ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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第57話 魔撃手

 魔撃手(ルーンシューター)とはその名からも分かる通り、独自の魔法投擲術を扱う兵種のことだ。

 歴史上この兵種に該当するのはカイエだけであり、活動期間の短さもあって技の内容は不明であった。

 そのため後世では石投げのみで大軍を蹴散らすという、いかにも作り話然とした英雄として祀り上げられてしまったのだ。

 

 彼女独自の呪石魔法がその後、黄金魔女の一族によって密かに研究され今の時代へと受け継がれているのは、モリアも知っての通りである。

 

 なお、ティーリスが史上ふたり目の魔撃手であったことは、ラゼルフ孤児院の者たちを除き誰も知らない。

 もちろんティーリスとカイエでは、使う技は全く異なっている。魔剣士や魔撃手はそういう兵種だ。

 

 ――世の中上には上がいる。グルヴェイグの言う通り。

 

 十四歳で初めて実戦を経験したモリアに対し、カイエの初陣は十二歳。

 十四の頃には王国に今なお語り継がれる英雄譚の数々を積み上げた、伝説の人物だ。

 

「そんなヤツ、連中の拠点じゃ見てねーぞ」

「飛び道具使いなら、隠れて戦うのが定石だからね」

「ティーリスは堂々と姿晒してたが」

「あんなの基準にしちゃ駄目だよ……」

 

 メラクの里の戦いで、ティーリスとカイエは接敵していることになる。

 姿を晒して戦いながらもなお、ティーリスが自分を上回る魔撃手だとカイエは判断したのだろう。

 だからカイエは隠れたままの状態から逃走し、エリクがその姿を見ることはなかったわけだ。

 

 ――いや、エリクは単に大勢の顔を覚えられないだけか……?

 

 エリクの記憶力について考察している場合ではない。

 今は次なる作戦を立てるときである。

 

 横坑をいくつか抜けた先の部屋で、水路から上がる。

 先ほどは水路に跳び降りることで攻撃を躱したが、溝の中を攻撃されたらもう逃げ場は無い。

 いや、呪石が爆発するよりも早く床面に上がれば凌ぐことも可能だろうか。

 

「固まって移動すると、さっきの攻撃で全滅する恐れがある。散って動くのは必須だろうね」

 

 カイエも人類である以上、投石の飛距離は百メートル程度と仮定する。

 これに火竜の息吹の攻撃範囲、半径五十メートルを加算。

 城内の戦場は撃手が隠れて狙うに有利であり、遮蔽物で狙撃から逃れる側にも有利といえよう。

 

「敵の射程距離は少なく見積もって百五十メートル。ここが城内でなければ逃げる間もなく殺されている」

 

 言っている途中で思い出したが、アリオトはメートルという単位を知らなかったのではないか。

 それともそれは、レミーの里だけの話か。

 確認している暇はない。

 

「それを踏まえて、ドニはあちらの方角へ。カイエから離れるように移動してください。反撃は必要ありません」

(わし)に逃げろと?」

「いいえ、カイエの気を散らしてもらいます」

 

 この敵に対し、ドニに出来ることはほぼ無さそうだ。相性が悪すぎる。

 少しでも相手の気を散らせればそれでいい。

 ドニは悩んでいる時間も無駄だとすぐに悟り、頷いてその場から離れ姿を消す。

 

「オレは好きにやるぞ」

「ご勝手に」

 

 エリクに関しては放置でいいだろう。

 どうせ言うことを聞くようなタマではない。

 囮にでもなってくれれば上出来だ。

 分散したほうが良いということは理解したらしく、ドニとは別の方向に駆けていった。

 

「さて……」

 

 モリアはアミュレットホルダーから、一枚の呪符を取り出した。

 上空に発生した魔法の目から世界を俯瞰する――その名も『グリフォンの呪符』。

 実際に使用してみて、その特性を急ぎ理解しなければならない。

 札に刻まれた呪文を読み上げる。

 

「グリフォンの目(ズアイ)――開眼(オープン)

 

 周囲の景色が消え失せ、視界には氷の大地、そしてそこに開けられた大穴――

 

 ――これは、氷壁城を上空から見た景色か?

 

 大穴の底には円形の闘技場、氷の地面の奥底には薄っすらと巨大な建造物が見える。

 目に視えている光景は既に夜中。

 迷宮石の光が、氷壁城の全貌を浮かび上がらせているのだ。

 その内部へと、意識を集中する。

 

 ――ラゼルフの言う通りであれば……。

 

 やがて、それがモリアにも視えてくる。

 通路と部屋に張り巡らされた水路。

 氷壁城の一階の地形に違いない。

 

 更に、その上を移動する四つの気配も。

 

 ――今この一階に居る、僕たち四人の気配か?

