シリーズ通して語られるだけの人   作:I'mあいむ

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本当にあと1話で区切れるのか怪しいですねこれ。長くなりましたがどうぞよろしく。


転生チートなんて持ってる訳無いからさっさと負けてどうぞ

 

「先生」

 

「先生は止して下さい。そんな柄じゃない」

 

声を掛けてきたのは白髪の美少年、ビート。ドラゴンジムを何とか突破し、セミファイナルトーナメントを明日に控えている今日この頃。最終調整ということでビートの特訓に付き合うのも今日が最後になる。

 

「しかし……」

 

「俺はそんなできた人間じゃないですよ」

 

「…分かりました」

 

何でこんな呼び方されてるんだろうなあ……。普通に戦ってただけなのにいつの間にか先生と呼ばれるようになったんだよな。別にそんな大層なこともしてないから止めて欲しいところだが。

 

「遂に、明日ですね」

 

「ええ」

 

「もしかしたら、せ、ユエヅキさんとやることになるかもしれませんね」

 

「……それは無いですね」

 

「え、どうして──」

 

「俺じゃ勝てないです。今回のセミファイナルはそんなに甘くないですよ」

 

「それは……やってみないと分からないですよ」

 

やってみないと分からない、か。確かにバトルというのは擬似的な戦場だ。何が起きるかは分からない。だがそれでも整備されたルールがある。不確定要素の乱入などあり得ない。その状況で勝てる程ユウリは甘くない。

 

「……一つだけ言っておきます。あなたが挑もうとしてる相手は手加減して勝てるような相手では決してない」

 

「っ!」

 

「むしろ本気でやっても……いや、これは良いか」

 

勝ち負けが重要でないとは言わない。そんな綺麗事を言ってもつまらないからな。だが

 

「ビートさん、後悔の無いようにしましょう、お互いに」

 

「後悔、ですか」

 

それが無理なのは分かっている。どんなに良い結末を迎えても勝てなければほんの少しは残ってしまう。だけど、俺ももうこんな歳だ。若い奴らにこの言葉を送る年齢だろう。

 

「精一杯挑むんです。プライドも世間体も捨ててなりふり構わずに。それが許されるのが若さですよ?」

 

大人ってのはそこを気にするものだ。それがどのような形であってもだ。

大人の泥臭さは不様で滑稽。勿論それを許容する時もある。俺の場合はバトルに関してだろう。例え大人げないと言われようとやるべきなら全力で叩き潰すし、必要なら手段は選ばない。セミファイナルでさえウルガモス達を出さないのも、この意地汚さを許容してるからだ。

 

「珍しいですね、そんなことを言うなんて」

 

しかしそれを許容できない部分もある。どうしたって他人からの理解を得るのは難しいから。他人は俺達を大人として見るから。

しかし若いのなら違う。それもまた青春だと、若いからと目を瞑られる。間違いも正しきもアオハルらしい。

 

「あー、まぁ人生の先達としてです。冗談半分に受け止めておいて下さい」

 

甘酸っぱい青春とかいうものを送ったことのない俺も、そうであるべき人間になら勧めるだろう。例えばそう、シナリオに映る彼らのような人にならだ。

そんなの諦めてしまった方が良い奴も中にはいるが、それはそれで残酷なんだろう。俺の場合は早々に見切りを付けたしなぁ……。

欲しくても出来ることは無いだろうし仕方ない。努力して無い癖にこんなこと考えるのも失礼だろうが……実際出来なかったから正しくはあったんだよな。

 

「そういえば、ビートさんはガールフレンドの一人でも作らないんですか?」

 

「ぶっ!?が、ガールフレンド!?」

 

「えぇ……そんな変なこと言いました?」

 

そんな初心なことある?別にそこまで顔が良いんだから彼女の一人や二人居ても良いだろうに。

 

「い、居ないですよそんなの!いきなり何ですか!?」

 

「青春ですよ、青春。出来る内にしといた方が良いですよ。ビートさんなら余裕でしょうしね」

 

青春とかしたこと無いし恋愛なんて概念しか聞いたことないけど、まあ良いものではあると思うよ。うん、そうに違いないからな。

 

「僕はそういうことには興味が無いので……」

 

「でしたらそれで。選択も何もかも、あなたの自由ですから」

 

この子は今も昔も縛られている。会う前はマトモな感性を持っているか怪しかったから関わりたく無かったが、それは幼さ故だ。

自身を救ったローズに縛られて、オリーヴの策略に縛られて、今はよく分からないピンクという価値観に縛られている。まぁ、最後に関しては自分で選択したからだし、仕方ないかも。

