ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第20話 第一章最終話・開拓者

 ゾンビの大軍も樹木兵も、灰のように崩れて消え去ってしまったらしい。

 街の北側の樹海は少し削られ、城壁もかなり損傷した。

 モリアが迷宮守護者を倒したことで、操られていた魔物も全て消えたのだと、グルイーザは兵たちに説明する。

 モリアとレミーは、壁上の兵や開拓者が上げる歓声に迎えられた。

 

 街中に戻ると皆から話を求められたが、後でエメリヒに聞くようにと丸投げする。

 グルイーザは宿に帰ってしまったようだ。

 仕方なく、レミーとふたりで組合に報告に向かう。

 

 エメリヒは街の議会に出席しているらしい。

 戻るまでギルターの仕事を手伝うことにした。

 夜にはアンデッドの軍勢を退けた祝いに、組合の広間でささやかな酒宴がひらかれる。

 ささやかとはいえ開拓者たちは大いに騒ぎ、酒を飲まないモリアはしばらく退屈な時間を過ごす羽目になった。

 

 

 

 

 アニーの宿に帰ると、レミーも宿泊の手続きをする。

 宿泊客が増え、店主も上機嫌だ。

 

 ふたりで二階に上がると、不機嫌そうな顔の魔術師が出迎えた。

 

「遅い。いつまでほっつき歩いてんだ」

「ごめんごめん。グルイーザが説明してくれれば報告も早かったのに」

「…………まあ、そのうちな」

 

 軽い言葉の応酬を済ませると、グルイーザはモリアの部屋を指し示す。

 普段は親父さんやアニーの前でもべらべらと機密を喋ってしまう彼女ではあるが、もう少し突っ込んだ話をしたいのだろう。

 レミーと三人で部屋に入った。

 

「それで、ありゃあいったい何者だったんだ?」

「セルピナについては、僕が居た孤児院のことから話したほうがいいかな」

 

 グルイーザは備え付けの椅子に勝手に座り、レミーは壁に寄り掛かって腕を組む。

 モリアも寝台に腰掛けた。

 

「院長のラゼルフが、樹海を踏破するためのパーティを育ててた話は前にしたよね」

「俺は初めて聞くな」

「ラゼルフって《ホラ吹き》ラゼルフか? それは今聞いた」

 

 ふたりの反応は無視して話を続ける。

 

「ラゼルフは迷宮に長期間滞在した生物が魔物化する仕組みを研究し、その力を利用しようと考えていた」

「出だしからロクでもねえな……」

「どのように利用するんだ?」

 

 レミーの質問に答える。

 

「グルイーザの呪石魔法と同じように、魔除けの札(アミュレット)に術を込める魔法があってね。その中に、魔物を封じ込めて使役する『魔導護符』と呼ばれるものがある」

「それは迷宮の外でも使えるのか?」

 

 今度はグルイーザが説明した。

 

「外ではほとんど役に立たないな。呪符魔法は今でも使われているが、魔導護符は失われた技術だ。迷宮から出土するものしか現存しない。もしかして、それをなんとかしちまったのか?」

 

「ある意味そうかもね。ラゼルフが使ったのは魔導護符の力を人間に移植する技術。つまり()()()()()()だ」

 

 会話が止まった。

 ふたりとも、黙ったままモリアのことを見ている。

 様々な憶測が、頭の中を巡っているのだろう。

 やがてグルイーザが口をひらいた。

 

「それは禁忌の研究だ。王国史上、人工的な魔物化の実験を成功させた奴は居ない。注入された迷宮の魔力に耐え切れず即死するか、それに耐えるほどの肉体があっても拒絶反応で程なく死ぬ。獣でも、そして……人間であってもだ」

 

 グルイーザからは怒りが感じられた。

 そのような非道な実験など許されるものではない。

 話を聞いているレミーも静かに目を細める。

 

「古代帝国の技術を再現しようとしたんじゃなくて、多分抜け道を見つけたんだよ。ラゼルフは」

「抜け道だぁ?」

 

 モリアの口調はいつもと変わらない。

 グルイーザはそれにも苛立(いらだ)ちを覚えるようだ。

 その怒りはモリア自身に向けられたものではないが、何故平然とそんなことを話せるのかと、そう言いたいようだった。

 

