ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第22話 隠し通路

 街の隠し通路は、実のところ秘匿する意味が今はもうほとんど無い。

 街から少し離れた場所に出るとはいっても、どうせそこは樹海なのだ。

 

 ミーリットはモリアとレミーを、普段の食糧調達用の入り口とは別の場所に案内する。

 グルイーザは例によって留守番らしい。

 貴族街の通りを三人は進む。

 時折レミーに対して好奇の視線が向けられるが、嫌な感じの気配はしない。

 大樹の巨兵をも仕留める超常の剣技は、貴族街にも伝わっているようだ。

 やがて一行は、とある屋敷の門前に着いた。

 

「ここが、例の隠し通路の入口です」

 

 屋敷の敷地の隅の方を指さしながら、ミーリットは言った。

 特に偽装されているわけでもない、街の各所にあるような地下への入り口がそこに佇んでいる。

 

「全然隠されてないようだが?」

「これはあくまで入り口ですからね。この先は他と変わらない地下食糧庫のようになっています」

「この街には至る所にそれがあるから、堂々と晒されているこの場所が脱出路とすぐに結び付けられることはない、ということだね」

 

 言いつつモリアは、勘のいい指揮官や盗賊などにはそんな偽装など通じまい、とも思っている。

 先陣を切る雑兵に気付かれなければそれで御の字、程度のものであろう。

 

「それでは、モリア殿、レミー殿――」

「敬称はいらないよ、ミーリット」

「俺たちは同じ小隊(パーティ)の仲間だからな」

「は、はい……! では、モリア、レミー。準備はよろしいですか?」

 

 地下食糧庫に降りるだけ、ではあるのだが。

 ここにも昨日のような魔物が居ないとも限らない。

 三人は油断せず扉をくぐり、階段へと足を踏み入れる。

 下に降りると、そこには他の地下食糧庫と同じような通路が続いていた。

 

「見た目は確かに普通だな」

 

 レミーの言葉に頷くモリアだったが、何か違和感を覚えていた。

 

 ――何だ?

 

 違和感の正体はすぐに分かった。

 空気が違うのだ。

 空気中の魔力濃度が高い。

 モリアは魔法を使う才能こそ無いが、その魔法抵抗力(マジックレジスタンス)は精神干渉魔法を無効化する程の水準に達している。

 魔力の気配を探るのもお手の物だ。

 

「ここの隠し通路は、魔術的な偽装でも施されているの?」

「いえ、そんな話は聞いていません」

「どうやら来た甲斐があったようだな」

 

 ミーリットから街の外に通じる隠し扉の位置を聞くと、慎重に通路を進む。

 途中の扉の奥からは、特に生物の気配は無い。

 そしてついに突き当りまで到達した。

 目の前には装飾の無い金属製の両開き扉がひとつあるだけだ。

 レミーがその扉を眺めつつ聞く。

 

「ここか……?」

「その奥はただの倉庫ですね。こちらです」

 

 ミーリットは壁の煉瓦を押し込んだ。

 すると壁の一部が奥にずれ、新たな空間が現れる。

 

「ここから先が本当の隠し通路です」

「……なるほど」

 

 モリアは壁に見せかけた扉の先を覗き込む。

 生物の気配は無い。

 しかし漂ってくる魔力の発生源はこの先だ。

 樹海奥地では確かに迷宮特有の魔力らしきものが滞留してはいるのだが、それよりも少し濃密なのである。

 

「この先は本来であれば北の大河。地上に出た後に水路で脱出する、というのが元々の筋書きだよね?」

「その通りです」

「ならば今は樹海の手前で地上に出るはずだな。それにしては妙な気配だ」

 

 レミーも異変を感じ取っている。

 

「行こう」

 

 モリアたちは意を決して、開いた扉の向こう側へ進む。

 その先もカンテラ無しには歩けないような暗い道が続いていたが、しばらくするとひらけた場所に出る。

 そこには地上へと続く階段があった。

 

