ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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1月 見習い登塔士

 ヴェストゥルム登塔団には、王国の各地から貴族の子弟が入団試験を受けにやって来る。

 受験者の数およそ四百名。対して合格者の枠は百名。

 倍率はさほどでもなく、親が金持ちなだけの無能な受験者もいないではない。

 だがわざわざ遠くからやって来る者には、幼少より教育を受けたエリートたちも多く存在する。

 

 この枠に平民が入り込むことは容易ではなく、今年の合格者のうち平民の数はわずか5人。

 そのうちの1人が現在17歳のクロードであった。

 入団試験の成績はまさかの――

 

 ――百位! 最下位だったか!

 

 本人はこの成績を気にした風はなく、むしろ己の幸運を噛み締めてはいたのだが。

 クロードは知らぬことだが、入団試験の成績には、家柄や縁故も加点対象となる。

 これを公平性に欠けると考えるか、生まれも実力のうちと考えるかは微妙な問題であろう。

 実力がものを言う迷宮探索組合としては腐敗ともいえるし、世に信用できる人材を送り出す機関としてはあながち間違いでもない。

 ともあれ、そのような試験を彼は潜り抜けたのである。

 

 合格者は1月より一年間、見習い登塔士として過ごすことになる。

 いや、一年後まで在籍することが出来るのはほんの一握り、9割は成績下位者から順に除名されていく。

 正規の登塔士になる資格を持つのは最終的に残る上位10名のみ。

 

 もっとも、正規の登塔士を志願する者などほとんど居ない。

 登塔団に在籍していたという経歴こそが重要なのだ。

 2年間でたった百人だけが手にすることの出来る、王国内の将来有望な若者という証明。

 大半の見習いは入団した時点で目的を達成しており、あとはなるべく上位の成績を目指すだけだ。

 クロードも例外ではない。

 

 入団式を終え、座学用の講堂に集められた見習いたちの前に、1人の男が姿を現した。

 眼光鋭い壮年の男は、人材斡旋所に堕した組合には不釣り合いともいえる剣呑な気配を放っている。

 

 ――今までに見た登塔士とは雰囲気が違うな。

 

 考えてもみれば、正規の登塔士とは過去に入団した見習いの、更に上位10名に含まれる者たちなのだ。

 国内で指折りの傑物が在籍していても不思議ではない。

 正規登塔士を単なる閑職くらいに考えていたクロードは、少し居住まいを正した。

 

「今後一年間、俺が貴様らの指導を務めさせてもらう。俺のことは《教官》と呼べ。名を覚える必要はない。俺も見習いの名を覚える気はない。どうせほとんどは居なくなるのだからな」

 

 その話に軽いざわめきが起きる。が、《教官》の鋭い眼光に睨まれすぐ静かになった。

 

「おい、1番。宿舎割り当ての説明は任せる」

「分かりました」

 

 1番と呼ばれた男が立ち上がり、講壇へと進んだ。

 見習い代表として式で挨拶をしていたので、その顔には見覚えがある。

 確か入団試験首席の男だ。いかにも高貴な出身といった感じの優男である。

 

 ――なるほど、成績1位だから1番か。ってことは、オレの呼び名は百番なのか?

 

 益体もないことを考えながら、クロードは1番の説明を聞いていた。

 

 

 

 

 訓練は翌日から始まった。

 座学から剣術、槍、乗馬に魔法など、様々な適正を調べるのが当面の目的らしい。

 

「迷宮探索に乗馬は関係ねえだろ……」

「正論言うなよ、()()

 

 クロードのぼやきに同期は笑いながら返す。

 ほとんどの見習いは迷宮探索など――ネームレスタワーの調査など、目的としていないのだ。

 見習いどころか、正規の登塔士ですら真面目に調査する気があるのかも怪しい。

 貴族見習いの多くは騎士として仕官するのであろうから、乗馬は最重要項目のひとつと言っても大げさではない。

 

 また、成績最下位のクロードはその存在をそこそこ認知されており、不名誉な呼び名まで定着しつつある。

 平民見習いという珍しさも手伝っているのだろう。

 そして、見習いの中で最も目立つ存在である1番は――

 

「今日から貴様の呼び名は《王子》だ」

 

 と、教官に宣言されていた。

 名前を覚える気はないが、番号呼びを続けるわけでもないらしい。

 成績順位は今後変動するのだから、考えてみれば当たり前のことだった。

 

 1番の見た目は、確かに王子様的ではある。

 だからそういう呼び名になったのかと、クロードは最初そう考えた。

 

 ところが驚いたことに彼は王位継承権第九位、本物の王族なのだという。

 教官も同期の見習いたちも、《王子》に対して他の者と変わらぬ扱いをしているが、皆どうかしている。

 彼を取り巻く貴族の子弟たちには元からの側近も混ざっているらしく、その者たちだけは、さすがに弁えた接し方をしているようだ。

 

 

 

 入団成績7位の7番は、圧倒的な強さの女性見習いだった。

 剣の技量だけでいえば、見習いの中で最高峰かもしれない。

 教官は彼女のことを《ヴァルキリー》と名付けた。

 

 端正な顔立ちに引き締まった表情は、吟遊詩人の物語にでも出てきそうな女騎士といった風情を醸し出している。

 が、女騎士という呼び名は既に他の見習いに付けられていたので、思案の末《ヴァルキリー》になったようだ。

 いい加減なものである。

 

