そこには、二つの輝きがあった。
一つは人の形をした黄金。剣のような七つの輝きを背中に携え、金色と緋色の剣を抱えたまま眠りについている。
人でありながら、人ならざるものと化した友人に対して、ウルは目を細めた。
「ほんと、無茶苦茶しやがって」
考えれば、全ては彼女から始まったんだと言ってもいい。
世界に起こる災厄に首を突っ込むことになったのは、誰であろうディズが元凶だ。折角だから少し口でも言ってやろうかと思ったが、ウルの口からは何も出てはこなかった。
確かに、彼女の所為だ。
だが、ウルはディズに感謝していた。何度も命を救われたし、妹の友人になってくれた。そして、勇者としてイスラリアを守り続けた──いいや、守り続けている。今も、眠り続けているウルよりも高い場所で。そんな彼女を、どうやって恨めばいいのだろうか。安らかに眠るディズを目の前に、ウルはそう思った。
『約束を守ってくれてありがとう』
死地に赴く前、ディズはそう言った。
古ぼけた孤児院、埃っぽい倉庫の中で紡がれた、二人の口約束。ディズの手からアカネを守り切ると、そう約束した。結果から言えば、それは果たされたのだ。戦いの、冒険の発端であるアカネを巡った契約は、無事満了した。
「そう、だよな」
ウルは竜と一体化し、歪んだ手を握りなおす。
そして、もう一つの輝きへと目を移した。
「シズク」
それは、竜だった。
白銀の巨躯を持ち、空を覆いつくすほどの翼を丸めて、眠っていた。七つの瞳は閉じられたままだ。人理を越えた怪物であるはずなのに、ぼんやりと眠りにつく姿に、ウルは人間としてのシズクの面影を重ねてしまった。
彼女は、ディズとは正反対だと言えるのかもしれない。
旅の始まりにて元凶だったディズ、そして、旅の終着点にて黒幕と成ったシズク。そう考えれば、つくづく女運が悪かった。
『貴方との契約を破って御免なさい。どうか幸いであってください』
イスラリアを焦土にしようとしているというのに、彼女はそう伝えた。
世界の終わりの中、契約は満了されること無く破棄された。彼女の側からそれを突きつけられれば、ウルにもうできることはない。
「──そう、だよな」
ウルは自分の目を覆う。
そこには、混沌を掌握する運命の力が眠っていた。
かくして、ウルの旅路の目的は消失した。
どちらの契約も、異なる形で終わりを告げた……
だが。いいや、だからこそ。
「知ったこっちゃないよな。【
その呼びかけに答えたのは魔眼か、それとも。
どちらにせよ、目の前に広がった運命をウルは掌握していく。先ず、天使のような風貌だったディズから光が消えていく。
次に、竜と化したシズクが人に戻っていく。
「契約は終わった。その通りだ」
でも。
この先起こるであろう、世界を賭けた決戦に。二人の少女に、数多の人間が恨みと、願いと、惨めったらしい他力本願を籠めるイカれた戦争に、何もしないなんて選択肢はない。
「理由は、もう必要じゃないんだ」
俺がそうしたいから。我が、そうしろと叫んでいるから。
『我によって荒野を拓き、徳によって道を得よ』
ザインの言葉が胸中で反響する。
彼に与えられた道徳で、ウルは多くのものを得た。だから、あとは進むだけなんだ。徳によってできた、我の道を。
「だから、待ってろ」
ディズが、笑ったような気がした。
シズクの顔は、未だ見えそうにない。
◆
景色が移り変わる。
真っ黒な、太陽がそこにはあった。そして、よく見れば、その向こうに小さな光がある。
少年にも、少女にも、大陸にも見えるその光。ウルは何故か、その光がイスラリアで在ると確信した。
「宣告/ごめんなさい」
それは、ただ叫ぶ。
自分の無力を喘ぐように、ウルに救ってくれと縋りつくように。
彼女は、淡々と言葉を告げて、その裏で幼子のように泣き叫ぶ。
お父さんの命令を守れなかったと。ごめんなさいと。
「【
「【
「……はは」
ウルは、小さく笑みをこぼす。
それは諦めのようで、自嘲のようで。けれど、歩き出す。
「だから、俺の事なんだと思ってんだよ……」
まぁ、どうだっていい。
終焉災害でもなく、権力も持ってはいない。この世界の終焉に於いて、余りにも凡庸で、無力な少年がウルだった。
でも、だからこそ彼は駆ける。
勇者の、邪神の、仲間の、ついでに魔王の頭をぶん殴ってやらないと気が済まない。終わる世界を前にのんびりしていられるほど、背負った荷物は軽くない。だから。
ウルの前には道があった。
それは、灰色の道。ウルが関わってきた人たちの「色」が混ざり合って、真っ黒になる。その中に、明日への希望と、生への執着という白をかき混ぜて、出来たのが灰色だった。黒にはなれず、白にも成れず。だからこそ、その混沌の中に運命はある。
故に灰の英雄。故に、【灰の王】。
かくして少年は、灰色の明日を夢見る。