バリスタたちが入団してから一ヶ月。
見習いとしての生活に皆が慣れ始める2月。
成績最下層組の話題も、1月末に発表された成績結果のことで持ち切りだった。
「あの成績順って、訓練や試験の結果だけじゃないよな?」
「絶対家柄とかで贔屓されてるだろ……」
「何を今更、そんなの当たり前だろ」
「他にもある気がするんだよな。組織への貢献度とか」
成績や身分だけでは、説明できないような順位の者がちらほらと居るのも事実。
学問や武術が駄目でも、功績を上げれば一発逆転の目があるのではないか。
そんな話で盛り上がっていたのである。
「アホくさ。この平和な世でなんの功績を上げるんだよ」
「バリスタは夢がねえなあ」
「そいつ、暇な仕事で楽するのが目標とかいう駄目人間だからな」
そう言って駄目人間たちはげらげらと笑った。
これでも同年代で百人という狭き門を潜ったエリートたちのはずなのだが、閉じた環境の中で底辺になってしまうと、妙な方向に染まってしまうものらしい。
バリスタの1月末の成績は97位だった。
クロスボウの腕が多少は加点になったのだろうか。
あの後普通の弓矢も射ってみるように言われたが、弓はあまり得意ではなくボロが出てしまった。
そこで減点されてしまったかもしれない。
「バリスタはこの有り様だけど、平民の見習いは基本優秀なんだよな」
「あー、確かに。平民でここ入るの苦労するだろうし」
「ヴァルキリーとかすげえもんな」
「え? あいつは貴族だろ?」
ヴァルキリーに関しては親が当代限りの元平民騎士で世襲されないため、本人は平民ということらしい。
あれだけ優秀なら、二代続けて騎士叙勲を受けることも充分有り得る。
平民見習いなのにヴェストゥルム出身ではないという、極めて珍しい例だ。
親が騎士なので身元確認が容易だからだろう。
ただの平民の場合、他所の街に戸籍があるという程度ではなんの証明にもならない。
総勢百名足らずの正規登塔士が、そんなことまで裏を取るのは不可能だからである。
家柄が確かな貴族なら相手の言い分をそのまま信用するし、貧乏貴族などであっても大物から推薦や身元保証をしてもらえば、それでなんとか通るそうだ。
ヴェストゥルム登塔団への入団を希望する貴族子弟には、各地の有力者が積極的に身元保証人となることも珍しくない。
「88番も順位的にはバリスタ側の人間だよなあ」
「88番? 誰だ?」
「誰と言われても説明しづらいな。だから88位の平民見習いだよ」
「結果発表は本名書いてあったけど、普段は番号呼びだから忘れちまうよな」
バリスタはその人物に覚えがない。
ヴァルキリーのように特殊な事情でも無い限り、平民見習いはヴェストゥルム出身のはずなのだから、今度会ったら同郷のよしみで話でもしてみようか。
その時はそう考えたのだが、次の日以降にはもう忘れてしまっていた。
正味なところ、97位から今のペースで順位を上げられたとしても早期の除名は免れない。
あまり他人のことを考える余裕が無かったのだ。
「功績、上げなきゃ駄目かなあ……」
入団を目指していた頃の勢いとは裏腹に、すっかり底辺思考に染まるバリスタであった。
*
2月のある日。
バリスタ他3名は訓練から離れ、街の北側城壁を訪れていた。
扱う者が少ない特殊武器などの訓練は、希望者のみの実施となるからだ。
教官の付き添いも無い。指導をしてくれるのは見張りの衛兵だった。
「おう、あんたらか。弩弓を使いたいっていう登塔士は」
「オレらはまだ見習いッス」
北側城門の上には旧帝時代から備え付けられているという弩弓が設置されていた。
同じものが街の城壁八方向に存在する。
これを超える性能の防衛兵器は今の王国では生産できないらしく、失われた技術のひとつに数えられていた。
外壁の内側には見張り用かあるいは射弾観測用か。遠眼鏡などという珍しい道具も併設されている。
「こいつで訓練できる時間は限られているからな。ひとり3発ずつだ」
街の周辺で唯一、人通りの少ない北方向。
バリスタは北の森で狩りをするのが日課だったため、城壁からの射撃訓練がある日時に門を通れないことは知っていた。
自分が射撃をする側に回るとは、なんとも感慨深いものがある。
