ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第42話 百折不撓

 その男は、薄暗い部屋で目を覚ました。

 

 これで何回目だったか。

 ゆっくりと上体を起こす。手のひらの指を閉じたり開けたりして調子を確かめる。

 装備はボロボロだが、身体の調子は悪くなかった。いつものことだ。

 

 近くには男の所持品である手斧が転がっている。

 樹海の樹々を伐採するため、そして武器として兼用するための安物の斧だ。

 ボサボサの茶色い髪を無造作に掻いた後、斧に手を伸ばす。

 

 男は立ち上がった。

 

 歳の頃は十代後半。

 それなりにしっかりとした体躯ではあるが、開拓者としてはやや頼りないほうか。

 身に(まと)う草色の開拓服は、ライシュタットの量産品。

 首からは銀色のプレートが提げられていた。

 それは自由開拓者の証――《白鉄札(しろがねふだ)》と呼ばれる認識票。

 

 すう、と息を吸い込んでから男は叫ぶ。

 

「ミザール!! 出てきやがれ! 今度こそブッ殺してやる!!!」

 

 いったい今はいつなのか。

 この『氷壁城』を訪れてからというもの、時間の感覚が無い。挑戦回数は十を超えた辺りからよく分からなくなっていた。

 薄闇の奥より返答の声が響く。

 性別の判然としない声で、ミザールと呼ばれたそれは言葉を紡ぐ。

 

『起きたのか、エリク。何度も言うようだが、(われ)に会いたくば力を示すことだ』

 

 男の名はエリク。

 今からおよそ二ヶ月前、北方大樹海で行方不明となったラゼルフ小隊――

 その、最後の生き残りと目される人物である。

 

 

 

 

「オラァッ!」

 

 何度目かも分からぬ挑戦。

 鎧を身に纏った、中身が人かどうかも不明な魔物は、エリクの猛攻の前に遂に崩れ落ちる。

 迷宮石の光に薄っすらと照らされた広間。石壁に囲まれたその空間は、昼も夜も変化なく、地上か地下かも分からなかった。

 

 虚空より声が響く。

 

『ようやく第一歩か。先が思いやられるな……だが――』

「ああ? これで第一歩だと? ふざけてんのか!?」

 

 何か言いかけたミザールを制し、文句を垂れる。

 

(なんじ)の後から来た挑戦者たちは、続々と次の段階に進んでいる。普通に考えれば、汝に見るべきところは無い』

「そうかよ」

 

 会話すらも面倒だとばかり、エリクは広間の奥にある扉へと向かう。

 力任せに蹴破ると、見えたのはやはり石壁に囲まれた通路、そしてその先にある上階への階段だった。

 階段を上ると新たな部屋へ出る。室内の中央には人工の泉が設置され、水が湧き出ていた。

 しかしエリクの目を奪ったのは、泉の縁石に腰掛けるひとりの人物。

 反射的に腰の手斧を抜く。

 

 ――新手の魔物か!? いや……この場所は。

 

 若干、肌がひりついた。

 魔物の力を由来とする、自分にとっても禁忌の場所。

 

「おっと、私は魔物でも迷宮守護者でもないよ。その物騒なものを下ろしてくれないか」

 

 その人物は、腰まで伸びた長い金髪を持つ女だった。

 迷宮の奥地に似つかわしくない美貌は、人心を惑わす良からぬ魔物を連想させる。

 黒と橙色を基調とした服は、北方辺境では見かけないような奇抜な意匠をしており、どこか吟遊詩人の衣装のようでもあった。

 

「確かにここは、迷宮の安全地帯のようだ。だからといって、お前が敵じゃないという保証もないけどな」

「私は君と同じく、この氷壁城の試練への挑戦者さ」

 

 口元に微笑をたたえ、女は語りかけてくる。

 エリクは下ろした斧を腰に納めることはせず、ゆっくりと前へ進んだ。

 睨むように女を見据え、疑問を口にする。

 

「挑戦者……城の外から来たのか。ならお前は、何処の何モンだ」

「私は神代の昔より知識を受け継ぎ、未来へと伝えし者。創世の蛇の眷属にして、十代目《黄金の魔女》。私の名は――グルヴェイグ」

「は?」

 

 何やら大げさな名乗りに、一瞬呆気に取られる。

 そして何処の何者であるのか、まるで説明になっていなかった。

 創世神の眷属とか抜かしたような気がするが、神殿の人間に聞かれたら火炙りにされても文句は言えまい。

 

 ――黄金……黄金か。

 

 何かが心に引っ掛かる。

 彼女の変わった響きの名前についてだろうか?

