ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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11月(中) 第五階層・静水の試練

 塔を出た瞬間、第四階層を連想するような熱気が伝わってきた。

 頭上の黒い空は今が夜中であることを主張しているにも拘らず、視界はどこか薄明るく、煤けた灰が風に乗って流れている。

 振り返るまでもなく、南の空が赤い。

 塔の東口からでも、その異様な色だけははっきりと見て取れた。

 

「街が……燃えている」

 

 呆然とバリスタはつぶやいた。

 地上に視線を向けると、あちこちの建物から炎が噴き上がっている。

 煙が立ちのぼり、空を染め、火の粉が風に舞っている。

 焦げた木材の匂い、生き物が焼ける臭い、そして生々しい鉄の匂いが鼻を刺した。

 

「いったい何者が、こんな真似をしたんだ!」

 

 ヴァルキリーの問いに答える者はいない。

 代わりに何処からか悲鳴が聞こえる。

 遠くの路地で、誰かが叫んでいる。

 名前を呼ぶ声、助けを求める声、何かに怒鳴る声。

 

「敵は何処に居る!?」

 

 王子は一面の惨状の中からそれを探すが、肝心の『敵』の姿は見えなかった。

 街を焼いたはずの存在も、戦いの気配も、どこにもない。

 ただ、結果だけが――焼け落ちた街、崩れた屋根、転がる影、そして赤い空だけがそこに在った。

 側近が王子に返答する。

 

「いえ……今はもう」

「退却したのか? このヴェストゥルムは難攻不落の城塞都市だ。攻めるのは容易じゃない。これだけのことを仕出かした敵を、どうやって追い払った?」

「敵は――空に居たんです」

「…………!?」

 

 王子が絶句する。

 近くで聞いているバリスタも、意味が分からなかった。

 

「黒い……真っ黒い巨大な何かが、夜空に溶け込むように……そこに浮いていたんです。星明かりが遮られていたから、初めてその存在に気付いて――」

 

 見習い登塔士の成績最上位層である精鋭中の精鋭が、震える声でそれを告げる。

 あまりにも不気味な証言に、バリスタも背筋が薄ら寒くなった。

 

「攻撃自体は、多分一瞬だったんです。もしかしたら、たった一回だったのかもしれない。雷――稲妻が空を埋め尽くして……遅れて、建物が次々に砕けて燃え上がって……登塔団の本部も、その中に――」

 

 想像を絶する話だった。

 神話で語られる、『世界の終わりの光景』を連想させられるような――

 

 ――いや、それは違う。

 

 見渡せば、燃えているのは街の南側地区だけのようだ。

 世界を終わらせるような、大げさな存在であるはずがない。

 どれほど強大に見える獲物でも、過大評価しては始まらない。

 狩人としてのバリスタの本能が、そう叫んでいる。

 そしてその気持ちは王子も同じであるらしく、自分の部下にゆっくりと語りかける。

 

「落ち着いて思い出すんだ。『それ』はどんな形をしていて、どの方角に逃げていった?」

「……………………」

「俺は王族で、君はその騎士だ。俺たちの使命は民衆を守ることであり、その矜持があるからこそ、恐れを克服することが出来る」

「……つ、翼」

「翼?」

「そう――あれは翼です! 空に居たんだから、翼で飛行する生物だったんだ! 逃げていったのは、恐らく南東の方角――」

 

 王子が振り返り、皆の視線が交差する。

 ヴァルキリーが口火を切った。

 

「翼で飛行し、雷を操るとなったら、それはもう間違いなく魔物ではないか」

「なら、ネームレスタワーの魔物なんじゃねえか?」

「迷宮の外。普通は出れない、はず」

「迷宮外で魔物が弱体化するのはその通りだね。外に出てもこれだけの力を振るえる敵、ということになる」

「そのような魔物に、心当たりはあるか?」

 

 王子の質問に、学者はその答えを示す。

 

「ネームレスタワーの迷宮支配者――西の四方竜(しほうりゅう)

 

 ――四方竜?

