ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第2話 飛礫

 河を渡る船が出るのは明朝とのことで、一晩この街で過ごさねばならなくなった。

 野宿で問題ないが、このように人の多い街だと寝る場所を探すにも苦労する。

 

 一度、街の外に出ようと外壁に向けて歩いたのだが、城壁の門は閉められた後だった。

 衛兵に聞くだけは聞いてみる。

 

「野宿できる場所? 宿に泊まる金が無いのか?」

「ああ、宿ですか……」

 

 ここにはモリアが暮らしていた街と違い、開拓者向けの宿があるのだった。

 完全に失念していた。

 宿屋のある場所を聞くと、開拓者組合のそばの通りが一番多いとのこと。

 それはそうかと納得する。

 衛兵に礼を言うと、もと来た道をまた戻ることにした。

 

 主要の通りと交差する道にも、色々な店があるようだ。

 商店と異なり、中の様子が分からない店も多い。

 食事処か、あるいは宿屋の可能性もあるだろう。

 

「モリア!」

 

 適当に見て回ろうかと思った矢先に声をかけられた。

 聞き覚えのある少女の声。

 馬車に乗り合わせた親子連れの娘のほうが、店の扉を開けてこちらを見ている。

 名前は確か――

 

「こんばんは、アニー。もしかしてこのお店って」

「うん、私の家だよ。モリアは何してるの?」

「宿を探しててね」

「じゃあ、うちにしていきなよ。お父さん、お客様!」

 

 見れば看板には『アニーの宿』と書かれている。

 娘の名前を店名にしているようだ。

 子供は気にしないかもしれないが、大人になったら複雑な気分になるかもしれない。などとモリアは考える。

 随分と強引な客引きに捕まってしまったが、別に断る理由もない。

 

「お邪魔します」

 

 アニーが開けてくれた扉を通り、店内へと入った。

 広々とした空間に並ぶテーブルと椅子。

 想像していた宿屋の受付とはどうも違う。一階は食堂なのかもしれない。

 カウンターの奥から店主らしき男が顔を覗かせた。

 

「君は馬車で会った……」

「今日の宿を探していたんですが、部屋は空いていますか?」

「ああ、空いているよ。しばらく留守にしていたから、誰も客が来なくてね」

 

 とりあえず寝る場所は確保できた。

 確かに、店内に居る客はフードをかぶったローブ姿の人物がひとりだけのようだ。

 モリアよりも若干小柄で細身。若い女性と思われた。

 

 ――多分、関わらないほうがいい。

 

 モリアは、その人物には気付かない振りをした。

 アニーに食事を勧められたので、注文して食べていくことにする。

 ほどなくして、食事を終えたローブの女は宿の奥へと消えて行った。

 上階が客室なのだろう。

 

 女が去ったテーブルを見ていると、その視線の先を追ったアニーが、急に気が付いたように空いた食器を下げに行く。

 まるで、今までそこに居た女の存在を忘れていたかのように。

 

「なるほど……」

 

 開拓街には色々な人間が居るものだ。

 ひとり納得したモリアは、自分の食事に集中することにした。

 

 

 

 

 翌朝、支払を済ませて宿を発ったモリアは街の北側へと向かった。

 開拓地である北の大樹海に向かうには、街の北側を流れる河を船で越えなければならない。

 特例開拓者の証である黒い鉄のプレートを首にかける。

 

「すみません、乗せてください」

「あ……? オメエ、特例なのか?」

 

 特例開拓者は犯罪者などが多いことから、衛兵に連れられてくるのが普通だ。

 ひとりで現れたモリアを船の人間たちは訝しんだが、すぐにどうでもよくなったようだ。

 こんなところで働いていると、変わった出来事などごまんとあるのだろう。

 

 船に乗り込み、北の樹海を目指す。

 

 孤児院の同居人を全員飲み込んでしまった樹海と聞けば極めて危険な場所とも思えるが、その一方で大勢の開拓者の仕事場でもある。

 あまり奥に行き過ぎなければいいのだ。

 しかしモリアの目的も、開拓そのものの目的も、樹海の奥に進むことではあるのだが。

 

