ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第39話 勝利者の条件

 勝利は出来た。

 しかし、まだ由々しき問題が残っている。

 

 蛇竜の王は風刃の呪符で重傷を負った際、その頭部をいつの間にか大きく持ち上げていたのだ。

 集中していて気付かなかった。

 現在地は樹海の樹々よりも高く、地上まで数十メートルはある。

 

 このまま蛇竜の死骸が落下し地面に叩き付けられれば、モリアも尋常ではない衝撃を受けるだろう。

 死ぬ可能性もなくはない。

 未知の事態すぎて、どれくらいの確率で死ぬのか見当もつかない。

 ラゼルフも、こんな状況の知識については教えてくれなかった。

 

 衝撃で弾き落とされたら、更に死ぬ確率が上がる。

 身体をしっかり固定すべく、ロープを引き寄せる。

 妙な手応えだった。

 

 見れば、ロープを掛けている(とげ)の表面が、灰のようになって崩れ始めている。

 足が少し滑った。足元も同じように崩れているのだ。

 この現象は。

 

 ――迷宮守護者が斃れるときの、灰化現象か!

 

 今足場が消え去って、地上に落ちたならば。

 確率も何もない。確実に死ぬ。

 

 ――本当にそうか?

 

 樹木の枝葉が衝撃を和らげる可能性はないだろうか。

 いや、真下の樹木は蛇竜が潰してしまっている。

 足先から落ちて、一命を取り留める可能性は?

 

 即死さえしなければ、ミーリットの治癒魔法でなんとかならないだろうか。

 なお、モリアは彼女が治癒魔法を使うところを一度も見たことがない。

 テオドラ王女によれば腕は確からしいのだが。

 

 色々考えるものの、半ばあきらめかけている。

 

 ――これはもう、自分ではどうしようもないな。

 

 蛇竜の王が、灰のようになって崩れていく。

 その上に立つモリアも、するりと下へと落ちた。

 

 だが、数メートルも落ちないうちに。

 灰が吹き散らされる中に、何故か足場があった。

 身体に何かが纏わり付いて、パキパキと折れていく音がする。

 そのまま空中で引っ掛かるように停止した。

 

 この感触は、樹木の枝葉だ。

 自分が今落ちたのは、密集する枝の上のようだ。

 何故こんな高い位置に。

 いや……何故蛇竜の王が居た位置に、こんなものがあるのか。

 

 柔らかい風と共に、視界を遮る灰は散り散りとなってやがて消えていく。

 そして、眼下の風景を一望した。

 

「これは……」

 

 モリアは、樹海に生えるそれよりも、遥かに巨大な樹の頂上に居た。

 

 

 

 慎重に樹を降りていく。

 ある程度下に進むと枝も太くなってくるので、枝から枝へと跳び移り、素早く降りる。

 半分ほど進んでも、なお樹海の樹々よりも高い。

 

 つい先程まで、こんなものはなかったはずだ。

 この場に突然、巨大な樹が生えてきたとでもいうのか。

 途中まで降りてよく見てみれば、この樹には見覚えがあった。

 この枝の上に、登ったことすらある。

 

「迷宮守護者――フェクダか!」

 

 突如現れた大樹は、あの神樹フェクダに間違いない。

 ただし、今まで見てきたものとは比べ物にならない巨大さだ。

 

 樹海で尽きた命を循環させる――植物の特性を表すが如き力。

 恐らくはそれこそが、この迷宮守護者の能力だ。

 この神樹フェクダは、やはり樹海で死んだ生物の力を吸い取ることが出来るのだ。

 倒れたばかりの蛇竜の王の力を用いることで、急激な成長を実現させたに違いない。

 だが。

 

 ――余りにも、都合が良すぎる。

 

 まるで、モリアを助けるかのようにこの樹は出現した。

 風刃の呪符を最初にモリアに寄越してきたのも、このフェクダなのだ。

 

「ああ――」

 

 分かってしまった。

 理解してしまった。

 風刃の呪符に力を与え、この場に大樹を出現させた理由を。

 それらの現象を起こしたフェクダの意志を。

 

