「美味いなこれ……」
特にこれといったこともなく進んでいく披露宴。俺とシロナは戻ってきて規定の席にいる。シロナの方は周りからチラチラ見られたりサインをねだられたりなどしている。まあここまでの有名人が来ればファンの一人や二人居てもおかしくはない。
だがまあ俺の方は何かあるわけでもなく、配膳された食事にガッついてるという感じだ。こんな高級な物を食べる機会も少ないからな。主菜の方の味は良く分からないが飲み物は凄く美味い。何というか高い食べ物って美味しく感じなかったりするよな。貧乏舌なのは前世から変わらないらしい。その点このシャンパンみたいな飲み物は分かりやすく美味しい。最高だね。
「あの、ユエヅキさん?」
「え?はい、何でしょう?」
話し掛けてきたのは元同僚の方。うちで事務員をしてた女性だ。いきなり何だ?ある程度話したことはあるけど、別に仲が良いって程じゃない筈。
「いやはいじゃなくて……」
「?」
「何ですかさっきのバトル」
「バトル?……ああ、まあ前にやってたんですよ」
この子新人だからなあ。まだ十代だし、日本じゃあ高校生でもおかしくないぐらいじゃないか?おっさんのことなんて知らないよね。知らなくて助かってるんだけどさ。
「………バトル嫌いだったんじゃないんですか?」
「いえ、嫌いじゃないですよ?」
特段好きって訳でも無いが、まあ嫌いでも無いわな。というか何で俺がバトルを嫌うんだ?
「そうだったんですか?」
「ええ。どうしてそう思ったんです?」
「あー、実は会社の噂で……」
「成る程、そういうことでしたか」
バトルは断ってたからなあ。そりゃそうも思われるか。別に嫌いでも無かったんだが、どうにもやる気が出ないというか、諦め切れてなかったからな。俺の性格上思い通りに出来ないのは耐えられないしな。見えない右目とかイラついて仕方ねえ。
「何か、意外ですね」
「そうですか?」
「みんな驚いてましたよ?ポカーンって感じで。その後何で隠してたんだーって」
「それは、まあ恥ずかしいですしね。わざわざ自分から名乗るなんて、流石にしないですよ。今日が特別なだけですから」
「いやチャンピオンと戦えるなら名乗っても別に……」
「あー、えっと、バトルをする気も無かったので。そこも関係してますかね」
「そういうことだったんですか……。いきなりユエヅキさんがステージに出てきたので、最初は何の冗談かと思いました」
「楽しんで貰えて良かったです。折角ですしシロナさんにサインでも貰ってきたらどうです?」
「え、でも忙しそうにしてますし……」
「あれで内心嬉しがってますから。ええ、そういう性格なんです」
着々と終わりに近づく披露宴。少しでも仕返しがしたくて、俺はシロナの仕事を増やしていく。
「珍しい機会ですし、ほら!」
有名人は大変だなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
優しい光で照らされる店内でメロンソーダのような物を飲む。緑色の液体が光を通して透けるのは何となく幻想的だ。注文が子供っぽいとかの小言は聞かない。俺はコーヒーや酒よりジュース派だ。
「ほーん、やっぱ凄いなこれ」
画面の中で忙しなく動くソルガレオを見ながら俺は呟いた。これは現アローラチャンピオンの対戦動画。つまりは主人公。最近は何でもかんでもこういうのが出回ってるから良いな。強い奴の戦い方は参考になるし、派手だから娯楽として面白い。
「む、君は」
「あ、どうも」
聞き覚えのある声に視線を向ければ居るのは白髪の男。老けている筈なのに溌剌さを感じるのはこの人故だろう。
「先日はお世話になりました」
「ああ、良い試合だった」
全体的に赤い服を着ているのは彼がジムリーダーとして活動する共に、炎タイプとの相性の良さも表しているのだろう。
この元気なおじさんの名前はカブ。ガラルで炎タイプ、三個目のジムのジムリーダーを勤める人だ。
「ここ、良いかい?」
「ああ、どうぞどうぞ」
彼はそう言うと俺の斜め右の席に座って料理を注文する。今はジムチャレンジのシーズン中だから忙しいだろうに。
何故この人と知り合いなのかと言えば、俺が先日三個目のジムを突破したからである。進化したギルガルドに不可能は無いというかのようにスッと行けた。ゲームでもそうだったがギルガルドは強い。まあ、ニャオニクス達に鍛えられてるってのもそうだろうが。
「ジムは大丈夫なんですか?」
「今日は1日休みを貰ってるんだ。流石に毎日は僕らもキツイ」
「それもそうですね。しかしこんなところで会うとは思いませんでしたよ」
「確かに、ここで会うような子は珍しいかな」