城門の北、百メートルほどの位置に丸太が設置されており、それを狙って撃つ訓練のようだ。
まずは衛兵が実演してみせる。
射角、方位角をハンドルで調整してから引き金を引く。
発射された矢が丸太へと命中した。
「おっ……当たったな? まあこんな感じだ。そのまま撃っちゃ訓練にならないから、角度は戻しておくぞ」
キリキリと歯車の音を響かせながら、弩弓の角度が元に戻された。
バリスタは見ただけで射撃時の角度が正確に分かったが、今日は風が荒れているので、そのまま真似てもあまり意味は無いだろう。
振り向いて他の3人に尋ねる。
「よし、誰からやる?」
「君が適任でしょう、バリスタ」
「機械弓はお前が一番上手そうだからな、手本を見せてくれ」
「異論は無いよ」
連れのうち最初に返事をした2人は、成績優秀で弓も上手い貴族見習いだ。何度か話したこともある。
後学のため弩弓も触っておきたいとのことであった。動機からして優秀な感じだ。
最後に返事をした1人はよく覚えていない。見たことがあるような無いような。弓が上手ければバリスタの印象にも残ると思うので、多分そうではない。動機も不明。
登塔団は一応武力組織なので大柄な者が多いが、その中にあっては小さめの少年。
バリスタと並ぶとその体格差は歴然だ。年齢も一つか二つは下に見える。
――まあ、オレからすれば弩弓兵志願の競合でなけりゃなんでもいいさ。
弩弓の前に立つと、先程の射角、方位角、そして風力風向きの変化を計算して的に狙いを付ける。
「こんなもんか……」
引き金を引くと、放たれた矢は勢いよく的のそばの地面へと突き立った。
斜めに1メートルほど狙いが逸れているようである。
――思ったより威力が高いな。
バリスタが考えるよりも、風や重力の影響を受けていない。
そもそも矢とは真っ直ぐには飛ばないものではあるが、これならもう少し素直に狙いを付けてもいけるだろう。
続けての二射目で標的にぐっと近づき、三射目で丸太へと命中させる。
「おお」
「さすが!」
「ほう、上手いもんだなあ。初見とは思えん」
衛兵からも認められる腕前を見せたバリスタは後ろへ下がり、2人目、3人目の見習いも続けて試射を行うが、残念ならが的へは命中しなかった。
「練習3回だけじゃなんともいえない、と言いたいけど」
「バリスタの射撃を見た後じゃ、俺らは向いてない気がするよなあ」
彼らとて練習を重ねれば衛兵並の腕にはなると思うが、登塔団の訓練を削ってまで弩弓に拘るつもりもなさそうであった。
そして、最後の1人が試射に挑む。
角度調整に多少時間をかけていたものの、装塡から発射までの動きに淀みはなく、迷いは見られない。
矢は標的にかなり近い場所の地面を抉った。
――うん?
バリスタの初撃よりも的に近い。
後発のほうが有利といえばそうなのだが、生半な腕ではこうはいくまい。
続けての2発は命中こそしなかったが、いずれも惜しい場所だ。
的に少しずつ狙いを近付けていくバリスタの射撃とは異なり、敢えて逆側から狙うような、動的で実験的な動きにも見える。
あたかも、動く相手を想定しているかのような。
「これが機械弓か。思ったより勝手が違うな」
そのつぶやきを、バリスタは聞き逃さなかった。
クロスボウすら、ほとんど扱ったことがないかのような発言。
それでこの命中精度。
人間離れした距離感覚が、経験の少なさをカバーしているのだろうか。
――こいつ……射弾観測だけなら、もしかしたらオレよりも?
背筋を冷たい感覚が伝う。
自分が最も得意とする分野で味わう、初めての焦燥感。
その少年は、他の見習いの反応を気にすることもなく衛兵に対して交渉を始めた。
「練習回数、もう少しなんとかなりませんか?」
「うーん、今回は見学と試射の予定だけだったからな。真面目に上達したいってんなら、来週から通常訓練に参加できるよう頼もうか?」
「是非お願いします。バリスタ、君も来るだろ?」
「あ? ああ――」
名前を呼ばれたバリスタは、すまなそうに聞き返す。
「わりい……お前の名前なんだっけ?」
「88番」
未だ通称が無く、番号呼びの見習いらしかった。
いや、それよりも。
――88番? 何処かで聞いた番号だな?
