ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第26話 メグレズ

 迷宮に飲まれた者たち、迷宮と共に生きる者たちをセトラーズと呼ぶ。

 そのうちの(いち)種族であるメグレズは、小人のような外見の妖精だ。

 メグレズの『ロカ』は外見に似合わず人間の大人、あるいは老人くらいの年齢なのかもしれない。

 

 ロカに連れられてしばらく歩くと、樹木がまばらになってきた。

 周囲に明かりはない。

 だが、月の光だけで充分に視界が確保できる。

 樹々の密度が低くなると、今度は足元が不安定になった。

 地面から突き出している岩や石塊に注意しながら進む必要がある。

 

「そろそろ見えてくるぞ」

 

 ロカがそう言うと、モリアは足を止めた。

 

「どうした? モリア」

「魔物だ……」

 

 魔物など樹海の何処にでも居るだろう、と言いたげにロカは首をかしげる。

 この小人がモリアを罠に嵌めるために魔物の生息地に誘い込む、みたいな話があり得ないわけではない。

 作戦としては陳腐に過ぎる気もするが、樹海の奥地に住む未知の種族ともなると、どんな手を使うか予測も付かない。

 

「ロカにとってどうなのかは知らないけど、僕なら無闇には近付かないような相手だ。どう対処するつもりなの?」

「樹海をひとりで渡ってきた割にはえらく慎重じゃの。それとも、吾輩を疑っておるのかね」

「気を悪くした?」

 

 小人はその言葉を否定する。

 

「吾輩がおぬしの立場なら、見ず知らずの種族を信用などするわけがない。だから気にする必要などない。じゃがのう、いちいち全てを疑っていたらこの樹海では生きていけないのもまた事実」

 

 黙って話の続きを待つ。

 

「吾輩らは無力な種族ではない。メグレズの里は魔物の侵入を許さぬし、自分たちの身を護ることもできる。おぬしは熟練の戦士のようじゃが、吾輩の魔法には及ぶまいよ。だから安心するがいい。……というのが吾輩側の意見だ」

 

 ふむ、とモリアは相槌を打った。

 事実かどうかはともかく、あっさりと手の内である魔法の存在を明かしてくれた。

 先に情報を開示するという譲歩をしてくれているのかもしれないし、あるいは単なる自信の表れか。

 実際、深夜の樹海を歩けるというだけでロカの実力は証明されている。

 隠蔽魔法が通じないモリアとは戦闘上の相性が悪いだけで、生存能力であれば彼のほうが上かもしれない。

 

「しかし先も言った通り、全てを疑っていたら樹海で生きてはいけぬ。だから吾輩は、おぬしの意見を軽んじたりもせぬ。この地までひとりで来れるほどの者が、この先に居る魔物どもをそこまで警戒するのは何故なのか。吾輩の真意を探るために言っただけというなら、別に気にはせぬぞ」

 

 ロカを探るために適当な嘘を言ったわけではない。「いや、違う」と否定しつつ、モリアは前方の彼方を見て何かを調べるように神経を研ぎ澄ませる。

 

「一応確認なんだけど、ロカはどこまで魔物の索敵ができる?」

「吾輩が使うのは樹海の精霊の力を借りる精霊魔法じゃ。樹木の精霊(ドライアド)は樹海の至るところにおり、人間の知覚範囲よりも遥か先の出来事まで知らせてくれる。もっとも、数を経由しすぎると情報も不正確になっていくがの」

 

 ――複数の精霊が、伝言するように遠くの出来事を伝えてくれるわけか。

 

 伝言を繰り返すと情報が不正確になるのは人間と変わらないらしい。

 限界はあるようだが、人ひとりよりも広範囲を索敵できるというのは嘘ではなさそうだ。

 

「ここからメグレズの里まで、目立った魔物の姿は無い。吾輩なら奴らの目を欺いて何事もなく里に着けるじゃろう」

「そのドライアドって、普段はどこに居るの? 空中?」

「まあ、だいたいは空中を漂っておる」

 