「魔物化の拒絶反応が出るのは大人だけだ。()()()()()()()()()()()

「…………!?」

 

 それを聞いたふたりは目を見開いた。

 それでは、ラゼルフという男が孤児院を経営していた目的は――

 

「馬鹿な! 子供を実験台にすることなど、先人がとうに試して失敗している!」

 

「それだと即死するから、真相が分からなかったんだろうね。魔物化の実験に耐えたのは歴戦の兵士や冒険者、有名な犯罪者くらいという話だから……。肉体か、あるいは精神がそれに匹敵する者でなければ、最初の条件を満たせない」

 

 レミーはそれを聞いて話の仕組みを理解した。

 

「そうか……。子供であるうちに強靭な肉体か精神を得る者。それを育て上げるのが、その孤児院の役割だったんだな。ならば、お前も?」

「さあ、どうだろうね。僕は一応魔物化は断ったんだけどね」

「お前が魔物のはずはない。降魔石はお前に対してなんの反応もなかったんだからな」

 

 グルイーザはそう否定すると、続けてモリアに問い詰める。

 

「孤児院では、何人死んだ?」

「ひとりも死んでないよ」

「は……?」

「どうしてなのか、僕にも分からない。知る限り、調べた限り、実験の犠牲者はひとりも居なかった。途轍もなく運が良かったのか、あるいは僕も知らない要因があったのかもしれない。ただ――」

 

 遠い目をして、モリアは言葉を続ける。

 

「――ラゼルフは戦いが苦手な子供や、実験を拒否した子供に無理強いはしなかった。彼らが十二歳になったら、それぞれに合った働き口を見つけて、遠い街に送り出していた。記憶は……少し消されちゃったみたいだけど」

 

 その研究を否定しつつも、モリアはラゼルフという男を否定はしなかった。

 あるいは育ててくれた恩義から、憎めないだけなのかもしれない。

 レミーが疑問を口にする。

 

「お前は十二を過ぎても孤児院を出なかったのか?」

「僕は実験を拒否したけど、樹海に挑む実力はあるとして、残ることが許された。備えの意味合いもあったと思う」

 

 備え、という言葉の真意がふたりには分からず、次の言葉を待った。

 

「魔物化の研究になんらかの欠陥があれば、ラゼルフ小隊は総崩れになる。人間のままで樹海に潜れる者が必要だった。ラゼルフは人間なんだけど、弱いからなあ……」

 

 そして、恐らくは総崩れになったのだ。実際に。

 グルイーザは更に質問を重ねる。

 

「セルピナという女は、死んでからあの力を得たわけじゃないんだな?」

「そうだね、順番が逆。人の意思を持ったままの者をそう呼ぶかは疑問だけど、セルピナは――いわば生前から《迷宮守護者》だった」

 

 それは名前が示すような、迷宮を護る存在でもなんでもない。

 ただ、その強さと力の由来を基準とするならば、そう呼ぶよりないような(いびつ)な存在だった。

 

「いったいどんな護符を使ったら、あんな強さになるんだ?」

「草木と死を司る神――『ペルセポネ』の魔導護符」

「魔神級の護符じゃねえか……そんなもん、現存してたのかよ」

 

 レミーが確認するように問う。

 

「モリア。お前はこれからも残りの家族を探すのだろう?」

「まさか、そいつらも――」

「行方不明になったラゼルフ小隊……隊長のラゼルフ以外は、セルピナを含めた元孤児の六人。彼らは皆、魔導護符の力をその身に宿していて――」

 

 モリアは淡々と、その事実を告げる。

 

「――六人全員が、《迷宮守護者》だ」

 

 

 

 

 ふたりがそれぞれの部屋に戻ると、モリアは寝台に横になった。

 考えることが多く、なかなか寝付けそうにない。

 だが、心身の疲れは徐々に意識を朦朧とさせた。

 

『――モリア』

 

 耳許で、懐かしい声が聴こえた気がする。

 懐かしいといっても、今朝も一度聴いた声だ。

 

「セルピナ?」

 

『やっと、護符の呪いから解放される。ありがとう……』

 

 ――また、夢か。

 

 自分で手に掛けておきながら、自分の想像上のセルピナにこんなことを言わせているのだから世話がない。

 

