「はぁー、暇どす」
大江山の中腹にある大洞窟。その中に酒呑童子一派の拠点はあった。その洞窟の大きさは入り口に比例せず、体育館が丸ごと入るようなものであった。
そこが大広間となって、何十もの部屋と通路があり、その最奥に酒呑童子の部屋があった。
「宿儺はんも呪物になってしもうて、都の猿どもは活気づいておるし、なんやら阿部の阿保が覗き見してくるわで、嫌んなるわなぁ…
はぁ鬱陶し」
その最奥の部屋では、都からかっぱらってきた畳の上に寝っ転がりながら寛いでいる酒呑童子の姿があった。
洞窟内で、灯りの類は畳の近くの机にある蝋燭一本しかないというのに部屋の中は十分に明るい。
その部屋で酒盛りをして、彼女は暇を潰していた。
「酒は好きやけど…、こうも退屈やとやんなるわなぁ。子分どもに京から酒の肴とってこさせよか。干し柿とかええなぁ。後で伝えときましょ」
まだ見ぬ酒の肴を妄想しながら酒を飲むというよくわからない行為をしていると、不意に部屋の中に日本人形のような少女が現れた。
ただし目のところは墨で塗り潰したかのように真っ黒であり、恐怖心を煽るような姿であるのだが。
「酒呑童子様、大広間デ茨木童子様ガ御呼ビデ御座イマス」
「はぁ?ほんで要件はなんなのや」
「イエ、伺ッテオリマセン。タダ早ク来イトバカリ」
酒呑童子の居室内に入ってきた者が、茨木童子からの伝言を伝えにきた。
それを聞きすぐさま酒呑童子の機嫌は急降下した。
なぜならここの大江山にいる約二百の呪霊の棟梁は酒呑童子であるからだ。棟梁である理由は一番強いから。
本来ならば格下の茨木童子が酒呑童子の元へと来るべきところであるが、今回はその逆。新参者の茨木童子ではあるが、強さと狡猾さから短い期間で幹部へと上がっている。
それが言っているのだからよっぽどの緊急事態なのかと思い苛つきながらも、畳で寝転んでシワがついた服を少しばかり整えてから入り口へと歩き出す。
「座敷童子、茨木童子に『今から向かう、待っておれ』と伝えし」
「分カリマシタ、伝テオキマス」
伝言を頼むとすぐに日本人形のような者、もとい座敷童子は消えていった。
ここ、大江山の酒呑童子の大洞穴にいるのは『座敷童子』。彼女の術式は『拠点内での空間支配、及び加護』である。洞窟の中の空間を支配して拡張し、光を取り入れ、拠点内限定ではあるが瞬間移動が可能というなかなか強い術式である。しかし『家と住人』を必要条件とするため単独では行動しにくく、そのためこの一派の中に入っていた。
その術式が幸いし、この一派の中ではかなり高めの位置にいる。
この一派の活動においてなくてはならない存在となっているわけであるが、座敷童子を使いっ走りにするようなものはこの一派にはいない。
そのため緊急事態だと考え、足早に向かっていた。
そしてその剛脚を持ってしてかなり早く到着する。
「どしたん?茨木」
「おぉ!来よったか、酒呑童子!」
大広間に着いてすぐに茨木童子の姿を見つけた彼女は、大勢の呪霊に囲まれている茨木童子に話しかける。
茨木童子はこの一派の中でも大柄であり身長は七尺と少し。新参者であるが十分に強い。人間と見間違われることもたまにあるが、その眼光だけでも人を射殺せるようなものなので姿を見ると人々は大抵逃げ出す。
そんな茨木童子の酒呑童子への対応は無作法なもので、棟梁と呼ばぬばかりか、『様』や『殿』などの敬称すら付けていない。
一度締めようかと思いもしたが、理性でそれを押し留める。
何が起こったのかと酒呑童子は思い、周囲を見渡した。
しかし都の猿どもの襲来の気配や身の程知らずの呪霊も居ない。なんのようだと茨木童子に話しかけると、予想外の答えが返ってきた。
「いや、何。こやつらを御主に見せようと思ってな。こやつらは新入りであってな、まだ御主を見たことがないのだ。ほれ、手下ども、この方が
「「「おぉ〜!!」」」
「これがあの酒呑童子か…」
「ちっこいなぁァァ」
「…」
ただただ不快。
ただ不快だ。
酒呑童子の心中はそれで埋め尽くされた。敬称も、「うちのことは棟梁と呼びんしゃい」とこの一派に入る際言っておくように伝達してある。こいつらは猿なのか?
