ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第29話 メラク

 三人組の後方へと近付く。

 そこそこ腕が立つように見えるが、気配を読むのはそこまででもないらしい。

 狩りの獲物を無造作に引きずっているため、追跡者が草を擦る音にも気付かないのだろう。

 

 近付き過ぎるのも不自然だ。

 程々の距離で追跡を止め声を掛ける。

 

「あのう、すみません!」

 

 男たちは驚いたように振り向くが、まだ緊迫感は無い。

 だがモリアの姿を見るや、素早く武器に手を掛けた。

 

「誰だ! お前は!?」

 

 ――今の反応、他にも仲間が居るのは確定だな。

 

 武器を構えられたとはいえ、攻撃が届くのは細身の男が持つ弓矢だけだ。

 モリアは初めから両掌を相手に向けて、戦う気はないと意思表示している。

 これもまた大げさな演技という気もするが、多少の不自然さには目を瞑ってもらうしかない。

 自分の立てる作戦に穴が多いことは、モリアも自覚するところである。

 

「樹海で道に迷ってしまって。助けてください」

 

 嘘をついてしまうと、交渉が上手くいった場合に後々面倒だ。

 話の内容に矛盾が生じて、あらぬ疑いをかけられてしまう。

 言いたくない情報は、はぐらかして伝えるしかない。

 精霊魔法が使えず道に迷ったのは事実だ。別に嘘ではないと、自身に言い聞かせる。

 

「お前は、どこの集落の者だ」

「集落……? 気付いたら突然樹海の中に居て、何が起きたのか……」

 

 男たちは顔を見合わせ相談する。

 

「新参のセトラーズか? どうする?」

「王国人だろう。殺せばいい」

「奴の集落を聞き出してからだ」

 

 その会話を聞いて、少し馬鹿馬鹿しくなってきた。

 ロカの話には対立勢力としての感情も混ざっているだろうと考え、慎重に行動したのだが。

 本当に聞いた通りの凶暴な集団であるらしい。

 ならば遠慮は無用だが、下っ端ではない群れの長の意見も聞きたくはある。

 

「待ってください。取り引きは出来ませんか? あなた方の代表者に会わせてください」

 

 何故彼らに他の仲間がいることを知っているのか。

 そう聞かれたらそれまでだが、丁寧に交渉するような相手ではないと見切りを付け、雑に本題に入る。

 その提案はあっさりと無視された。

 

「お前の仲間はどこに居て、集落はどこにある」

「方角が分からなくて……」

 

 北壁山脈が見えているのに、方角が分からないという設定は無理があるのでは。

 そう自分に問いかけてみるも、相手がそこを追求する気配はない。

 

「話にならないな。殺そう」

「それは本当にメラクの総意なのか? あなた方の判断で僕を殺し――後々問題にならないと、本当に言い切れるか?」

 

 モリアの雰囲気が豹変した。

 先程までと打って変わった、鋭い声が男たちの耳に突き刺さる。

 メラクの三人は一瞬硬直した。気付けばいつの間にか距離を詰められている。

 会話をしながら、モリアは少しずつ標的に近付いていた。

 

「僕を殺すのは代表者に会わせてからでも遅くはない。違いますか?」

 

 交渉が成立するにせよ決裂するにせよ、もうひと押しで結果が出る。

 三人の命は、彼らの行動次第だ。

 

 ピィィィ――と、草原に音が鳴り響いた。

 

 鳥や獣の声とも違う。笛の音だろうか。

 男たちはハッとしたように、武器を持つ手に力を込め直す。

 

「お前の仕業か!」

「他にも仲間が居やがったな!」

 

 ――警笛の音か。

 

 思い当たるのはロカのことだが、笛が鳴ったのは全く別の場所だ。

 ロカの居場所からは遠く離れている。

 ならば今の笛は、モリアには全く関係がない。

 

 だが――もはや取り返しは付かなかった。

 

 細身の男が持つ弓から矢が放たれる。

 その矢がモリアの横を通過すると同時に、男は()()った。

 

 自身に向けられた弓矢の射線は最初から分かり切っている。

 僅かに身体を動かすことで(かわ)し、同時に放った飛礫(つぶて)は男を一撃で絶命させた。

 

 続けざまに、背の低い男の頭蓋が砕かれる。

 この草原では背が低い敵は見逃しやすいため、優先的に仕留めたのだ。

 

 三人目の男は何が起きたのかも分からなかったが、咄嗟に身体を前に沈めた。

 飛び道具による攻撃を想定し、視界の悪い草むらへと潜る。

 やはり練度は悪くない。ライシュタットの平均的な衛兵よりも上と見た。

 そうでなければ、この樹海迷宮で悪名を馳せることなど到底不可能であろう。

 

 モリアも身体を前に沈め、距離を更に詰める。

 真っ直ぐに突き込まれた槍を避けると、すれ違いざまにショートソードで首を裂く。

 

 決着まで数瞬だった。

 