 

 バリスタは耳を疑った。

 その名前は知っている。

 ヴェストゥルムの住民なら、誰だって知っているのだ。

 おとぎ話に登場する塔の竜。子供をしつけるときの定番の言葉。

 

 ――『悪い子にしていると、ゼファーが来るぞ――』

 

 黒い翼に、雷を操る能力。塔の上より現れる者。

 全てが、伝え聞く特徴と一致していた。

 久しく口にしていなかったその名を今、バリスタは呼ぶ。

 

「《黒雷竜(こくらいりゅう)》――ゼファー……!」

 

 

 

 

「叔父上、ご無事でしたか! 本部が全滅と聞いたのでてっきり……」

「俺は本部にはほとんど戻っていなかったからな。同じく不在で生き残った者たちもいる」

 

 教官と再会したバリスタたちは、他の登塔士の安否を尋ねる。

 見習いは元より本部ではなく、東側地区の宿舎に泊まっているため全員が無事だった。

 正規登塔士は本部のみならず、自宅も南側地区にある富裕層の者が多いため、大部分が行方不明であるという。

 生存は絶望的と思われた。

 

「街を襲った――仮にドラゴンとするが、ドラゴンが再び戻って来る可能性もあるだろう。塔内から出てきた魔物なら尚更だ。この街は今、戦争状態にある」

 

 聞けば、8人の弩弓兵にも招集がかかったらしい。

 空を飛ぶ相手に対し、現状では弓矢か魔法くらいしか対抗手段が無い。

 ブッシュワーカーがその方法をバリスタに問う。

 

「バリスタ。もし君が弩弓兵だったなら、ドラゴンとどう戦う?」

「弩弓はそもそも曲射に向いてない。矢が重いから、上に撃ったら普通の弓矢より飛ばねえんだ。最大有効射角はせいぜい30度。それだって空の敵を落とすような運用が出来るわけじゃない。最大高点は上空60メートルで、ドラゴンが飛んでる場所は多分ずっと上。もし低空まで下がってきたとしても……降りてきたときの位置と、矢がその高点に到達する距離が一致してなけりゃ駄目。そこまで条件が揃って、やっと命中する」

 

 バリスタらしからぬ理詰めの解説だが、遠距離狙撃に関してだけは、彼に並ぶ者はいない。

 ヴァルキリーがその結論に嘆く。

 

「ほとんど不可能ってことじゃないか……」

「オレから見ても、弩弓で撃退なんて馬鹿げている。でも他に方法が無いなら仕方ない」

「あたしの魔法も。そんな高い所は、無理」

 

 悲観的な意見が場を占める。

 さしもの教官にも、疲れの色が浮かんでいた。

 

「我々はあまりにも、後手に回りすぎている。あのドラゴンが塔の魔物であるのなら、迷宮の調査がもっと進んでさえいれば……」

「今となってはもう、塔内探索などしている場合ではなくなってしまいましたね」

 

 王子のその発言を否定できる者はいない。

 元より、四層以上の探索などバリスタたちの仕事ではない。

 ヴァルキリーが憤りの言葉を吐く。

 

「ネームレスめ……私たちを足止めしたのは、竜に街を襲わせるためだったのか!」

「いえ、それはおかしいですよ。ネームレスが我々の敵対者であるとは思えません」

「何故だ? 学者」

 

 学者の異様な発言を聞き咎めた王子が、鋭い目を向けた。

 

「仮にぼくらが足止めされず、地上に戻ったからといって。ドラゴンに対して何が出来たと言うんです?」

「それは……。じゃあ、君はどう考えているんだ」

「全くの逆、ということはないですか? ネームレスは、試練達成者を竜から守るために足止めしたと」

 

 王子の眉がわずかに跳ね上がる。

 