茨木童子が「酒呑童子」と呼んでいるのはまだいい。コイツはこの一派の中でも幹部に位置している。しかしこの木端どもがなぜ軽々しく名を呼んでいるのか。
彼女の苛つきは止まらない。
(そもそもうちは「従え」とも言っていないから、顔合わせもやる必要もないどす。…新入りがある程度溜まってきたら、定例会はしはりますが。それに下卑た目。気色悪いどすわぁ…。後あんたの手下じゃのうて、うちの子分や。
最後に。今、の守護者やて?)
「続かんとでも思てはるんかね…?」
小声で呟くが大勢の呪霊がいる中、気づかれることはなく、そのまま茨木童子の話が始まった。
「いやぁ、こいつらは優秀でございましてな!私が直々に都から連れてきた呪いどもです。術式も強力なものばかり!今後は私の手足となって活躍してくれるとのこと!
酒呑童子様も安心なさってくださりませ!
代わりにこの私が大江山をお守りいたしましょう!体がか弱き主君殿はお休みくだされば!」
癪に障る。
最近は楽しくないどころか、安倍のやつの盗み見の警戒もしているため酒呑童子の機嫌は最悪であった。
そこにこの態度。茨木童子は酒呑童子の尾を踏んだ。
「ほぉーん、そか。そんじゃあ頑張りなされな。あぁそれと、都に行く時は案内人は連れていっとき?道に迷うたらあきまへんから」
一先ずは煽ってみた。
子供扱いされた一同は呪力が溢れる。
そんな中、ダルマのような顔をした大猿が前に出てきた。
「おイ、小娘!さっきカラ聞いテいればアカンなぁ!?」
その大猿の体毛は刀のような光沢を放っている。おそらくは硬化の術式とかその辺りだろう。
茨木童子にいいところを見せようと、すでに術式を展開している。
その茨木童子も止めようとはせず、ニヤニヤしている。ついでに周りの呪霊も周りを囲み始めた。
酒呑童子の呪力感知によれば、目の前の大猿はこの取り巻き内でも上の下ほどの実力。この大猿よりも上が茨木童子を除き四体ほど、この場には残っていた。
「ハン!棟梁とカ言ってイルけどヨォ!随分弱そうジャアねえか!茨木童子様に任せテあんたは引き篭モッテいた方がいいンジャねえかぁ!?
イヤ、俺らのお酌してモラワんとダメだったナァ!!
グハハハハハハッ!」
周りの呪霊たちも大笑いしている。茨木童子は諌めはしているが止めようとはしていない。
しかも少し薄ら笑いしている。
酒呑童子は大きなため息を吐きながら、言った。
「はぁ、戦う自信ないならひとまずお仲間と一緒にかかってきたらどうどすか?
あぁ、なるほど。堪忍なぁ。できんこと勧めて。本当堪忍や」
カラカラと笑いながら、盛大に煽り散らかす。
すると酒呑童子の予想どおりに目の前の大猿がかかってきた。大猿はその巨腕を振りかぶって酒呑童子にかかってきた。
「黙って聞いテリゃあシャアシャアと!!シネやぁ!!」
更に巨腕を硬化させ、巨岩なような姿となって叩き潰そうとした。
しかしそれをひらりと避け、酒呑童子は腕の内側へと入り、細い腕を大猿の胸に突き立てた。
そのまま大猿の体内から心臓を取り出す。
「ふうん、いい色やね。血は味ないけんど…、ここだけは褒めてもいいええで。ああ、でも死んだら消えてまうからなぁ。まぁ来世でなぁ、きばんなさいや」
酒呑童子は妖艶に頬についた紫色の血を舐め取りながら、何が起こったかわからず突ったている大猿を見上げた。
大猿は何が起きたのかやっと理解し、ゆっくりと手を伸ばしながら小さな声でつぶやいた。
「ア、あぁ?お、俺、のしんぞ、う?か、カカ、返、セセs、ぇぇぇ…」
そのまま大猿は地面に倒れこみ、白い煙となって消失した。胸から抜き取った心臓も、抜き取った際に飛び散った紫色の血液も消え去った。
「自信の割には…、そこそこどすなぁ。せめて強さ分かるようになってから来んさい。潰すのもけったいわ」
ため息を吐きながら大猿が倒れ込んだ部分を見下ろしていると、取り巻きの中から二体の呪霊が現れてきた。
「よくも遠蓋をォ!!」
「ルアアアァァァ!!」
人型で袴を着ているが頭が真っ黒な呪霊と、四つの目・蛇の尻尾を持った大狼が今度は襲いかかってきた。