「さて……」

 

 転がった死体を眺めながら、何故こうなったのかを考える。

 

 ――どう足掻いても、戦いを避けられない相手もいる。

 

 軽率な接触が招いた結果といえなくもないが。

 モリアは、自分のことは棚に上げる性格であった。

 

 血を流さずに済むならと短い努力もしてみたが、結果はこの通り。

 メグレズはセトラーズ同士で協力する道を、メラクは排他的に自分たちのみを守る道を選んでいる。

 それだけのことと割り切っておく。

 

 警笛が鳴らされた方角へと意識を集中させる。

 草原のあちこちで集団の動く気配がした。

 ライシュタットへの影響は追々考えるとして、今はロカの安全が優先だ。

 

 総勢は恐らく三十人程度。そのうちの半数が、こちらに向かってくる。

 笛の鳴った方向とは逆なのに、何故こちらに来るのか。

 今の戦いを察知されたのかもしれない。

 そうだとすれば、恐るべき探知能力だ。

 

 逃げるのが得策だろうか。いや、そんなことはない。

 この相手の索敵、追跡方法は未知数だ。

 逃げても後手に回るだけだし、ロカを守り切れるかどうか分からない。

 

 ならば、最も確実な方法は。

 

 ――残念だけど、手心を加える余裕は無いな。

 

 メラクの構成員はそこそこに強かったが、それだけの集団ではあるまい。

 樹海北部で生き残るためには、メグレズの持つ精霊魔法のように相応の力が必要なはず。

 

 複数種族で構成されるが故に、互いの弱点を補えるというのも強みではあるだろう。

 だが、ばらばらの構成員をまとめ上げるものは何か。

 モリアはそれを、強力な統率者の存在ではないかと考えている。

 

 出来れば、幹部の顔を先に確認しておきたかった。

 三十の兵より、ひとりの強者のほうが重要なこともある。

 かつて開拓拠点で起きた反乱もそうだった。

 

 半ば閉じられた双眸に殺意が宿る。

 無駄な殺戮を好むわけではない。

 しかし、生存競争の相手に中途半端な情けを掛けることもない。

 

 メラクは――『交渉の相手』から『狩りの獲物』へと変わったのだ。

 

 モリアが何もしなくとも、メラクとライシュタットはいずれ接触していただろう。

 そして、その出会いは恐らく不幸な結果を生む。

 誰が接触しても同じなら、『開戦の原因』という貧乏くじを自分が引いても構わない。

 開拓者や衛兵が無駄に命を落とすよりマシというものだ。

 

 今一度死体を目視する。

 倒れた男たちが着る服には、鍵をモチーフとする刻印があしらわれていた。

 確かに盗賊ギルドの紋章である。

 現王国では、盗賊であるなどと自分からバラす者はいない。

 普通は盗賊ギルドの構成員であることは隠すものだ。

 

 旧帝国末期の感覚なのだろうか。

 全盛期の盗賊ギルドであれば、むしろ周囲を威嚇するためにわざと存在を誇示することすらあったという。

 外界から隔絶された迷宮の中で、彼らの時間は当時のまま止まっているのかもしれない。

 

 死体を悠長に調べている時間はなかった。

 今は、敵勢力に共通する特徴を確認するだけだ。

 向かってくる集団の側面に回り込むように、モリアも移動を開始する。

 

 草むらに隠れるよう、身を低くして駆ける。

 対してメラクの一団は、姿を隠すことなく前進していた。

 三つの小隊(パーティ)に分かれ、左右に展開している形だ。

 

 服装は先程倒した男たちと同じ。

 人間とあまり変わらぬ外見の者だけでなく、かなり異形の種族も混ざっているように見える。

 単なる被り物の可能性もあるが、もう少し近付かないと分からない。

 

 敵はこちらの位置を把握していたはずなのに、隊列の動きに変化が見られない。

 モリアが場所を変えても、相変わらず先程の位置に向けて移動している。

 考えられる理由は幾つかある。

 

 自分たちが移動している音で、こちらの音を聞き取れなくなった。

 あるいはモリアという敵の存在ではなく、殺された味方の状況しか把握していない。

 

 ――グルイーザやロカのような、魔法による索敵じゃなさそうだ。

 

 ならば幾分かはやりやすい。

 片翼のパーティに近付き、飛礫の射程距離に捉える。

 

 空気を切り裂く飛礫(つぶて)の音と共に、最初のひとりが倒される。

 

 続けてふたり、三人――

 草むらに伏せようとした四人目は、そのまま頭を砕かれた。

 頭部を守るように防御姿勢を取った五人目は鳩尾に投石を受けて崩れ落ち、やはり頭に止めの一撃を貰う。

 

 中央の小隊が異変に気付いたとき、片翼の小隊はすでに全滅していた。

 

 中央を崩すべく前進したモリアは、そこで指揮官らしき敵の姿を確認する。

 人間と変わらぬ体格と服装、しかし頭部の形状が著しく異なっていた。

 その敵は、ネコ科の猛獣のような頭をしていたのだ。

 

 ――獣人族!?