「この上に?」

「いや、多分違う。でも一応見ておこうか」

 

 レミーとモリアの会話の意味をなんとなく察しつつ、ミーリットも特に異を唱えることはない。

 階段を上りきって地上への扉をひらく。

 外へ出てみると、元は河だったであろう場所が樹海と化していた。

 つまりこの場所は元河岸だ。

 街側は切り立った丘のようになっており、向こうからはこの出口の存在を知ることは出来ない。

 船上から河岸を見てもそうと分からぬよう偽装されている。

 物陰には小舟も備えてあった。

 今では無用の長物である。

 

「ちょっと上も確認してくる」

 

 モリアは二メートルほどの切り立った崖を登ると地上の様子を見渡した。

 少し先にライシュタットの街。

 今居る場所は小高い丘になっており、柵が張り巡らせてあった。

 恐らく何処ぞの貴族の私有地ということにでもなっているのだろう。

 一応発見されないようにはなっているが、運が悪ければすぐに見つかるような代物だ。

 それも仕方がない。河川の南側、ライシュタットの周囲はひらけ過ぎている。身を隠せるような場所も無い。

 だからといって河の向こう側の樹海や、南の森にまで脱出路を掘るというのは非現実的だ。

 それこそ地下迷宮のようなものである。

 現在では人力でそのようなものを作る技術は失われてしまっているのだ。

 モリアは崖を降りた。

 

「無いよりマシ、程度のものかな」

「ですよね」

「さて。そうなると妙な気配の出どころは通ってきた路の途中にある、ということか」

 

 三人は頷き合い、出てきた扉を見返した。

 そして隠し通路の中に再び戻る。

 先頭のモリアはカンテラを掲げると、通路の中の壁をつぶさに観察していく。

 

「ここかな?」

 

 魔力の気配が最も濃い場所だ。

 しかし、壁にはなんの仕掛けの痕跡も無い。

 ミーリットも首を捻っている。

 

「壊してみるか。こういうのはグルイーザの出番かもしれんが」

「壁を壊すついでに、本人も生き埋めになりかねないでしょ……」

「あの、でしたら私が」

 

 ミーリットはおずおずと背負った戦鎚(バトルハンマー)を降ろした。

 壁を壊すにはまさに最適な武器だ。

 

「破片が飛ぶと危ないので、少し離れていてください」

 

 本人は危なくないのだろうか? と、疑問に思うが反対するほどのことでもない。

 モリアとレミーは少し下がった。

 ミーリットはハンマーの長い柄を両手で持って水平に持ち上げる。

 手首を軽く曲げるとハンマーヘッドがくるりと回転し、鋭いピック部分が前方に向く。

 

 ――持ち方が短いな?

 

 通路は狭いので、長柄武器(ポールアーム)のリーチを活かした戦い方は難しい。

 それを補うためか、利き手をヘッドに近い部分に添えている。

 しかしそれでは、ポールアーム特有の破壊力は望めまい。

 

 構わずミーリットは壁に向かって力強く踏み込み、腰を回転させて破砕鎚に威力を乗せる。

 その流れるような動きにモリアもレミーも目を見張った。

 先端部が壁に触れた瞬間、轟音と共に通路が揺れる。

 ハンマーピックを中心に巨大な亀裂が壁を走った。

 

 ミーリットはゆっくりと後ずさる。

 石片が崩れ落ち、壁の向こうの空洞からは微かな光が漏れていた。

 

 レミーの剣でも、当然モリアの武器でもこうは行くまい。

 そういえば、彼女はテオドラの部下の中でもジークに次ぐ戦技の使い手という話だった。

 

 ――《小戦乙女》、か。

 

 どちらかというと《小ギルター》かな、という感想は心に仕舞い込む。

 

 治癒師としての腕前を期待されていたはずの新たな仲間、ミーリット。

 彼女が最初に活躍した場面は、巨大な鈍器による破壊工作であった。

 

