ダンジョンセトラーズ   作:高橋五鹿

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最終話 ブッシュワーカー

「バリスタ。最後の一撃、何故当てられた? 先読みなんて話じゃ済まないんだけど」

「あいつの心と、同化するような感覚があった……」

「君は竜と対話したのか?」

「対……話?」

 

 ――対話と呼べるようなものなのか、あれは?

 

 バリスタは竜の記憶を見ただけだ。

 それともあれは、()()()()()のか?

 ならば、そこには竜の意思というものが介在し、バリスタはそれに応えたと言えなくもない。

 

「よく分からない。過去の竜の視線の先――その中心にはブッシュワーカー、何故かお前が居たんだが」

「なら、君が見たのはゼファーの記憶じゃない。四方竜は全て、『ひとつの竜』でもある――」

『ブッシュワーカーよ。汝の約束は確かに果たされた。今度は妾が対価を支払う番じゃ』

 

 振り返れば、ネームレスはいつもの曖昧な表情でこちらを見ている。

 表情だけでなく存在までもが曖昧で、そのまま空気に溶けてなくなりそうなほど気配が薄い。

 

「そうだね。それじゃ、僕はもう行くよ」

「対価……? 何言ってんだ。お前、もしかして1人だけお宝を――」

『そんなものはない。試練達成に対する対価は本来なら竜殺兵器。だがこやつが求めたのは『四方迷宮の扉』。竜の封印という結果を条件として、妾はそれを承諾したのじゃ』

 

 ――分からん……。

 

「結局お前は何が目的なんだ、分かるように言ってくれよ」

「四方竜はその名の通り4体いるわけだけど、1体だけどうしても居場所が分からなくてね。なにしろゼファーですら見つけられずに戻ってきたくらいの場所だ。四方迷宮の扉を使うこと以外に、そこに行く方法を思いつけなかった」

「じゃあお前は黒雷竜だけでなく……他の四方竜まで?」

『そういうことじゃろ。扉が消える前にさっさと使うがよい。では、さらばじゃ』

 

 そう言い残し、ネームレスの姿は霞むように消えていった。

 代わりにブッシュワーカーの周囲には光の粒子が煌めき、あたかも扉のような枠を形成している。

 

「よこしまな願いじゃなかったんだな……オレはてっきり」

「僕をなんだと思ってるのさ」

 

 ブッシュワーカーは年相応な笑顔を浮かべた後、扉の奥へと身体を向け歩を進める。

 バリスタはそれを呼び止めるように――

 

「ご、誤解しないでくれ。オレは確かにお前を怪しく思ってはいたが……」

「皆まで言わなくていいよ。善悪だとか倫理だとか、たとえ互いの価値観が対立していたとしても――」

 

 ブッシュワーカーは振り返って言う。

 

「僕たちは一年間を共に戦った友であり仲間だ。そうだろう、()()()()

 

 竜が打倒された今、名無しの登塔士(ネームレス)である必要性も消え――

 最後にバリスタの本名を呼んで、彼の姿は掻き消えた。

 四方迷宮の扉は閉じられ、光の残滓と共にその形は見えなくなった。

 

「馬鹿野郎、まだオレが返事をしてないだろうが……()()()

 

 その友の名――ブッシュワーカーの本名をつぶやく声は、塔の上空に溶け消えていく。

 バリスタはしばし、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 登塔団仮設本部。

 自身の執務室にて、教官は来客を迎えていた。

 

「どうした、学者?」

「今後のことで、報告に参りました」

「俺の前ではもう、演技は必要ないぞ」

「そうですか……なら、そうさせてもらいやすぜ」

 

 学者は部屋の中央にある長椅子にどっかりと腰を下ろすと、足を組み背もたれに肘をかける。

 教官は特に気にすることもなく、報告の続きを促した。

 

「今回の仕事、迷宮攻略に必要なメンバーを揃えるのが一番苦労したところでね。なにしろ塔を登りたがってるヤツが全然いない。これで四方迷宮探索組合の一角とは、呆れてものも言えやせんぜ」

「耳の痛い話だ。三層試練で足踏みさえしていなければ、上層へは俺が行きたいくらいだったがな」

「まあ、それは仕方ありやせん。あっしだって、三層の門番が樹人の魔物と知ってりゃ逃げ出したかったくらいでさ」

「貴公にも苦手な魔物が?」

 

 意外そうに教官は聞いた。

 学者は心底嫌そうな顔で――

 

「とんでもない数の樹人に襲われたことがありやしてね。アレはあっしの生涯で、最悪の敵でしたぜ。まあ、その話はいいでやしょう。王子、ヴァルキリー、ウィッチは予想通り上手く働いてくれやした」

「バリスタの活躍は貴公にも想定外だったと?」

「ですぜ。当初は弓矢以外からっきし、でやしたからね。鍛えておくよう頼まれたんで、面倒は見やしたが」

 