「それではネームレスと竜が敵対していることになる。同じ場所に居るのならおかしいだろう」

「四方竜は迷宮支配者などと呼ばれていますが、実際には迷宮に封印された存在です」

「そんな話は聞いたことがない。なんで言い切れる?」

 

 意外なことに、王子は学者の言葉を明確に疑っていた。

 バリスタは学者の持つ知識が間違っているなど、考えたこともない。

 唐突な言い合いに皆が言葉を失った。

 

「四方迷宮は帝国が創ったもの。こんな危険な生物に迷宮を与えるというのがまずおかしい。ネームレスこそが竜の監視役であると考えるほうが、ずっと自然です。ぼくを疑うなら、いっそ本人に聞いてみるといい」

「……君の言う通り、ネームレス本人に聞くべきかもな。この件は」

 

 バリスタは一連のやり取りを黙って聞いていたが。

 

 ――気のせいか?

 

 王子はバリスタよりもずっと頭がいい。それは認めている。

 だが、外から客観的に眺めることで見えてくるものもある。

 学者とは比較的長い付き合いになる。普段の彼より、明らかに挑発的。

 

 バリスタ班が再び塔の上に行かざるを得ないよう、王子は学者に上手く乗せられたのではないか?

 

 他者の反応をそっと窺う。

 教官がこの言い合いを止める様子はない。

 ヴァルキリーとウィッチの意見も、塔の調査に傾きかけている。

 迷宮バカであるブッシュワーカーは、元より望むところなのだろう。

 

 バリスタたちが地上で竜を迎え撃ったところで、出来ることはほぼ無いのだ。

 あきらめて付き合うより、他に無いようだった。

 

 

 

 

 わずかな仮眠を経て、時は11月の末日。

 一行が第四階層に向かうも、ネームレスからの言葉は無い。

 王子は皆に意見を募る。

 

「どうすれば、ネームレスを引っ張り出せると思う?」

「新しい試練に挑めば、また説明を始めてくれるんじゃないかな」

 

 ブッシュワーカーは壁の螺旋階段を指して事も無げに言った。

 素直に賛成する気分にはとてもなれないが、さりとて代案も思いつかず。

 バリスタたちは第五階層へと向かう。

 

 

 

 

 階段を上りきると、空気の質ががらりと変わった。

 焦げた岩肌も、焼けつく熱気も、既に過去の幻だったかのように遠い。

 そこにあったのは、静寂の水に包まれた円形の広間。

 床の大半は薄く水に覆われており、足を踏み込むたび、わずかな波紋が広がっていく。

 

 壁面は滑らかな石で形作られており、ところどころに装飾が彫られている。

 高くそびえる天井からは迷宮石の光がいくつも降り注ぎ、その光が水面に反射して、空間全体が揺らめく水鏡のように揺れていた。

 

「ここも階層全部、ブチ抜きなのかよ」

 

 他に四層と異なるのは、次の階層に向かう階段が何処にも見当たらない点か。

 

「迷路。作るの途中で飽きちゃった、のかなあ……」

 

 ウィッチが投げやりな感想を口にした。

 ネームレスの印象からいえば、その可能性も否定しきれない。

 

『今度は思ったより、早くやって来たか』

 

 例の声が響き、かすかに水面を揺らしたように見えた。

 

『では、第五の試練を――』

「待て! 俺たちは試練など受けに来たわけじゃないぞ!」

 

 王子はもはや、怒りの感情を隠しもしない。

 相手の姿が見えていれば、剣を抜きかねない勢いだ。

 

『そうか。なら(わらわ)(なんじ)らに用など無い。さらばじゃ』

「…………貴様!」

「待った。ネームレス」

 

 両者の間に割って入ったのは、ブッシュワーカーだった。

 この局面にあっても、彼の声は落ち着き払っている。

 

「それならこうしようか。僕らの話を聞いてくれるなら、対価として試練を受けよう」

『生意気にも妾と取り引きしようと抜かすか。……汝、面白いヤツじゃのう』

「じゃあ、誰が質問する?」

 