 船上から水面を眺める機会などなかなか無い。

 自由開拓者であれば頻繁に往復するのかもしれないが、特例開拓者は樹海に潜ったまま働くのだ。

 あるいは特例の者たちにとって、それは最後の平穏なひとときだったのかもしれない。

 

 船は、河の北岸――『第一開拓拠点』へと到着した。

 

 樹海の木々を伐採して造られたこの拠点は、ちょっとした村程度の規模がある。

 船で物や人を一度に運べる量には限界があるので、樹海で得た資源をここで売買したり、自由開拓者たちが寝泊まりするのにも利用される。

 

 ただしここは河の北岸。樹海に住まう危険な生物たちの領域だ。

 王国の過去の記録でも開拓をあきらめ、拠点を放棄したという話があるという。

 だが今の時期は百年に一度程度の周期で巡ってくる古代迷宮の活動期でもあり、それと開拓は無関係ではない。

 

 ――『迷宮』。

 

 古代帝国時代に造られたというそれらの遺跡は資源や財宝の宝庫であり、迷宮を抱える土地の領主ともなれば繁栄を約束されたようなものである。

 

 あるのだ。

 この樹海にも、迷宮が存在するという噂が。

 古代の技術で巧妙に隠された迷宮は発見が極めて難しいが、百年周期の活動期には比較的それも容易になる。

 

 樹海開拓は、そんな夢のような話のためだけにおこなわれているわけではもちろんない。

 それはついでのようなものだ。

 一攫千金を狙う凄腕が自由開拓者に大勢志願すれば、それだけ樹海の開拓も容易になる。

 そういった現実的な狙いのほうが、ライシュタットの街にとっては主流の意見だろう。

 

 もちろん、馬鹿げた夢を追う側の人間もいる。

 孤児院の面々の顔を思い出し、モリアは溜息をついた。

 

「特例はこっちだ。そこのお前も、ボサッとするな」

 

 自分が衛兵に呼ばれたことに気付き、黒鉄札(くろがねふだ)の特例たちの後に続く。

 

 モリアはこれでも衛兵に気を使われているほうではあるが、樹海の奥に行けば犯罪者も一般人も変わりあるまい。

 それに、ここに居る犯罪者たちはどうせたいした罪を犯してはいない。

 本当に危険な犯罪者なら、ある程度自由に動けて武器も持てる、特例開拓者になどなれるはずがない。

 実際モリアの装備もそのままだ。

 既に河を渡った以上、丸腰の人間がまだ混ざっているほうが問題ではないかとすら思える。

 

 第一開拓拠点の北端、樹海の奥へと続く道の前に集合した。

 防護柵の内側ではあるものの、この辺りにはまだ大きな樹がまばらに生えたままだ。

 後から切り倒すつもりなのかもしれない。

 

「『第二開拓拠点』はここから三十キロメートル北だ。もたもたしていたら日没には間に合わん。すぐに出発するぞ」

 

「キロメートル……とはなんだ?」

 

 質問をした声の主に皆が注目する。

 他の特例よりも背が高い男だった。この中で一番の身長かもしれない。

 黒い髪に鋭い目付き、そして衣服の上からでも頑強な身体の持ち主であろうことが見て取れた。

 

 開拓者組合の受付に居た男も大柄ではあったが、あの親父とは異なり引き締まった細さも併せ持っている。

 また、その肌は日に焼けたような褐色肌で、男の精悍さを際立たせてもいる。

 まるで、野生の猛獣がそこに立っているかのようだった。

 

 衛兵の舌打ちが聞こえた。

 

「異民族か……。そんなことから説明している時間は無い。後で誰かに聞け」

 

 異民族とは勝手な言い草だとモリアは思う。

 この地は遥か昔、様々な外見の種族が住まう一大帝国だった。

 今の王国が興るにはそれなりの理由もあったろうが、いつの間にか王国の主要民族の人口が増え、他の種族、民族は消えていったのである。

 王国が苛烈な圧政を敷いたとか、そういう背景があるわけではない。

 自然と、そうなっていったのだ。

 

 タン!という乾いた音が響く。

 

 音の方向に皆が注目すれば、モリアが大きな樹の表面に拳の底を当てている。

 樹を叩いたにしては妙な音だ。

 皆がそう思った中、黒髪の大男だけは険しい目でモリアを睨み、警戒心を(あらわ)にしていた。

 それに構わずモリアは、大男に声をかける。

 

