ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第24話 呪符魔法

 宿に戻ると入り口の前に複数の衛兵が立っていた。

 このような者たちを連れ歩く来客といえば。

 

「あ、モリア帰ってきた!」

「ただいま、アニー」

 

 店内に入ると、そこには予想通りテオドラと――

 その向かいに座っているのは、よりによってグルイーザだった。

 

「おい……モリア、ここ代わってくれ」

 

 モリアはカウンターに向かうと、親父さんの前の席に腰掛ける。

 

「白湯もらえますか?」

「無視すんじゃねえ!」

 

 テオドラの後ろに立つミーリットは苦笑している。

 いったいなんの用事なのか。

 あまり会わせてはいけない組み合わせだと思うのだが。

 

「今日伺いましたのは、グルイーザ様に師事したく思いまして」

「はあ……」

 

 突拍子もない提案に、グルイーザは溜息を返すばかりだ。

 

 ――弟子入りか。

 

 文字通りの意味なのだろうか?

 この姫様の言うことは、どこまでが本気なのか分からない。

 魔法の素養があるのかどうかすら怪しいだろう。

 だが、王族や貴族の人間が魔術師に弟子入りすること自体は不思議ではない。

 グルイーザの態度が騒動の火種になりはしないかと心配するモリアからすれば、王族の師匠という肩書きも悪くないのではとすら思える。

 

「私、ベルーア卿直伝の呪符魔法を使えますから、グルイーザ様の呪石魔法と相性は良いはずですわ」

「……何?」

 

 死んだ魚のような目で生返事をしていたグルイーザの声色が変わった。

 呪符魔法――魔除けの札などに魔力を込めるその魔法は、呪石魔法と共通点が多い。

 力を込める対象が札か石かの違いだけ、というのは乱暴だが、あながち間違いでもないだろう。

 意外、と言っては不敬かもしれないが、テオドラはどうやら真剣に弟子入りする気があるらしい。

 

「それを早く言え。ということは、あのジジイは呪符魔法が使えるんだな? だったら障壁を張る仕事なんてあいつに丸投げして――」

「ま、待って下さいお師匠様。その仕事は私が……」

 

 テオドラの慌てるような声は初めて聞いた。

 そんなことよりも、王女に対してさえ普段の口調で話すグルイーザのほうが驚きだが。

 

「誰が師匠だ。あんたは王女、グリフォンのジジイはあんたの師とはいっても王国の臣下だろう。やらせとけばいい」

「それでは……駄目なのです」

「あーん?」

 

 モリアには思い当たる節があった。

 ここで助け舟を出すことは、開拓者組合にとっても悪くない話だろう。

 

「街の上層部をまとめるために、姫様には実績が必要なんだと思うよ」

「モリア様……」

 

 すがるような目を向けてくる王女とは視線を合わせないようにした。

 グルイーザはじっとりとした横目でモリアを睨んでいたが、やがて根負けしたように言う。

 

「あんたが呪石魔法を使えるようになっても、領地を囲い切るほどの障壁を創るには時間がかかり過ぎる。頃合いを見てベルーアの力も借りることだ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 見ていて不安になるやり取りだ。

 グルイーザの知識には身分制度という概念が存在しないのだろうか。

 親父さんがさっきから身動きしていないのだが、心中察して余りある。

 

「私からもお礼を言わせてください、グルイーザ」

「何他人事みたいに言ってんだ、ミーリット。お前たちもやるんだよ」

「…………え?」

 

 グルイーザは、確かにお前()()と言った。

 

 

 

 

 衛士たちに店の前をうろうろされても宿の――厳密には食堂としての商売は上がったりである。

 テオドラはその分の補償を申し出てはいるが、それだけで済む問題でもない。

 宿から出たがらないグルイーザを説得し、訓練の場は別に移すこととなった。

 

「空き家ですからね。ここを使いましょう」

 