 

 

 

「これは」

「え、ええっ?」

「……む?」

 

 モリアたち三人が困惑している理由は単純明快だ。

 隠し通路の壁を破壊して侵入した先はどう見ても地下なのだが、明るいのだ。

 カンテラの炎が不要なほどに。

 

「迷宮石……」

 

 その空間は、壁も天井も迷宮石で造られていた。

 迷宮に漂う魔力を素に、薄ぼんやりとした光を放っている。

 決して強い光ではないが、これだけの面積があれば視界にはなんの支障もない。

 

「迷宮石って、古代迷宮の壁とかを構成している光る石のことですか?」

「何故そんなものが、街の地下通路に使われている?」

「ここ、本当に街の一部なのかな。街が転移した先に元からあった通路かもしれないよ」

 

 そういう可能性もなくはない。

 そもそも従来のライシュタットは迷宮ではなかったので、迷宮石を材料に使ったとしても、その効果の恩恵に(あずか)ることは出来ない。

 

「少し進んでみれば分かるかもね」

「そうだな」

 

 三人はゆっくりと歩き出す。

 足元も壁も石畳のように滑らかで、凹凸が少ない。

 やがて広い場所に出た。

 そこは円形の部屋のようで、外周に沿って幾つかの出入り口があるようだ。

 部屋の中央では、怪しげな人工の泉に水が湧き上がっている。

 溢れないところを見ると、水はなんらかの仕組みで循環しているらしい。

 

「いくつか分かったことがある。まず現在地は街の少し北、つまり河があった場所に相当する。深さからいっても川底の下とは考え難いね」

「そんなところに隠し通路を造る技術なんて、いくらなんでも今の時代にはありませんよね」

「そうだね。それに河の位置は地上から見る限り地形が入れ替わってはいない。地下も元からこの場所にあったものと考えるのが自然だ」

「ならばこの通路は街の設備ではなく、セプテントリオンの一部ということか」

 

 北の迷宮――セプテントリオンは自然と混ざり合った樹海迷宮であるというのが現在の認識だ。

 だからといって、人工的な構造物が存在しないと考えるのは早計である。

 

「それからこの部屋だけは壁と天井、発光しているのは全体の半分程度だね」

「光っていない場所は発光石以外の材質か」

「材料を節約したんですかね?」

 

 光量は充分なので、そういう見方もある。

 しかしここは、専門家の意見を伺うべきだろう。

 

「そろそろ出番なんじゃないかな? 我らが魔術師殿の」

 

 

 

 

 一行は街へと引き返して来た。

 まずすべきことは、新たに発見された地下通路が街の設備か否かの確認である。

 エメリヒ組合長には自分で報告するとして、領主方面――つまりテオドラへの報告はミーリットに任せることにした。

 上層部に素早く情報を共有できるので、彼女の加入はそうした面でも助かることになる。

 政治的均衡などは、モリアの知ったことではない。

 しかしエメリヒには義理もあるので、一応その辺りも確認しておいたほうが良いかもしれない。

 

 

 

 組合を訪れたモリアに対し、エメリヒはやや意外な答えを返した。

 

「ああ、領主――テオドラ王女への支援は、私としても望むところなのです」

「そうなんですか?」

「今は街が一丸となって困難に立ち向かうとき。しかし王族という身分に対して表立って異を唱える者はいませんが、内心では快く思わない方もいるはずです」

 

 確かにそうだ。王族だから無条件に優れている、などということはあり得ない。

 街のことを真剣に考える者であればこそ、あのような年端も行かぬ少女に代表を任せることに不安を覚えることもあるだろう。

 だが実際には、ジークリーセのみならずテオドラも侮り難い人物だ。

 決して部下に任せ切りのお飾りの主君ではない。

 分かりやすく実力を示す機会があれば、そうした声は減っていくかもしれない。

 

