ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第3話 樹海の噂

 沈痛な面持ちで、一行は進む。

 先頭は衛兵四人。モリアとレミーがふたりで殿(しんがり)を務めることになった。

 レミーは犠牲者が持っていた長剣(ロングソード)を貰い、小剣はモリアに返却する。

 

「弓矢より距離は劣る、か。威力はむしろ高いような気もしたがな」

「距離が近いんだからそりゃ威力は出るよ。同じ距離なら矢のほうが強いんじゃない?」

 

 レミーからすれば、樹木に短剣を根本まで突き刺すような力の持ち主が投げる石である。

 あまり鵜呑みには出来ないなと、肩をすくめるだけだった。

 

「樹海の獣とは、ずいぶん殺意が高いんだな。そういうものなのか?」

「聞いてはいたんだけどね。あんまり狩りの知識は役に立たないかも……」

 

 怪我人を運ぶ者たちは手が塞がっているため気が気ではなかったが、「敵が近付いたら教える」というモリアの言葉に少し落ち着きを取り戻す。

 

 周囲が薄暗くなり始めた頃、ようやく第二開拓拠点の明かりが見えてきた。

 防護柵の周りには堀が掘られてあり、簡単な罠もいくつか仕掛けてあるようだ。

 ここ『第二開拓拠点』は既に樹海の内部であり、周囲の生物は全て敵といっても大げさではない。

 船に乗れば河に逃げられる第一拠点とは異なり、滞在するのも命がけである。

 一行に気付いた見張りが迎えに来る。

 

「なんだあ? 怪我人か?」

「ここらで見かけない獣が出たんだ」

「北から南下してきたのかもしれねえな……最近妙に活気付いてるみたいだ」

 

 見張りは自由開拓者の証である白鉄札(しろがねふだ)を首から提げている。

 自由開拓者はプレートを装備していないことも多い。そこからして自由なのだ。

 ただ、この開拓拠点では特例と区別するために提げていたほうが便利なのだろう。

 

 怪我人は拠点に運び込まれた。

 彼らが無事に街に帰れるかは分からないが、取り敢えずの安全は確保できた。

 特例たちもやっと休むことが出来る。

 拠点内の天幕は数が足りず、新入りの特例は野営とほぼ変わらない。

 しかし贅沢を言う気も起きず、怪我人を運んできた者たちは指定された場所に腰を下ろした。

 

「モリア、レミー。少しいいか」

 

 衛兵に呼ばれ、ふたりはそちらへと向かう。

 

「ここの特例を仕切ってる男が、お前たちに話があるそうだ。来てくれ」

 

 

 

 

 拠点の中央部にはいくつか大きめの天幕があるが、そのうちのひとつに入る。

 中に居たのは衛兵の隊長と、黒鉄札を首に提げた金髪の男だった。

 鍛え上げられた肉体と、それに不釣り合いなほどの綺麗な顔。

 

 ――貴族だな。

 

 そうモリアは直感した。

 貴族は戦うことが仕事。

 全ての貴族が勤勉に己を鍛えるわけではないが、生活に追われる下層の者と異なり、充分な食事と豊富な訓練時間、優れた指導者によって彼らは強くなることが出来る。

 そうした立場の者が纏う、独特の雰囲気をモリアは感じ取っていた。

 

 では何故、貴族が特例になどなっているのか。

 それはどうでもよかった。

 モリアやレミーですらそこそこ特殊な事情があるのだ。

 貴族ともなれば色々だろう。

 

「おお、君たちか。奥地の獣を容易く退けたというのは」

「どうも。モリアといいます」

「レミーだ」

「私はウェルゲン。第二開拓拠点の特例の長をしている」

 

 ウェルゲンからは戦闘の様子や特技について聞かれた。

 どうせ見られている技だ。隠すほどのものではない。

 彼がモリアたちを呼んだ目的は次のようなものだった。

 

「第三開拓拠点を設営する志願者を募っている」

「命令じゃないんですか?」

「最終的には命令になるが、意欲のある者を中心に据えたいのだ」

「いいですよ。行きましょう」

「俺も異論は無い」

「お、おい……お前たち。そんなあっさり……」

 

 衛兵の立場からすれば特例に死地に行って貰わねば困るだろうが、即答されたことに隊長は戸惑っているらしい。

 ウェルゲンも少し考え込んでから意見を述べる。

 

「樹海の奥に行けば更に危険は増すだろう。分かって言っているのかね?」

「僕は見ての通り木樵(きこり)向けの体格じゃありませんので。ここに居てもたいして役に立てないです」

「俺も集団作業では皆の迷惑になるかもしれん。獣相手のほうが役に立てると思う」

「いや……設営では木樵も作業もしてもらわねば困るのだが……」

 

 しかし樹海の拠点設営時に物を言うのはなんといっても生存能力だ。

 それは第二開拓拠点を設営したウェルゲン自身が一番良く分かっている。

 

「まあいい。決まりだな。ふたりには第三開拓拠点の設営に加わって貰おう」

 

 

 

 

 翌日に不足している参加者を募ったところ、モリアたちと共に第二拠点に来た特例開拓者のうち、四名が新たに志願したという。

 モリアとレミーが参加するのならば、と承諾したらしい。

 樹海の何処に居ても危険なら、せめて実力を知っている強者のそばが良いと判断したのだろう。

 その判断が吉と出るか凶と出るか、今はまだ誰にも分からない。

 