 そうテオドラに指定されたのは、地下迷宮への入り口がある例の屋敷だった。

 迷宮探索の前線基地ともいえるこの場所には、開拓者組合の支部が置かれるとも聞いている。

 なにしろ貴族街の中なので、本部ごと引っ越しというわけにはいかなかったようだ。

 ガラの悪い開拓者たちが大勢出入りしても、互いの為にはなるまい。

 

「さて。モリアは分かっているだろうが、姫様以外の三人には呪石の制作を期待しているわけじゃない」

 

 屋敷の一階広間に集まったのはテオドラと第一小隊の面々である。

 指名された三人のうちモリアとレミーは魔法が使えず、ミーリットは神聖魔法の使い手だ。

 

「仮にこの中の誰かに古代語魔法の適性があったとしても、今から教えるような時間はない。お前たちに覚えてもらうのは、探索用の呪石を実際に使う技術のほうだ」

 

 グルイーザが呪石を実際に使うとき、王国語で短い呪文を唱えるだけだ。

 つまり呪石を作成するまでが狭義の『呪石魔法』であり、それを使用するには知識だけで事足りる、魔法の才能は必要ないということか。

 元々呪符魔法からしてそういうものなのだ。

 魔力を込めた札を民間や貴族、冒険者などに売るのが呪符魔法使いの仕事である。

 グルイーザの扱う呪石は魔法の規模が大きいため別物のように見えていたが、基本は同じであるらしい。

 

「俺でも火竜の息吹が使えるのか。興味深いな」

「あんな危険なものを素人に渡せるか。暴発したらどうする」

 

 そうなると、期待できるのはやはり――

 

「野営用の障壁が、僕にも使えるってことでいいのかな」

 

 そう言ったモリアを皆が見た。

 普段の軽い調子の発言にも聞こえたが、その中に帯びる真剣味を感じ取ったのかもしれない。

 

「……お前にそんなものを渡したら、四方迷宮の果てまで行っちまいそうだな」

 

 雑談はそこで切り上げられ、一日めの訓練が始まった。

 

 

 

 

 屋敷の中には夕暮れの光が差し込んでいる。

 初めて触れる呪石魔法の知識にレミーは強い興味を、テオドラは強い熱意を見せた。

 が、本人たちのやる気とは裏腹に、グルイーザの出した評価は――

 

「レミーと姫様は筋が悪い」

「そうか……」

「そんなあ~」

 

 少し気落ちしたようなレミーは珍しい……いや、初めて見るような気がする。

 

「他のふたりに比べたらの話だ。というか、お前らはなんで普通に古代語が使えるんだ。専門外だろ?」

 

 話を振られたミーリットとモリアは各々に答える。

 

「私は神殿で古代史を学んでいましたので」

「古代のお宝を盗掘するのに必須の知識なんだってさ」

「育ちの違いが如実に表れたな……」

 

 グルイーザは呆れたように言うと、その日の訓練の終了を告げた。

 呪石をみっつ取り出すと、ひとつをミーリットに、ふたつをモリアに渡す。

 ミーリットに渡された石は降魔の障壁を生み出す呪石で、モリアも同じものを受け取っている。

 もうひとつの石は攻撃用の魔法が込められた石だ。

 

「注意点は今日教えた通りだ。所有者をお前に設定し、そのそばでは発動しないよう制限がかけられている。だから滅多なことは起こらないと思うが、扱いには気をつけろよ」

「うん、分かった。ありがとう」

 

 モリアは頷くと、そのふたつの石をベルトに取り付けたポーチに入れた。

 

「一日で使えるようになるとは思わなかったが……とにかくお前はもう明日から迷宮調査に戻っていいぞ。レミーはしばらく借りる」

 

 レミーとグルイーザは当分探索には加われないようだ。

 呪石魔法を使う際にグルイーザは王国語しか使っていないように見えるが、あれは呪石の安全装置を解除する合言葉に過ぎないらしい。

 実際には古代語を理解しその言語で念じる必要があるため、古代語の知識が無いレミーは習得に時間がかかる。

 一方テオドラには古代語の知識こそあるが、彼女が挑むのは呪石制作という非常に難しい技術である。一朝一夕に習得できるものではない。

 