 

 どれが誰の気配なのか、自分を含め三人までは分かった。

 消去法で、残るひとりがカイエに間違いない。

 そのカイエが向かっている方向は、ドニのいる場所。

 ドニは、わざと気配を消さずに移動しているのだ。

 

「無茶なことを……」

 

 ふと気付く。

 視覚情報だけでなく、対象の気配のようなものまで読み取る能力。

 この魔法にそんな機能はあっただろうか。

 ラゼルフもベルーアも、そんなことは全く言っていなかったはず。

 

 ――『使用者の力に呼応してグリフォンは羽ばたくのじゃ。より、(そら)高くへとな』

 

 ラゼルフの声が聴こえたような気がした。

 頭を振って意識を集中する。

 今はカイエの注意をこちらに引き付けねばならない。

 

 周囲の視界は閉ざされたままだが、グリフォンの視界のままでも戦えるのではないか。

 この術を編み出した大魔法使い、ベルーアはそうやって戦っていたはずなのだ。

 モリアは部屋から出ると、通路の上を駆け出した。

 

 互角の撃手(シューター)同士なら、この呪符の有無で勝負は付いただろう。

 それほどの優位を(もたら)す術だ。

 しかし相手は圧倒的な格上。伝説の怪物、投石術の英雄に対しどこまで食い下がれるのか。

 今この城でこの強敵と戦えるのは、モリアをおいて他にいない。

 

 ポーチの中から呪石を三つ取り出した。

 カイエの背後に大きく周り込み、通路奥に向けて遠投する。

 

「――再起の古兵」

 

 遠く通路で落ちた呪石が、たちまち大きくなり獣の骨格をかたちづくる。

 狼の牙を削り出した『骨牙の呪石』による呪石魔法、《骨牙兵(スパルトイ)》。

 

 三体の骨牙兵はモリアの意思を反映し、散開しながら駆け回る。

 その戦闘能力は生前の狼程度。

 戦力として充分ともいえるが、残念ながら、この氷壁城の戦いに付いてこれるような力ではない。

 

 城内に轟音が鳴り響いた。

 通路の奥が爆炎に埋め尽くされ、一体の骨牙兵が灰燼に帰す。

 残る二体は更に敵を引き付けるべく、付かず離れずの距離を保つ。

 

 ――また火竜の息吹(ドラゴンブレス)

 

 明らかな過剰火力。

 カイエ自身が呪石魔法の使い手である以上、残弾を気にせず戦えるということなのか。

 いや……。

 それは、一流の撃手の考え方ではない。

 

 ――もしかして、『爆炎の呪石』しか持っていないのか?

 

 あり得る話だ。

 カイエはそもそも並外れた強者。

 白兵戦と飛礫(つぶて)だけでも、少数相手なら問題なく圧倒できるはず。

 グルイーザのように多彩な呪石を用意する必要など、最初から無いのだ。

 

 骨牙兵の先へと回り込むように移動する。

 五十メートル以内では巻き込まれるが、さりとてそれ以上離れてはモリアの狙いを実行できない。

 

 更に爆炎が炸裂する。同時に二回。骨牙兵は全滅した。

 仕掛けるなら今しかない。

 

 ()()()()()()飛び出したモリアは、爆炎の熱気冷めやらぬ通路へと躍り出て、カイエの位置めがけ呪石を投擲する。

 

「――火竜の息吹」

 

 目には目を。

 ドラゴンブレスの爆炎が、カイエの気配を飲み込み周囲を焼き尽くす。

 グリフォンの目による優位性を活用した戦術――

 王国史にその名を刻む、生ける伝説ベルーアの戦い方だ。

 

 だが次の瞬間、モリアはカイエの気配が消えていないことに気付く。

 視界に映るカイエの気配が動き、燃え盛る炎の中から石礫(いしつぶて)の唸りが空を裂く。

 再び水路に跳び込んだモリアは、通ってきた水平坑を利用して元の部屋へと逃れた。

 背後で六度目の爆発音が響く。

 

 ――あれを喰らって、何故生きてるんだ!?

 

 モリアの知識で浮上した答えはひとつだけ。

 魔法由来の現象を打ち消す、攻撃魔法無効化の力――セルピナと同じ能力。

 それは人の限界を超えた迷宮守護者だからこそ、使える力だと思っていた。

 

 投石術の英雄――その作り話じみた伝説の数々が、呪石の件を除けば嘘や誇張ではなかったのだと、モリアは実感し始めている。

 この相手に力で対抗しようとすること自体、モリアにとっては間違いなのだと。

 

 そうと悟ったモリアは、更にもう一度水路へと潜った。

 敵はこちらと違い、相手の居場所を把握できるわけではない。

 意表を突くというならば、ここが真に最後の好機。

 

 元の通路に駆け上がり、再び呪石を取り出し投擲する。

 

「――絶気の極光」

 

 呪文と同時に、カイエのいる部屋へと飛び込んだ。

 そして、閃光と轟音がその部屋を満たす。

 石の名は『無感の呪石』。

 黄金魔女の一族が編み出したその魔法は、殺傷目的の魔法ではない。

 