そりゃそうだろうな。俺みたいなのが入る飲食店は若い子達が入るようなキラキラなんてのは無い。ジムチャレンジとは基本的に若い子達がやるものだ。これは常識というより、事実としてそうであるのだ。
「君はどうしてジムチャレンジを?」
本来なら俺の理由は不純とか言われるが、まあこの人は大人だし大丈夫だよな。バトルを手段としか思ってないと批判されるとその通りではあるから痛いよ。本当に。
「俺はあれです。就職の為の実績が欲しいんです」
「実績?」
「俺、実は前に会社をクビにされまして。再就職しようにも仕事が出来るような人間じゃないんです。でもバトルなら前は一人前にこなせたんですよ。だからジムチャレンジに挑んでみようと」
「成る程。確かにジムチャレンジで良い成績を残せればそれは一定の実力と才能の証明になる。君はその為にか」
「不純な理由ですけど、生きる為ですから。背に腹は代えられませんし」
まあ今ではカミツレさんのところがあるから実力を戻すのが目的だけど。電気タイプのポケモンなんて俺には居ないからな。どんな感じなのかちょっと楽しみ。
「うん、それはそうだね。見たところ君は別の地方から来たんじゃないかと思ってね。気になったんだ」
「え、分かります?」
もしかして田舎感出てる?確かにガラルは都会だし、最近はこういう服装は不味いのか?基本的に日本の頃のスタイルだからヤバい可能性もある……
「僕もホウエン出身だからね。ガラル出身じゃない人は少しは見分けがつくんだ」
何だそういうことか。というかホウエン出身?そうなのこの人?……あー、そう言えば若い頃がどうたらこうたらとかの設定あったなあ。
「ホウエン……懐かしいですね」
「行ったことがあるのかい?」
「もう十年以上前に。ホウエンと言えば……まあ最近でも無いですけど、あそこのチャンピオンは凄いですね」
「ああ、あの少女か」
「本当に、最近の子供達は強くてこちらとしては困りますよ……」
「いつだって若者は強い。それに負けないよう、我々も頑張らねばならないよ」
何年も生きているからこそ出る言葉だ。それが大人としての等身大。彼のバトルへの姿勢だ。
「あれ、カブさんじゃないですか」
「あー、………こういう子ですね」
「ああ、こういう子だ」
何故こんなにタイミングが良いんだと言いたくなる。二人してそんなことを思いながら、少しだけ遠い目をした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
視線を逸らせば、随分幸せそうな笑顔で注文をする少女が見える
灰色の髪に武芸にひいでた者の雰囲気を纏っている少女。髪を一纏めにしたバンダナと褐色なのか焼けているのか分からない肌が特徴的。
「………」
「久しぶりだねサイトウくん」
「ええ、お久しぶりですカブさん。それでこちらは……」
「あーっと、ジムチャレンジをしております。ユエヅキです。初めましてサイトウジムリーダー」
そう、この人は次の俺の相手、ラテラルジムのジムリーダーにして格闘使いのサイトウ。つまり美少女だ。そろそろ耐性もついてくる頃だろうに。相変わらず緊張は取れない。まあ女性に対しては基本そうだから仕方ないわな。
「成る程、ジムチャレンジの方でしたか」
「うん、次はサイトウくんのところだね」
「カブさんのジムを突破したんですか。あそこは登竜門ですからね。おめでとうございます」
カブさんのジムは三つ目でありガラルのジムチャレンジでは登竜門とされている。彼のストイックさが表れた強さがチャレンジャー達に立ちはだかるのだ。俺も初心者の頃ならキツかっただろう。
「あ、ありがとうございます。カブさんのジムは強かったので、無事に突破出来て良かったです」
「謙遜しないでくれユエヅキくん。君のポケモンを一体も倒せなかった僕の立つ瀬が無いよ」
「いやいや、流石に本気を出せないわけですから。仕方ない部分ですよ」
ジムリーダーなんてのは本気を出す訳にはいかない。ガラルじゃ特にな。そういうのは他のジムリーダーなんかとの公式戦でやるからな。
「ちょっと待ってください。一体も倒されなかったんですか?」
「え?まあ、はい」
「おまけにダイマックスもしないんだ」
「ええ!?」
「そんなこと言われてもダイマックスバンドが無いので」
おい誰かダイマックスバンドを寄越せ。あれどうやって手に入れてんのか全く分からん。後半のジムになったらキツイかもしれないからな。特にキバナとか結構恐いんだが。バトル見るに物凄い才能だぞあいつ。そこらのチャンピオンと渡り合えるぐらいには強い。
「え、無いのかい?」
「そうなんですよ……どうやって手に入れるのか知らないので」