 

とにもかくにも彼の視野は少々狭い気がする。このリーグが終わったら、是非とも世界の広さを知ってもらいたいものだ。思いもよらない価値観や生き方があるし、人生ってのは案外どうにかなる。

まぁつまり、もうちょっと肩の力を抜いても良いんじゃない?ってことだ。知らんけど。

 

「自由……」

 

「そうだ、これ渡しておきますね」

 

四つ折りになっているただの紙を差し出す。まぁ、ちょっとした餞別だ。折角の門出となるんだから少しはということで、いざとなった時用の物を渡しておく。

 

「……電話番号?」

 

「私のでは無いんですが、まぁ何か困ったことがあったら掛けてみて下さい。俺の名前を出せば力になってくれると思いますよ」

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

「因みに、その電話相手には失礼の無いようにお願いしますね」

 

「え──」

 

「何かあったらビートさんがマズいかもしれないですから」

 

あいつだって一応チャンピオンだしな。ちょっと気難しかったりするし……まあ、大丈夫だよな?

 

「誰なんですか!?」

 

「秘密です。掛けてみてからのお楽しみ」

 

「ちょっと!?」

 

さて、この時間もそろそろ終わりだな。明日は少し気合いをいれたい。

 

「じゃあ、ビートさんと会うのもこれが最後ですかね」

 

「最後?」

 

「これが終わったらガラルを離れるので」

 

「ええ!?聞いてませんよそんなの!僕はてっきりガラルで就職先を探すと───!」

 

カミツレさんに最速で来いみたいなこと言われてるしな。

セミファイナルが終わって、ブラックナイトは……どうしようかな。ファイナルトーナメントの直後になるから、彼女が来るならブラックナイトも切り抜けないとだし。

これも修行の一環だな。死んだらその時ってことだし、やるしかない。彼女とやるならそのくらいは必要だな。

 

「実はもう決まってるんですよね」

 

「そんな……!」

 

「いやあの、そんなに驚くことでも無いでしょう。別にそこまで仲良くも……」

 

「ピンクが!僕のピンクからの解放時間が!」

 

あ~なるほど。確かにポプラのよく分からない修行からは逃げれてるのが現状だ。と言っても俺との時間以外は……まあ頑張ってくれ。

 

「まぁ、頑張って下さい……ふふw」

 

「笑いごとじゃないですよ!先生にはこれからもやってもらおうと思ってたのに……!」

 

先生呼びに戻ってるし……。というかポプラの報酬があったからやってたが無報酬だったら面倒だしやらないよ?

 

「ま、そういうことなので、ここでお別れです」

 

「分かりました…。じゃあ、またいつか会いましょう」

 

「確かに。何処で出会うかなんて分からないですね」

 

「ええ、さようなら」

 

そのまま帰路へ足を踏み出していく。きっと何処にでもあるような別れ。なんてことはない。俺自身も何度も経験したもので、今更後ろ髪を引かれるようなこともない。

 

「──あの!」

 

「うん?」

 

何だろうか?もう話は終わったと思ったんだが……

 

「ありがとうございました!」

 

「───」

 

「先生には色々なことを教えてもらいました。僕はまだまだ未熟でした。あなたはそれを、何も言わずに伝えてくれた」

 

「ビートさんが自分で気付いたことです。俺はバトルしかしていない」

 

「それでもです。だから、やっぱり、ありがとうございました」

 

考えてみれば、人に何かを教えたというのは久し振りかもしれない。つまりこの子は俺の教え子?いやいやいや、そんな図々しいことは考えちゃいけない。俺にそこまでの実力は無かった筈だ。

 

「それはポプラさんに言ってあげて下さい」

 

「………はいっ!」

 

「あー、あと」

 

「?」

 

「頑張って下さいね。それじゃ」

 

結局これだけ言って俺は別れた。どこか締まらない終わり方な気がしたが、これ以外に送る言葉が見つからなかった。

 

「ええ、言われずとも」

 

まぁ、彼にはそれだけで十分だろう。別れ際、俺の目に映ったのは決意に満ちた顔だったから。

どうあったって未来は変わらないだろうが、その後を変えることは出来たかもしれない。

 

ジム内の通路を進んでいく。ここの施設も慣れたものだ。と言ってもあまり職員が使うような道では無いからな。何故か少し古ぼけた裏道。この施設にこんなところ必要なのかと勘ぐってしまう。

