ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第33話 獄炎

 メグレズの里北方まで戻ってきたモリアたちは、道すがら樹海の魔物との戦闘を積極的におこなっていた。

 ザジが遠距離の獲物を仕留めつつ質問する。

 

「つまり、魔物には魔力の根源となる部位があって、そこが急所となるわけか」

「そう。身体構造が人や獣のそれであれば、頭部や心臓が魔術的な根源になるから、普通の生き物と弱点は大差ない」

「ワームは例外というわけかの?」

 

 ロカの質問に対し、モリアは少し考え込む。

 

「どうだろう……。人でいう頭部や心臓がどこなのか、確認していない。仮に同じような構造だとしても、戦闘中に目視で急所を射抜くにはかなりの手数か経験、どちらかが必要だ」

 

 身体構造が人と大きく異なると、頭部はともかく心臓の位置は分かりにくい。

 首を落とすのは相手が巨大すぎて現実的ではない。

 アルゴの呪符魔法であれば、ワームの首を落とすくらいは出来たかもしれないが。

 

「だからこそ魔力の核を探ることが重要なのだな。把握した。では早速標的を見に行こう」

「もう行くのか!」

 

 ザジの提案に、ロカが驚いたように声を上げる。

 モリアはその意図を察していた。

 

「確かに、この辺の獣相手じゃあまり練習にはならないかも……」

「もっと人や獣から外見がかけ離れた相手と戦う必要があるのじゃな。地下迷宮にはそのような魔物もおるんじゃが、その入り口を塞がれていてはのう」

「でも、魔力の元を断つという考え方は理解した。他の魔物で練習するより、実物を見たほうが手っ取り早い」

 

 ワームが居るのはメグレズの里と地下迷宮入り口の二箇所。

 前者には三体、後者には二体。

 

「本来なら里の救助を優先すべきだけど、ワームが暴れ回る可能性を考えると失敗は許されない。先に地下迷宮に向かおう」

 

 ふたりもモリアの意見に賛同し、一行は地下迷宮へと向かう。

 

 

 

 

「弱点というほど、はっきりした気配は視えない。ぼんやりと魔力は感じる」

 

 標的から少し離れた樹の上、ザジが前方を見下ろしながら言った。

 地下迷宮の入り口はへし折れ倒された樹々に埋もれており、その周りを長大なワームがぐるりと一周している。

 口のある頭部周辺に魔力が集中しているが、確かに弱点を絞り込めるほどではない。

 

「里のほうに出た個体は、動いているときのほうがはっきりと魔核の場所を絞り込めた。試しに起こしてみるしかないかな」

「もう一体はどこにおるんじゃ」

「地中だね。前に居た場所から動いてない」

 

 地下迷宮があるので、地中のワームの動きはだいぶ制限される。

 迷宮を挟んで反対側の地表に居る限り、地中から急襲される心配は格段に減るだろう。

 

「動かすのなら、試しに矢でも射ち込んでみるか?」

「いや……。倒せそうならそのまま倒してしまいたい。ここからは手筈通りに」

 

 ザジが頷いたのを確認すると、モリアは樹の上から枝を伝って前方へと進む。

 簡単な手信号は伝えてある。魔力探知が無理そうであれば、作戦中止の合図を出してもらう予定だ。

 

 モリアの仕事は敵を引き付け、射手に近付けないこと。ただし、射程外まで誘導してもいけない。

 敵が一体だけなら矢で起こす方法でも良いが、二体目がどう動くか分からなかった。

 魔法矢をすぐ回収するためにも、出来るだけ頭部のそばに居たくもある。

 

 低い枝を中継し、地面へと降り立った。

 ワームの頭部はもう目の前。そしてここは、ロカの隠蔽魔法の効果範囲外だ。

 ライシュタットの地下で戦ったワームは芋虫のように柔らかそうな表皮だったが、この個体の表面からは蛇の鱗のような硬質さが見て取れる。

 

 ――竜の一種なら、成長するに連れてそれらしくなるんだろうか?