 モリアは明日以降の予定に思いを馳せた。

 単独では野営時の見張りが出来ないので遠出するつもりはなかったが、今は障壁の呪石がある。

 樹海の奥地に進む難度はぐっと下がるだろう。

 

 

 

 

 翌日再び屋敷に集まった後、ミーリットと打ち合わせを行う。

 

「えっ!? ひとりで調査を?」

「うん。樹海にせよ地下迷宮にせよ、日数をかけて少し先のほうまで様子を見たいんだ。戦いを避けながら進むのなら、僕ひとりで行くのが一番速いからね」

 

 仲間とはいっても、王女から預かっている人間を不向きな任務で危険に晒すわけにはいかない。

 ミーリットは戦力が充実しているときこそ輝く人材だ。

 少数での斥候は彼女の仕事ではない。

 

「戻ってきたらまた力を借りるよ」

「最長で何日くらいになりそうなんです?」

 

 ベルーアの言う、街の現在位置を思い出しながら答える。

 

「北壁山脈まで最短三日、でもそれは直線距離だから道が確立されればの話だ。試行錯誤しながらだと倍……往復で更に倍……」

「ほ、北壁山脈まで行くつもりなんですか!?」

「あ、いや。そこまで行く予定は無いから、だいたい十日以内で済むだろうってこと」

 

 ミーリットは少し安堵しつつも、それでも十日という長さに不安げな顔をする。

 

「レミーとグルイーザ……は別に心配いらないか。親父さんとアニーのことを頼むよ」

「分かりました。任せてください」

 

 ミーリットに見送られながら、モリアはひとり地下食糧庫への階段を下りていった。

 

 隠し通路を通り地下迷宮へと進む。

 通路先の安全地帯には、既に衛兵や何人かの開拓者が詰めていた。

 元迷宮都市の冒険者だった白鉄札――自由開拓者たちの助言で、待機中いかに快適に過ごすかの工夫に余念がない。

 野営道具や建材まで持ち込まれている。

 見知った顔も居るようだ。

 

「おっ、モリアじゃねーか」

「お疲れ様。小屋とか建てても消えちゃったりしないの?」

 

 各地の迷宮では外部から持ち込んだものや、死体などはしばらくの時間が経つと消滅してしまうらしい。

 迷宮は壊されても、あるいは塞がれても、元の状態に戻ろうとする力があるのだ。

 

 今にして思えば、それも迷宮に飲まれる現象の一環なのだろう。

 再生の力は吸収したもので賄われている。

 グルイーザの言う通り、無から有を生み出せるわけではないのだ。

 地上の樹海のような、自然環境と混ざり合った迷宮ではそうした力は弱まるらしく、今までそのような現象が起きていたのかどうかは分からない。

 

「生きてる人間が触れている限りは消えたりしないぜ。交代で誰かしら寝泊まりするわけだし、何日も放置しなけりゃ大丈夫」

「なるほどね。探索で怪我人が出たら運び込める施設も作れるわけか。まさに樹海の中継拠点を地下に持ち込んだみたいだね」

「おうよ。しかもここは樹海の拠点と違って襲撃を受ける心配がない。そういう意味じゃ地上の開拓より楽なもんだ」

 

 元迷宮の冒険者に言わせても、樹海開拓はなかなか困難な仕事であるらしい。

 しかし迷宮は迷宮で、生態系を無視したような未知の敵や、仕掛けられた罠などの困難が待ち受けているそうだ。

 

「参考にするよ。それじゃ行ってくる」

「ああ、気をつけてな。……っておめえ、ひとりで行くのかよ!?」

 

 障壁の呪石については、いずれ皆にも話されるだろうし極秘事項というほどでもなくなるだろう。

 だが今は説明する時間も惜しい。

 モリアは曖昧な笑みを返すと、そのまま北側の出口から迷宮へと乗り込んだ。

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