 

ん?珍しいな。こんな場所に人?いやあれって……

 

「ご苦労だったね」

 

「仕事ですから」

 

話し掛けて来た、というよりここで待ってたのだろう。相変わらず特徴的な色合いの服を着た老女、ポプラである。

 

「あの子はどうだい?」

 

「……強いですよ。間違いなく。あと数年して、運に恵まれれば大成するでしょうね」

 

「はぐらかす気かい?あんたから見てあの子は勝てるのかって聞いているんだ」

 

やりにくいな、本当に。その通りだ。その通りだった。俺はその答えを言いたくないんだ。それを他人に言うのが怖くて仕方ない。

例え話だが、あなたのお子さんは落ちますなんて塾講師が言えるか?その場合志望校を変えれば良いが、今回はそんなの無い。しかし嘘は言えない。結果がそれを示すからだ。俺の他人からの評価は下がる一方だな。

 

「……はぁ、分かってたでしょう?どうあったって彼女に勝てるなんて夢物語だ」

 

ユウリが強いなんて周知の事実で、ジムリーダーからすればその程度が見てとれる筈だ。それは大きなうねりを呼んでしまうものだというのも。

 

「それを分かっていて受けたんだろう?」

 

「結果はどうあれ過程で心の持ち様は変わる。というよりどう戦えたか、が結果だ。勝たせるのが依頼内容じゃなかった筈です」

 

「そうさね。そこについて責める気は無いよ。ただあんたの意見を聞いときたかったんだ」

 

それだけ?本当に?嘆息したような表情が答えをくれる。やはり悲しいんだろう。こんなことなら受けなければ良かったのかもしれない……

 

「そういうことなら正直に言いますが、きっと大丈夫ですよ」

 

「理由は?」

 

「彼は負け犬には成り下がらない。俺とは違う。ほら、ポプラさんと同じですよ。負けてもその先にまだ道が見えたでしょ?」

 

受け取り方次第で物事は全く別方向へといく。敗北の先に希望を見る者も居れば絶望を見る者もいる。彼女と相対する場合大半は下を見る。

俺だってその一人となるだろうし、自身の才の無さを深く再認識するだろう。しかし中には光を見出だす誰かが居る。彼はきっとその一人だ。

 

「はっ、随分生意気言うじゃないか」

 

「まだクソガキで居たいですから」

 

「違いないね」

 

皮肉な笑いが辺りにこだます。最後の最後まで油断出来ない人だった。

挑戦だけが人を前に進めるなんて戯れ言で、意味だとか意義だとか高尚なものなんてクソの役にも立たない。それを分かってるから俺達はまだ生きている。

 

一人は進むことを止めず、一人は笑顔で道を曲がって歩きを止めた。どちらも間違ってなどいない。選択は自由だ。

 

「あんたも何かあるんだろ?」

 

「全てが終わった後に、彼女と」

 

「なら頑張んな」

 

「ええ、笑っていきますよ」

 

さて、次は俺の番だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「よし、行くか」

 

身なりを整えて、向かうはこの地方でもっと有名なシュートスタジアム。赤い薔薇のような形をした他では類を見ないほど鮮やかな場所だ。

昨日シュートシティに辿り着いた俺は先ずは選手登録をしてホテルを確保。その後なんやかんやあって今日この日を迎えた訳だ。

 

「あー、なんかちょっと緊張」

 

スタジアムの前まで来たは良いものの、結局俺のような奴が挑む価値はあるだろうかと自問自答してしまう。だが帰るわけにも行かないし、そもそもあれこれ悩む前から答えは出ている。心の準備が必要だっただけだ。

 

「最後の最後まで情けないと言うか締まらないと言うか……まあ一生自信なんて付かないだろうな」

 

基本的には誰しもそうなのだ。ただ薄っぺらい何かで飾っているだけで不安な部分がある。まあ時々異常に自信だけある馬鹿がいるが。

 

「勢いだよなこういうの」

 

という訳で足を踏み出す。恐怖とか不安とか心の中で押し潰して体を動かす。そうでもしないと俺のようなチキンには厳しい。

 

「………」

 

入ってみればすんなりと行くもので、誰も俺のことなど気にしやしない。これでもチャレンジャーなんだが、まぁその方が有難いよな。一抹の寂しさと安堵が心を満たす。矛盾だよなぁこういうの。

 

「すみません、セミファイナルの出場者なんですが」

 