 

 初めて見る。

 それはそうだ。獣人族など希少種も希少種。

 北の辺境などで見かけるはずがない。

 

 その五感は人間よりも野生の獣に近いらしく、ならば遠距離から戦闘を察知されたのも納得だ。

 接近中に見つからなかったのも、先の推測から大きくは外れていないだろう。

 

 一瞬、『こんな希少種を殺したらマズいのではないか? 学術的な意味で……』などと考える。

 もちろん考えただけであり、実際に手を止めるわけではない。

 

 

 

 

 五感に優れる獣人は、石礫の一撃を急所から外した上に、白兵戦での身体能力も高かった。

 それでもモリアの技量には及ばず、中央の小隊は全滅。

 残る小隊も駆け付けたが、程なくして全て倒された。

 

 草原に居たメラクの総勢約三十のうち、半数が死亡した。

 

 残りがどう出るかは分からないが、これで終わりでいい。

 戦争であれば、とうに終了している割合の犠牲者数だ。

 もちろんここに居るのがメラクの全てなどとは思っていない。

 報復もあるだろう。

 しかし、口封じのための皆殺しになどする気はない。

 

 ――そんなことに、意味は無い。

 

 見えていないだけで他にも伏兵や斥候が潜んでいるかもしれないし、それらの者が逃げれば同じこと。

 それに事実を隠蔽するくらいなら、初めからこんなことはしていない。

 ライシュタットを新たな戦いに巻き込んでしまうかもしれないが。

 彼らとて降りかかる火の粉を払えるくらいでなければ、この樹海では生き残れないだろう。

 

 ふと、メラクへの疑問――心に引っ掛かっているものの正体が判明した。

 

 メラクの総数は知らない。

 しかし、ひとつひとつの種族であれば、そこまでの人数はいないのではないか。

 今戦った敵部隊に獣人はひとりしか居なかった。

 全体での割合もそう変わるまい。

 ならばどうやって長い歳月、種を根絶やさずに保ってきたのだ。

 

 ――やっぱり何かおかしいな。メラクという集団は。

 

 新手が近付いてきた。

 こちらに来ていなかった残り半数の集団から、何人かが向かってくる。

 様子を見に来ただけかもしれない。

 降伏の使者であればよいが、彼らはそういうことをするガラだろうか?

 そもそもモリアはまだ草むらの中に隠れているので、見つかってはいないだろう。

 他にも獣人種がいるのなら別だが。

 

 瞬間――――怖気(おぞけ)が走った。

 

 今まで感じたこともないような、言い知れぬ脅威。

 視界の塞がれた草むらの遥か向こうから……草を千切るような音が、凄まじい速度で近付いてくる。

 

 何度も聞いた音だ。

 

 それはモリア自身が投げる飛礫が、草を千切り標的に襲いかかるときのそれと同じ音だった。

 同じだが、違う。

 速度も威力も、飛礫よりずっと上だ。

 

 命の危機を直感し、反射的にその場から跳び退く。

 音を立てて気配を発してしまうことなど、構っていられない。

 そもそもこの『攻撃』をしてきた相手には、すでに居場所を察知されいる。

 

 跳び退く瞬間にそれが見えた。

 草むらの中を猛烈な速度で飛来したのは『矢』だ。

 どこから射っている?

 ほとんど水平に飛んできたということは、射手も草むらの中から射ったということだ。

 敵の姿も見えない、自分の周囲すらも見えない、そんな状況からここまで正確な一射を放ったというのか。

 

 跳び退いた後、即座にモリアは跳ね起きた。

 矢の飛んできた方向を確認する。

 誰も居ない、何も見えない。

 こちらに向かってきている他のメラクは視界に入った。

 射手は彼らではないし、恐らくたいした使い手でもない。

 だが。

 

 ――見えているのがふたりだけ? 他はどこに行った?

 

 第二射が放たれた。

 今度は矢が放たれた場所をほぼ特定できた。

 五十メートルほど先の草むら。

 しかし、誰の姿も見えない。

 

 草むらに跳び込んで二射目を躱す。

 矢は斜め上空に向けて飛んでいった。

 敵はやはり草原の中に身を沈め、低い位置から射っているのだ。

 

 こちらも身を低くして草原を駆ける。

 この射手に対して隠れる意味はあまりないようだが、これほどの相手だと残るふたりの存在も面倒だ。

 彼らの相手をしているときに射たれたら、矢を躱せない可能性も高い。

 

 今は辛うじて躱しているが、これ以上近付かれるとそれも難しくなる。

 だが、最低でも三十メートルまで近付かなければ飛礫での反撃すら出来ない。

 

 冷や汗が流れる感覚。

 レミーと初めて会ったときにも似た予感。

 

 それは――『この相手には、勝てないのではないか?』という予感だった。

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