『迷宮では、魂はその形をしばらく保てるのね。だからこうして、お別れを言うことが出来た』

 

 罪悪感を鎮める言い訳にも、理論武装が必要ということらしい。

 いかにも自分の夢らしくて、苦笑するより他はない。

 

「フィムが……セルピナの居場所を教えてくれたおかげだよ」

 

『《軍神》フィムブルテュールは戦死者の魂を収集する迷宮守護者よ。本当はモリアの魂を求めていたのかもしれないわ』

 

 そういう見方もあるか。

 それぞれの魔導護符に封じられた魔神にちなんだ呪い。

 あれはモリアの知るフィムではなく、魔神の幻影だったとも考えられる。

 ならば残る四人は、いかなる呪いをその身に受けたのか。

 

『私はもう行くわ。あなたは自分の命を大事にして。でも、余力があったら街の人たちも助けてあげてね』

 

「……分かった」

 

 セルピナとの約束が、増えてしまった。

 

 

 

 

 翌日も組合の仕事を手伝い、日が暮れた頃に宿に帰ってきた。

 宿屋暮らしであることを伝えると組合から日用品を分けて貰えたので、夕食前に部屋へ荷物を仕舞う。

 扉を閉めて一階に戻ろうとすると、廊下にグルイーザが立っていた。

 

 いつものローブ姿ではなく、白と橙色を基調とした妙に派手な服装だった。

 ローブの首元から覗いていたその色合いには見覚えがあり、つまり普段はローブの下にこれを着ていたのだろう。

 

 吟遊詩人や、その歌や音楽に合わせ演劇をおこなう役者たち。

 そういった生業の者たちが着る衣装などと、共通する意匠が見受けられる。

 あるいは古代帝国の物語が記された本の挿絵にもどことなく似ているが、詩人の物語というのは昔の英雄伝説などを語るものであるから、これらの起源は同じものなのだ。

 

 大変に目立つ。

 彼女の仕事は、目立たないように行動するものではなかったのか。

 ローブを着ていれば問題ないといえばないのだが。

 

「あ、もしかして。普段は正体隠すために、旅の吟遊詩人を装っているとか?」

 

 グルイーザは、そんなモリアの言葉に溜息をついて。

 

「……北の辺境じゃ、そういう解釈になるよな」

「?」

「これは東の迷宮から出土した、古代帝国の魔導服だ」

 

 その言葉を聞いて納得した。

 吟遊詩人たちの見掛け倒しの衣装ではなく、なんらかの魔法効果がある、本物のお宝であるらしい。

 

「演劇とかの衣装って、割と史実準拠なんだね」

 

 グルイーザの服ではなく、偽物の再現度を褒めた。

 

「…………モリア、あんまりひとりで抱え込むな。少しくらいなら助けてやる」

「うん、遠慮なく力を借りるよ。これからもよろしく、グルイーザ」

「そんくらい軽口が叩けるなら、大丈夫そうだな」

 

 魔術師は不機嫌そうな表情のまま振り向くと、黄金の髪を揺らしながら自分の部屋の前に戻り、そのまま中へと消えた。

 

 一階に下りると、客は()けた後だった。

 宿の食堂で出される食事は美味いが、この時間に誰も居ないのは、それだけ街の人たちも大変だということだろう。

 店主の親父さんは、片付けを手伝っていた娘に声を掛ける。

 

「アニーも、もう食事にしなさい」

「はーい。モリア、一緒に食べよ」

「私もご相伴にあずかってよいだろうか?」

 

 いつの間にか店内に入ってきた新たな客を見て、親父さんの動きが固まった。

 高価そうな装飾が入った金属鎧、プラチナブロンドの真っ直ぐな髪と鋭い眼差し。

 その女性は明らかに高位、あるいは金持ちの貴族だった。

 このような店と縁がある人種ではない。

 

「あっ! 騎士のお姉さん!」

「やあ、また会ったねお嬢さん。元気そうで何よりだ」

 

 ジーク(なにがし)は、そう言って微笑んだ。

 

 

 

 

 テーブル席の隣にアニー、向かいにはジークが座った。

 並べられた食事の他、ジークの前には酒が注がれた木製のコップも置いてある。

 当たり障りのない会話と食事をしばらく続けた後、ジークは聞きたかったであろうことを切り出してきた。

 