 

 カチャリ、と音がした。

 

 巨大な体躯の表面が僅かに蠢き、鱗と鱗がぶつかり合った音。

 それを合図とするかのように、カチャカチャと音が鳴り響く。

 そして、頭部の一点で魔力が高まった。総身に魔力を巡らせ操るべく、魔力核がその気配を顕にしているのだ。

 

 ついにワームが動き出した。

 モリアは敵の体躯から頭部の可動範囲を予測し、攻撃を躱せるぎりぎりの位置へと移動する。

 ワームはその鎌首をもたげ、獲物に狙いを定めるように顎門の向きを旋回させた。

 無数の牙が生える口腔内の奥底から、この世のものとは思えない唸り声が響く。

 

 ――この咆哮、なんらかの魔力効果があるな。

 

 自身に備わる魔法抵抗力(マジックレジスタンス)のためその効果を知ることは出来ないが、成長したワームは想像以上に手強い魔物であるようだ。

 相性が悪い相手だと考えていたが、意外とそうでもないのかもしれない。

 少なくとも、近距離でこの咆哮に耐えられる者は自分以外にそういないだろう。

 

 首を伸ばされても届かない位置へと、モリアは走り続ける。

 ワームはその間合いを詰めるべく、胴体を前進させて波打つように身体を収縮させた。

 縮めた身体を伸ばすときの素早い動きで、一気に獲物を捉えようというのだ。

 だが、その動きを見てもモリアは元の間合いから動かない。

 ワームが頭部を高く持ち上げた。

 

 刹那――強烈な魔力の奔流がその頭部を穿つ。

 

 ザジの放ったメグレズの魔法矢が、ワームの魔力核を寸分違わずに貫いた。

 そのまま頭部を貫通して樹々の奥へと飛んでいく。

 魔法矢の指し示す魔力の射線が、正確に魔力核を狙っていることを察したモリアは、敢えて逃げずにワームの攻撃を誘ったのだ。

 

「まずは一匹……」

 

 そうつぶやくと同時に、足の裏から地響きを感じ取る。

 地下迷宮が通っているであろう場所から向こう側の地中に潜む二匹目が、地上に出てこようとしているのだ。

 ザジのほうを見ると、モリアに合図を送ってきてから、ロカともどもすぐに樹から跳び降りた。

 

 魔法矢は倒されたワームの頭部を中心として、反対側の樹海奥へと消えてしまっている。

 頭部を貫いたときに推力はだいぶ減衰しただろうが、それでも結構な距離を飛んだようだ。

 矢を回収してザジに渡すのはモリアの役目だったが、次のワームがすぐ近くまで迫っている。

 

 この状況ならザジが直接拾いに行ったほうが早い。

 そう判断してザジたちは森を迂回するように移動し、モリアは引き続きワームの注意を引くよう動く。

 

 地中から二匹目のワームが姿を現した。

 心の準備は出来ていたものの、飛んでくる土砂や樹木の軌道までは予測不能なので見てから躱すしかない。それらを辛うじて躱すと、ワームは咆哮を上げながらモリアの居る方へと突進する。

 その直線上の中央には迷宮の出入り口があった。

 ワームの攻撃を誘導すべく、予めそうなるように移動したのだ。

 モリアの狙い通り、迷宮入り口を塞いでいた樹木が撥ね飛ばされる。

 

 ――上手くいった!

 

 モリアが気にしていた懸念材料のひとつ、ライシュタットに通じる地下迷宮を塞ぐ障害物が除去された。

 しかしこのままワームが暴れ続けると、再び埋まってしまうかもしれない。

 また、ワームを倒すタイミングによっては死骸で塞がれる可能性もある。

 出来ればそうならないように仕留めたい。

 魔力探知の初心者であるザジに、そこまで考えての攻撃を求めるのは酷だ。

 この機会を逃さないためには、どうするべきか。

 

 ――仕方ない。今ここで使ってしまおう。

 

 勢いよく直進したワームがその巨体を急激に曲げることは難しい。

 相手とすれ違うように走り出したモリアは、正面にあった一体目の死骸を駆け上がり、更に跳び降りた後に樹海の奥へと向かう。

 二体目は急旋回しながら土埃を巻き上げた。

 迷宮入り口前を通過中の胴体部はまだ半ば。

 もう少し引き付ける必要がある。

 

 走りながらベルトポーチを開け、迷宮石を取り出した。

 グルイーザから受け取ったもうひとつの呪石。

 火成石を材料とするそれには、『火竜の呪石』とは種類の異なる呪文が刻まれている。

 

 地下迷宮の方向を確認する。

 ワームの尻尾が、完全にその前を通過した。

 身体を反転させてその場に急停止する。

 視界に捉えたワームの顎門が、獲物を砕かんと大きくひらく。

 

 その口腔内へと向けて、火成石を投擲した。

 

「――浄罪の獄炎」

 

 呪文を唱え終わると同時に、『煉獄の呪石』から魔力結界が展開される。

 直径は五メートル。

 外部からだけでなく、()()()()()魔法攻撃をも遮断する障壁である。

 

