ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第14話 アンデッド

「この人だけ、ってことはないだろうねやっぱり……」

「感染して増える魔物だからな」

「何か気を付けるべきことはあるか?」

 

 レミーの質問に対し、グルイーザが説明する。

 

「ゾンビの体液が怪我などから体内に侵入した状態で死亡すると、そいつもゾンビになる可能性がある」

「ほう……」

「噛まれたら終わり、ってわけじゃないんだね」

「それは吟遊詩人とかが大げさに語ってるだけだ。身体には良くないだろうから、噛まれないに越したことはないがな」

 

 続けて、戦闘の心得についての話となった。

 

不死者(アンデッド)の強みは、負傷や痛み、恐怖への耐性だな。生き物と違って『怯む』ということがほとんどない。総じて知性は低い。もちろん何事にも例外はある。そして――」

 

 グルイーザは迷宮の魔物と戦った経験があるのだろう。

 必要な知識だけを、具体的に教えてくれる。

 

「頭を潰す、あるいは首を刎ねる。それか心臓を刺せば死ぬ」

「急所への攻撃は効くんだな?」

「生物的な意味では効かない。頭部と心臓は魔術的な意味合いが強いんだ」

「なるほど。それなら生者と変わらないから問題ない」

「そんなことあっさり言えるの、お前くらいだけどな……」

「僕の飛礫じゃどっちも難しいね。近付いて戦うしかない」

 

 先程のゾンビは開拓者なので軽装だったが、これが衛兵とかだと鉄の兜や鎧で武装していることも多い。

 人間なら倒しようはあるが、ゾンビだとひと手間かかりそうだ。

 

「神官でも仲間にしとけば良かったかな」

 

 神官の使う神聖魔法は不死者に対して高い効果を持つ。

 世の治癒師はだいたいが神官だ。

 つまり治癒師が居れば楽だったのだが。

 慎重に人選をおこなおうとしたことが、裏目に出てしまったか。

 

「第一拠点、不死者の巣になっていたりしないだろうな?」

「それ、物語とかだと定番の展開なんだよね……」

「ゾンビの感染力がそんなに強かったら、東の迷宮の魔物とか全部アンデッドになっちまうだろ。実際はそこまでたいしたもんじゃねーから、妙な心配すんな」

 

 更に北へと進む。

 次に遭遇したのは四足獣の群れだった。

 

「数は五体……全部ゾンビだな」

「レミー、グルイーザの護衛お願い」

「承知した」

 

 防具を身に着けない獣であれば、条件は普段とさほど変わらない。

 近付いてきた獣のうち、三体は石礫(いしつぶて)の着弾と共に頭蓋を割られ活動を停止した。

 

 だが、一体は頭部へ攻撃が命中したものの、怯まずこちらに向かってくる。

 通常の獣なら即死とまではいかずとも、動きを止めてしまうほどの痛手のはずだ。

 ショートソードを抜いて、すれ違いざまに一撃を加える。

 首を半分以上斬り裂かれた獣は、そのまま転倒して動かなくなった。

 

 残る一体はモリアを避けてレミーのほうに向かい、返り討ちに()って地面へと沈む。

 

「怯まないというのは存外厄介みたいだな。認識を改めよう」

「動きを止めるなら、急所より手足とかのほうが良かったかな?」

 

 グルイーザは戦闘中、モリアの戦い方を観察していた。

 

「モリア。お前の投石、目標に当てるだけならどのくらい飛ばせる?」

「当てるだけ? それなら百メートルは超えると思うけど、攻撃として成立するのは三十メートル程度までだよ」

「ん。把握した」

 

 味方の戦力を把握するのは大事なことだ。

 その一方、会ったばかりの者に手の内を明かさないのも当然といえる。

 モリアはグルイーザの魔法を直接戦力として当てにはしていない。

 何が出来るのかも分からないし、索敵や識別の魔法、迷宮や魔物の知識だけでもかなり助かっているからだ。

 

「人間と獣のゾンビ……複数種同時なんて珍しい。思ったより感染力の強いタイプかもしれねえな」

 

 

 

 