 全てに気付いたモリアは今、確かにその意志を感じ取ることが出来ていた。

 

「アルゴ……。()()()()()()()

 

 

 

 そして、フェクダ――アルゴは意志を言葉として伝えてくる。

 

『白氷竜ドゥーベとの戦いでね。ぼくが最後に倒れたんだ』

「…………!」

 

 姿は見えない。

 それでも、確かにアルゴの声だ。

 

『以前言った通り……迷宮で命を落とした者は、いずれ別の存在となる。ぼくの場合は、このフェクダの一部となったわけさ』

「アルゴは、それで――」

 

 それでいいのか、と言いたかった。

 だが……モリアの知るアルゴならば、恐らく。

 

『セルピナには済まないことをしたと思う。間に合わなかったんだ。迷宮で循環する命のひとつとなってもいいなんて、ぼくぐらいだろうからね』

「自覚、あったんだ……」

『まあね』

 

 アルゴの説明に、少し疑問を感じて聞く。

 

「アルゴだけが残って、セルピナが間に合わなかったって、なら他の皆は……?」

『院長はそもそも人間だから、死して迷宮守護者になることはほぼあり得ない。フィムは、どうなったのかよく分からないんだ。そして、セルピナは間に合わなかった』

 

 ラゼルフ、フィム、セルピナは、最初に命を落としたということだろうか。

 

『ぼくはね、モリア。兄弟が死んだときにも備えていた。望まずして、迷宮に飲まれる者がいないように。だから、魔導護符を作った』

 

 迷宮に飲まれないために、魔導護符を。

 アルゴはあれを形見だと言っていた。ふたり分であるとも。

 では、『二竜の護符』とは誰の形見だというのか。

 モリアにはもう、答えが分かっていた。

 

『それは、きみのふたりの師匠――サンとティーリスの形見だよ』

 

 やはりそうなのか。

 そして、その護符はただのアミュレットではない。

 アルゴは、兄弟の心が迷宮に飲まれることがないようにと護符を作ったのだ。

 それが意味するところはつまり――

 

「魔導護符をその身に宿した者はいわば魔物の一種。だから、別の魔導護符に封じることが出来る。そういうことなのか……」

『そう。そしてそれこそが。迷宮の命の循環から魂を隔離する、ぼくが思い付ける唯一の方法だった』

 

 モリアは二竜の護符が納められたホルダーへと無意識に触れた。

 このアミュレットには、サンとティーリスの魂が封じられているのだ。

 その事実を、どう受け止めればいいのか分からない。

 

 この護符は、まともに機能することはないとアルゴは言っていた。

 然るべき呪文を唱えても、ふたりがこの世に蘇るわけではない。

 

『モリアのもとに――サンとティーリスを帰してあげたかったんだ』

「…………」

 

 そうだ。難しく考える必要などなかった。

 ただ、こう言えばいい。

 

「ありがとう、アルゴ。ふたりの形見は、確かに受け取ったよ」

 

 アルゴの姿は見えないが……そっと頷いたような、そんな気配を感じ取った。

 そして――

 

『あ、忘れてたけどエリクは多分生きてるよ』

「いや……忘れてたって」

『モリアも忘れていただろう?』

「それは、まあ」

 

 あの男が死んだとか言われても、そう信じられるものではない。

 だから無意識に除外して考えていた。

 

『あと最後に。あまり周りの人を振り回してはいけないよ』

「どういう意味?」

 

 アルゴの気配がフェクダの奥へと遠退いていく。

 別れを悟ったアルゴとモリアは、互いに最後の言葉を交わす。

 

『モリアは、ラゼルフ孤児院一の問題児だったからね』

「アルゴたちにだけは、言われたくないんだよなあ……」

 

 

 

 

 アルゴは残された僅かな意志の力で、モリアの姿を見ながら思う。

 

 六日前にも会ってはいるが、最後に直接会ったのは二ヶ月ほど前だ。

 成長期だというのに、背が伸びた様子はない。身体を鍛え過ぎなのだろう。

 伸ばしっ放しの茶色い髪は、以前と変わりないようだ。

 