 強烈な光と音、そして視界を防ぐ煙を周囲にバラ撒くだけの魔法だ。

 逃走用、あるいは相手の隙を作るための目的に特化した術。

 

 魔物から身を守る障壁に空飛ぶ気球、敵を傷付けない光――

 グルイーザの魔法は弱者が生きるため、様々な目的を達成するため――そのような理念に満ち(あふ)れている。

 戦場でしか魔法を使ってこなかった、カイエには浮かばぬ発想。

 

 光と音により視覚と聴覚を遮られ、部屋を満たす煙によって互いに一寸先も見通せぬこの状況。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――モリアはショートソードを振り降ろす。

 

 頭蓋を断ち切るような手応え。

 目の前の状況を確認すべく、グリフォンの視界を遮断した。

 そして煙は晴れ、両者は至近距離で対峙する。

 

 互いの、顔を見る。

 

 モリアが斬ったのは、カイエが付けている『仮面』であった。

 正中線に沿って切れ込みが入っている。恐らく中の顔には届いていない。

 動物の骨を削り出して作られたであろうそれが、モリアに手応えを錯覚させたのだろうか。

 

 カイエの白兵戦の実力は不明だが、弱かろうはずはなかった。

 攻撃魔法が効かない以上、至近距離だろうとドラゴンブレスで自爆するという切り札すら、カイエには残されている。

 

 だが、不運を嘆いても仕方がない。

 どのような状況でも、最善と信じた選択を積み重ねるしかない。

 

 モリアは踏み込み、渾身の速度でショートソードを振るう。

 狙うは露出した首筋。

 

 カイエは。

 

 カイエは()()()()()()()()()()()()、その一撃を受け入れ絶命した。

 

 

 

 倒れたカイエの死体を見て、モリアはその理由を考えている。

 しかし、いくら考えても答えは出ない。

 ひょっとしたらカイエは接近戦に自信がなく、絶望して死を受け入れてしまったのだろうか。

 

 ――それはないな……。

 

 投石術だけで身を守れれば苦労はない。

 それはモリア自身が一番よく分かっていることだ。

 伝説の英雄とて、人の身を超越した魔人ではない。

 カイエが歴史に名を残した伝説の数々を考えれば、剣術も超一流であったはずなのだ。

 

「ミザール、どうしてカイエは……」

 

 返事は無い。

 モリアは諦めてその場を立ち去ることにする。

 エリクとドニの居場所は分からないが、グリフォンの呪符の再使用は控えた。

 

 モリアが部屋から姿を消し、後にはカイエの亡骸だけが残された。

 

 

 

 

 エリクは、遠くの敵の気配を読めるほど器用ではない。

 それでも城内に響く爆発の音を聞けば、カイエが何処で戦っているかなどすぐに分かる。

 はずだったのだが……。

 

「おいおい、こっちも行き止まりかよ」

 

 壁を蹴っても解決しない。

 水路に降りて横坑を通ることも考えたが、そちらも微妙に方角が違う気がする。

 

 エリクが立てた作戦は簡潔にして明瞭。

 真っ直ぐ駆け寄って叩き斬る。これである。

 

 その前に消し炭にされてしまう可能性のほうが高かろうが、そこはモリアが上手く囮になってくれるだろう。

 こうして今も爆音が響いている。

 

 エリクがその部屋に辿り着いたのは、都合七回の爆発が起こった後だった。

 七度目だけは、妙に毛色の違う爆発音だったが。

 

「こいつは……」

 

 仰向けに倒れている死体は、旧帝国の一部で着られていたような民族衣装を身に纏っていた。

 同じような衣装を着ていた吟遊詩人を見たことがある。

 確か女性用の意匠であり、その死体も体型からして女性ではあろう。

 

 ならば投石術の英雄、カイエの亡骸に間違いない。

 

 顔は仮面に隠れていて見えなかったが、長い茶色の髪はいくつかに分けられ丁寧に編み込まれていた。

 首筋は刃物により斬り裂かれ、辺りに鮮血が飛び散っている。

 言うまでもなく致命傷だ。

 

 ――モリアに先を越されちまったか。首筋を一撃とはな。

 

 一瞬そう思ったが、仮面に縦に刻まれた切り込みも、斬撃痕のようだった。

 死体の確認はこれで充分だろう。

 エリクは部屋から立ち去ろうとして。

 

 ピシリ――

 

 亀裂音を聴いた。

 振り返れば、仮面の切り込みが深くなっているように見える。

 音はそこから聴こえたのだ。

 元々割れる寸前だったのだろう。

 

 そして――

 カランと乾いた音を立てて、ふたつに割れた仮面は地面へと落ちる。

 

 エリクは――仮面の下、カイエの素顔を見た。

 

「どういうことだよ……」

 

 エリクの頭は理解を拒み、身体は一瞬凍り付いたように動けなかった。

 仮面の下の死体の顔は――

 

 ()()()()()であった。

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