 ネームレスの返事すら待たず、ブッシュワーカーはさっさと話を進めていた。

 

 ――なんでそんなに、自信満々なんだよ……。

 

 攻撃的な感情を抑えられないままでは、ネームレスから情報を聞き出せない。

 それを悟った王子は、ヴァルキリーに視線を向けた。

 

「……頼めるか?」

 

 ヴァルキリーは頷くが、彼女も割と激情的な性格のように思えてならない。

 正直なところ、自分とウィッチは適任ではないとバリスタは考える。

 王子は学者の意見を疑っているのだから、学者に頼むこともない。

 よって消去法でヴァルキリー。

 

 ――というかブッシュワーカーの奴、なんで自分で聞かねえんだよ!

 

 もしかするとブッシュワーカーの興味は試練だけであり、ネームレスの情報はどうでもいいなどと、そう考えているのではあるまいか。

 いやまさか。いくらあの迷宮バカでも、さすがにそんなはずはない――

 とは言い切れない不安が、バリスタの中にはあった。

 

「……では聞くが、街を襲ったドラゴンは、ネームレスタワーの迷宮支配者なのか?」

『そうじゃ』

「あなたとドラゴンの関係は?」

『竜の封印を行う者を、選定するのが妾の役目』

 

 王子とヴァルキリーが息を呑む。

 その言葉を信じるならば、学者の主張と一致する。

 

「何故、あの竜が出てきた?」

『封印はもう限界じゃったからの』

「事前に知らせてくれれば! あのような被害を出すことは!」

『付け上がるなたわけが。元は人間どもが始めたこと。妾にそこまでしてやる義理などないわ』

 

 やはりヴァルキリーは激情を抑え切れなかった。

 あまりにも気が短い。

 情報収集もここまでだろうか。

 

 ――いや、待てよ?

 

 本当に情報収集は大切なのか。

 今、真に求められているのはドラゴンから街を守ることではないか。

 ネームレスは竜を封印する者を選ぶと言った。

 

 ――なら、試練はそのために?

 

 バリスタはブッシュワーカーを見る。

 彼は最初から、()()()()()()()()()この場へやって来ているのだ。

 

『それに、事前に避難などしたところで無駄じゃ。西方迷宮のセトラーズであるこの街の民を、ゼファーが逃がすわけがない。あれはどこまでも追ってゆくぞ。今も帝都を探し続けているように』

「セトラーズ……?」

 

 誰ともなくつぶやいた疑問に、しかし答える者はいない。

 代わりに、ブッシュワーカーが話を引き継いだ。

 

「つまりヴェストゥルムの住民は竜にとって生贄であると? 追跡能力に優れるというゼファーの特徴を考えれば、生贄を塔に閉じ込める必要すらないわけか」

『元の事情は少し違う。ここは大陸の東西をつなぐ要衝ゆえ、戦争には事欠かなかった。黒雷竜が飛び立つまでもなく、多くの命を吸い上げることは造作もなかったのじゃ』

「竜を封じるのに、生贄が必要だったのか? もしや他の四方迷宮も?」

 

 王子が思わず声を出した。

 その疑問に学者が答える。

 

「セトラーズというのはグレートクラック発祥の言葉らしく、西方迷宮でそれに当て嵌まる者は……やはり、この街の住民ということになるのでしょうね」

「人々を生贄にして……それで竜を封じたと言うのか!」

『何度も言わせるな、王家の者よ。それを始めたのはその人類自身じゃ』

 

 ネームレスの言葉に学者は溜息をついた。

 

「少し突き放しすぎではありませんか? セトラーズは単なる生贄ではないでしょう。竜に対抗し得る存在もまた、セトラーズであるはずです」

『そこまで知っておるなら、何故わざわざ妾に聞くんじゃ。汝が説明すればよかろうに』

「誰が言ったのかが重要なこともあるんですよ。人の世では」

 

