ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第4話 消えた一族

「おいおい、妙なこと言うなよ」

 

 屈強な開拓者や衛兵でもその手の話が苦手な者はいるだろう。

 少し話の勢いが削がれてしまったようだ。

 

「今の、適当に言ったのか? それともなんか根拠が?」

「悪霊とかはその辺の人里に出現しても結構簡単に消えるって聞くけどね。迷宮みたいな特殊な空間だと長い間存在を保てるっていうでしょ?」

 

 ゴクリ、とツバを飲み込む音が聞こえた。

 樹海には迷宮が隠されているという噂。

 そして、今の時代は百年周期の古代迷宮の活動期。

 夜明けはまだ訪れず、暗闇には焚き火の炎が揺らめくのみ。

 

「あ……」

 

 モリアは木柵の外側、樹海の奥を見ながら突如立ち上がる。

 

「バッ……おま……脅かすな!」

「違う。獣だ」

「えっ」

 

 焚き火を背に、樹海に向けて数歩進む。

 木柵とモリアとの距離は約十メートル。

 

「いるな。確かに」

「寝てる奴らを起こすか?」

「一匹だけです。僕が削るので、とどめはお願いします」

「削る?」

 

 モリアは足元の石を拾い、身体を捻って溜めを作る。

 周囲の者はその動作から意図を察したものの、それで何が出来るのかと懐疑的だ。

 ガサガサという葉の音と共に、それは猛然と迫って来た。

 焚き火の光を反射してその目が光ったと思った瞬間、木柵を越えるべく跳躍する。

 

 同時に、ブンという風切り音が唸る。

 

 石が命中した打撃音と共に、木柵を跳び越えた獣は地面に落ち、そのままモリアの手前にまで滑り込んできた。

 左右から衛兵と白鉄札が同時に槍を突き降ろす。

 狼とも異なるイヌ科の大型獣は痙攣して地面に横たわったまま、しばらくして動かなくなった。

 

「とどめ、必要あったのかこれ……?」

 

 眉間から頭蓋を砕かれ、目が飛び出た頭部を見て衛兵は呆れたように言う。

 

「念押しは大事なので」

 

 両側から槍で首を突かれた獣を見て、満足げにモリアは答える。

 

「さて、この死体はどうする」

「食えると思うか?」

 

 モリアは短剣で少量の肉片を切除すると、それを口に含んだ後地面に吐き出した。

 

「まあ、当然というか別に毒はないね。虫には気を付けたほうがいいから生食と内臓はやめといたほうが無難かな」

 

 何人かは感心したように見ていたが、この程度の簡単な毒鑑定は他の者も出来るのだろう。

 あまり気にせずに次の質問へと移る。

 

「こいつの血の匂いで、他の獣が寄ってきたりしないか?」

「どうだろ? その可能性もあるけど、結構強い個体だから死体置いとけば雑魚避けにはなるかも。五分五分」

「どうせ食糧は確保しなくちゃならないんだ。食おうぜ」

 

 解体は夜が明けてからおこなうことにし、拠点陣地内に生えている樹に死体を吊るしておいた。

 

 

 

 

 朝になり、起き出してきた第三拠点の面々は、樹に吊るされた大型の肉食獣を見てギョッとする。

 隊長を務める男は、見張りを咎めるように言った。

 

「こんな大物が出たのに、誰も起こさなかったのか?」

「いや、それは仕方なかったんですよ。突然現れたと思ったら、あの小僧が石投げの一発で仕留めちまったんだから」

「なに……?」

 

 隊長はモリアを一瞥した後、獣の額に残る打撃痕を確認した。

 その後、改めてねぎらいの言葉をかける。

 

「ご苦労だったな。ウェルゲンもいい人材を寄越してくれた」

「いえ……あ、そうだ。夜の見張りの真ん中の番、今日からは僕入りますよ。慣れてるんで」

 

 新入りの特例のうち、モリアとレミー以外の四人は結構きつそうだ。

 脱落者が出たら困るのは、モリアも隊長も同じである。

 

「そうか……なら頼む。きつくなったら倒れる前に言えよ?」

 

 

 

 

 六日目の夜。

 

 新入りたちが環境に慣れ始め、モリアが樹海の獣の撃破数で不動の首位を築き、次点でレミーが続くようになった頃。

 拠点の木々は切り倒され、防護柵は徐々に広く、そして強固になっていった。

 だが、強固とはいえ獣を完全に防げるわけではなく、広くなればそれだけ夜の守りは手薄になる。

 明日には補給部隊が来る予定だ。

 無事に着くとは限らないので、臨機応変に対処する必要があるだろう。

 

「それじゃ、交代するぜ」

「やれやれ……やっと終わりかと思ったらひでえ目に遭ったぜ」

「寝てから起こされるよりマシだろ?」

 

 ちょうど交代の時刻に獣の襲撃があったのだ。

 人数が多かったので危なげなく撃退は成功した。

 モリアとレミーを含める六名が新たに見張りにつく。

 