先ほどの大猿よりも強く、大狼に関しては木端の中では一番強い。
しかしながら。
「ヌウンッ!!…は?」
真っ黒呪霊の術式で膨れ上がった拳を宙に飛び上がって避け、そのまま拳の上へと着地した。
右足を軸に、左足を真っ黒呪霊の頭に直撃させる。
古びた人形のように真っ黒呪霊の首は飛んでってしまい、頭部は洞窟の壁面に激突し、肉体は一瞬で消失した。
真っ黒呪霊にとっては幸いだろう。何せ先ほどの大猿と比べ痛みは一瞬だったのだから。
「グルォォォォ!!」
背後から大狼が牙を立てて向かってくる。酒呑童子はその早さから加速の術式と算段をつけたが、ほとんど関係ない、と判断した。
この程度の速さなら楽勝である、と。
「お座りッ!!」
「ギャイン!!」
背後に迫っていた大狼の鼻部分を掴み、そのまま地面へと叩きつける。
地面はその衝撃で蜘蛛の巣状にひび割れ、大狼の血液が飛び散った。酒呑童子は大狼の毛を掴み持ち上げると。
「ほうれ、取ってきんしゃい!!」
茨木童子へと投げつけた。
「ゴバッ」
その細い、しかし力の詰まり切った腕から放たれた投球ならぬ投狼は、茨木童子によけることすら許さず腹部に直撃した。
残りの呪霊は茨木童子の介抱を始めるか、酒呑童子に怯えるかで向かってくるようなものはいない。
「掃除終わりやなぁ。…はぁつまらんかった」
大きなため息をついて手を払う。酒呑童子は腹部に傷を負っている恐怖と怒り、警戒が混ざった目を向けてきた茨木童子を見下す。
「うちの座を奪おうと頑張るんはいいけんど…、その程度で狙うんはやめえや。そもそもアンタの前で一度も戦ってのうだけで、『か弱い』て決めつけんやめとき。呪力隠蔽くらい見破れや。
挑むんやったらせめて複雑な拡張術式とか極ノ番、領域展開、特殊な呪具でも持って来んさい。話にならへんわ」
残った残党に話しかけながら、そのまま寝室の方へと戻ろうとする。
するとまたもや座敷童子がどこからともなく現れた。
「あーもう!今度はなんや!虎熊が酔い潰れおったか?!もしくは虎童子と星熊が喧嘩しおったかぁ?!それか金童子が寝室壊しもうたかぁ?!うちの機嫌がいいうちに早う言いなはれ!!」
「ソ、ソレガ…」
機嫌が悪く、押さえていた呪力が全身から溢れ出ている酒呑童子に座敷童子が怯える。
座敷童子は相応の格を持っているが、先ほどまで酒呑童子の周囲を囲んでいた木端の呪霊どもは怯え切っており、動けないでいた。
しかし酒呑童子は予想したものではなく、嬉しい吉報であった。
「隣山ノ方カラ六名ノ客人ガ参リマシタ。ソレト酒ヤ食物ナドノ土産モ持ッテイルヨウデス」
「…はえ?」
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茨木童子:「俺らの都から連れてきた呪霊の内、頼れる五体の仲間たちを紹介するぜ!」
大猿:「硬化の術式だ!元々は岩山にいる猿への恐怖と岩崩れの恐怖が合わさって生まれたぞ!戦い方はフィジカルゴリ押し!鋼鉄よりも硬いぞ!」
真っ黒野郎:「影の術式だ!不審なものへの恐怖から生まれたぜ!今回は自身の肉体を影と解釈して、その影を肥大化させた!その肉体は変幻自在だ!」
大狼:「ルオオォォン!アウ、アオーン!ガウ、ガァァァァ!」
(加速の術式!食料を奪い、人民を殺し、田畑を荒らす『得体の知れない何か』への恐怖から生まれたぜ!単なる速度だけじゃなく、思考速度から反射神経速度、果てには呪力回復速度から術式構築速度まで加速できるぞ!更に黒閃も経験済み!)
茨木童子:「皆であのメスガキを倒すぞ!」
三呪霊「「「おおぉー!(ルオオォォン!)」」」
残りの強い呪霊×二:「え?アレに挑むの?。…ちょっと体調悪いんで、俺ら挑戦はしないっす。え、恩賞?あー、自分らはいらないんで。頑張ってください。健闘を祈っています。ハイ」
今回は藤原道長の俳句から。
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