 その内側で、呪石は大爆発を起こした。

 

 火竜の息吹にも匹敵する膨大な炎の力は密閉された空間で荒れ狂い、『内部に閉じ込められた異物』を等しく灰燼に帰す。

 魔力核を含めたワームの口腔内直径五メートルは瞬時に空洞と化し、球形の窪みを穿たれたワームの()()だけがその場に残される。

 

 勢い余って突っ込んでくる死骸を、横に走って躱そうと試みる。

 それだけでは間に合わず、加速して前方の茂みへと跳び込んだ。

 すぐ後方で巨大な質量が通過し、樹海の樹々をも薙ぎ倒す。

 

「危ないところだった……」

 

 正面から迎撃するのは無理がありすぎた。

 地下迷宮の入り口まで確保するのは欲張りすぎだったかもしれない。

 ともかく、賭けには勝った。

 次があるなら、二度と正面からは攻撃すまいと心に誓う。

 

 ――それにしても。

 

 煉獄の呪石は凄まじい威力だった。

 攻撃力だけならアルゴの呪符魔法に勝るとも劣らない。

 球状に穿たれたワームの断面を観察していると、こちらにやって来るザジたちの姿が見えた。

 

 

 

 

「これはどうやったの? モリア」

「呪石魔法の一種だよ。ひとつしか持ってなかったから、もう使えない」

「一体だけなら倒せるとは、そういう意味じゃったか」

 

 合流したふたりは、死骸に残された攻撃痕の異様さに目を見張る。

 モリアはすぐに次なる敵、メグレズの里を囲む三体のワームについて思考を巡らせた。

 

「里のほうだけど、三体同時となるとなかなか厳しいね」

「魔法矢の予備があればよかったんじゃがのう……」

「それより、ここから里までどれくらいかかる?」

 

 ザジが空の様子を気にしながら言った。

 日の位置はだいぶ傾いている。

 

「今から移動すると、里に着くのは夕刻か……」

 

 魔力核を狙って攻撃するだけなら、視界の悪さはそこまで関係ない。

 だが遠くの動く標的を射るには、目視で動きを読んでその先を狙撃しなければならなかった。

 三体のワームを倒すのにどれだけの時間がかかるか分からない以上、夕刻から戦闘を始めるのは得策とはいえないだろう。

 

「今日はもう休息に当てよう。幸い、広い安全地帯も確保できたしね」

 

 地下迷宮の出入り口を指し示しながら、そう提案した。

 

 

 

 

 地下へ通じる階段は、石で組まれた小型の建造物に覆われている。

 石壁の表面はその気になれば人間の道具でも砕けるだろうが、建造物そのものはよほど頑強なのか、ワームによって壊されることもなかったようだ。

 モリアは今更ながら、興味深げに壁を観察する。

 

「壁を壊して迷宮の奥に進む、なんて話は聞かないしなあ……」

「迷宮生成術という魔法の骨組みの上に、石やら何やらの肉付けがされているようなものじゃからの。表面の石は削れても、中心部まではそう簡単に壊せんよ」

「樹海を切り拓こうとしても、森の再生速度に勝てなかったとも聞いている」

 

 北壁山脈に住まうというアリオトも、樹海迷宮の開拓を試みた時期があったのだろうか。

 王国史においても樹海開拓は何度も失敗している。

 限られた人口では余計に難しかろう。

 

 モリアを先頭に、ロカ、ザジの順で地下への階段を下りる。

 

 ふと、メラクやザジと出会った草原のことが頭に浮かぶ。

 迷宮特有の魔力がなく、どれくらいの間そうであったのかは分からないが、樹木が再生している様子もない。

 あの場所では『迷宮の骨組みそのもの』が破壊されているのだ。

 迷宮も所詮は誰かが造ったもの。絶対に壊せないということはないのだろうが、それにしても。

 

 ――どんな存在なら、あれほどの破壊を(もたら)せるのだろう?

