組合が契約している宿舎に、貧乏な開拓者向けの安宿がある。
第一開拓拠点にあったものと似たような物件だ。
街に滞留する特例開拓者は珍しいので、ここの利用者はもっぱら自由開拓者だった。
そのうちのひとりが、レミーに声を掛ける。
「おお、あんた。さっきは世話になったな」
「気にするな。お互い様だ」
レミーのように異民族とひと目で分かる外見の者は、無用な軋轢を生じやすい。
北門の戦いでだいぶ顔が売れたらしいのは、いい傾向だ。
白鉄札と話すレミーをよそに、モリアは眠りについた。
*
翌朝になり、宿泊客はぞろぞろと食堂へ向かう。
食堂では組合の職員らしき男が掲示板に伝達事項を貼り出していた。
レミーはその内容を見てからモリアに聞く。
「開拓者への招集命令か。時間が指定されてないな」
「いっぺんに組合に行くには人数多すぎるからね。僕は用あるんで午後からにしておくよ」
「そうか。俺は先に済ませておこう」
自由開拓者も非常事態に於いては街の防衛や人命救助などの義務が課せられる。
正式な命令はこれから下されるのだろうが、今はもう札の白黒は関係ない状況といえよう。
朝食を終えるとレミーと別れ、モリアは街の通りを進む。
アニーの宿へとやって来た。
扉を開けると、親父さんにアニー、そしてグルイーザが全員揃っていることを確認する。
「おお、モリア君か。いらっしゃい」
「モリア、おはよう!」
「おはようございます」
「来たか……」
グルイーザは目の下にクマを作っていつもの席に座っていた。
――あれ?
もしかして、あまり寝ていないのであろうか?
ひょっとして、戦闘が終息した後の真夜中に、自分がすぐにここへ来ると思っていた?
それは申し訳ない……申し訳ないとは思うのだが……。
言動には似つかわしくないあまりの誠実さに、モリアは噴き出しそうになるのを必死に堪えた。
同時に、彼女は信用に足る人物かもしれないという思いを新たにする。
協力者はいくらいてもいい。
それが稀少な魔術師ともなれば尚更である。
「疲れているなら、出直そうか?」
「気遣いはいらねーよ」
グルイーザの向かいに腰掛けて問う。
「じゃあ、用件を聞こうか」
「そうだな……まず、お前は何者なんだ」
「ライシュタット開拓者組合所属の特例開拓者。つい最近、隣街の孤児院から出てきて開拓者になったばかり」
「孤児院? そんな奴が、何故あたしの隠蔽魔法を無効化できるほどの
「お客さん、モリア君……。その話、私たちが聞いていてもいいのかね?」
宿屋の店主が恐る恐る尋ねる。
グルイーザの存在を認識しているということは、もう隠蔽魔法の効果は無いということか。
ある程度の事情は、既に聞いているのかもしれない。
「おっさんとアニーには世話になってるからな。まあ、口外しないことを期待しておく」
「こうがい?」
「誰かに、秘密を話すなってことさ」
「ここに居る人だけの秘密なんだね!」
グルイーザの説明を受けて、アニーはコクコクと頷いた。
「続けてもいいかな? 僕が育った孤児院は、孤児院とは名ばかりの施設でね。樹海に送り込む人間を、幼少期から育成する目的で孤児を集めていたんだよ」
「なんだそりゃ? 腕の立つ大人を雇うんじゃ駄目なのかよ?」
「王国の歴史上、樹海の踏破を成し遂げた人なんていないでしょ。それを達成するには強力なパーティを
一瞬言葉に詰まり、魔術師の少女は考え込む。
「誰が……なんのために?」
「院長が、私利私欲のためかなあ。北の迷宮を見つけたいんだってさ」
「……最低な孤児院だな」
見知らぬ院長を軽蔑するかのような眼差しで、吐き捨てるようにグルイーザは言った。
「孤児院としてはね。でも拾われた子供たちは飢え死にせずに済んだわけだから、当事者の僕としては非難もしづらいかな」
「考え方、見方次第ってわけか……なるほどな」
グルイーザは感心したように頷く。
すぐに意見を切り替えられる辺り、彼女は柔軟な思考の持ち主のようだ。
「その孤児院にはお前みたいのが他にもいんのか?」
「何人もいたけど樹海でまとめて行方不明になって、院長もろとも全員死亡認定された」
「駄目じゃねーか! 最低な孤児院だな!」
「返す言葉もないよ……」
モリアは降参したように、グルイーザの意見を肯定する。
他にもいくつかの質問をされた。
「お前自身は魔法を使えるのか?」
「使えない。使うほうの才能は無いらしい」
モリアは聞かれたことは全て正直に話した。
魔術師という稀有な人材を味方に出来る可能性を考えれば、自分の情報など安いものである。
少なくとも、敵に回していい理由などない。
いくつかの質問は、聞くまでもなくグルイーザには答えが分かっている。
それを敢えて聞いてきている。
そう、このグルイーザは今、モリアの品定めをしているのだ。
モリアが信用できる人物なのか。そして、自分の味方に足る存在か。
そのために、この宿に戻ってくるよう要求したのだ。
何故そんなことをする必要があるのか?