 今のは彼なりの皮肉であろうか。

 学者は意外といい性格をしている、というのがバリスタの密かな評である。

 

「それより、さっき気になることを言っていたよね。ゼファーは帝都を探しているって。具体的には、何処を探しているのかな?」

 

 ブッシュワーカーの発言に、皆がはっとなる。

 ドラゴン――すなわち黒雷竜ゼファーの行方を知る重要な手掛かりだ。

 

「帝都。もう無い、よねえ?」

 

 ウィッチの言葉に、王子の顔が蒼くなった。

 

「ま、まさか王都か!?」

 

 今の王都は昔に帝都であった場所である。

 城下街をゼファーが襲えば、どれだけの犠牲者が出るか。

 また王家に何かあれば国の混乱につながり、間接的な被害も激増するだろう。

 

「その割に、飛び去ったのは南東なんだよね。証言も多いしそこは間違いなさそうだ。王都はここから真東でしょ?」

「それは正確な方角が分からなかっただけ、ではないのか?」

 

 ヴァルキリーの言葉を、ブッシュワーカーは首を横に振って否定する。

 

「黒雷竜の追跡能力がその程度なら、むしろ楽な相手といえる。帝国は過去に『遷都』を行っている。つまりゼファーは、昔の帝都を探しているんだ」

『であろうな。その場合は何も見つけられずに、さっさと引き返してくるじゃろうて』

「やっぱりそうなるんだ……」

 

 何が「やっぱり」なのか。

 帝国がかつて遷都――都を移したという話は、歴史の講義で聞いた覚えがある。

 昔の帝都が今の時代ではどの場所に当たるのか、バリスタには分からなかった。

 ネームレスの言う、「さっさと引き返してくる」という情報のほうが重要だろう。

 

「竜がすぐ引き返してくるのなら、早く地上に戻って知らせねば!」

「待つんだヴァルキリー。それは皆覚悟の上だから今知らせても大差はない。それより竜の封印について教えてくれ、ネームレス」

『ほう、ようやくその気になったか。王家の者よ。ならば――』

 

 姿こそ見えないが、ネームレスが笑みを浮かべたようにも感じられる声色だった。

 

『――これより、第五の試練を開始する』

 

 その声と同時に――

 バリスタの視界から、仲間たちの姿が全て消え去った。

 

 

 

 

 周りに見える風景は、先ほどまでと全く変わらない。

 ただ、そこに居たはずの人間だけが何処にも居ない。

 

『そう恐れずともよい。試練は全員個別に受けてもらっておる』

「うおっ!?」

『汝、さっきからほとんど喋っておらぬな。ただの付き添いか?』

 

 こんな得体の知れぬ相手と腹の探り合いをするなど、どう考えてもバリスタ向きの仕事ではない。

 ゆえに黙っていただけだ。

 1人でネームレスと対話するのは、バリスタにとって非常に厳しい状況かもしれなかった。

 

『この試練ではある選択をしてもらう。第五階層を通過し、黒雷竜と対峙するのに最も相応しいと思える者を、1人だけ選ぶがよい。自薦でも構わぬ』

「え?」

 

 ――そんなことでいいのか?

 

 悩むまでもない。

 そんなもの、答えは分かりきっている。

 

『言わずともよい。汝の本心は水の中にある』

 

 光の反射によって水鏡のように揺らめく空間に、やがて一つの人影が浮かび上がった。

 

『水の試練により汝の本音は分かった。次は建前を聞こうか』

「いや順番が逆では……」

『ときには本音より大事な建前もあろう』

 

 そういうものだろうか。

 国家に仕える騎士などであれば、そうなのかもしれない。

 王子と側近のやり取りを思い出し、そう考える。

 

「本音も建前もない。ブッシュワーカーが最強なんだから、それ以外はあり得ねえ」

『具体的な理由もなく、ただ実力者というだけでブッシュワーカーを選ぶか。汝、無難なヤツじゃのう』

「最近よく言われる……」

 

 

 

 

 気付けば、全員が元の位置に立っていた。

 

『さて、結果発表といこうか。汝ら6名のうち、5人までがブッシュワーカーを選んだ』

 

 何人かの声が、微かに漏れ聞こえる。

 ブッシュワーカーが選ばれることに不思議はない。あと1人は誰だ?