 出発してから一時間ほどは経っただろうか。

 第一開拓拠点がライシュタットと共に樹海の奥に飲まれているなら、じきに到着する頃だ。

 

 先頭のモリアが手で合図をしてから足を止めた。

 後ろのふたりも前方の気配を探る。

 

「人の気配……多いな」

「今度は間違いなく人間だぜ。着いたんじゃねえの」

「仮に第一拠点が無事だったんだとしてさ。樹海から僕たちが出てきたら相手はどう思うかな」

 

 グルイーザとレミーは顔を見合わせた。

 先程遭遇した開拓者のゾンビは、ほぼ間違いなく第一拠点の被害者だろう。

 樹海の奥から人間の姿をした者が出てきたら……。

 

「少し先行する。ふたりは樹の後ろに隠れながらゆっくり進んで」

 

 モリアはざくざくと草を掻き分け、樹々の間を進む。

 後ろに続くふたりは樹木の陰から陰へ、身を隠しながら移動した。

 

 簡易的な防護柵が視界に入る。

 第一開拓拠点の南側は河川港だ。そのため強固な防護柵は南側には存在しない。

 続いて人影が見えた。弓を構えている。

 距離は約百五十メートル。

 既にロングボウの有効射程距離内だ。

 今叫んでも、言い終わる前に矢が着弾する。

 

 軽い放物線を描いて瞬時に目前まで迫った矢を、横に踏み込んで躱す。

 続けざまに叫んだ。

 

()たないでください! ()()()ます!」

 

 その言葉で意図は伝わったようで、即座に(つが)えられていた二の矢を放つことなく、射手は動きを止めた。

 

「ライシュタットから来た開拓者です! 全部で三人居ます!」

 

 攻撃の意思が無いことを示すために両手のひらを相手に向け、モリアはゆっくりと前に進む。

 射手の周りには数人の衛兵と開拓者が集まり、向こうからもこちらに駆け寄ってきた。

 

「本当に街から来たのか! すまねえ! 射っちまって!」

「予想していたので大丈夫です。拠点の人たちは無事ですか?」

「二割くらいやられちまったが、あとは生きている。詳しい話は中で」

 

 モリアの質問に年配の衛兵が答えた。

 レミーとグルイーザも、樹木の陰から出てきて合流する。

 防護柵の向こうには河川港の設備が広がり、その奥には第一開拓拠点がかつての姿のまま存在していた。

 

 

 

 

 知らせを聞いて集まってきた者たちの中には、第三拠点で一緒だった衛兵や黒鉄札も居る。

 

「モリアにレミーじゃないか! 街はどうなってる!?」

「これから説明します」

「お、お前ら……おれたちを助けに来てくれたのか?」

「ごめん。頼まれてたお酒とツマミ、買ってくるの忘れてたよ」

 

 モリアとレミーの肩を叩き、黒鉄札の仲間たちは再会を喜んだ。

 そこに第一拠点を預かる衛兵の隊長がやって来て、モリアたちに告げる。

 

「よくぞ無事に辿り着いてくれた。話は中で聞こう」

 

 元第三拠点の隊長や、自由開拓者の代表と思われる白鉄札も数人加わり、拠点中央の建物へと向かった。

 

 

 

 

「まず、今何が起こっているのか、我々に教えて欲しい」

 

 室内のテーブルの席には衛兵ふたり、白鉄札ふたり。

 そしてモリアたちのパーティ三名が座り、他にも何人かの幹部らしき人物が周りで話を聞く。

 

「はい。エメリヒ組合長はライシュタットの街が『北の迷宮』の影響によって、樹海の奥地に飲み込まれてしまったと考えています。第一開拓拠点も同様でしょう。街と第一拠点の位置関係は、以前とほぼ変わりません」

 

 室内がざわめいた。

 エメリヒの考えというのは元の事実とはやや異なるが、今はそう考えているという意味なら別に嘘ではない。

 それに、こう言ったほうが一番早いだろう。

 何故そういう考えに至ったかという話も全て省略できる。

 モリアは「後はエメリヒに訊け」と、説明を丸投げしたのである。

 今はそんな悠長なことをしている場合ではない。

 

「河が消えたのでも樹木が生えてきたのでもなく、街と拠点の場所が変わってしまったというのか!?」

 

