突然、という程のことでも無かった。
「クビ、ですか?」
「………ああ、すまんな。我が社にも人員削減の波が来ている。申し訳ないが」
何ていうことはない、一般的な整理解雇だ。
「……………そう、ですか。いえ、そうですね。希望退職の方も募集されてましたし、この会社で一番仕事が出来ないのは私です」
「本当に、すまん」
そういう流れがあったのは知っていたから。
「いえ、どうしようもない私を拾って下さったこの会社には感謝してもしきれませんから。……それじゃあ、あと一ヶ月頑張ります。最後ぐらい成果出したいので」
「ああ……頼むぞ」
一ヶ月前、俺はクビを言い渡された。そして今十数年働いた会社から去る。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「ああ、今までご苦労だった。またいつかな」
上司との別れを済ませて会社のロビーを出る。ああ、本当に終わったんだなあ。十年程働いてきた会社に遂にクビを言い渡された。納得は出来ている。あの会社で一番仕事が出来ないのは間違いなく俺だ。それは何者でもなく俺自身が一番分かってる。
さっさと家に帰って寝ようなんて思ってたところでケータイが鳴った。連絡先を見てみれば少し懐かしい名前が映っている。今日掛けてくるなんて狙ってんじゃねえかなあいつ。
「もしもし、何の用だ?ワタル」
現ジョウトチャンピオン、俺の元ライバルからの電話だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「久しぶりだね、イツキ」
「その名前で呼ぶなっつってんだろ。良い迷惑だ」
何処ぞの四天王と同じ名前とは、俺も大層な名前を授かったもんだよな。今でも親を恨んでるよ。
コミュ障の為少し気合いを入れて店内に入った俺は無事ワタルを見つけることが出来た。これでワタルが居なかったら俺は固まってしまっただろう。コミュ障ってのはそういうもんだ。
「いつまで経っても君のその眼帯は馴れないな」
「言ってろ。お前も今日はマントしてねえじゃねえか。ドラゴン使いにマントは欠かせないんじゃなかったか?」
「その感じは変わらなくて安心したよ」
最初から人のコンプレックスに触れてくるとかこいつデリカシーイカれてんじゃねえかな。
「話は良いから取り敢えず注文だ。あ、すいません。このソテーと焼き鳥、あとビール一つお願いします」
「私はこの串焼きセットとワインを。………相変わらずの変わり身だな。」
「社会人として………あー、おっさんとして当然だろ」
「10代の頃からそれじゃないか」
「いやずっとその態度なお前がおかしいだけだろ」
確かに二重人格だと疑われたことはあるがこのぐらい普通だろう。というか社畜ならこれが出来ないと駄目じゃないか?
「それで、いきなり何の用なんだ?」
「いや、これと言って用も無い。ただ久し振りに話したいと思ったんだ」
「お前、チャンピオンの癖して何言ってんだ?暇じゃねえんだから素直に休めよ。ほれ見ろ、周りの視線が痛いぞ。お前のせいだ」
「なら君がなってくれるかい?」
後半は無視かよ。まあ、面白い冗談だがそりゃ無理だな。やりたくもねえ。
「はっ、嫌なこった。そもそも誰も認めねえよこんなぽっと出のおっさん。どこにもチャンピオンの要素がねえよ」
「そんなことはない。君ならみんな納得するさ。しない者の方が少ないんじゃないか?」
「根拠がねえよ。根性論で何とか成る程甘くないだろうが。というか何を思って納得するんだよ」
こいつはいつもそうだ。突拍子もないことを言って何かと誘ってくる。俺はポケモンバトルを職業にしたくねえんだよ。
「簡単だろ。君程のバトルジャンキー早々いない。それにジムリーダーで君を知らない人も殆どいないだろ?」
「そりゃ10年以上前の話だろ。もう代替わりしてる所は出てる。それに何より、俺はチャンピオンロードに挑んでない」