 

 

 成績にばらつきがあるものの、一部の分野で圧倒的な知識量を有する62番の男は、《学者》と呼ばれるようになった。

 旧帝国の歴史や伝承、迷宮、魔物などについてやたらと詳しい。

 迷宮探索組合の人材としては優秀かもしれない《学者》だが、今の登塔団でその知識に意味があるのかは疑問が残る。

 

 

 

 魔法適正検査で首位の数値を叩き出した《ウィッチ》と呼ばれる少女、40番は、ハーフデックという種族だった。

 

 ハーフデックは褐色の肌に明るい色の髪が特徴で、《ウィッチ》の髪も雪のように白い。

 遠い昔に妖精の血が混ざったため、普通の人間の両親からも先祖返りで生まれることがあるという混血種族。

 とはいえ、外見がやや個性的なこと以外は普通の人間と変わりなく、どこまでが本当の話なのかは分からない。

 

 この種族の存在により、王国では褐色肌といえば明るい髪色との組み合わせが普通である。

 仮に両親が黒髪であっても、先祖返りの際には種族特徴が色濃く出るためらしい。

 そのため褐色肌に黒髪のような組み合わせは、王国には存在しないとされている。

 

 

 

 このように成績上位の者、一風変わった特技を持つ者には次々に呼び名が付いていった。

 必ずしも優秀な者ばかりとは限らないようだが、未だ番号呼びの者に比べれば、教官に覚えられているだけ見込みがあるのかもしれない。

 

 クロードはといえば、成績百番の名に違わぬ結果を晒していた。

 見習いの中でも特に優れた体躯を持ちながら、武術も馬も全くの素人なのだ。

 剣術槍術などの模擬戦では、組み合わせ運の無さもあったが見事に全敗。

 座学の成績は言うに及ばず、魔法の才能も絶望的という有り様であった。

 

 成績最下層をさまよう同期の悪友たちは口々に言う。

 

「百番お前、よく入団できたな……」

「いいガタイしてるのに武術経験無いとか勿体ねえなあ」

「まあ3月までは仲良くやろうぜ」

 

 好き放題言ってくれる。

 下位10名の足切りが最初に行われるのは3月末。

 それまでに成績90位以内に入れなければ、除名されてしまう。

 

 団が就業先の斡旋をしてくれるのは、50位以内からであると聞く。

 3月から毎月末に10人が足切りされることを考えると、最低でも8月までは除名されずに粘りたい。

 弩弓兵になれないのであれば、そもそも登塔団などに用は無いのだ。

 

 楽な仕事に就きたいという目的の割に、クロードの頭からは正規の登塔士を目指すという選択肢が抜けている。

 成績10位以内など彼には望めないので、無理からぬことではあるが。

 

 

 

 

 その日の訓練は弓術だった。

 剣術などの対人訓練と異なり的を射るだけなので、武器を自由に選ぶことが許されていた。

 弓術が得意な者が自前の弓を用いることもあり、逆に弓の苦手な者がクロスボウを使うこともある。

 

「次、百番」

 

 番号を呼ばれたクロードは、自前の得物を手に射場へと立つ。

 その手に提げられた特注の大型クロスボウに、皆がぎょっとしたような視線を向けた。

 そんなものを、まともに扱えるのか? とでも言いたげに。

 

 手慣れた動きで矢を装填し、レバーを引く。

 装填される短矢(ボルト)も通常の物より長く、そして重い。

 異様な迫力の兵器を水平に持ち上げ、的を狙う。

 

 教官の目が鋭さを増した。

 王子とヴァルキリーも、その立ち姿にはっとしたような反応を見せる。

 

 引き金が引かれ、的の中心からややずれた場所に矢が突き刺さった。

 あのような武器を使った割には上出来――

 周囲の者がそう考えるかどうかのうちに、素早い動きで次の矢が装填され二射目が放たれる。

 初撃よりも中心に近い位置。

 休む間もなく三射目。

 矢は見事に的の中心へと突き立った。

 

 ざわめくような驚きの声。

 だがこれで終わりではない。

 

 的の中心に刺さった矢が弾け飛んだ。

 ほとんどの見習いたちは何が起こったのか理解できなかった。

 第四の矢が、寸分違わず中心に命中したのだ。

 半分残った矢の残骸が再び爆ぜる。

 五本目の矢も全く同じ場所に当たっていた。

 

 何人かがクロードへと振り向く。

 普通の弓より遥かに重い兵器を抱えながら、その構えにはいささかのズレも生じていない。

 恐るべき体幹の強さだった。

 

 六本目の矢が再び中心を穿ち、ついに的は砕け散った。

 クロードはそこで射撃を止めた。

 

「着弾地点を探った最初の2発以外は必中か……」

 

 命中精度の高さに感嘆するように王子がつぶやいた。

 続けてヴァルキリーも呆れたように言う。

 

「あんな威力のクロスボウで……まるで歩く砲台だな」

 

 砕けた的を睨んでいた教官は、ゆっくりと視線をクロードへ向ける。

 

「あ……。的、壊しちゃまずかったですか?」

「――弩弓(バリスタ)

「はい?」

「貴様の名は《バリスタ》だ」

 

 そしてこの日から、クロードの呼び名は《バリスタ》となった。

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