 孤児院の院長であるラゼルフや、長兄のフィムによる座学の思い出が脳裏をよぎった。

 しかし、エリクは覚えることが苦手だ。

 そういうのはセルピナやアルゴのような魔術師組……あるいはあの(さか)しらな末弟、モリアの領分だろう。

 残念ながら、エリクの頭脳では記憶の正体に思い至ることはない。

 彼女の名前の一部――gull(グル)とは、『黄金(ゴールド)』を意味する古代語だということに。

 

「……オレはエリクだ」

 

 色々考えた末、考えるのが苦手なエリクは普通に名乗りを返した。

 

「エリク、ここはひとつ休戦といかないか」

「敵でないのなら、元から争うつもりは()え」

「私もそのつもりだが、試練の主催者がどう考えているかは分からないからな」

 

 どういう意味かと、エリクの思考は再び停止した。

 会話が止まったことから、彼の疑問を察したグルヴェイグが話を続ける。

 

「試練を達成しても、全ての挑戦者の望みが叶えられるとは限らない。ならば、挑戦者同士が争わねばならない可能性もあるということさ」

「ああ? 力を示せってそういう意味かよ?」

 

 虚空に向けて問うも、氷壁城を統べると思しき迷宮守護者からの返答はない。

 ミザールは都合の悪い質問には沈黙で返す。幾度となくやり取りを交わしたエリクは、その性質をようやく学習しつつあった。

 

 ――否定しねえってことは、試練の『報酬』には限りがあるのかもな。

 

 相手が誰であろうと、()()を譲るつもりはエリクには無い。

 眼前の女が、敵だろうが味方だろうが同じことだ。

 

「お前の言いたいことは分かった。その時が来るまで、互いに争わないってことでいいな?」

 

 そう言って斧を腰のホルダーに納めた。

 それを見たグルヴェイグは満足そうに頷き、エリクに告げる。

 

「決着が付くその時は、まだ先だろう。星が揃っていないからな」

「星?」

「星占いだよ。天枢(ドゥーベ)天璇(メラク)天璣(フェクダ)天権(メグレズ)玉衡(アリオト)開陽(ミザール)――」

「占いかよ」

 

 エリクは星の位置を覚えるのが苦手で、故に星占いにも興味が無かった。

 

「実際に天に見える星ではなく、神々の世界の星だ。北天に輝く七つ星、その名をセプテントリオンという」

「そりゃあ……」

 

 北の四方迷宮の名、つまりは今居る大樹海のことだ。

 北方を司る風神の名でもあるのだが、例によってエリクの頭からその事実は抜けている。

 

「最後の星――七つ目の輝きは、未だ視えないけど」

「見えたらなんか起きんのかよ」

「星占いは所詮星占いさ。それ自体には何も無い」

 

 エリクは泉を挟んでグルヴェイグの向かい側に進んだ。その場で屈むと、手で掬って水を飲む。喉を潤す久方振りの感触に生を実感した。

 黄金の魔女は、その光景を微笑みながら見守っている。

 

「君が善良な人で助かったよ。他の挑戦者と仲良くするのは、正直かなり難しい」

「他のヤツらを知ってるのか?」

「ああ。彼らは樹海迷宮で最も凶悪なセトラーズ。遭遇すれば戦いは避けられまい。挑戦者の望みとか、そういうのとは関係なく、ね」

 

 この女が信用できるかどうかはともかく、樹海迷宮の凶悪な集団には覚えがある。

 避けられない戦いというものは、確かにあるのだ。

 

「そいつらと争いになったとして、勝てると思うか?」

「楽な相手ではない。この階層に居る者は少なくとも、最初の試練を突破しているのだから」

「最初の試練か……。オレも何度も失敗して、やっとここに来れたくらいだしな」

 

 それを聞いたグルヴェイグは、不思議なものに相対するような目でエリクを見つめた。

 

「何度も……? 君は何を言っているんだ?」

「何って――」

 

 ガシャン――

 部屋の外から鳴り響く音に、ふたりは即座に反応した。

 エリクは斧の柄を掴み、グルヴェイグは縁石から立ち上がる。

 

 室内にはエリクが通ってきた扉以外にも、いくつかの出入り口があった。

 そのうちのひとつから、何者かが歩いてくる音がする。

 金属の擦過音。恐らくは鎧を装備した者。魔物であるならば、降魔石で覆われた安全地帯に近付いてくることは通常ない。

 