「今からやれば良いだろう?君なら何処でも突破出来る」
何を言ってるんだこいつは。前々からおかしかったが今日は輪を掛けて酷いぞ。どうやったらあんな主人公共に勝てるんだよ。俺は主人公に負けて廃人になんかなりたくねえぞ。
「馬鹿かお前は。俺みたいな木っ端野郎が挑んで勝てる場所なんてねえよ。そこら辺の新米トレーナーの方が善戦出来る」
「頑張れば変わるかもしれないぞ?」
「それこそねえなあ。近年のバトルのレベルはやべえ。言ったろ?敵わねえ天才が現れるって」
以前こいつにだけは話した予言めいた妄想。それは現実に変わりつつあった。
「懐かしいなその言葉。確かに君の言った通りだった。あの時は信じられなかったけど、確かに強い子達が現れた」
レッド、グリーン、ゴールドにハルカ、ヒカリにトウヤ。皆前世の日本で見たことある奴ら。主人公ってのは皆一様に強いと聞く。それも残酷な程に。
「下らねえこと言ってんなよ。それよりもだ、こっちはもっとピンチなんだ」
「へえ、君がピンチか。あまり結び付かない言葉だね」
「今回は結構やべえんだよ。遂にリストラされちまった。明日の食事にもありつけねえぜ」
「………ほう」
淡白だなあ。クール気取ってんのか知らねえがこいつは昔からこんな感じ。その代わり張り合いのあるバトルをすると物凄い熱を見せる。そういうのが好きな人々から好かれてるからこいつは今チャンピオンとしてやってるんだろうな。
「もうちょい興味示してくれたって良いんじゃねえのお前?仮にも呼び出した身だろ?」
「ん、いやすまない。そんなにピンチなら手段を選ばずやれば良いんじゃないか?」
「はあ?犯罪でもしろと?お前チャンピオンがそれを勧めちゃお終いだろ」
「違うよ。君にはそのバトルの腕があるじゃないか」
「おい、そろそろしつこいぞ?」
今日は随分それに関して言ってくるな。それはもうさっきので終わったろうが。
「君ならそれに関して精通してる。それこそ学校の教師なんて君なら出来るだろ?ポケモン関係のさ」
「ああ、そういう」
確かに知識だけなら頑張れば追い付けなくも無いだろう。10年前の化石とはいえゲームの知識もある。その道を考えても良いかもな。
「それはそれとしてジムリーダーとか興味ないか?」
「お前なあ……」
こういう抜け目ないというかどこか抜けてるというか、そういえばこういう奴だったよ。懐かしい感じにどうも笑みが零れてしまう。
「そんなに無理だと言うなら試してみれば良い」
突き出されたのは光を反射したモンスターボール。自分の顔が映って邪魔で仕方ない。俺は今こんな不安な顔をしているのか。
「自分の今を計るとしてもそりゃやりすぎだろ。もう10年はやってない。あれから、あの日から一度もだ。もっと、それこそジムトレーナーに付き合ってもらうくらいが丁度良い」
「本当にそうかい?そんなに不安なら俺が断言するよ。そこら辺のトレーナーじゃ君の相手は務まらない。只のジムリーダー程度なら君は圧勝してしまう」
そんな顔で見るなよ。いつまでも大真面目なお前の姿は俺には毒だ。またやりたくなってきちまう。どうしようもなくイラついちまう自分なんて誰にも、自分にだって見せたくねえんだ
「分かった分かった。取り敢えずその方向で考えておくから今は止めよう。流石に初戦がお前は俺の精神がキツイ」
「逃げるのか?」
「は?」
「失望したよ……。前の君ならそんな」
「野郎!ぶっ殺してやる!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺がポケモンバトルをやらなくなった理由は簡単だ。バトルに支障をきたす怪我をしてしまったから。
日本に産まれてポケモンの世界に転生した。
ポケットモンスター、縮めてポケモン。よく知るという訳でもないが何作かプレイしたことのあるタイトルのゲームだ。国民的アニメでもあったし聞いたことが無いなんて人の方が珍しいだろう。
