ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第27話 フェクダ

 もうすぐ夜が明ける。

 薄っすらとした陽光の中で、モリアはメグレズの里を視認した。

 その里は、岩山をくり抜いたかのような砦であった。

 ライシュタットに比べれば遥かに小さいが、小柄なメグレズが暮らす分にはそれほど狭くもないのかもしれない。

 難攻不落といっても差し支えない佇まい――ただし、それは相手が人間であればの話。

 

 深夜に見たときは地形の一部と勘違いしていたが、意外とすぐ近くまで来ていたのだ。

 つまり、里とワームの位置はごく間近ということでもある。

 

「里に状況を伝えてくる。ワームの場所を教えてくれ」

 

 手近な木の枝を拾うと、地面に図を描いた。

 砦を囲むように、三体のワームが地中に潜んでいる。

 二体の現在地はかなり遠いのだが、魔力の気配が濃厚なために辛うじて存在を感知できた。

 

 獲物が出てくるのを待ち構えているだけ、と見えなくもないが……。

 降魔の障壁には近付かないことが魔物の特性というなら、やはり異常である。

 

「ひとりで平気?」

「吾輩だけのほうが、より見つかりづらい。待っておれ」

「分かった」

 

 樹木もまばらな荒野を進むロカを見送りつつ、今回の件について思考を巡らせた。

 ワームたちの動きには、何者かの意思が介在しているようにも見える。

 

 迷宮とは擬似的な生き物であると、グルイーザは説明していた。

 生物の体内には、生命を保つための更に微細な生物が大量に居る、というのはラゼルフの教え。

 魔物やセトラーズは、恐らくその役割――――と、言いたいところだが。

 

「単なるエサって線も、あるんだよなあ……」

 

 聞く者もいないボヤキを、モリアは口にした。

 

 

 

 

 しばらくして、ロカが戻ってきた。

 ワームに動きはなく、ロカ単独であれば里への出入りは問題ないようだ。

 

「深夜の騒ぎを砦から見ていた者もいたので、話は早かった」

 

 一部の術者を除き、里からは出ないようにということ。

 北壁山脈のセトラーズ、『アリオト』の援軍を呼ぶこと。

 そして南方の新たな勢力、ライシュタットの存在を伝えたという。

 

「おぬしの話をしたら、皆会いたがっておったぞ」

「え? なんで?」

「新しいカネ儲けの匂いがするとか言っておった」

「ああ、そういう……」

 

 そういえばメグレズは守銭奴妖精であった。

 この状況下で暢気(のんき)なものである。

 その調子なら、里が数日で滅ぶということもあるまい。

 

 セプテントリオンの終点、北壁山脈への旅が始まった。

 

 

 

 

 メグレズの里から北に十キロほど。

 

 まだ昼前ではあるが、ふたりとも昨夜はほとんど寝ていない。

 ロカの提案で、一度野営をおこなうことになった。

 

「休むのは賛成だけど、ここを選んだ理由は?」

 

 一本の樹を中心に、少しひらけた場所だった。

 休むには快適かもしれないが、防御効果に特に優れた地形というわけでもなさそうだ。

 

「おぬしはその樹がなんであるか、知っておるか?」

「知らない。周りの樹とは少し種類が違うみたいだね」

 

 地元の植物しか知らないモリアにしてみれば、微々たる差だ。

 しかし樹木群の中にひとつだけ違う種があるのは奇妙といえば奇妙だし、一度認識するとその樹がやたらと目立つように思えてくる。

 

「それは神樹フェクダ。迷宮守護者じゃ」

「えっ!?」

 

 信じ難い言葉を聞いて、樹木をよく観察してみる。

 微動だにしないようだが、樹人か何かの一種なのだろうか?

 

「動くの? これ」

「いや、動かん。それは樹海の中にたまに生えていてな。それら全てを合わせたものが迷宮守護者フェクダとされている」

 

 なんでも樹海迷宮にメグレズがやって来た頃、精霊魔法を授けたのがこのフェクダであるそうだ。

 しかし今の世代でフェクダと交信できる者はおらず、実話なのか単なる言い伝えなのかも判然としないらしい。

 

「それでも神樹の周りで起きた不思議な出来事には事欠かなくてな。ここには樹木の精霊(ドライアド)が多くおるし、ここで探しものが見つかったという話も聞く」

 

 精霊が集まる場所であれば、その分メグレズの力は増す。

 ならば野営地にするのは合理的であるし、神樹を大切にするような逸話が作られるのも納得だ。

 これが迷宮守護者だというのはさすがに眉唾だが……。

 迷宮の仕組みを考えた場合、セトラーズを保護する迷宮守護者が存在したとしても決しておかしくはない。

 