 ライシュタットの街から腕利きの衛兵が五名。

 高額の依頼報酬で参加する自由開拓者が五名。

 命令されて参加する古株の特例開拓者が四名。

 志願した新人特例開拓者が六名。

 それで人数は定員となった。

 以上二十名で、第三開拓拠点の設営に挑む。

 

 このうちの何名かは既に設営地点を調査しており、全くの未知の場所に行くわけではない。

 調査済の場所であれば、死亡率は格段に下がるだろう。

 

「なあ、今更こんなことを聞くのもあれだが、なんで危険な奥地に向けて開拓していくんだ?」

 

 新人の特例からの発言だ。

 望んでここに来たのでなければ、ある意味当然の疑問かもしれない。

 白鉄札を首に提げた自由開拓者がその疑問に答える。

 

「奥に行けば行くほど、より希少な資源があってより儲かる。皆それを期待してんのさ。なお本当にそうだという保証は無い」

 

「無いのかよ……」

 

 開拓者の目的は様々だが、要約すればそんなところであろう。

 実際、第二開拓拠点は期待通りの成果を上げている。

 ライシュタットの街のような強固な城壁を築きながら安全に開拓していたのでは、樹海を踏破するまで何十年かかるか分かったものではない。

 

 そう。樹海を踏破した者は、少なくとも王国の公式記録上は存在しないのだ。

 樹海生物の殺意の高さから、野営をしながら進むのはあまりにも危険。

 そのため、日中に移動できる距離毎に中継地ともいえる拠点を築くことで、踏破を目指そうということである。

 もっとも街としては儲かれば良いわけで、本気で踏破を目指しているわけではない。

 

 もちろん中には踏破を目指す者もいる。

 学術的な意味もあれば、迷宮を発見し一攫千金を狙う者もいるだろう。

 理由は様々だ。

 そして、樹海に飲まれていく。

 

 また、そうやって樹海に飲まれた者たちを探しに行く人物もここにひとり。

 

「北の古代迷宮を発見できれば大金持ちかもよ。そうすれば特例なんてすぐ抜けられるんじゃない?」

「お? 坊主は借金返済が目的なのか?」

「いや、そいつは志願して特例になってんだよ。人を探してるんだとさ」

「志願? それなら自由開拓者でいいんじゃ……」

「あっ! おめえ、もしかして十五歳未満なのかよ!」

「へえー。どんな奴を探してるんだ?」

 

 質問をした男に、モリアは軽い調子で答える。

 

「樹海に飲まれた自由開拓者だよ。どんな……って言われても、骨になったんなら皆同じようなもんでしょ」

「…………お、おお。そうか」

「ぶははは。最初はなんでガキなんかが混ざってるのかと思ったけど、面白えヤツだな!」

 

 命令で来た者と自分の意思で来た者はおよそ半々。

 しかし、わざわざ死にに行くわけではない。

 集まった者たちは、皆それなりに肝が据わっていた。

 

 そして、一行は日が落ちる前に目的地に辿り着く。

 樹海の至るところには小さな水の流れがあるが、ここも例外ではない。

 最低限の飲み水は確保できるが、そこを縄張りとする獣との争いもおまけで付いてくる。

 

 道中、樹海の獣との遭遇は一度だけ。

 後衛のモリアとレミーが出る幕はなく、猪のような獣は複数の開拓者が放った弓矢だけで仕留められていた。

 

 一日目の夜は、ほぼ無防備な場所で野営をおこなうため、簡単な防護柵の作成に取り掛かる。

 強力な獣を止めるのは無理だろうが、音も無く忍び寄るのは難しくなるはずだ。

 この面子であれば、それで充分に戦えるだろう。

 

 夜の見張りは三交代。七人の組がふたつと六人の組がひとつ。

 真ん中の時間、二番手担当だと、寝たり起きたりでせわしない。

 一行の長を務める衛兵の男と、レミーはその時間を担当する六人組に入った。

 獣の襲撃もなく、夜は更けていった。

 最も防備が手薄な初日に襲撃がないのはツイている。

 

「悪くない出だしだな。後は頼む」

「お疲れ様、レミー」

 

 明け方の三番手である、モリアたちの出番が訪れた。

 特例三名、自由開拓者二名、衛兵二名の七人である。

 防護柵の中央に天幕。その近くで焚き火を囲み、交代で天幕の反対側を含めた周囲の様子を見て回る。

 

「それでなあ、樹海の奥にひとりで歩く女が居たって言うんだよ」

 

 焚き火の周りで座る者たちは、抑えめの声で他愛も無い話をする。

 話題が豊富なのは、やはり自由開拓者だ。

 街の外の出身で、且つ樹海探索の経験もこの中では最も多い。

 

「街の酒場じゃ、そんな阿呆な話で盛り上がってんのか」

「願望で幻覚を見るとか、引退考えたほうがいいんじゃないのかそいつ」

「それが証言が複数あるんだよな。そいつら同士は関わりが無いのにだぜ」

「本当に普通の女だったら歓迎するけど、ロクな話じゃなさそうだなあ……」

 

 ――樹海の中でひとり、か。

 

 少なくとも自分の探し人ではなさそうだと、焚き火を見ながらモリアは考えていた。

 

「小僧、なに興味なさそうに無視してんだ。お前はどう思うよ」

 

 ある男はからかうようにモリアに絡んできた。

 場を和ませようと思ったのかもしれないが、逆効果の答えが返される。

 

「悪霊かなんかなんじゃないの……それ」

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