「メートルというのは王国が採用している長さの単位だ。地面からこの高さまでが(いち)メートル。キロはその千倍を表している」

 

 それを聞いた大男は、モリアが自分に説明するためにその行動をおこなったのだと理解した。

 

「なるほど……しかし千倍というのは途方もないな。そんな長さが分かるものなのか」

 

「いや、適当だよ。森林内を日の出ているうちにゆっくり進むとだいたい三十キロメートル。経験則でそう言っているに過ぎない」

 

「……よく分かった。礼を言う」

 

 飲み込みが早い。

 この男は頭も切れるようだ。

 

 モリアは樹から短剣を抜くと、腰の鞘へと仕舞う。

 そこで初めて周囲の人間は、先程の音が樹木を短剣で貫いた音だったということに気が付いた。

 そんなことが、可能なのだろうか?

 樹海の樹について知らない者は、意外と柔らかい樹なのかもしれないと考え、樹海の樹について知る者は、幹が腐っていたのかもしれないと考えた。

 そしてそれ以上は特に気にすることもなく、北の第二開拓拠点に向けて出発した。

 

 モリアは集団の後方に続きながら、黒髪の大男に声をかける。

 

「僕はモリア。あなたの名前は?」

 

「俺は……レミー」

 

 ――レミーか。覚えておこう。

 

 衛兵は五人。特例は十三人。

 先の質問が出たとき、この集団の実力を測るいい機会だと思った。

 短剣を抜いたことに気付いたのはレミーだけだった。

 そして、その威力についても正しく把握されていた。

 レミーは今、武器を所持していない。

 だからこそ、あの警戒心。

 樹木を貫いた短剣の威力は見れば分かることだが、その前――

 本気の速度で抜いた短剣の動きに気付く者が居るなどとは、予想していなかった。

 開拓地には色々な人間が集うものだと、モリアは思う。

 

 樹海の奥へと、一行は進んでいった。

 見た目はむせ返るような緑の大樹海。

 しかしその匂いは意外と落ち着いている。

 ひんやりとした空気のせいだろうか。

 木漏れ日は僅かな暖かさを伴い、森の奥からは木々の葉がざわめく音に紛れ、獣とも鳥ともつかないような鳴き声が響いてくる。

 

「何故、お前のような者が特例に?」

「ちょっと人を探していてね。志願したんだよ。レミーは?」

 

 レミーが何者なのか、是非聞いておきたかったので渡りに船と質問を返す。

 

「なるほど、人探しか。俺も似たようなものだ。樹海に入る伝手を探していたら商人に紹介されてな。志願者の武器や荷物は全て預ける決まりなのかと思っていたが、お前を見るとそうでもないようだな」

 

 ――ああ、タチの悪いのに騙されたのか。

 

 なんと声をかけたものか。

 その条件なら、普通に自由開拓者になれたはずだ。

 自由開拓者になっても、その後苦労したかもしれないが……。

 しかしこの男は犯罪者でもなければ、借金で身を持ち崩すようなタイプでもないようだ。

 それが分かっただけでも収穫といえよう。

 

「樹海を出たら取り返しに行くかい?」

「武器も路銀もたいした額ではない。開拓者になれたのは事実だ。授業料と思っておこう」

 

 王国の街で生きていくには善人に過ぎるのではないか。

 だがそれを貫き通すだけの力が、この男には備わっているようにも思える。

 彼は決して間抜けだから騙されたのではない。世間を知らなかっただけだ。それはこれから改善していけばいいだろう。

 

 ……荷物と路銀を盗られただけで特例というのはおかしい。

 恐らく偽の証文であるとか、そういうものが条件になっているはずだ。

 

 ――樹海を出たら、やることが増えたかも。

 

 モリアはその考えを、そっと心に仕舞い込む。

 

 

 

 

 日は傾きつつあった。

 一行はなかなか良いペースで進んでいる。

 船の移動分もあったので出発はやや遅かったが、これなら日没までに第二開拓拠点に着くだろう。

 

 異変を真っ先に感じ取ったのはモリア。続いてレミーだった。

 殿(しんがり)を歩く衛兵の長に振り向いて声をかける。

 