「貴殿のパーティには、《グリフォン()(アイ)》もかくやという大魔法使いが所属しているらしいな」

「はあ……まあ……」

「そして――その者は実力からの想像を絶するような、幼い外見の少女だと聞いているのだが……まさか――」

 

 ジークはアニーを見つめて言った。

 とんでもない誤解だった。

 グルイーザも大人から見れば幼い少女ということなのだろうが、アニーは正真正銘ただの幼い少女である。

 見つめられたアニーは状況がよく分かっておらず、オウム返しに答える。

 

「だいまほうつかい……」

「ジークさん。魔術師というものは詮索を好みません」

「む、そうか。これは失礼した」

 

 ジークはアニーに向けて非礼を詫びた。

 一杯飲んだだけで、もう酔っているのだろうか?

 噴き出しそうになるのを鉄の心で堪える。

 カウンターの奥では親父さんがむせていた。

 

「親父さん、この人に一番いい酒を」

「あ? うん。今持って行く」

「む。私の立場で若人に奢ってもらうというのは……」

「この店で立場を気にするのは野暮というものです」

 

 ジークをからかうのは面白いが、後で怒られそうな気もしてきた。

 酔わせて誤魔化してしまおうとモリアは考える。

 財布には厳しいが……貨幣など、この街でいつまで使えるか。

 

 夜も更け、アニーは部屋に戻り、帰ってきたレミーが店主と何やら話している。

 

「お帰り。レミーも飲む?」

「貰おうか」

「おお、貴殿が噂のレミー殿か」

 

 上機嫌なジークがレミーに席に着くよう促した。

 機嫌はいいのだが、街の上層部に対する遠回しな不満が話の中に垣間見える。

 

 ――この人、周りに本音で話せる相手が居ないんだろうか?

 

 エメリヒ組合長によれば、ジークはこの街の貴族ではないそうなので、このような状況では苦労も多いのだろう。

 だからといって、こんな場所で機密事項を愚痴るのは如何なものか。

 一介の宿屋の店主も、聞こえない振りをするのに苦心しているようだ。

 モリアは酔わせた自分のことは棚に上げた。

 

 レミーはなかなか聞き上手で、余計なことは言わずにたまに相槌を打ったりしつつ、ほぼ黙って酒を飲んでいる。

 歳も同じくらいでどちらも剣の達人。

 このふたり、結構お似合いなのではないかとモリアは考えた。

 身分的にも民族的にも壁がありすぎる。

 しかし吟遊詩人の物語とかであれば、そのほうが大いに盛り上がるだろう。

 それにここは王国の誰も辿り着けぬ、北の迷宮セプテントリオンの奥地。

 誰はばかることがあるだろうか。

 

 と、内心で勝手に盛り上がってみたものの、ふたり共そんな雰囲気にはなりそうにない。

 グルイーザの格好を見たせいか、なんとなく詩人の物語を連想してしまったが。

 現実はこんなものであろう。

 席から立ち上がり、ふたりに挨拶する。

 

「じゃ、僕もう先に寝ます。ほどほどにごゆっくり」

 

 あまり際限なくゆっくりされても、親父さんの睡眠時間が心配だ。

 支払いを済ませて店の奥に入ろうとするモリアに、ジークが声を掛ける。

 

「エメリヒ殿から聞いたぞ。モリア殿は樹海の真ん中で街の開拓を始める気らしいな」

 

 この状況下で開拓とは、面白い言い回しをするものだ。

 そんな暢気(のんき)なものでもないだろう、とモリアは思う。

 だが……拠点を強化し、畑を守り、樹海に抗おうという試み。

 それは確かに、開拓と言えなくもないだろうか。

 

「貴殿とレミー殿、魔術師殿の三人であれば、樹海から脱出することも可能なのではないか? なのに何故……」

「何故ってそりゃあ――」

 

 三人には目的がある。

 この樹海からすぐに立ち去るつもりはないのだ。

 しかし――

 

「――僕は、開拓者(セトラー)なので」

 

 酔っ払いの相手が面倒になってきたのか、モリアの返答はぞんざいだった。

 

 

 

 

 

 

  第一章 樹海に飲まれるもの  ~完~

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