 ――凶悪な挑戦者とやらか。

 

 やがて出入り口のひとつから現れたのは――

 グレートアックスを携え鋼の腕甲と脚甲を装備した、筋骨隆々の大男である。

 肌の色はやや赤みが強く、男の迫力を一層際立たせていた。

 

「おやおや。噂をすればだね」

「貴様らは……」

 

 大男は、グルヴェイグを見て少し驚いたような反応をする。

 だが次の瞬間、その視線は横のエリクに釘付けとなり、怒りの形相と共に肌の赤みが増していった。

 

「小僧……あの時の!」

「はた迷惑な連中ってのは、やっぱりテメェらかよ」

「おや、ふたりは知り合いなのかい?」

「こいつのことは何も知らねー。デカくて目立つから覚えてただけだ」

「なら教えてあげよう。彼の名は《鬼人》ディズノール。吟遊詩人の物語なんかで聞いたことはないかい? (オーガ)の血を引くと噂され、帝国末期の戦場で数多の敵兵を(ほふ)ったという――」

「嘘つけ。そんな昔話の英雄が今も生きてるわけねえだろ」

「正確にはディズノールのドッペルゲンガーだよ。ここに居る彼は模倣する影の一族――すなわちメラクの幹部ってわけさ」

「……?」

 

 エリクは意味が分からずに黙り込んだ。

 自身の正体を説明された大男、ディズノールは低い声で宣告する。

 

「女。貴様には後で聞きたいことがある。小僧は今ここで死ね」

「上等」

 

 そう答えると一歩踏み出し手斧を構える。

 対するディズノールも大斧を構え、一触即発の殺気が室内に満ちた。

 

「シェイドからは、全員死んだと聞かされていたがな。他の奴はどうした?」

「…………」

「貴様ら七人の中で、強者と呼べるのは五人だけ。ジジイと貴様は雑魚だ。雑魚だけが生き残るとは皮肉だな」

「……抜かせ。オレの持ち味は兄弟たちとは()げえんだよ」

 

 戦士フィム、植物魔術師セルピナ、呪符魔術師アルゴ、魔剣士サン、魔撃手ティーリス。

 今は亡き五人が紛れもない強者であったことは、エリクも認めている。

 老ラゼルフとエリク自身は、その域には遠く及ばないということも。

 

 様子を眺めるグルヴェイグは、鬼人の大男へと語り掛ける。

 

「へぇ~。でもって君たちは彼とは逆に、下っ端の雑魚を犠牲に最初の試練を突破したわけだ。ここに来るまでに、メラクの死体をいくつも見たよ。立派な幹部もいたものだね」

 

 痛烈な皮肉に、ディズノールの殺気が僅かに彼女へと逸れた。

 それを聞いたエリクは意外そうにつぶやく。

 

「あ? そんな大勢で戦って突破するとかアリだったのか?」

「もちろんさ。こんな胡散臭い城に大勢で突入する度胸があるのなら、それも立派なひとつの手だ。でも、そんなやり方では――」

 

 不敵な笑みをたたえ、黄金の魔女は予言するように告げる。

 

「――最終的に、死体の山を築くことになりそうな気もするけどね」

 

 ディズノールはそんな意見に興味は無いとばかりに鼻を鳴らすと、再びエリクに向き直った。

 グルヴェイグが忠告を飛ばす。

 

「エリク、彼と戦うのはお勧めしないよ。私と一緒に逃げよう」

「お前が言ったんじゃねえか。挑戦者の中で、勝ち残った者だけが報酬を得られると」

 

 だから、逃げても解決しないのだ。

 ミザールの言う『力を示せ』という条件は、彼らとの決着を付けろということだ。

 エリクは直感でそう解釈する。

 

 互いに駆け出し、手斧と大斧が交差した。

 体格差は歴然。僅か数合の打ち合いで、エリクの劣勢は誰の目にも明らかになる。

 エリクは逃げるべきだった。

 グルヴェイグと協力し、有利な条件でこの強敵と戦うべきだった。

 今この場には居ない末弟であれば、きっとそうしただろう。

 ここで無謀にも突撃するのが、エリクの言う持ち味といえばそうなのだが。

 

 躱し切れない攻撃を頭上に感じ、己の敗北を悟る。

 自身の頭蓋が砕ける音と共に――――エリクの視界は暗転した。

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