「隊長さん、樹海の獣です。周囲を囲むように動いている」

「ああ……?」

「確かに居るぞ。こういうときはなんと言うのだったか。ああ……、百メートル以内まで近付いているな」

 

 レミーの正確な距離感覚にモリアは内心感嘆する。

 今朝覚えたばかりの知識ということを踏まえれば、モリア以上の空間把握能力だ。

 

「小僧、怖いのは分かるがこの樹海に獣なんていくらでも居る。奴らは賢いからこうして大勢で歩いていれば、そうそう襲っては来ない」

 

「……………………」

 

 モリアは反論せずに黙って聞いていた。

 話を聞いていた特例たちの反応は様々。

 嘲るように鼻で笑う者も居れば、怯えたように周囲を警戒する者も居る。

 腰の小剣(ショートソード)を鞘ごと外し、レミーに差し出す。

 

「お前はいいのか?」

「この程度なら必要ない」

 

 レミーは頷いて小剣を受け取った。

 

 バサッ……という音と、何かを潰すような音が列の前のほうから響いた。

 

「う…………?」

「うわあああぁっ!!」

「ぎゃあああああ!!!」

 

 列の先頭から次々に悲鳴が上がる。

 だが、後方からは何が起きたのかよく分からない。

 隊長が状況を確認するため怒鳴ろうとしたとき――

 

 前方のモリアが、身体を回転させた。

 足を斜め後方に踏み込み、上体を回し、腕を隊長に向けて振り抜く。

 

 空気を斬り裂くような轟音が隊長の耳許を掠め――

 

 バシャリ、という湿った音が後方で響いた。

 

 続いて落下音。

 犬猫くらいの大きさの動物が、地面に落ちた音。

 咄嗟に振り向いた隊長が見たのは、巨大なムササビのような獣が頭部を砕かれ、地面に落ちている光景だった。

 

「まだ来ます! 伏せてください!」

 

 衛兵たちとて、樹海の死地を幾度かは潜り抜けた者。

 殿を務めるふたりの衛兵は咄嗟にその場に伏せた。

 

 そして、レミーはそれを見た。

 モリアがその手に握っているのは、()()()だった。

 樹海の道、その辺りにいくらでも落ちている……ただの石だ。

 

 投石術――《飛礫(つぶて)》。

 

 原初の狩りの技術。

 弓矢などの道具を必要としない、人間の身体的特性をこの上なく活かした戦技。

 

 大気を斬り裂き唸りを上げる飛礫は、集団の二十メートル後方樹上に潜む、獣の頭を撃ち砕いた。

 

 直後、集団後方の側面の森の中から、新たな獣の個体が飛来した。

 その個体に狙われた、群れの中でも最も目立つ者――すなわちレミーは、ショートソードを抜くや一閃、獣を真っ二つに斬り裂いた。

 目にした者が固まってしまうほどの、恐るべき剛腕である。

 

 前方の騒ぎは収まりつつあった。

 最初に先頭に襲いかかってきた三体の獣は、衛兵や特例によって袋叩きに合い絶命した。

 最初に襲われた衛兵一名、特例二名の計三名が死亡。

 続けて襲われた三名が重傷だった。

 

 後方を襲った三体の獣は全て一撃で倒され、死傷者は出なかった。

 隊長は状況を見て手早く判断を下す。

 

「怪我人は二人一組で運べ。死者は……置いていく」

 

 同僚を失った衛兵たちは苦い顔をするものの、強く反論は出来ない。

 一行の生存者は現在十五名。

 そのうち怪我人とそれを運ぶ者を合わせると九名。

 残るは四人の衛兵とモリア、レミーだけだ。

 

「な、なあ……。お前、投石術を使うんだろ? 戦争の物語じゃ、投石の達人は大軍をも蹴散らしたっていうじゃないか。なんとか出来ないのか……?」

 

「それは作り話です。飛礫(つぶて)の有効射程距離は長弓(ロングボウ)の十分の一。今の獣に包囲されたら、それを崩すのは困難です」

 

 もし今と同じ獣の群れに近距離まで迫られたら、この人数を守ることは出来ない。

 それはつまり、モリアとレミー以外の全員の死を意味していた。

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