 焚き火を囲みながらの話題は、最初の頃は白鉄札の世間話。続いてモリアに対する狩りの技術などの質問が多くなり、最近ではレミーについても皆の注目が集まりつつあった。

 大型の強力な獣と一対一で戦うときなど、レミーはモリア以上の実力を見せるためだ。

 

「結局よお、レミーはどこの何者なわけ?」

「お前の故郷は、お前みたいな強い奴が大勢いんのか?」

「故郷というか、俺の一族は皆死に絶えてな。生き残っているのは俺だけだ」

「おおう……お前もモリアと似たような境遇なのか。どういう偶然だよ」

 

 黒髪と褐色肌の組み合わせは珍しい。

 レミーは元々少数の民族の出で、生き残りは自分ひとりだけということらしい。

 一族の者は皆年老いていたが、やはり戦闘技術に秀でていたようだ。

 もっともレミー本人は世間知らずで、そのことを意識することはあまり無かった。

 

「特例になったのは色々あったみたいだけどよ。そもそもなんで開拓者に?」

 

 人探しのようなもの、とモリアは聞いている。

 世間とあまり関わりを持たなかった少数民族の生き残りが探すのは、如何なる人物であろうか。

 ありきたりなところでは、集落に来ていた行商人などが考えられよう。

 モリアはそう予想していた。

 

「俺の一族は、今から百年ほど前に大部分がこの地域で姿を消した。遠方への行商から一部の集団が戻ると、集落ごと消えて無くなっていたそうだ。俺の先祖に当たるのは、行商から帰ってきた集団のほうだ」

 

 奇妙な内容の話に、一瞬皆の合いの手が止まる。

 

「集落ごと?」

「どういう状態だったのか、具体的には分からない。百年も前だ。直接体験した者は生き残っていなかったからな」

「樹海の悪霊の次は集団神隠しかよ。お前ら、俺たちを怖がらせてからかってんじゃねえだろうな……」

 

 レミーは真面目な表情を崩さずに答える。

 

「消えた一族がどうなったのか、俺は純粋に興味がある。だから樹海に来た」

「別に樹海に住んでたわけじゃないんだろ?」

「百年前――前回の古代迷宮の活動期、か」

 

 モリアがボソリとつぶやいた言葉に、皆がはっとする。

 レミーは、一族が消えた原因は樹海の迷宮にあると考えているのか。

 北の大樹海にあるという古代迷宮の存在については、皆半信半疑といったところだ。

 だが悪霊も神隠しも、ただ危険な獣が多い森で起きた話としては不自然に感じられる。

 

 皆が静まり返ったとき、ちょうど見廻りが戻ってきた。

 周囲の警戒を交代するため、レミーは焚き火から離れていく。

 戻ってきた見廻りが腰を落ち着けたとき、南の方角を見ながらモリアが言った。

 

「またなんか来ましたね」

 

 もはやその言葉を疑う者はここには居ない。

 すぐに総員臨戦態勢となった。

 

「お前が見張ってるときばかり来るな……。数は?」

「二匹――いや、これ人間ですね。ふたりです」

「なに? 補給が第二拠点を出発するのは明日の予定だぞ?」

「これはひょっとしてあれか?」

「樹海の悪霊?」

「冗談はよせ……」

「樹海の悪霊はひとりだし女って話でしょ。どっちも多分男」

「おめえ、そんなことまで分かるのかよ」

 

 幸か不幸か、樹海の奥から出てきて焚き火の光に照らされたのは、モリアの言う通りふたりの男だった。

 見廻りに出ていたレミーも気配を察知して戻ってくる。

 男のうち片方は第二拠点の衛兵、もう片方は黒鉄札の特例だった。

 息を切らして、第三拠点に駆け込んで来る。

 

 一行が出迎えると、特例の男は開口一番で告げた。

 

「第二拠点が……落とされた」

 

 

 

 

 第二拠点から来たふたりの男が語ったのは、以下のような内容である。

 

 特例開拓者の長であるウェルゲンが反乱を起こしたというのだ。

 衛兵、自由開拓者の生死は不明。

 どれだけの特例が反乱に参加しているのかも不明だという。

 

「この拠点がすぐに襲われる可能性はあるか?」

「現場は今混乱しているし、第二にはこんな奥地まで来れる奴は少ない。だから時間の猶予はあると思う」

「なら、夜が明けてから話し合おう。あんたらもご苦労だったな。今のうちに休んでおいてくれ」

 

 只事ではなかったが、だからといって今全員を起こして行動しても、体力がもたないかもしれない。

 朝になるのを待つのは妥当な判断といえた。

 

 

 

 

 翌朝になり全員に情報が共有され、改めて話し合いの場が設けられる。

 

「よりによって補給前になあ……。それも考慮した上で昨日決行したのかもしれんが」

「第三に居る俺たちに邪魔されたら面倒だろうからな」

「さて、オレらはどうしたもんかね」

 