 

 兄弟たちのことを思い出す。

 六人全員の力を合わせればそれくらいは可能な気もしてきたが、少し足りないような気もする。

 何より目的がよく分からない。

 迷宮を突破するために壁を壊そう、くらいならエリク辺りが言い出しそうではあるが。

 北壁山脈を目前にして樹海を薙ぎ払うなど、中途半端が過ぎるのではないか。

 

 階段を下りきった。

 発光石の光に照らされ、降魔石に囲まれた安全地帯は前に見たときと変化はない。

 泉の水が湧く音と、遠くから響くような自然の音、それ以外は何も聴こえなかった。

 ザジは地下迷宮に馴染みが無いらしく、周囲を注意深く観察している。

 

「この部屋に魔物が近付けないというのは分かった。他に危険はないのか?」

「少し前まではそうだと思ってたんだけど。メラクの存在を知った今となっては、安全とは言い切れないのかな……」

「まあ、精霊がおるから見張りが不要なことに変わりはないわい。ゆっくり休んでおけ」

 

 ロカと相談しつつ、焚き火の準備をする。

 半ば密閉された空間での焚き火に、ザジがやや難色を示した。

 

「地下迷宮の防衛機能のひとつでな。汚れた空気はかなりの速度で吸収、換気、再生される。焚き火ひとつくらいでは問題ない」

「迷宮内で火事が起きたら、煙での被害がとんでもないことになるからね。そういうのを防ぐためなんじゃないかって言われてる」

 

 そう言うモリアも、地下で火を使うのは初めてだ。

 他の地下迷宮の知識など、聞きかじりでしかない。肝心のこの迷宮が安全か否かを調べている時間がなかったためなのだが、地元のロカが大丈夫だと言うなら問題ないだろう。

 

 洞窟の入り口から火を放り込んで中の獣を仕留める、みたいな手は地下迷宮ではあまり使えないという。

 魔術師が使う『毒の雲(ポイズンクラウド)』などの魔法も短時間しか効果がないのだとか。

 

 そんな話をしつつ、いつしかモリアは眠りに落ちていた。

 

 

 

 

「モリア! ザジ! 起きろ!」

 

 ロカの声に、始めはゆっくりと……そして急速に意識を覚醒させて跳ね起きた。

 続いてザジも上体を起こし、すぐ横に置いてある弓に手を掛ける。

 

「通路の先から何か近付いてきておる。二足歩行で三体。この辺の魔物とは違うぞ」

 

 人型の魔物、あるいはセトラーズ。

 メラクであれば戦闘は避けられまい。

 草原での戦いでは、隠れ潜んでいた何者かに全員姿を見られているのだ。

 メグレズの里にやってくる可能性も低くはなかった。

 

 ――それにしては人数が少ないか?

 

 とはいえ里を攻める目的ではなく、モリアたち三人に対する刺客というなら理解できる。

 彼らの中にも、腕に覚えのある猛者がいるはずなのだ。

 そうでなければ、樹海迷宮の環境と彼らの悪名が釣り合わない。

 

 モリアも対象の気配を捉えた。

 気配は真っ直ぐこの部屋を目指しているように感じられる。

 ロカが深刻な様子でつぶやく。

 

「降魔石で出来た部屋に向かってくるなど、魔物の動きにしてはおかしい」

 

 ザジが弓に矢を番える。

 モリアはそれを制するように手で合図を出した。

 

「モリア?」

「大丈夫。あれは敵じゃない」

 

 通路の先に、やや懐かしい人影が見える。

 やがて部屋の前に到着し、開口部をくぐって室内へと入ってきた。

 長身に頑強な体躯、長剣を携えた黒髪褐色肌の男である。

 

「ここに居たか、モリア」

「呪石の講義はもういいの? レミー」

 

 続けて入ってきたのは、神官服の上に金属製の鎧を着込んだ少女。

 見た目の印象に不釣り合いな、戦鎚(バトルハンマー)をその手に握っている。

 

「モリア! 心配しましたよ」

「え? まだ十日は経ってなかったと思うけど?」

 

 モリアは自分が宣言した期限をきっちりと把握していた。

 今はまだ、七日目の夜のはずである。

 

「う……。それはまあ、そうなんですけど……」

 

 編み込んだ栗色の髪を片手で(もてあそ)びながら、ミーリットは何やら口籠っていた。

 

 その後ろから現れたのはローブ姿の少女、グルイーザ。

 彼女だけは、背嚢も背負っていない上に手ぶらである。

 光量の限られる迷宮内でも煌めく黄金の髪は、被られたフードの内側でも存在感を主張していた。

 その顔は恐ろしく整っているが、目付きの悪さと不敵な笑みを浮かべる口元のせいで神秘さは半減、妙に愛嬌が感じられる。

 もっとも、彼女に対してそんな感想を抱くのはモリアだけかもしれない。

 

 グルイーザは室内を見回し、その中に居る身長一メートル程度の小妖精、黒髪褐色肌の少女の姿を確認してからモリアに向き直る。

 

「なんか想像してたより、楽しそうなことになってんな。あたしも混ぜてくれよ」

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