「ローズ委員長に言えば貰えるかもしれませんが……」
「あー、成る程。いえ、それなら止めておきましょう」
「??………分かりました」
あれはラスボスみたいなものだからな。今回の悪の組織は実質的にはリーグ委員会だ。まあ下の人間は何も知らない。上層部の一部の人間だけが知っている計画なんだろうな。
リーグ委員長のローズは大企業の社長だ。色々裏もあるし、そんな人間に対して借りがあると後々面倒になるかもしれない。危険な事柄は避けるべきだ。
「サイトウさんはどうして……あー、いや、無粋な質問ですねこれ。何でも無いです」
どうしてここに、と続く筈だった言葉を取り止める。あの笑顔を見れば理由なんてのは容易に想像がつく。初対面なのだから何が失礼なのかも分からない。女性に食事に関係ある質問は避けた方が良いのかもな。知らんけど。
「え、ええ?何ですか?」
「た、大したことでは無かったので。あ、すいません、このパンケーキお願いします」
「ありがとうございます」
やっぱ会話って難しいわあ。男同士なら馬鹿みたいな話で盛り上がれる筈なのに、俺の周りには変人ばかり。猥談で盛り上がれる男友達が俺は欲しいよ。
「………じゃあ、あなたの次の相手は私ですね」
「はい、よろしくお願いします」
「ええ、ジムリーダーとして「ご注文のスペシャルホイップパンケーキでーす」!?…………受けて立ちます」
配膳されたのは、クリームに果物にシロップにジャムとそれはもう豪華なパンケーキ。色とりどりに飾られたそれは、このテーブルで唯一の圧倒的な存在感と甘さを放っていた。
「………なんというか、締まらないね」
「まあ、この顔をされてしまっては……」
ここに居る者達にとっては珍しく、とても平和な歓迎だった。あと笑顔が可愛いかったのでサイトウのファンになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ、これは懐かしいのう」
研究所。それはポケモンという生物の分類において偉大なる成果を出した人間が居る場所。そこに居る老人が眺める先には眼帯をした男が映った画面。
「ん?どうしたんだじいさん。……これは」
オレンジ髪の青年が老人に話し掛ける。人の良さそうな顔とは裏腹に、並々ならぬ雰囲気を持つ男だ。
「昔話したじゃろう。お主らを訪ねて来た少年がおったと」
「……あったような無かったような」
「まあよい。まさかまだ生きておったとはのう……」
「何だよじいさん。そいつはそんなに凄いのか?」
何かを思い出すような老人に青年は怪訝そうな表情を浮かべる。それはこの二人の関係性の深さを現していると言って良いだろつ。
「ただ、不思議というだけじゃ。まだ赤子のお主らを探しに来た名も分からぬ少年じゃ」
老人、青年からじいさんと呼ばれる男は一人の少年に思いを馳せる。誰よりも生きるという意思を持った少年だった。
「赤子の俺達?可笑しな奴だな」
「ああ、そういえばお主らを運命の子と言っておったのう。面白い冗談じゃと思っとったが、あながち間違いでも無かったかのう」
年の頃がまだ10にも満たない、そのように見える貧相な体で地を踏み締めていた。しかし、外見とはかけ離れた知識を有していた。
「運命って、はっ、何だよそれ。そんなのがあってたまるかよ」
「それもそうじゃな。何、記憶に残りやすかったというだけじゃ」
記憶を辿れば、今でも思い出せる。
その光景は本当に衝撃的だった。
二十年程前。ボロボロで死にかけ。何にやられたのか分からない傷を無数に付けて、餓死寸前の少年がこのマサラタウンに訪れた。村のだれもが心配した。しかし、少年はただ一つを求めた。二人の赤子の名を呼んだ。後に終生のライバルとなる二人を見て少年はただ、涙を溢した。
誰にも分からなかった。その涙の全てが分からなかった。
数日間マサラに滞在した少年はいつの間にか居なくなっていた。
ワシは今でも覚えている。あの特異な少年を。一瞬一瞬を生きるのに必死だった筈の彼の目的は何だったのか。何故涙を流したのか。あの時の光景をワシは未だに忘れられない。
あれ以上に悲惨な光景をワシは、知らない。
まるで希望を見つけたかのような、もしくは絶望するかのように泣いていた。それは何故か、現実が美しくも残酷であることを表しているようだった。
『導くのは、始まりはあんたの役目だ』
今でも良く分からない"始まり"という役目をワシに少年は負わせた。しかし、少しだけなら、この目の前の男とその親友を見れば少しだけ分かる気もする。
「本当に、何者だったんじゃろうなあ。のう、グリーン」
「さあな、知らねえよ」