 街の衛兵、自由開拓者、特例開拓者はそれぞれ立場が異なる。

 探り合うように、慎重に発言をしているようだった。

 衛兵は反乱を収めねばならない立場だが、白鉄札が手を貸してくれるとは限らないし、黒鉄札は反乱に加担する可能性すらある。

 黒鉄札は数が多い上に、モリアやレミーを擁しているのだ。

 彼らの意見を無視は出来ないだろうと、隊長は声を掛けた。

 

「モリア、レミー。お前たちはなんかあるか?」

 

 レミーは「特に意見は無い」と首を横に振った。

 それまで黙っていたモリアは、第二拠点から来たという特例の男に向けて言う。

 

「衛兵さんはともかく、あなたいったい何者なんです?」

「え?」

 

 皆もその男に注目した。

 

「第二拠点から深夜に少人数で第三に来るのは命懸けです。街の兵士なら分かりますが、なんで黒鉄札が命を懸けるんです? 特例なら向こうに残ってもウェルゲンたちに殺される心配はないでしょう?」

 

 男はどう弁解するべきか少し悩んでいたようだが、全員の圧力に屈したのか、ぽつぽつと語り始める。

 

「俺は……街の上層部に雇われた諜報員なんだ。特例が不満を溜め込んでいないか、何か不正がないかを調べるための。それなのに反乱を未然に防げなかった。ウェルゲンには見抜かれていたのかもしれない……」

 

 ここまで一緒に来た第二拠点の衛兵も、驚いたようにその男を見ている。

 皆が少しざわつくなか、モリアの返答はあっさりとしたものだった。

 

「なんだ、それなら納得しました」

「いいのか? それで」

「なんらかの罠を疑ったんですけど、そうじゃないならいいんです」

 

 それっきりモリアは諜報員への興味を失ったようだ。

 微妙な空気になっていた周囲の面々も、それ以上の追求はしなかった。

 街の上層部は思ったよりも慎重で、様々な策を巡らせている。

 モリアは第二拠点の行く末について考え込んだ。

 

「第二の特例だって全員が従うわけもないし、百人もいないだろ?」

「それでどうするつもりなんだかなあ」

「今でも特例の長なんだから、頑張れば引退も出来たんじゃないのか?」

「無理なんだよ、あいつは。王都での権力争いに敗れてこんなとこに居るんだ。どんなに功績を上げても、この樹海からは出られない」

「ライシュタットの領主程度じゃ、覆せないってのか」

「別に樹海から出すだけなら出来るかもしれねえけどよ。領主サマもウェルゲンのために敵を増やす気なんかないのさ」

「その結果が反乱か。どっちのほうがマシだったのかね……」

 

 この場に居る特例たちも、無謀な反乱に加わる気はあまりないようだ。

 ひとまずはそのことに、衛兵たちも安堵する。

 

「反乱つっても、街を落とすなんて無理だよな」

「第二拠点に立て籠もって山賊のマネをするだけなのか?」

「それで生きてけんのか? モリアはどう思うよ」

 

 問われたモリアは思考を中断して答える。

 

「百人近い特例をこの樹海の狩りや採取で食わせていくなんて無理だよ。それにウェルゲンは特例の中では強いのかもしれないけど、街の白鉄札にはあの程度ゴロゴロいるでしょ。人数が減ったところを賞金稼ぎに襲われて終わり」

 

 この場に居る自由開拓者の者たちは、「それはそうだな」と納得する。

 特例は危険な樹海の奥地でこき使われ、白鉄札は自由気ままに街と樹海を行き来するだけだ。

 しかし白鉄札はピンキリで、中には一攫千金を狙う凄腕もちらほらと存在する。

 

「ほっとけばいいってことか」

「オレたちも特例だから、連座で処刑されたりしないか?」

「お前たちの無罪は我々が証言する」

「じゃあそれはお願いします。でも、もうひとつ問題があって」

 

 モリアは隊長に向き直って告げる。

 

「ライシュタットの支援が無いといずれ干上がるのは、僕たちも同じなんですよね。第二拠点と第三のどっちが先にくたばるか。何もしなければただの運任せだ」

 

「なら……どうしろというのだ」

 

 すぅ、とモリアの目は半眼になる。

 それは、狩りをするときの目だ。

 獲物を殺すときの、本気の殺意を宿した目だ。

 いまや第三の面々は皆、この少年の隠された一面を知っている。

 

「ウェルゲンの反乱――――僕たちで鎮圧しましょう」

 

 第二拠点に百人の反乱軍が居たとしても、大半は烏合の衆だ。

 ここに居る二十二名でも、奇襲をすれば勝てないことはない。

 

「あ、でも白鉄札の皆さんは別に得は無いですね。無理に参加する必要も無いと思います」

「それがそうでもねえんだよ。このままだと第三拠点を築いた成功報酬が無くなっちまうだろ?」

 

 ああ……、と皆が納得した。

 

「だからそれを補償してくれんならオレも手伝う」

「だな」

「分かったよ。街や組合への交渉は引き受ける。あんまり期待はすんなよ」

 

 その隊長の言葉で、全員の参加が決定した。

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