 信じ難い話であろうが、彼らも信じ難いものを色々と見てきたはずだ。

 否定しきることは出来まい。

 

「そうみたいです。そして、ここから街へは急げば一時間くらいで着きます。街も決して安全ではありませんが、城壁がある分ここよりはマシだと思います」

 

 日没まで三時間。

 急げば今から準備しても間に合う。

 しかし、まだ第一拠点の状況が分からない。

 怪我人が大勢居るかもしれない。

 だから、判断は彼らに委ねる。

 

「南に進めば街に着くかもしれないと、派遣した者はひとりも生きて帰ってこなかったのだ。君たちはどうやって……」

「皆は知らぬだろうが、このモリアとレミーは第三拠点で一、二を争う腕利きだったんだ。ウェルゲンを一騎討ちで倒した少年のことは聞いているだろう」

「では、彼が反乱軍を……?」

 

 元第三拠点隊長の証言により、皆は納得したようだ。

 派遣した者たちの無事を聞かないのは、既に死亡を確認しているのだろう。

 ()()()帰ってこなかった、というのは恐らくそういう意味だ。

 

「樹海奥地の獣は河沿いのそれより遥かに手強いのは事実です。しかしここへ来るまでに遭遇した数は少なく、多勢で攻めれば倒せない相手ではありません。問題は――」

 

「ゾンビだよなあ。あれ、どんくらい発生してるんだ?」

 

 突如発言したグルイーザに、皆がぎょっとした。

 普通なら、誰にも名を知られておらずパーティの代表でもない小娘が口を挟めば、咎められてもおかしくはない。

 だが樹海を抜けてきた、たった三人のパーティの一員が只者であるわけはない。

 目つき、声色、何よりその態度の大きさが、その印象に輪を掛ける。

 

 ――これは。

 

 グルイーザが隠蔽魔法で己の存在を掻き消していた真の理由を、モリアは今こそ理解した。

 彼女は目立ち過ぎるのだ。

 あのギルターとはまた別の意味で、強烈な存在感を放っている。

 迷宮を調べる使命とやらは一応秘密の任務なのだろうから、このような天然のカリスマ性は相性最悪、普段は邪魔な才能でしかないだろう。

 

 だが、今この場に於いては――

 

「君は――」

 

「あたしはグルイーザ。魔術師だ。ここの人間の二割がやられたと言ったな。拠点内の生存者は現在百七十二人。そのうち重症者は九人。死んだのは四十人以上か? そいつらはどうなった? 死体を全て確認していないのなら、つべこべ言わずに今すぐここから逃げるべきだ」

 

「な……」

 

 第一拠点の隊長も、他の皆も絶句した。

 拠点内の状況を瞬時に把握した超常の能力、現状するべきことを即断即決で断言する力強さ、何よりその態度の大きさが、周囲を唖然とさせる。

 

「ゾンビの感染力は、たいしたことないって話じゃなかった?」

 

「何事にも例外があるって言ったろ。やべーぞモリア。街からここに来るまでの魔物の妨害、妙に少ないと思わなかったか? 奴ら、拠点の北側に集まってやがる。この群れには、指示を出している(ボス)が居るんだ」

 

 その説明を聞いた皆に戦慄が走る。

 しかし考えようによっては好機だ。

 拠点の南側が手薄になっているという今なら、脱出は容易だろう。

 樹海の死地を何度も潜り抜けている歴戦の猛者たちは、その事実にすぐ気付く。

 

「怪我人や商人たちを、いつでも動かせるよう準備しておけ!」

「はっ!」

「おう!」

 

 室内から何人かが出ていった。

 群れのボスと聞いて、モリアは先日戦った鬼猿を連想している。

 だがあれは同種の獣のうちで、群れを率いる個体でしかない。

 今回の相手であるゾンビには人間もいれば獣もいた。

 ゾンビのボスとはなんだ?

 最悪の想像が脳裏をよぎる。

 

「グルイーザ。そのボスってのはさ、もしかして……」

 

 そして黄金の魔術師は、最悪の想像を肯定する。

 

「魔物の上位存在――《迷宮守護者》だ」

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