「ありがとうございます。それではジムバッジの提示をお願いします」

 

「お願いします」

 

少々眉を寄せられたが、まぁ普通に対応してくれている。俺の歳のチャレンジャーは珍しいのだろう。

別に居ない訳じゃない。それこそご老人が参加することもある。しかしそれでも珍しいものは珍しいのだ。

25を越える、つまりアラサーはあまり見かけない。大体がこの歳までには大成するか諦めてるからな。

 

「───確認完了しました。ユエヅキ様ですね。おめでとうございます!」

 

「どうも。それで控え室は……」

 

「あちらになります。それでは頑張って下さい!」

 

さて、ここからは少々ゲームと違う。トーナメントということでしっかりと開会式があるのだ。まぁそこまで大したものではないし、ちょっとした顔見せ程度だ。

 

「あっ、ユエヅキさん!」

 

更衣室を抜け控え室に向かうとチャレンジャーが勢揃いだった。

 

「ん、あんたも来れたんだ」

 

「おー!久し振りだな!」

 

稀代の天才、主人公格の中でも最強争いに挙がるダークホース、ユウリ。時代が生んだ化物だ。

 

スパイクタウンが生んだ期待の後継者、マリィ。現ジムリーダーネズの妹でありその強さには血統が感じられる。卓越したセンスは兄以上な部分があるな。

 

そして悩み進む熱き少年、ホップ。チャンピオンの弟であることから背負っている期待に応えようとしているが、厳しいのが現状。しかしその中に潜んだ才能はやはり兄と同様だ。大器晩成なタイプの天才だろう。

 

とまあ錚々たる面子な訳だが、その中に一人俺が混じっているのはやはりマズイだろうか?全員まだ中高生の年代だろ?そこに割り込むおっさん……炎上しても文句言えねえよなぁ……。

 

「ジャパニーズ切腹か」

 

いや、死んでたまるか。もしそうなったら……俺もテンガン山行くか。世捨て人も悪くない、か?

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「はっ!?あっすみません!上の空でした。皆さん本当にお久しぶりです」

 

「おう!まあユエヅキさんならここまで来ると思ってたけどな!」

 

嬉しいこと言ってくれるねえホップ君。でもね?お前らが居ないと思ったからここに来たんだよ?俺がセミファイナルの一回戦で敗退決定したのはお前らのせいだからなおい。

 

「いやー未来ある人にそう言って貰えると嬉しいですね。それにしても、おめでとうございます」

 

まぁそんなこと言ったって仕方ない。それに彼らが天才だからって努力をしなかった訳じゃない。……そりゃそれ以上にやっても足下にさえ及ばない奴が世の中溢れてるけどな。

 

「ありがとな!何だかワクワクしてきたぜ!」

 

「ホップはいつも騒がしいったい」

 

「そこが良いところだよね」

 

「………」

 

さて、若者達が会話してると混ざれなくなるのは必然。取り敢えずスマホでもやって時間を潰しましょう。

 

おっ、新作出てるじゃん。最近買ってなかったけど久し振りにラノベ読もうかな。あーでもパソコン買いてえな。折角だからゲームしたい。将来的には配信者………五年遅いな。始めるのに遅すぎなんてことはない、とか言うが歳を取ると体力が無くなるからな。

 

「ユエヅキさんはどう思います?」

 

「え?ああ、誰と当たるかでしたっけ?」

 

「そう」

 

「私とホップさんでは?」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「さあ、何だかそう思っただけです」

 

いや全然そんなことない。俺がホップに負けるのって確定だから。作中でホップと一回戦で当たった大したことない奴、が俺になるだろうしな。

 

「本当にそれだけ?何か考えがあるんじゃなかと?」

 

本当に鋭いな君は!!わざわざ突っ込まないでくれよ。そろそろボロが出そうで怖いんだ。

 

「うーん、とは言ってもそうなったら嬉しいなとしか」

 

「え?」

 

「私ホップさんとだけバトルしたことないので、せっかくならと思いまして」

 

「そうなのか!?てっきりお前らも会ってなかったと思ったぞ!」

 

「皆さん進むのが速かったので……そろそろですね」

 

「よし!行くぜ!」

 

「うん、頑張ろう!」

 

俺も気合い入れなきゃな。負けると分かっていても足掻かない訳がない。その次が一番キツイんだからな。調整はこれが最後だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