 魔力感知に優れるモリアではあるが、世界に普遍的に溢れる精霊の存在や神の力を普段から感じ取ることは難しい。

 それらは精霊魔法や神聖魔法などの使い手の領分だ。

 彼らが魔法を行使することによって生じる不自然な現象であれば、モリアにも察知することが出来る。

 

「植物の精霊だから根の先に居るってわけでもないんだね。だから視えないのか」

「どういう意味だ。おぬしの言う魔物は何処におる」

「地中だよ」

「なにっ!?」

 

 ロカは前方の地面を見ると、精神を集中してなんらかの術を行使した。

 その気配はモリアにも伝わってくる。

 地の精霊(ノーム)のような種も、索敵に使うことが可能なのかもしれない。

 敵の位置はまだ離れているが、強大な魔力核がその存在を誇示していた。

 ロカが驚きの声を上げる。

 

「なんじゃ! こいつは!?」

「ワーム……竜の下位種族だ」

 

 ライシュタットの地下で遭遇したものより気配がずっと大きい。

 まともに戦えるような相手ではなさそうだ。

 

「こんな奴の接近に気付かんとは! 先日の地震のときか……いや、今は考えとる場合じゃないわい」

「里のほうはどうする? 避難させたほうがいいのかな?」

「どれだけデカかろうが奴が迷宮の魔物である以上、降魔石の結界を抜けることは出来ん……といいのじゃがな」

 

 里という以上は非戦闘員も居るのだろう。それならば避難は難しい。

 今の発言から推測するに、メグレズの里はそのものが降魔石の結界で護られているのだろうか。

 ライシュタットの目指すところもそれだ。

 是非参考にしたいが、そのためには眼の前の危機から里を救う必要があるだろう。

 

 そして、地中から轟音が響く。

 

「奴が動くぞ! なんてこった、吾輩の魔法に反応したのか!?」

「遅かれ早かれこうなるんだから、そこは悔やんでも仕方ないよ」

 

 いつでも武器を抜けるように構えるが、正直ショートソードではどうにもならなそうだ。

 足許の揺れが伝える敵の規模は、いつぞやの樹木兵を上回る。

 

 前方遠距離の地面が突如爆発し、岩塊が撒き散らされた。

 ワームの頭部が地中から現れたのだ。

 至近距離で同じことをされただけで、岩塊の直撃を受けて即死する危険すらあっただろう。

 

 ――やはり大きい。

 

 馬ですらひと呑みに捕食できそうな顎門から、地中に潜む全身は数十メートルに達するのではないかと連想される。

 以前戦った個体は後頭部から魔力核を突き刺すことで倒すことが出来た。

 しかしこの大きさでは弱点まで刃先が届かない。

 

「ロカ、敵を直接攻撃する魔法は使える?」

「ないこともないが、あの図体にはとても通じんぞ」

 

 あまり悩んでいる時間はない。

 ワームの殺気は明らかにこちらを向いている。

 数瞬の思考を経てから提案した。

 

「仕方ない、撤退しよう」

「おぬしにも手はないのか」

「一体だけなら、なんとかなったんだけどね」

「今……なんと言った?」

 

 ロカが聞きたいのは、敵を倒す手段についてではあるまい。

 

「敵は複数居る。少なくとも三体。それより遠くにも居たらちょっと分からないな」

 

 

 

 

 ふたりは来た道を戻るように逃げ出した。

 そちらのほうが樹々の密度が高い。

 地中に潜れる相手にどれほどの意味があるものか疑問だが、多少は進むときの妨げになるだろう。

 

 ――速い!

 

 振り返って確認すれば、ワームは巨体を地中からせり出させていた。

 その動作で稼ぐ距離だけでも、普通の人間が駆けるより速い。

 追ってくるのが一体だけなら、迎撃も視野に入れるべきか。

 ロカは小さな体躯であるにも関わらず、モリアに劣らぬ俊足で先行した。

 

「こっちじゃ!」

 

 誘導に従って樹木の陰に駆け込むと、敵は獲物を見失ったように挙動が怪しくなる。

 しばらく潜んで様子を見ていると、ワームは頭部を里の方角へと向けて再び地中に潜っていった。

 

 ――あれほどの大物からも姿をくらませるとは。これがロカの精霊魔法か。

 