 顔付きは少し変わっただろうか。

 精悍になったような気もするし、以前より柔らかい雰囲気になった気もする。

 

 過ぎ去りし日々を思い出す。

 あれは、いつのことだったか――

 

 

 

 短めの赤毛を指先で弄びながら、その女剣士はアルゴに言う。

 

『アタシが努力してないとは言わないけど、この力は院長から貰ったものだしなあ』

『それでも、その力を使いこなしているのはサン自身だよ』

『いやアタシより、モリア君のほうがやばくね? あの子なんであんなに戦えんの?』

『自分でモリアに剣を教えておいてそれかい……?』

 

 モリアが生身のままで異様な強さを見せるのは、そもそもサンとティーリスのせいなのだ。

 他の兄弟たちが魔人化の基礎を作るためのそれよりも、遥かに厳しい訓練をおこなっている。

 院長はそこまで無茶を()いてはいない。

 

 いくら常人にしては強いといっても、魔人には遠く及ばない。

 サンが言うのは、あくまでも自身が人間であった頃に比べての評価である。

 今でも一緒に訓練をしているのが、どだい無茶な話なのだ。

 

 モリアが逃げ出さないのが不思議なくらいなのだが……。

 この三人の間には、余人に測り難い絆があった。

 他の兄弟とは異なり、強さを追求すること自体を当然のことだと考えている節がある。

 

 三人とも、人として少しおかしいのではないだろうか。

 

『そりゃあ剣はアタシが教えたんだけど、投石術とかもやばいんだよ。石投げっていうレベルじゃないんだよ。なんかティーリスのやつ、「モリーが兄弟全員に勝てるまで鍛える」とか言ってるし』

 

 魔導護符の力を人体に移植する実験の最高傑作。

 最強の魔人――ティーリスをそこまで駆り立てるというのか。

 

 サンとティーリスは誰の命令も聞かないので、周りの誰も彼女らを止められない。

 ふたりがその計画を止めるのは、モリア本人が嫌がったときくらいであろう。

 アルゴは苦笑しながらつぶやきを漏らす。

 

『人間のままそこまで強くなられたら、魔導護符を用いる自分の研究に疑問を感じてしまうね……』

 

 

 

 強さとは、単純な力だけのことに(あら)ず。

 勝利というものが、生きて事を成し遂げることを意味していたのならば。

 

 あの頃から描かれていたティーリスの構想は、実現へと至りつつある。

 皮肉なことに――人間の力を最も信じたのは、最強の魔人だったのだ。

 

『これは……ぼくの()けかもしれないな』

 

 でも、今は――

 

『そうなってほしいと、心から願うよ』

 

 心残りを解消した今、自分の意識がフェクダの中に溶けていくのを感じる。

 悪い気はしない。

 

 時間や肉体のしがらみに囚われることなく、迷宮と共に生きる。

 これからはずっと、魔法や迷宮の研究に没頭出来るのだ。

 

 

 

 

 神樹フェクダから地上に降りる。

 モリアは、アルゴに力を与えていた魔導護符のことを考えていた。

 迷宮守護者ロティス。

 確か、樹木に変じて生涯を終えたとかいう伝説を持つ精霊だ。

 

 アルゴの身に降り掛かった呪いは、そのまま過ぎて告げる言葉もない。

 もっとも、本人にとって呪いだったのかどうかは分からないが。

 

 今は北方草原と呼ばれる場所で起きたという、白氷竜ドゥーベとの戦い。

 その戦いで全滅したとされるラゼルフ小隊は、以下のメンバーで構成されるパーティである。

 

 戦士フィム。

 植物魔術師セルピナ。

 呪符魔術師アルゴ。

 魔剣士サン。

 魔撃手ティーリス。

 無謀なるエリク。

 ホラ吹きラゼルフ。以上七名。

 

 セルピナとアルゴはモリアが直接確認しているし、サンとティーリスの形見も手元にある。

 フィムに関してはよく分からないが、いつかまた姿を見かけることもあるかもしれない。

 