88番は以前話題になった平民見習いなのだが、その話は思い出せなかった。
しかし、弩弓兵を目指すに当たっての手強い競合者として、88番の存在はバリスタの中に刻み込まれることとなった。
*
2月も終わりに近付く頃、早朝。
見習いたちは街の北側の森に集合していた。
成績下層組はそれぞれに疑問を口にする。
「なあ、この訓練はなんのためにやるんだ?」
「森での訓練なんて、迷宮探索には関係ないよなあ?」
「貴族の仕官でも関係ないが」
「貴族だって狩猟くらいするけどな。そのための訓練なのかな」
横で聞いていたバリスタは、最後の言葉に首を捻る。
狩人を生業にしていた彼にとって、森林における獲物の追跡技術が重要であることは分かる。
だが、この訓練はまるで――
「訓練用の呪符は、皆確認したな?」
その声に思考を中断させる。
教官が言っているのは、正規登塔士の魔術師たちから先程配られた、
各見習いに紐付けられ、それぞれの居場所や状況を逐一観測できる代物らしい。
「それは不正防止の意味もあるが、貴様らの安全確認のためのものだ。くれぐれもなくさぬように」
この日に行われる訓練のルールは、以下のようなものだ。
見習いたちは森林の一定範囲内で、追跡者から逃げ続ける。
追跡者は正規登塔士が務める。彼らが見習いを発見し、捕獲や殺害が可能と判定した場合、その見習いは失格となる。
実際の攻撃は互いに禁止とする。
8時間の制限時間内で、より長く逃げ続けた者ほど成績に加点される。
「どれだけ加点されるか知らないが、一発逆転のチャンスか?」
誰かがそう言った。
成績下層組は皆、似たようなことを考えたのだろう。いつになくやる気に溢れている。
バリスタも例外ではなく、「森林での追跡はオレの得意分野だ。貰ったな」などと軽口を叩いたが。
彼は失念しているのだ。
先程浮かんだ疑問。
これは狩りの訓練などではない。『狩られる側』を想定した訓練なのだと。
訓練が開始され、百名の見習いたちは銘々に森の中へと走る。
30分後には10人の追跡者が放たれる。
それまでなるべく奥地に、あるいは良い隠れ場所を確保したい。
2時間半が経過した。
見習いたちは、正規登塔士との実力差を嫌と言うほど思い知ることとなっていた。
この僅かな時間で8割――80名もの見習いが失格となったのである。
「呪符で居場所がバレてたんじゃねえの……?」
その愚痴を聞いていた教官が答える。
「呪符の情報は追跡者たちには共有されていない。これは純粋な実力勝負だ」
生き残った20人の内の1人であるバリスタは、森林内で妙な物を発見する。
「おいおい、獣用の
何故このようなものが? この試験で実際の攻撃は禁じられているはずだ。
注意深く進むと、他にもいくつかの罠を発見できた。
どの罠にも肝心の、攻撃用あるいは捕獲用の仕掛けが無い。
敵の動きを探るためだけに、それらは設置されているのだ。
既に誰かが引っ掛かった後の物も散見されるが、それらを慎重に避けて進む。
「追われる立場ってのは慣れねえなあ……」
獣の追跡は得意なバリスタなればこそ、罠の存在と狙いに気付くことは出来た。
しかしそれを十全に活かせるかどうかは、また別の話である。
開始から3時間、ついにバリスタも発見され失格となった。
4時間が経過した。
ほとんどの者は失格となり、開始地点に戻っているように見受けられる。
魔術師たちが教官と何やら話し合っていた。
教官は見習いたちの前に来て言う。
「呪符の返却と記録が終わった者は先に帰っていいぞ」
それを聞いた王子が教官に質問する。
「まだ捕まっていない見習いが居るんですね?」
「そうだ。あと1人だけだがな」
「なら、俺はここで待たせてもらいます」
「好きにしろ」
王子と側近たちの他、ヴァルキリーなど一部の上位成績者が残るようだ。
彼らのようなエリートたちにとっては、訓練で上位の結果を出す者は油断ならぬ競合者ということなのだろう。
「バリスタ、お前は帰らねーの?」
「こんな訓練で粘ってるのが、どんなヤツなのかなって」
「それは確かにちょっと気になるな。でも寒いから俺らは先帰るわ」
「ああ、またな」
悪友たちに別れを告げると、再び森林の奥へと目を向ける。
1人の人物が姿を現した。
追跡者役の正規登塔士であろう、高齢の男である。
教官から見ても目上の存在らしく、敬語で話しかけている。
「最後の見習いは見つかったのですか?」
「確かに発見はした」
なら、訓練は終了か? そうバリスタが考えると。
「発見はしたが、実戦なら俺が死んでいた。だから失格したのは俺のほうで、訓練は続行だ」
その言葉に、王子とヴァルキリーは戦慄の表情を見せた。
多くの見習いは、追跡者に発見されたと同時に射殺判定となっている。
だがルール上では、追跡者が相手の捕獲か殺害を確信した段階で初めて失格なのだ。
事実この両名はその実力から、発見と同時に失格とはされていない。
複数の追跡者に退路を塞がれ、その上での失格だった。
追跡者を始末して包囲から逃げるなど、訓練中に考えつくようなことではない。
しかも今逃げ続けている見習いは――
森林内での一対一ならば、熟練の正規登塔士よりも強いということになる。
「奴はずっと、他の見習いが掛かった罠の上を通って追っ手を撒いていた」
追跡者が既に確認済の痕跡の上を、なぞるようにしての移動。
敵の仕掛けを逆用して、盲点を突いていたということか。
「残りの追跡者で勝てますか?」
「どうだろうな……」
ふと、教官が軽い笑みを漏らす。
見慣れぬ表情に、バリスタは目の錯覚かと疑った。
老練の登塔士は呆れたように教官に問う。
「お前、奴なら期待できるとでも思ってるのか?」
「どうでしょうね……」
そして訓練開始から8時間、終了時刻。
その人影は皆に注目されつつも、何事も無かったかのように森の中から歩いてくる。
「あいつは……」
バリスタも知る顔だった。
前に出た教官がその見習いを出迎える。
「88番――いや、貴様の名は今日から《ブッシュワーカー》だな」
88番改め
けったいな呼び名が気に食わなかったのか、それとも。
「他の見習いはどうなりました?」
「全員、制限時間半分以内に失格した。貴様で最後だ」
「……そうですか」
最も優秀な成績を残したのだから、少しは嬉しそうにしても良さそうなものだが。
ブッシュワーカーは何故か残念そうな――
バリスタの目には、そう見える気がしたのだった。