 ふと、嫌な可能性に気付いてしまった。

 

「……知らない人が、伐採しちゃったりはしないの?」

「そういうこともあろうが、一本や二本切られたところで多分どうということはないのじゃろ。しかし、発見しても手を出さぬほうが良いとは言っておくぞ」

 

 ひとまずは安心した。

 知らぬこととはいえ、今までライシュタットの樹海開拓で伐採されたり、グルイーザが燃やしてしまったりとかが無かったとは言い切れない。

 むしろ開拓時にフェクダを伐採したせいで街が樹海に飲まれたとかのほうが、モリアの考える迷宮守護者らしいと思うくらいである。

 

 などと考えて神樹を見上げていると、違和感を覚えた。

 モリアは樹上の魔物の存在などにも常に気を配っている。

 ましてこのような、ひらけた空間に生えている樹だ。

 最初に全体の確認はしたはずなのだが。

 

「ロカ……。あれは……なんだ?」

 

 樹の枝に何かが掛かっている。

 自然物ではない。明らかな人工物だ。革製品のように見える。

 見覚えがあるような気がして、少し動悸がした。

 

「む? 里の誰かの忘れ物か? それにしても妙な場所に。気になるなら見てくるぞ?」

 

 ロカはモリアの声の調子が、いつもと少し違うことを気遣ったようだ。

 

「いや、自分で行く」

 

 神樹に近付き足を掛けると、駆け上がるように幹を登る。

 枝を渡り、すぐに目標まで辿り着いた。

 枝の上に掛けてあった、革製のベルトを拾い上げる。

 

 これは今この場所に、()()()()()()()()()ものだ。

 

 それはモリアが装備しているのと同じ、ライシュタットの量産品であった。

 麦のモチーフをあしらった刻印は、それが単なる類似品ではないことを示している。

 

 いや、これをここまで持ち込んだ可能性のある者たちがいる。

 ラゼルフ小隊――――。

 そして、ベルトに取り付けられた装備から、誰の所持品かまで特定できた。

 

 モリアは同じベルトにポーチや石礫を仕舞う袋を提げているが、このベルトに取り付けられているのは四角く平べったい革のポケットだ。それが幾つも連なっている。

 

 それは呪符魔法に用いる魔除けの札(アミュレット)を仕舞うためのホルダーだ。

 フタを開けて中身を確認する。

 力を使い果たして擦り切れたアミュレットの模様には確かに見覚えがある。

 

 ラゼルフ小隊の呪符魔術師――『アルゴ』の装備品に違いなかった。

 フィム、セルピナに続き、三人目の手掛かりをついに発見したのだ。

 

 

 

 

 樹から降りると、ロカがベルトホルダーを見て聞いてくる。

 

「む……? 里の様式とは違うの。いったい誰の物じゃ?」

「これはライシュタットが樹海に飲まれるよりも前に、樹海の奥へ旅立った開拓者が装備していた物だ」

「樹海の南端からここまで!?」

 

 信じられん、とロカは言うが。

 モリアにとって信じられないのは、アルゴの持ち物がここにあったことではない。

 この広大な樹海迷宮の中で、それを自分が()()発見したということだ。

 

「こんな偶然ってあるかな?」

 

 説明を聞いて、モリアの言い分をロカは理解した。

 ふたりで情報共有した上での結論はこうだ。

 可能性のひとつとして、アルゴもまた神樹フェクダを探索の中継地点として利用していたのではないか、ということ。

 同じ場所の神樹フェクダに、モリアとアルゴの双方が訪れる可能性は限りなく低い。

 それでもその辺の地面に落ちているのを偶然見つけるよりは、遥かにあり得る話だろう。

 

 あるいは――

 

「あるいは偶然ではなく、フェクダの意思が介在しているのかもしれぬ」

 

 メグレズに伝えられる、神樹に(まつ)わる不思議な出来事。

 それらが事実としたら、今回の出来事が意味するものは何か。

 

 ――警告……か?

