、みんな、このことは…………」

 

 顔を先程よりも真っ赤に、その影響は耳にまで及んでいる。

 

「みんな、今夜は寝れないね」

 

 英美はニタァと君の悪い笑みを浮かべ、浴室の全員に確認を取る。頷かない者はこの場に存在するはずもなかった。逃げ道を失った彼女は少しでも恥ずかしさを紛らわそうと、お湯に口元まで浸かり、ブクブクと泡を立てた。

 

 

 

 

 

 

 ──────201号室

 

 男子も部屋の割り振り人数は例外ではなく、達也と尽夜の二人部屋であった。二人が一緒になったのは2科生である達也を1科生の男子が同室を嫌がり、尽夜は出場選手全員から避けられていたため、必然的にこの組み合わせに落ち着いた。達也は黙々とCADを調整していた。

 

「達也、そろそろ休憩したらどうだ? そもそも達也の担当は四日目以降だろ? こんなに早くから根詰めなくても良いんじゃないか?」

 

 尽夜の勧めに達也は一息吐き、座ってた椅子の背もたれに身を預けた。

 

「そうだな……。ちょっと散歩でもしてくる」

「ああ」

 

 達也を見送った尽夜は何をする訳でもなく、ただじっとその場に留まっていた。

 

 

 達也が散歩に行き、10分程経ったとき、尽夜は不穏な3つのものを感じ取った。すぐに立ち上がり、部屋を後にする。気配を頼りに道を進んだ。

 その3つの存在に近づく2つの存在。

 1つは達也の感覚だった。もう1つは拙くはないが上手く制御ができてない、しかしよく使い込まれていることが分かる『隠密』を使用している者だった。彼らが向かうなら任せても大事にはならない。

 しばらく考えた尽夜は、この場は手を出さず静観することに決めた。

 

 尽夜の見た2つの存在は不穏な因子を無力化した。それとほぼ同時刻にさらなる存在を感じとる。

 先程のものとは段違いに『隠密』に長たけたようだった。敵意はなし。それはここではなく、達也の方に向かっている事からコチラがターゲットなる事はほぼありえない。

 そう結論付けると、尽夜は自室に戻り、達也の帰りを待った。

 その後、半刻程で達也が戻って来た。

 

「おかえり。無事でなにより」

「ああ、捕らえたぞ」

 

 達也は尽夜が知っていることを当たり前のように喋る。

 

「分かってるよ。近くまでは応援に行こうとした。それで、背後はどうやって調べる? あとから来た三人の人物に任せたのか?」

 

 達也は彼が風間の隠密魔法を見破っていた事に驚く。

 

「そうだ、いつから彼らを捕捉できた?」

「達也が戦闘に手を出す前から。誰かは流石に分からないけどね。敵意は感じられなかった」

「……」

 

 達也は押し黙る。自分が見抜けなかった存在をあっさりと見抜いた。それは自分の力不足をとても悔やむ材料となった。

 

「明日もあるから、そろそろ寝る。情報が入る時は一緒に行くよ。国防軍の関係者で合ってるだろ?」

「ああ」

「そうか、おやすみ」

 

 時刻は深夜1時を回っている。もう寝てもおかしくない時間だが達也はまた黙々とCADの調整に取り掛かった。

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