please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
雨が降っている。
曇天の空から降り注ぐ雨水は体に付着した血を洗い流し、傷の中に染み込んでいく。ノイズのように騒ぎ立てる雨音は頭の中を掻き乱し、消耗した精神をさらに削り取る。
こんな言い方をすれば、きっと雨が嫌いなのだろうと思われてしまいそうだが、別段そういうわけでもない。むしろ雨は好きな方だ。何もかもが眩しく見えてしまう晴れの日に比べれば、雨の日は幾分か気楽でいられる。では、何故今こんなにも雨を邪険にしてしまっているのかといえば、それはきっと目の前に広がる光景に起因するのだろう。
辺りに転がる死体。死体。死体。ざっと数を数えれば、およそ15。死体といってもソレらは人間ではなく、『アラガミ』と称される異形の生命体であった。
極東に伝わる八百万の神々になぞらえ、アラガミ。
ソレはいつからか発生し増殖したオラクル細胞という、万物を捕喰する特性を持つ単細胞生物が寄り集まり形成された生物であった。その脅威はただ捕喰することのみならず、捕喰対象から学習を行なってしまうというところにある。
学習というのが具体的にどのようなことかは実話で説明するのが最も手っ取り早い。初期に出現したアラガミには、銃弾が有効だったという。だが銃弾を捕喰し学習したアラガミは、銃弾に対する耐性を持ち銃弾を複製する。そうして進化を繰り返したアラガミは、人類の天敵となったのだ。
そんなバケモノに対して生化学企業『フェンリル』は一つの対抗手段を作り上げた。それは対アラガミ用の特殊生体兵器『神機』。アラガミのオラクル細胞同士の結合を裂き喰らうことを目的として造られた兵器で、その効果は絶大であった。しかし神機は人為的に調整されたとはいえ、あくまでアラガミ。ただの人間が扱えばアラガミを喰らう前に使い手が喰われてしまう。
そこで生まれたのが神を喰らう者『ゴッドイーター』。アラガミは自身を構成するオラクル細胞同士が共食いしないための偏食因子を持っているのだが、ゴッドイーターは神機に対応する偏食因子を体内に取り込むことによって神機を扱うことが出来るようになる。
アラガミに対する有効な手段を手にした人類は反撃に打って出て、ついにアラガミ撲滅への算段を立てることができたのだ!!…とはならなかった。そこにアラガミの持つもう一つの厄介な特性が壁となっていたのだ。
それは、アラガミには完全な死が存在しないということ。確かにアラガミには司令塔と呼ぶべきコアが存在し、それを破壊あるいは摘出することで当該個体は霧散する。しかし霧散したオラクル細胞はいずれ他のコアを中心にして復活してしまうのだ。つまり、地球からオラクル細胞を消滅させることは不可能とされている。
完全にどん詰まりな世界。それが、俺の生きる世界だった。
『——てくだ………応答……さい!…ヤナギさん‼︎』
耳に取り付けられたインカムから聴き慣れた女性の声が、酷いノイズと共に鼓膜を打った。最後にはっきり聴こえた名は自分を指していた。ふと腕時計を見ると、デジタルパネルは砕けて一切の数字も表示されていない。無線通信の向こう側にいる彼女の様子からして、どうやら俺は任務終了予定時刻を大きく超過してしまっていたようだった。
「…こちらヤナギ。任務完了」
『ヤナギさん‼︎ご無事ですか⁉︎お怪我は‼︎』
インカムに手を当て返事をすると、オペレーターの声が先程より数段大きく、そしてはっきりと聴こえた。どうやら回線が安定したようで、ノイズも殆ど目立たなくなっている。
「怪我の方は大丈夫。これから帰投するから、α地点に車を回して」
『………わかりました。帰ってきたら、しっかり説明させてもらいますからね…』
ブツッと通信の切れる音がして、以降彼女の声がインカムから流れることはなかった。果たして帰投した後に待つのは俺からの報告か、彼女からの説教か。俺は小さくため息をついて頭を軽く引っ掻いた。
「さて…」
右手に握る、この忌々しい武器を支えにして立ち上がる。散々アラガミがいかに恐ろしい存在かを語ったが、コレを手にしていると被害者面も出来なくなる。果たしてアラガミと俺との間にある違いは何だろうか。いや、そもそも違いはあるのか。そんな無意味な問いが脳裏を過ぎった。
雨はまだ、降っている。