 兄弟の中で唯一手掛かりが見つからない『無謀なるエリク』。

 その二つ名は文字通り、『考えなしのエリク』という意味だ。

 ホラ吹きラゼルフとは別の意味で酷い呼び名だった。

 純然たる冒険者ほど酷い二つ名になるのかもしれないなどと、モリアは考える。

 

 エリクの魔人としての能力はしぶとさだけであり、他に卓越した技能があるわけではなかった。

 それでも、彼ひとりだけが生き残っていたとしても別に不思議はない。

 足取りがつかめないのは、つまりまだ死んでいないということだと、モリアは判断している。

 

 

 

 

 戦いの翌日。

 

 メグレズの里にて、一行は大勢の小妖精たちに囲まれていた。

 いずれも子供のような外見である。実年齢は推して知るべし。

 砦の中の室内は人間には少し狭いが、中央部には吹き抜けの広場も存在する。

 そこで歓待を受けていたのだ。

 

 里を救った礼として、アリオトとライシュタットには人材を派遣してくれるらしい。

 準備に一日ほど待ってほしいとのことだった。

 

 アリオトには武具の提供だけでなく、精霊術師たちがそのまま滞在して向こうを手伝うそうだ。

 ライシュタットへは街の事情を鑑み、防衛設備などの作成に長けた者たちが選ばれる。

 モリアたちと顔馴染みだということで、ロカもライシュタット組に入ることになった。

 

 特例第一小隊は彼らと共に街に帰還し、モリアとレミーがアリオトを訪れるのはその後だ。

 案内役のザジもライシュタットへの同行を申し出ている。

 

 準備なのか宴なのか、商談なのか分からない会話が続いていた。

 モリアは特に注目されている。

 

「街を守る設備が足らんじゃろ? 外壁をわしらに任せろ」

「それより攻撃用のバリスタじゃ。安くしとくぞ」

「おいおい、大人気だなモリア」

 

 そうグルイーザにからかわれるが、人気なのはライシュタットの金であろう。

 礼は礼として、それ以外は金を取るらしい。

 もちろんそうしなければ健全な関係は築けないし、そうあるべきだ。

 ただ、別にモリアは街の代表でもなんでもないのだが。

 

「アリオトはカネを持ってなくていかん……おっと」

 

 ザジとレミーの眼光に気付いて、軽口を叩いたメグレズは口を塞いだ。

 ふたりはそんなことで怒るとは思えないので、単に名前を呼ばれたから見ただけだと思う。

 ついでにいうなら、ふたりとも目つきが悪いのだ。

 

「別にカネのせいだけではないぞ。おぬしは神樹の加護を受けし者じゃからな」

 

 と、ロカは言うのだが。

 皆が話しているうちにミーリットのほうが身分が高いことがバレて、商談攻めはそちらに移っていった。

 モリアはそっと輪の中から抜けて、広場の端に腰を下ろす。

 

 神樹とやらは砦の中からでもよく見える。

 メグレズの里すぐ近く、他の樹木の何倍もの高さを持つ大樹なのだ。

 元々あった普通の大きさのフェクダは、あの戦闘に巻き込まれて消えてしまったようだ。

 しかしモリアはそれらが同一の存在であることを理解しているし、里の者たちもそう思っている。

 メグレズたちは信仰対象がより近く、より大きくなったことを素直に喜んでいた。

 

 喧騒に目を戻すと、グルイーザに商談を持ち掛けている者たちがいる。

 

「べっぴんの嬢ちゃんもどうじゃ。化粧品とかは」

「あー、そういうの間に合ってるから」

「見たところ魔術師じゃな? 珍しい迷宮石もあるぞ」

「なに? ちょっと見せてみろ」

 

 別の場所では、レミーも商談攻めに遭っていた。

 

「アリオト用の大きさの鎧も造れるぞ。恩人だから安くしとくぜ」

「俺には必要ない」

「これならどうじゃ? メグレズの魔法剣」

「なに……? 詳しく聞かせてくれ」

 

 平和でやかましい宴は、一日中続いている。

 喧騒から抜け出してきたレミーは、少し疲れた顔でモリアの横に腰を下ろした。

 

「メグレズの魔法剣は買ったの?」

「……金が足りなかった」

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