 言うだけのことはある。

 光や空気などの複数種の精霊によって、ロカの周囲は生物が存在しない空間であるかのように偽装されているのだ。

 相手の精神に作用するグルイーザの隠蔽とは似て非なる魔法だった。

 

 モリアはその精霊力の不自然さを鋭敏に感じ取ることが出来るが、ほとんどの相手からすれば対象が消えたようにしか見えないのだろう。

 地味といえば地味な効果だが、樹海探索においては凄まじく優秀だ。

 人間社会でも、盗賊か暗殺者としてなら引く手あまたの才能かもしれない。

 

「さすがは迷宮活動期。何が起こるか分かったものではないわい」

「前の活動期はどうだったの?」

 

 前回の迷宮活動期というのは、つまり百年前のことだ。

 モリアの質問の意味を少し考えてから、憮然としたようにロカは答える。

 

「吾輩が百を越えているように見えるのか?」

「ブラウニーの歳なんて分からないよ……」

 

 ブラウニーだかレプラコーンだか知らないが、妖精の外見年齢など分かるわけもなく。

 せいぜい十歳を越えているようにしか見えない。

 もし彼を仲間として連れ帰ったら、今度こそギルターに大笑いされそうだ。

 

「さて、吾輩はなんとかして里に戻らねばならん。おぬしは?」

「僕の住む街にはメグレズの協力が必要だ。ワームをどうにかするなら手伝うよ」

「それはありがたいが、どうするつもりじゃ」

 

 自分が通ってきた地下迷宮の方角を見ながら、考えを述べる。

 

「街から援軍を呼ぶ。地下迷宮を通れば急いで往復して一日かなあ。それまで里は持ちそう?」

「里には吾輩と同程度の術者も何人かおるが……連中で駄目ならどうしようもないな」

 

 ――ロカと同じタイプの術者か。

 

 メグレズの体格は見ての通りだし、攻撃的な魔法が得意というわけでもなさそうだ。

 ワームを倒すには、分厚い皮膚を突き破って弱点を破壊する必要がある。

 戦士か魔術師、どちらでもいい。

 レミーやグルイーザのように、圧倒的な攻撃力を持つ兵種が不可欠なのだ。

 

「もし里から逃げる必要があれば、避難先は地下迷宮の入り口しかない。吾輩も様子を見てお――」

 

 新たな音が鳴り響いた。

 樹海の奥から、樹々が破砕するような――土砂が崩れるような音が立て続けに聴こえてくる。

 それは今まさに向かおうとしていた地下迷宮の方角からだ。

 

「……この辺の森は、いつもこんなに騒がしいの?」

「そんなわけがあるか。何か、途轍もなくマズいことが起きとりゃせんか?」

 

 先程見たワームの姿と、逆方向から聴こえてくる大きな音。

 これで嫌な予感がしないほうがどうかしている。

 状況確認のため、ふたりは樹海の奥へと進み始めた。

 

 モリアが敵の気配を察知する前に、今度はロカがその姿を捉える。

 やはり四体目のワームだった。

 

「居たぞ。地上に出ておる。なんてことじゃ。まさに迷宮の入り口前におるわ」

 

 ――なるほど。この距離から気付けるだけでなく、周囲の様子まで把握できるのか。

 

 モリアは手早くいくつかの質問をして状況を確認する。

 先刻地中の索敵をおこなったときとは違い、樹木の精霊(ドライアド)による監視は敵に気付かれていない。

 また隠蔽魔法を行使している限りは、相当に近付いても気付かれることは無いだろうとのことだった。

 

「それは助かるな。僕も直接様子を見てみたい」

「ならば、上から見たほうが分かりやすいぞ」

 

 モリアにも魔力核の気配が察知できる距離になると、ロカは手近な樹に登り始めた。

 その後に続く。

 樹木兵との模擬戦の経験により、樹々を登り降りするのはお手の物だ。

 その動きを見たロカは、更に速度を上げて枝から枝へと跳び移る。

 

 ――凄い動きだな。やっぱり暗殺者向きじゃないか。

 