 

『残る1人が選んだのは、バリスタじゃ』

 

 ――は?

 

 またも声が漏れ聞こえた。「え?」とか「うん?」とかそんな反応である。

 それはそうだろう。バリスタ自身もそう思う。

 

「バリスタ、自信過剰。ちょっと、引く」

「自薦したわけじゃねえよ!?」

「バリスタを選んだのは僕だ」

 

 ――ブッシュワーカー!?

 

『これは面白い結果じゃのう。満場一致で選ばれるような実力者が、他の者を推薦するとは』

「何故、バリスタなんだ?」

 

 どうせなら自分を選んでほしかったと、そう顔に書いてあるヴァルキリーが声を上げた。

 ブッシュワーカーは何も答えない。顎に手を当て、少し考え事をしているように見えた。

 代わりに学者が意見を述べる。

 

「黒雷竜に挑むべき者ですが……。まず、ぼくは論外。もう理屈や知識が通用するような場面ではありません。ドラゴンは人類が立ち向かえるような相手じゃない。だから剣や魔法に優れているだけでは駄目なんです。『竜殺しの魔剣』でもあれば、あるいはヴァルキリーならゼファーと戦えたかもしれませんが……。吟遊詩人の物語じゃあるまいし、そんな都合の良いものが存在するはずはありません。無いんですよ、絶対に」

 

 王子は今度こそ学者の意見を慎重に咀嚼し、感想を口にする。

 

「確かにそうだ……実力だけではどうにもならない。それは分かったが、ならどうしてバリスタを?」

「バリスタなら、何かやってくれそうな気がするじゃないですか」

「……………………」

 

 いつも明快な理屈を述べる学者が、急に雑な発言を返した。

 つまり、彼にもバリスタを選ぶ理由が分かっていない。

 王子も察したようで、それ以上何も言わない。

 

 そのとき、ブッシュワーカーはようやく顔を上げてバリスタを見た。

 

「君が――この街の出身だからだよ」

 

 全員が、その言葉に耳を傾ける。

 

「他は全員、余所者だ。もちろん僕を含めて」

 

 本当に今さらの話なのだが。

 ブッシュワーカーがこの街出身ではないことが、初めて明言される。

 

「この中に、事態を収めたい、人々を助けたい。そう願う者は居るだろう。でも――」

 

 そうだ。王子を始めとして、それが皆の願いであるはずだ。

 

「ヴェストゥルムの街を燃やし、人々を殺した竜を。黒雷竜を倒すことこそが目的だと、そう本音で願う者は居るだろうか」

 

 ――ん?

 

 それはどう違うのか。同じことではないのか。手段が目的化しているとか、そういうことだろうか。

 

「君だけなんだよ、バリスタ。竜と戦うつもりでいるのは」

 

 正直よく分からない。

 本当にそうであるなら、本音を引き出す水鏡はバリスタ自身を映したはずではないか?

 仲間たちは、バリスタ当人を差し置いて何を納得しかけたような顔を晒しているのか。

 いや、そんなことよりも。

 この流れでは、黒雷竜と戦う役目がバリスタ自身に回ってきてしまうではないか。

 

『よかろう。汝ら2名、いずれも第五試練の達成を認める』

「ちょ、待っ――――」

 

 言い終わる間もなく、バリスタとブッシュワーカーの姿は、第五階層から掻き消えた。

 試練のときの錯覚とは違う。

 本当にこの場から居なくなってしまったのだ。

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