その世界に来たんだ。結構嬉しい。ポケモンエンジョイ勢として頑張ろうと思った。出来れば可愛いポケモン達にしがみついて癒されたいとか思った。そして迎えた十歳。晴れて旅に出て、手に入れたポケモン達でジムに挑んだ。
ワタルと出会って時に戦いながらもジムを制覇した。ワタルはそのままチャンピオンリーグ。俺は主人公達と戦うことを避ける為にリーグには挑まなかった。
もし勝ちでもしてトレーナーとして名が広まったら主人公達に挑まれかねない。そんなのは嫌だ。届かない才能に打ちのめされたくなんてねえから。
その後は他の地方を旅してジムを制覇した。その過程で色々なことがあったけど、俺はやっぱりリーグには挑まなかった。そして俺の最後のバトルの日が訪れた。伝説のポケモンだった。凍えるような灰色が俺の全てを破壊しようとしていた。
他のポケモンとは違う圧倒的な存在感。幻のポケモンでさえそこまででは無かった。だが俺はそれに打ち勝った。多少の犠牲を払いながらも誰一人失うこと無くそいつを倒した。
そして俺は右目と左手のコントロールを失った。俺のポケモンは瀕死になりながらも死ぬことは無かった。しかし自身がそれに耐えきれなかった。衝撃波によって舞った礫が俺の目に突き刺さった。氷点下を下回る攻撃が俺の左腕を凍らせた。
狭まった視界でやるポケモンバトルは致命的だ。出来なくもない。しかし勝率は圧倒的に下がる。どうしても悔しさや惨めさに苦しむだろう。楽しいままのバトルでいたかった。負けても笑える、そうでありたかった。だからバトルを俺は辞めた。
無能ながらに就職活動を行って、働いて、気付いたら20代後半。そして今は無職。ライバルはチャンピオンだってのに、どうしようもねえよ。
左手はリハビリをしても細かいことを出来ないし、右目は潰れたままだ。
しかし啖呵を切ったなら、その責務は背負うべきだ。
「なあ、もう一度俺に応えてくれるか?あの時のように、俺に力を貸してくれないか?」
二つのボールに願いを込める。少しボールが揺れた気がする。あの時の冗談を果たすことになるなんて思いもしなかった。本当にやる気があるのかと、問われた気がする。
「大丈夫、あの時の言葉を現実にするよ。決意はもう、とっくにしてきたんだ」
このバトルが終ったらあいつらを迎えにいこう。そう言葉にしたんだから。無言でボールを宙に放る。きっと応えてくれるけど、不安は消えない。コミュ障で陰キャな人間だから。
「うん、言葉は必要ないな。行くぜサザンドラ。古い因縁だ、叩き潰そう」
いつも家では出してる。けどバトルになったらみんな目の色が変わるんだ。この顔ならきっとやれる。
「待たせておいてそれは無いんじゃないか?」
「誘ってきたのはそっちだろう?」
「ああ、そうだな!カイリュー、はかいこうせん!」
「こいつで十分だ!ラスターカノン!」
土煙が舞い、開戦の狼煙が上がる。さあ、行くぜチャンピオン!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あーあ、負けちまったよ……」
結局俺は勝てなかった。まあ二体でフルメンバーのこいつに挑もうという方がおかしいが。
「いや二匹でここまでやられたのは初めてだよ……」
「前なら一体で全抜きだろ。お前弱くなってねえか?」
「いや明らかに君がおかしいだろう。前回よりも強いじゃないか」
正直真偽の程は分からない。どちらが強くなったどちらが弱くなったなんて、そこまで俺は錆び付いた。けど気分はまあまあ晴れている。
「取り敢えず行くわ。周りの感じが嫌だ」
「はは、少しオーディエンスが多いね」
「良いか?くれぐれも俺のことは他の野郎に言うなよ?」
「分かっているさ。君が何を恐れてるのかは知らないが」
今更ジムリーダー達と会っても恥ずかしいだけだ。無職のおっさんとか嫌だしな。
「何でも良いんだよそんなのは。じゃあまたいつかな」
さて、まずはどこを目指そうかねえ。