緊張も不安も消えない。誰よりもここに居ちゃいけなかった。それでも、上がったのなら必死にやるしかない。開き直って挑むしかない。楽しむしかない。

ここまでの大舞台に立つのは初めてだ。飾ってんなんていられない。いつも以上に全力で、なりふり構わずに。

 

あれこれと考えてはまた思考の海に溶けて霧散する。刻一刻と鳴る時計の音が鼓動を速めていく。淡い黄色の光が実感をくれる。しかし思考がそちらに向かない。自分でも何処を見ているのか分からない。

 

……駄目だな。こんなの俺がやりたいことじゃない。

 

「スゥー……ハァー……何を悩んでるんだか」

 

俺は人生を楽しみたいんだ。もっと笑おう。こんな機会そうそう無いんだ。

 

「ユエヅキさん、入場お願いします」

 

「分かりました」

 

進んでも戻っても止まっても、どんなに結果が変わろうと生きることが出来ている。まだ楽しめる。

 

暗い道を歩く。影が満ちた場所、その先の光に近づいていく。徐々に増す歓声には足を止めたくもなる。足音から発せられるのは軽く、それでいて緊張感のある音。酷くリアルだ。

ここが一つの終着点。俺のやるべきことをやった、やりたいことをやった故にたどり着いた場所。

 

眼前にはもう別世界が見える。黒と白の支配するこの通路、先には色とりどりの鮮やかなスタジアム。その境界線には何故か隔たりがあるように思えてしまう。

ギリギリ観客からは見えない位置で止まる。吹き込み通り抜ける歓声を強く感じられた。

 

「…笑っていこうか」

 

笑みのまま足を進める。辺りを見て、景色を確かめる。暗闇を抜けた途端に弾け溢れる熱狂。肌にぶつかる熱が俺がこれから立つ場所が何処なのか教えてくれた。

 

「まさか本当に当たるなんてな!」

 

「ええ、珍しいこともあるものですね」

 

「俺はここで勝ってユウリと戦う!あいつと約束したんだ。負ける訳にはいかないぜ!」

 

相も変わらず熱意に溢れてるな。だがこっちも負けてはいられない。今回ばかりは話が違う。

 

「だからと言ってはいそうですかとはなりませんね。ホップさん、俺も今回は負けたくねぇんだわ」

 

「!?」

 

「今回は遠慮無しだ!全力でいこう!」

 

「おう!」

 

最初で最後の挑戦、俺は初めてチャレンジャーとなる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「おいおい、そこまでやるのか」

 

セミファイナルトーナメント、それはガラル地方における祭典、ジムチャレンジで行われるイベントの一つ。チャレンジャー達を篩にかける最後の戦い。ここを突破することで初めてジムリーダー達との争いに参加出来る。

つまりファイナルトーナメントよりは一段レベルが下がる。誰もがそう考えていた。しかしスタジアムは今異様な熱気に包まれている。理由は眼前に広がるバトルだ。

 

「アーマーガア、ドリルくちばし!」

 

「死ぬ気で撃ってくれ!かみなり!」

 

鎧の様に硬いアーマーガアから繰り出されるドリルくちばし。それを易々と受け止めながら撃たれるかみなり。水上ではないために機動力の乏しいラプラス。圧倒的アドバンテージの筈のアーマーガアに襲い掛かった雷は、一撃でその意識を刈り取った。

 

たった二体。この熾烈極めるトーナメントにたった二体だけで挑もうという愚行。そもそもが無名のトレーナー。片やチャンピオンの弟、今大会優勝候補にさえ挙がるトレーナー。大半の人間は期待などしなかっただろう。

ホップが勝ってこのバトルは終わる。そう思っていた筈だ。しかし結果は違う。その二体の強さは人々の予想に反した。

 

「アーマーガア!くそっ、まだ俺は負けれない!行くぞゴリランダー!ダイマックスだ!」

 

「それはこっちも同じだろ!ラプラス───ダイマックス!」

 

彼が今回のチャレンジで見せたダイマックスはこれがまだ二回目だと、この中でどれくらいの人間が知っているだろう。

ギルガルドとラプラス、この二体で4体を倒したという快進撃。どちらも最後の一体だと言うのにまるで意味が違う。観客はもしかしたら彼の勝利があるのではないかと思ってしまう。

 

しかし、やはりと言うべきか勝利を分けたのは手持ちの数だった。

目の前で起こる巨大化現象。何処からともなく赤い雲が発生する。ガラル地方に住まう者でなければ馴染みの無い大迫力なバトル。ダイマックスとは不思議なものだ。

 