 

 メグレズたちは、いわば神樹への信仰心のようなものを持っている。

 滅多なことを聞くのは(はばか)られるが、それでもはっきりさせておきたいことがあった。

 

「……フェクダは、ワームの件と何か関係あると思う?」

「おぬしがそう考えるのも無理はないが、樹木と蛇竜では司る力の種類が違い過ぎる。吾輩らメグレズの心情を抜きにしても、関係ないと断言できる」

「そうか、ごめん」

 

 ロカは、「気にするな」と首を横に振った。

 

 

 

 

 野営をおこなうに当たり、障壁の呪石も併用するか聞いてみたが不要とのことだった。

 降魔石を用いる結界はメグレズの里でも使われているが、外では精霊魔法のほうが使いやすいのだろう。

 以前にグルイーザも、移動には不向きだと説明していた。

 

「見張りの交代は?」

「不要じゃ。何かあれば精霊が起こしてくれる」

 

 火の精霊力によって燃え盛る焚き火は、どういう仕組みか野営地を暖かな空気で満たしている。

 そういえば、防寒については普段以上の準備をしていない。

 北壁山脈まで出向く予定はなかったからだ。

 

 焚き火の前に座り、ホルダーの中身を改めて確認する。

 

 モリアは呪符の使い方をひと通り教わっていた。

 アルゴの作成した呪符であれば、起動呪文も分かる。

 呪石魔法は呪符魔法と似たような術であるため、グルイーザの講義も一日で卒業できたのだ。

 

 ホルダー内にある呪符は擦り切れ、その力をすでに失っている。

 試しに呪文を唱えてみるまでもなく、使用することは不可能だろう。

 そのうちの一枚を手に取って眺める。

 

 強力な攻撃魔法を発動する『風刃の呪符』。

 万全な状態のこれを持っていれば、ワームにも容易く勝てたはず。

 アルゴがどれだけ優れた魔術師だったのかと、今にして思い知らされる。

 

「そもそも迷宮内の異物って、自然消滅するんじゃなかったっけ」

 

 これが何者かによって、つい最近置かれた物なのではないかという疑いがますます強まった。

 

「それは一概には言えんのう。樹海部分は地下に比べて修復はゆったりだし、その理屈だと地下迷宮で財宝を発見することだって出来ないじゃろ?」

 

 ラゼルフやグルイーザも、似たようなことを言っていた気がする。

 物や死体が消える条件も様々ということか。

 

「発見なんてした試しもないがの。迷宮の財宝なんぞ」

 

 そう言ってロカはからからと笑い、モリアも釣られて少し笑う。

 守銭奴妖精ですら、北の迷宮で財宝を見つけたことがないらしい。

 これはラゼルフ小隊も含め、世の盗掘家が失望するには充分過ぎる新事実だ。

 

 まさかこの安物のベルトに、古代秘宝に匹敵する価値があるわけでもないだろう。

 そう思って残りのホルダーを調べていると――

 

 一枚、全く見覚えの無いアミュレットが混ざっていた。

 その一枚だけはまるで新品のように綻びが無い。

 紋様のパターンから、それがどのような種類の呪符かだけはモリアにも理解できた。

 

 ――これは……『魔導護符』!?

 

 迷宮の魔物を封じ使役するための呪符。

 しかし、描かれている魔物の絵図は初めて見る。

 

 それは、二匹の竜をあしらった護符であった。

 

 

 

 

 いつの間にか眠りに落ちていたのであろうか。

 パチパチという焚き火の音、ロカの寝息、風に揺れる微かな樹々のざわめき以外は何も聴こえない。

 

 目蓋を持ち上げ、焚き火の向こうに揺らめく人影を見る。

 

 その人影は――

 開拓者が着るような安物の服の上から、やはり安物のマントを羽織っていた。

 

 同じ魔術師の兄と姉でも個性が出るものだ。

 セルピナはローブの上から革鎧という、なりふり構わないような珍妙な格好だったが。

 今、目の前に居るこの男――すなわちアルゴは、戦闘を意識した装備をしていない。

 

 実際彼は、探索よりも研究を好むような人物だ。

 短めのくすんだ金髪に線の細いシルエット。一見穏やかそうな眼差し。

 性格が穏やかなのは別に間違ってはいない。いないが――

 

 地元の役人から腫れ物扱いされるラゼルフ孤児院の印象は、どちらかというと直情的な性格の兄弟たちが原因だった。

 アルゴはそのイメージからは程遠い。

 

 だがこの男はラゼルフの研究分野における直弟子であり、あの魔導護符の実験に最も深く携わった人物だ。

 畢竟(ひっきょう)まともな人間とは言い難い。

 よく知る者からすれば、ある意味彼こそが孤児院一の危険人物なのである。

 

「アルゴ……」

「とうとう、追い付かれてしまったようだね」

 

 ――まるで、見てきたようなことを言うじゃないか。

 

 モリアは手にしたアミュレットホルダーを示して告げる。

 