それは、今起きている事態――この魔術師ひとりの手には余る状況ということなのかもしれない。
「それで、お前はあたしのことをどれだけ知っている?」
「樹海の悪霊、かな」
「……は?」
グルイーザは「なんだそれ?」とでも言いたげだ。
どうやら本当に知らないらしい。
「何回か目撃されて噂になってるよ。開拓者には、隠蔽魔法が効きづらい人もいるだろうし」
この魔術師は恐らく単独で樹海の調査をしていた。それだけの実力が彼女にはあるということだ。
樹海をひとりで歩く女が目撃されれば、それは開拓者の噂にもなろうというもの。
少し考えた後、ようやく思い至ったようだ。
「あ、あー……。いや、そういうんじゃなくて。あたしの素性とか」
「全然知らない」
「そうか……」
グルイーザは気の抜けたような表情をした。
モリアに対する警戒心が、少し薄れたように思える。
「あたしはまあ、迷宮を研究している魔術師の一族、みたいなもんだ」
「素性が知れると、色々と面倒そうな一族だね」
「理解が早くて助かる。でも――」
迷宮の知識に長け、しかも稀少な魔術師。
そんな者が複数人いる一族ということか。
迷宮で儲けることを考える貴族や裏社会の人間に知れたら、一族ごと拉致されかねない。
世の魔術師はだいたい権力を伴っているのでそんな心配は無用なのだが、彼女の一族はそうではないということなのだろう。
「――この街の状況次第じゃ、もうコソコソ活動する意味も無いかもな」
「この街の人間が、他所に脱出するのは難しいってことかな?」
もしも、街を取り巻く樹海が常人には通行不可能なほど危険な状態であれば。
もはやグルイーザの一族を狙うどころの話ではない。
そうなれば彼女は自分の正体を隠すことに、そこまで気を使う必要はなくなる。
皮肉なことに街が危険であればあるほど、グルイーザは伸び伸びと活動できるわけだ。
もっともそれは、彼女自身に今の状況を生き延びる力があればの話である。
状況がはっきりしない以上、それはまだ誰にも分からない。
「かもしれねーな。それを調べるには外に出るしかない」
隠蔽魔法を使っていたのは、旅の最中に自身を厄介事から遠ざける意味もあったのだろうが、もうグルイーザは旅人とはいえない。
樹海に飲まれた街の、運命共同体の一員だ。
それに樹海を単独で歩いていたような人間を、どこの誰が
「ところでどうやって河を渡ってたの? 水の上を歩いたりとか?」
「ねえよそんな魔法。偽の白鉄札提げて開拓者用の船に乗るだけだ」
ほとんどの人間には隠蔽魔法が効くから、それで通るのか。
……互いの自己紹介はこんなものだろう。
本題は街の状況についてと、互いに手を組むか否か。
後者はそんなに結論を急がなくてもいい。
まずは街の状況を知りたいとモリアは考える。
モリアはグルイーザに、城壁回廊から見た光景について伝えた。
「そんなふうに、ぐるっと街の周りを樹海が囲んでいるんだ。河のあった北側だけはすぐ間近に。他の方角は、周囲の畑がある程度残されている」
「実際見たお前の印象では、何が起きたと思う?」
「急に樹が生えてきたか、あるいは樹が移動してきたか。どっちも無理があるかなあ」
「…………」
「北側の塔の見張りによれば、樹海は忽然と現れたらしいんだよね。例の地響きみたいなのと同時に」
「そっちか……」
「心当たり、ありそう?」
グルイーザは額に手を当てると、前髪をかきあげるような動作と共にローブのフードを脱いだ。
目映ゆい黄金の髪があふれ出る。
後ろ髪はローブの中に収まっているようで、今見えているよりもかなり長いのかもしれない。
「東方辺境の地下迷宮じゃ、こんな話がある。数百年前の村の遺跡が、何故か地下深くで見つかったんだ。しかしその場所に行ってみても、誰もその遺跡を再発見できなかった」
「そういえば、小さい頃にそんな話を聞いたことがあるような気がするな……?」
首を傾げ、モリアは記憶を掘り起こそうと試みる。
「まあ、何十年も前の話だ。それに、発見した奴は《ホラ吹き》ラゼルフとか呼ばれている胡散臭い冒険者だったとかで、そのうち誰も信じなくなったそうだ」
「ああ……」
モリアは急にげんなりとした顔付きになった。
「なんだ? どうかしたか?」
「いや、なんでもない……続けて」
「……東の迷宮の話が実話かどうかは置いておく。古代の魔法で造られた迷宮とは、擬似的な生き物だと考えてくれ」
「生き物……」
アニーがぽつりとつぶやいた。
ずっと黙ってはいたが、どうも夢中になって話を聞いているようだ。
モリアは孤児院の面々を思い出し、アニーの将来が少し心配になる。
親父さんは聞こえてはいるのだろうが、我関せずといった感じで厨房での仕事に戻っていた。
「今回の出来事は、未発見の北の迷宮が原因ってことでいいのかな?」
「未発見じゃないぜ。あたしはもう見つけた」
その言葉に、モリアは驚きグルイーザの目を見つめる。
黄金の魔術師は、その視線を真っ直ぐ受け止め言葉を紡いだ。
「この樹海そのものが……いや、今となってはこの街すらも――」
古代帝国の伝承に残されたその迷宮の名を、彼女は口にする。
「北の迷宮――《セプテントリオン》の一部だ」