「彼、勝てると思うかい?」

 

隣の席の男に聞く。角の様に生えた赤髪のオールバック。服装からしてただならぬ雰囲気の男だ。

 

「……難しいだろう。それは最初から分かっていたことだ。だが」

 

話す内容は否定的の癖に浮かべる表情は笑顔って、君も大概だな。まあ、僕も難しいとは思うけどね。

 

「だが?」

 

「それを承知でここまで来たんだ、と。それも彼らしいだろう」

 

成る程。そんなことを言ってたのか。

 

「うーん確かに。負けるところまで込みで考えるのはやっぱり彼だね。もしかしてこの後何かあるのかい?」

 

そういうことなら恐らく、負けることにリターンがあるんだろう。彼は不思議とそういうのが上手い。勝ち負けに拘らないというか、目的や危険度によっては二の次にしてしまう。つまり何かある筈だ。

 

「………君には言うなと言われてな」

 

「えぇ!?なんだ、そこまで予想されてたか」

 

はぁ……どうやら相変わらずらしい。彼にはこういうところがある。まるで未来予知だ。行動の全てが見通されるような、事前に幾つもの予防線を張って何かをしようとする。結局それが何をしたいのか、今まで分からなかったんだけどね。

 

「随分と良い表情をするようになったね?」

 

「そうか?別に変わらな」

「君じゃない。彼の方だよ」

 

「……ああ、そうだな。ここ十年程はあんな顔はしなかった。クビにさせた甲斐があったよ」

 

クビ?クビって彼を?

 

「……それって君だったの?」

 

「相当酷かったからな。彼だけ休日が月に一回しか無い状態を何年も続けてたらしい」

 

「……」

 

休日が月に一回って、そんなことが?彼の会社って週休二日制じゃなかった?

 

「睡眠の為に会社で寝泊まりしてると聞いた時に見過ごせなくなってね」

 

……そういうことか。少し怪しいと思ってたが君の差し金だったとは。それに典型的なブラック企業じゃないか。というか

 

「彼だけってどういうことだい?」

 

「……はぁ、時間をかけることで仕事量をカバーしてたらしい」

 

「それは、彼もよく十年勤めたね」

 

「全くだ。…む、そろそろ勝負が付きそうだな」

 

話を逸らしたな?全く……

意識を前に向けて見れば確かに彼らのバトルは終わりを迎えそうになっていた。生い茂る草木、舞い散る氷雪と辺りを包む煙。両者傷を負いながらまだ戦意を失っていない。しかし蓄積されたダメージの差は歴然だった。

 

「これで最後だ!ダイソウゲン!」

 

「──ラプラス、ダイアイス!」

 

降り注ぐ巨大な氷塊、蒔かれる巨大な種と爆発。そこらのバトルとは一線を画す強烈な余波。吹き上がる煙に追従するように赤い光が収まる。

重なる衝撃。どうやら同時に攻撃が当たったらしい。冷や水を掛けられたかのように辺りが静まりかえる。一進一退の攻防が終わるのを誰もが感じ取った。

景色が晴れた時にはもう、ラプラスは倒れていた。一気に観客が沸き上がる。

 

「負けか……」

 

「仕方ない。それが彼の選んだことだ」

 

会場全体が称賛を送るなか彼は笑みを浮かべていた。何かを諦めたような嘲笑めいた顔。まるで……

 

「……まるで?」

 

今の顔、何か既視感があったような、どうしてだろうか?

 

「これは見物だな」

 

「え?」

 

「もし次に戦うことがあったら、彼は強いぞ」

 

確かに強い。少なくともここ十年のブランクは戻りつつある。戦い方は異なるが実力は上がってきている。ファイナルトーナメントでも十分に戦える程に。

 

「……勝てるかい?」

 

チャンピオンに対してこの問いかけは間違っているだろう。無名のトレーナーに勝てるかなんて、そんなの端から見たら理解出来ない。いつもなら勝ってみせると言う。戦う前から負けることなんて考えない。けど彼とのバトルは別で

 

「さあ、やってみないと分からないな」

 

チャンピオンなんてものになるよりずっと前に僕らは出会ったんだから。その時から何度も勝って、何度も負けた。そのバトルだけは何も背負わないで居られる。

 

「君もだろ?」

 

「あぁ」

 

彼と僕らは親友で、ライバルだ。

時の流れが全てを変えていっても、それだけはずっと変わらないまま。いつかこの繋がりが風化するその日まで、ただ笑っていたい。

 

 





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