 中には嫉妬や野心で彼女らを妬ましく思っている者もいるかもしれないが。

 そのような者たちの支持は不要とまではいわないものの、後回しでもいい。

 

「特例第一小隊が発見した地下迷宮と思しき通路に関しては、魔物の進入路たり得るかもしれないということですね?」

「元々の脱出路も今となっては守備の穴です。でも、埋めるのはちょっと待ってもらえませんか?」

「もちろん調査が先です。領主も手配しているかもしれませんが、今は例の屋敷の警備を厳重にする必要があるでしょう」

 

 隠し通路への入り口がある屋敷のことだ。

 誰の持ち物かは知らないが、今後は衛兵や開拓者がぞろぞろ出入りすることになる可能性もある。

 多分街の所有なので、心配する必要も無いかもしれないが。

 

「では、引き続き明日も調査します」

 

 そう言ってモリアはその場を辞した。

 階段を下りた後、ギルターとすれ違う。

 

「よう、隊長さんよ。新しい隊員(メンバー)はまたお前みたいなガキなんだってな?」

「いや、どっちかというとギルターに似ている」

 

 不思議そうな顔をするギルターに笑みを返すと、組合を出て宿へと向かった。

 

 

*

 

 

「なるほど治癒師ね。腕も立つと。しかも知り合ったのはアンデッド戦よりも前だったのか?」

「ハハ……」

 

 アニーの宿の一階、テーブルを囲む四人はグルイーザを含めた特例第一小隊の面々だ。

 ミーリットの紹介を済ませたところである。

 

 暗に「何故もっと早く連れて来なかったのか」と言っているグルイーザに対し、モリアは笑って誤魔化すだけだった。

 顔見知り程度で、貴族の神殿騎士を仲間に出来るわけもない。

 しかし今は出来てしまっているので、何を言っても言い訳だ。

 

「まあいい。お前から預かった魔物の肉片だけどな」

「何か分かった?」

 

 モリアとレミーはもちろん、直接戦っていないミーリットも興味深げにグルイーザの返答を待つ。

 

「あれは『ワーム』といって、地中を移動する魔物だ。モリアの予想通り、街が転移したときに元から地中に居たんだろうな」

「そんなこともあるんですね……」

「対処も間違っちゃいない。確実に死んでるから安心しろ」

「あれは一体なんの生物が進化した魔物なんだ? 虫か?」

 

 虫の魔物だとしたら、あれはいかにも幼虫という外見だった。

 ならば成虫形態とかも存在するのだろうか?

 

「いや、ありゃあな――」

 

 眩い黄金の髪と対照的に、魔術師は表情を曇らせる。

 

「――竜の一種だ」

 

 少しの沈黙の後、再びグルイーザは口をひらいた。

 

「まあ、下位種も下位種。小さいうちなら倒せないこともないだろ」

「成長すると、それこそドラゴンみたいな大きさになるとか?」

「伝承上の話だから、そこまでデカいのが実在するのかはあたしも知らねーけどな」

 

 地中から侵入してくる魔物の前には城壁も役に立たない。

 そんなものが何体も居ないことを祈るのみだ。

 

「今まで見てきた樹海の獣は同一種の群れであることが多かった。ならばそのワームを率いる(ボス)もいるのではないか?」

「恐ろしい予測を立てますね……」

「そんときゃそんときだ。気にし過ぎても疲れるだけだぞ」

 

 前向きなのはいいことだが、もう少し警戒したほうがいい気もする。

 ともあれ、翌日からはグルイーザも調査に参加することとなった。

 解散する段階になっても、ミーリットは帰る様子がない。

 

「あ、私もここに泊まることになりましたので」

「そうなの? 仕事熱心だなあ……」

 

 貴族が泊まるような宿でもあるまい。

 親父さんの心労が少し心配になった。

 ミーリットは良い意味で貴族らしくないので、そのうち慣れてくれるだろう。

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