 バリスタを迷宮攻略に起用した者といえば――

 彼について尋ねる前に、もうひとつ訊きたいことがあった。

 

「貴公が化けている元となった、本物の《学者》は?」

「そんなヤツ、この時代には最初から存在しませんぜ。ベルーア様の推薦ってだけで、ロクに身許も確認しないで通っちまったんでさ」

 

 学者の出身地とされているのは北方辺境の小領地で、ライシュタットと王都間の道中にある街だ。

 道すがらベルーアが根回しを済ませておいたものとみえる。

 

「貴公と審査側、どちらが杜撰(ずさん)なのか分からん話だな」

「モリアの旦那だって、出身の街まで調べられたわけでなし。似たようなもんでさ」

 

 学者はブッシュワーカーの本名を出した。

 彼こそがバリスタの才能を見いだし、今回の結末を導いた立役者ともいえる。

 

 教官が名付けた彼の呼び名の由来について、王子は何やら勘違いをしていたようだが。

 ブッシュワーカーとは『森を切り開く者』という意味でもある。

 ライシュタット開拓者組合の代表に相応しい呼び名といえた。

 

 もっとも、北方迷宮セプテントリオンの存在が未だ公にされていない今、王子が彼の正体を推測するなど無理筋ではあった。

 いずれ王国からの命で、登塔団からも北方への調査隊が派遣される手筈になっていたのだ。

 しかし今や団は半壊状態。ヴェストゥルムの街もそれどころではない。

 

「ブッシュワーカーか。彼は何故、塔の頂上に連れていく者をバリスタにしたんだ?」

「さあ? あの旦那の考えることは、あっしにも理解が及ばないんで」

 

 竜殺兵器の正体が弩弓(バリスタ)に用いる矢であったことを、まるで最初から知っていたかのような采配だ。

 本当に分からないのか、それともとぼけているのか。

 ブッシュワーカー本人か、あるいはベルーアの機密に関することなのかもしれない。

 いずれにせよ、この話を続けるべきではないようだ。

 教官は話題を変えた。

 

「ところでシェイド殿。ベルーア卿から伝説の忍びを助っ人に寄越すと言われたときは、何かの符牒かと思っていた。まさか本物が送り込まれてくるとは、想像もしなかったからな」

 

 ご冗談を、と忍びの者は返す。

 

「あっしはただの、複製品(ニセモノ)ですぜ」

 

 

 

 

 

 季節は巡り、春。

 バリスタは黒雷竜を仕留めた功績による加点で、見習い期間を首席の成績で終えていた。

 

 昨年11月末における、見習い登塔士の除名は行われなかった。

 それどころではなかったのだ。

 12月は正規登塔士も見習いもなく、誰もが忙しく働いた。

 

 ブッシュワーカーが欠けて19人となった見習いのうち、見習い期間の終了を待たずして、誰にも別れを告げることなく学者が姿を消した。

 教官からは、家の事情で急ぎ帰郷する必要があるため、との説明が為されている。

 

 だが、バリスタにはもう見当が付いていた。

 学者はブッシュワーカーと同じ目的で入団していたのであり、恐らくは共犯者だったのだと。

 今にして思えば、2人の間には不自然なほど会話が無かった。

 

 残る見習い18名は、今年1月から全員が正規の登塔士に就任。王子は元から登塔団の現状を是正するため、将来の幹部候補として入団していたらしい。

 バリスタは登塔士になる気など無かったのだが、王子直々に説得されては断り切ることが出来ず。弩弓兵との兼任で構わないと言われたこともあり、渋々引き受けることになってしまった。

 

 そう。バリスタはこの年、ヴェストゥルムを守護する8人の正射手の1人に選ばれている。

 高齢で引退する弩弓兵がいたため、満場一致でその空席に迎えられたのだ。

 

 登塔団の新たな団長には、教官が就任した。

 来年以降の新規入団希望は激減が予想される。黒雷竜はもう居ないから安全なのだと伝えても、そう信用できるものではない。訓練や試験の方針も大幅に変更しなければならなかった。

 

 これで本当に平和になるのかは分からない。

 あのブッシュワーカーは、残る竜を探して今も旅を続けているのだろう。

 バリスタ自身、弩弓兵だけでなく登塔士としての仕事もあるために、楽をして生きるという目標からは程遠い。

 西の竜殺者(ドラゴンスレイヤー)である彼は、今やヴェストゥルム登塔団の象徴的存在だ。

 

 城壁の弩弓――その座席に腰掛けながら、バリスタはぼやく。

 

「どうしてこうなった……」

 

 振り返って見上げる視線の先――

 天にそびえるネームレスタワーからは、当然なんの返事もなく。

 その塔はただ、街の中央から世界を見渡すのみである。

 

 

 

  ネームレスタワー  ~完~

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