意識が暗転して、再び浮かび上がる。
開けた視界の先に在ったのは、見覚えのない部屋だった。自分を取り囲むように机が並べられており、そこには研究者らしき人物が座っている。物々しいその光景にウルは一瞬怯むが、隣から聞こえてきた少女の声で全てに納得した。
「……で~、ここは」
栗色の髪を揺らし、古めかしい魔女帽を被った小人の少女が、大量の学者たちに物怖じすることも無くはきはきと喋っている。
(次は、リーネなのか)
ここが夢の中だからなのかはわからないが、ウルはすんなりと状況を飲み込むことができた。
先程アカネと共に暮らしたという状況の夢を見たのと同じように、次はリーネの横に立っている。そういう事なのだろう。
「以上になります。質問がある方は?」
「一つ、宜しいでしょうか。不躾な質問になるんですが……」
「どうぞ」
手を挙げた研究者の視線が、ウルに向けられる。
「そちらの方は?」
「俺は」
ウルが口を開きかけるが、それをリーネが片手で遮る。
そして、背筋を伸ばしてそれに返答した。
「彼はウル。私の助手です」
◆
「疲れてない?ウル」
「勿論、疲れてる」
「でしょうね」
プラウディアの冒険者ギルド程では無いにしろ、そこそこいい作りの廊下を歩きながらウルは溜息をついた。
迷宮に潜った時や天賢王に謁見したときともまた違う、好機と知識欲に晒される疲れ。経験が無い訳でもないが、慣れている訳では無い。肩にずっしりと圧し掛かるような疲れは、夢の中であっても健在だった。
「申し訳ないけれど、まだ付き合ってもらうわよ。次は魔術学園の……」
リーネの口からつらつらとあふれ出てくる予定の数々に、ウルは頭が痛くなった。
詰められている、とかそういう話ですらなく、予定の中に予定が入っているような入れ子構造に近い。人間にも限界はあるだろう。
「そんな顔しないで。これから休むために今日詰め込んだのよ?」
「んで、休みはいつに?」
「三日後、かしら」
「さいで」
諦めてそう返答した。
きっと自分には余り関係ない話だろう。そんな風に思いながらふと隣を見ると、激務の中にあるというのにリーネの頬は緩んでいるように見えた。
「嬉しそうだな」
「当り前でしょう。白王陣の素晴らしさを大衆に知らしめられる機会なのよ?」
「そうだったな」
彼女は、ずっとブレていないのだった。
だが、一つ息を吐くと、遠くを見つめる様な眼差しでウルの目を見た。
「こうなるなんて、思っても見なかったわ。落ちこぼれ、なんて言われてたのはまだ覚えてるのに」
「……」
まだ、耳馴染みのあるその罵倒。
学園で過ごしていた時からあまり時間も経っていないというのに、自分は白王陣と共に随分と高いところまできた。そこに自分の努力があった、というのは自惚れではなく、自覚としてリーネは認識している。しかし、アカネと出会ったことによるブレイクスルーや、ウーガでの一見は、リーネの知名度、実力とその両方に大きく影響を与えている。そして、それを自分にめぐり合わせてくれたのは──
「感謝してるわ、ウル」
「そーかよ」
「燻ぶってくれてた私を拾ってくれた時から、ずっと」
「……どうした?急に」
疑問に思ったウルが質問するが、リーネも特に理由があるわけではない様だった。
きょとん、と僅かに首を傾げた後、訥々と話し始める。
「言っておかないといけない気がしたから、かしら。今ウルと会えている内に」
使命感、と呼ぶべきなのかもしれない衝動に突き動かされ、リーネは口を動かした。
ウルが口ごもる。折角だから言おうとしたことがあったはずなのに、何も出てこなかった。
友人として、一行の仲間として、彼女の事を信頼している。だからこそ、ここで何も言ってはいけない気がした。感謝は、後悔は、正面から伝えなければ。夢に逃げているようでは、リーネに笑われてしまうだろう。
「どうかした?」
再び見つめ返してきたリーネの瞳を見て、ウルは頭を振る。
「エシェルと、仲良くしてやれよ」
「勿論でしょ?あの子は、私の友達なんだから」
ぴた、とウルは立ち止まって、歩く方向を変える。リーネとは、逆向きに。
それを眺めて、リーネは目を伏せた。
「あ、最後に」
「どうかした?」
微笑んで、ウルは言った。
「エシェルが寝てる時に白王陣の知識を突っ込むのだけは止めてやって欲しい」
「……随分難しいこと言うわね」