「忘れ物を預かってるけど」

「ああ、それはモリアにあげるよ」

 

 こんな使い道の無いものを渡されても困る。

 

「どの呪符ももう使えないでしょ。いや、一枚だけ使い方が分からないのもあったけど」

「二竜の護符だね。それは、ぼくが作ったんだ」

「アルゴって、魔導護符を作れたの?」

 

 魔導護符の作成は失われた技術。

 ラゼルフ孤児院の実験は、既存の護符を利用しているに過ぎない。

 

「いや、初めての試みだよ。多分護符としてはまともに機能しない。でも、どうしても必要だった」

「ふうん。どんな魔物が封じられてるの、これ」

 

 アルゴは苦笑しながら――

 

「形見だよ、それは」

 

 形見?

 思い当たるのは――

 

「もしかしてアルゴの……」

「そうじゃないよ。それはふたり分だから」

 

 そういえば、札に描かれた竜は二匹いる。

 

「竜の形見?」

「竜はなんというか……力の象徴だからね。思い付きでそうしたんだ」

「アルゴが作る物だから、どうせ碌な物じゃないんでしょ」

「酷いなあ。ぼくの研究を分かってくれる兄弟はエリクだけだよ」

 

 エリク――

 ラゼルフの話す冒険譚に、無邪気に憧れていた孤児のひとり。

 勇敢で善人で、街の役人が頭を痛める問題児。

 というより、エリクに限らず孤児の半数程度はそんな感じだった。

 彼らは皆、魔導護符がもたらす強大な力を素直に望んでいた。

 

 魔導護符の実験対象として実際に選ばれた六人は、ヒネた性格の者のほうが多かった気もするが。

 アルゴの嘆きも分からないでもない。

 現実とは皮肉なものである。

 

 ――まあいい。聞きたいことは他に山程ある。

 

「フィムとセルピナに会った」

 

「なら、もう理解しただろう? 迷宮で命を落とした者は、いずれ迷宮に吸収されてまた別の力に使われる。ぼくたち六人の場合は、本来の意味での迷宮守護者になれるのかもしれない。……でも、セルピナはその役割を拒否してしまったみたいだね」

 

 まるで拒否することが例外のような言い草だ。

 普通は拒否するだろう。

 ただ、目の前のこの男は普通ではない。

 

 命を落とした際に本来の迷宮守護者になれると言われたら、アルゴの場合は喜んでそうなってしまうような危うさがある。

 

 ――いや……もしかしたらすでに?

 

 もしそうだとしても、アルゴを非難するわけではない。

 モリアにとってアルゴとは、元よりそういう人物である。

 

 善悪だとか倫理だとか、たとえ他の兄弟と価値観が対立していたとしても。

 その研究を否定し、戦わなければならない未来が訪れたとしても。

 モリアは決して、アルゴ自身を否定するつもりはない。

 

 

 

 

「起きたか」

 

 そう声を掛けてきたのはロカだった。

 日はまだ高く、眠っていたのはほんの数時間らしい。

 

 意識がはっきりしてくると、夜までにもっと距離を稼がねばならぬことを思い出して身体を起こす。

 

「もう動けるかの」

「問題ないよ。進むならやっぱり昼間のほうがいいからね」

 

 兄弟たちの夢を見ることは別に珍しくない。

 アルゴの話が出たばかりなのだから、アルゴの夢を見ることも自然なことだ。

 

 だが――

 

 いつぞやのセルピナの夢のように、奇妙な現実感があったことは否めない。

 迷宮では何が起こるか分からない。

 前回と同様、本人が近くに居る可能性も捨てきれなかった。

 

 必要とされるのであれば、必ず助けに行く。

 そうではないのかもしれない、とは思いつつ。

 

 アミュレットホルダーのベルトを腰に巻いて装備する。

 中身の呪符が使えずとも、この手掛かりを捨てるには早い。

 

 モリアの中では、セルピナとの戦いが記憶に深く刻まれている。

 だから、ある可能性をどうしても危惧してしまう。

 今は確信に足る材料などほとんどないが、それでも頭から離れない可能性。

 

 ワームを率いる迷宮守護者の正体は、アルゴなのではないか――ということ。

 

 ――アルゴが望んでそうなったのなら、それは別にいいんだ。でも……。

 

 メグレズの里を守ることが、ひいてはライシュタットの街を守ることになる。

 それはセルピナとの約束でもあった。

 もしもアルゴと対立するようことが、実際にあるのならば。

 

 決着はせめて――――自分の、この手で。

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