 帝国末期には盗みと暗殺を極めた《(しの)び》なる兵種があったそうだが、彼ならきっと適任だろう。

 モリアもあまり人のことは言えないが。

 

 そして、敵の姿が見えてきた。

 

「これは……」

 

 途中で気付いたのだが、こちらにもワームは二体居た。

 これで合計五体。

 一体は蛇のように長い体躯を丸め、地下迷宮出入り口を取り囲んでいる。

 

 そして、出入り口はへし折られた樹々や土砂に埋もれ、完全に見えなくなってしまっていた。

 

「直接見ても信じ難いわい。魔物は降魔石の結界には近付かない。そのように造られておるのじゃ。たとえ自分の獲物がそこに逃げ込んだとしても、無理に追ったりなどせぬ」

「ライシュタットじゃ、迷宮守護者と配下の魔物が結界を壊そうとしてたけどね」

「なんじゃと?」

 

 セルピナが一般的な迷宮守護者かというと違うだろうが、モリアの経験則ではそうなのである。

 

「あんなミミズに、吾輩らの退路を断つようなアタマがあるとは思えん……」

「文字通り別の頭があるとか」

「奴らを率いる迷宮守護者がおるとでもいうのか!?」

「どうだろう、分からないな」

 

 ロカによれば魔物自身は結界内に入れないだけでなく、結界を攻撃するという意志すら持つことはない。

 一方グルイーザの話によれば、上位の迷宮守護者には降魔の障壁が通じないらしい。

 迷宮守護者とは、迷宮からそのような権限を持たされた存在とも考えられる。

 

「ロカの魔法で、気付かれずに地下に入れないかな?」

「あの状態では奴の胴体に直接登らねばならん。無理じゃな」

 

 一度術を破られると、しばらくの間は同じ手が通じなくなる。

 隠蔽魔法とはだいたいそういうものだ。

 

「しばらく待っとれば、ここを離れたりはせんじゃろうか」

「以前僕が戦ったワームは、街の地下に長い間潜んでいた。待ち伏せで捕食するタイプの生物は、同じ場所からずっと動かないことも珍しくない」

 

 それだけではない。

 迷宮の入り口は土砂や樹木に埋まっている。

 ワームの胴体を乗り越えたとしても、それらの障害物をどかすなり燃やすなりしている間はどうするのか。

 一体までなら倒せないこともないが二体居る。

 手詰まりだった。

 

「地上を通って戻るしかないかな……」

「道は分かるのか?」

「いや、全然」

「おぬしが帰るのを止めはせぬが、それでは辿り着く可能性はかなり低いぞ」

 

 道の確立されていない樹海では、僅か一日の距離とて侮れない。

 まず街の場所を発見できるかが怪しい。

 障壁の呪石があるとはいえ、ひとりで探索を続けるのも厳しいだろう。

 

「それに、南に向かうのは別の危険もあるのじゃ」

「うん?」

「南、つまり樹海中央付近はメラクと呼ばれる凶暴なセトラーズの縄張りじゃ。地上を通ればどこで出くわすか分かったものではないぞ」

 

 メラク――

 

 確か、ロカと出会ったときにも聞いた名だ。

 ロカはモリアが、そのメラクではないかと確認をしていたのだ。

 セトラーズ同士が全て仲良し、というわけにはいかないらしい。

 そしてライシュタットの位置は、どちらかといえば樹海の中央に近い。

 

 また問題が増えてしまったが、今は目の前のことからだ。

 

「それなら向こうのワームを抜けて里に行くほうが簡単かなあ。戦力が揃わないと解決が難しいけど」

「里の出入りを封じられる程度なら、狩りや採集に行けなくなるだけのこと。ひと月程度はどうということはないが……奴らを駆除せねば、いずれ干上がってしまうということか」

 

 ふたりは樹の上から降りると、ワームから距離を取りながら相談を続けた。

 

「里はそう簡単に落ちないと信じるしかないわい。少し時間をかけていいなら、別の手がある」

「聞かせてもらえるかな?」

 

 そしてロカは、里の方角でも南の方角でもなく、北を指さして述べる。

 

「北壁山脈に住まうセトラーズに力を借りる。戦いを生業とする者たちじゃ」

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