please kill me 〜第零試験部隊〜 作:カゲさん
ゴッドイーターがあらかたアナグラに戻っている夜、いつもは騒々しいはずの食堂が妙に静けさに包まれていた。
人の多さに普段との差異はない。しかし誰も彼もがどこか下を向いている。理由は明白。今日の昼間、1人のゴッドイーターが死んだのだ。噂はすぐに知れ渡っていた。
確かにゴッドイーターが死ぬこと自体珍しいことではない。しかし、だからといって誰も気にしないなんてことにはならない。昨日まで当たり前に同じ場所にいた戦友が死ぬことは誰にとってもショックなことだ。
そして、中でも1番ショックを受けている者が目に映る。
1人ぽつんと椅子に座り、支給された食事を心ここに在らずの状態でただ見つめ続けていた。彼女らしい笑顔と陽気さはそこになく、冷たく沈んだ姿だけがあった。
「アキ」
あまりの様子に居た堪れなくなって思わず声をかけてしまった。
「…………あ、ヤナギさん」
ゆっくりと、弱々しくこちらを見上げたアキの顔は深い闇に落とされたかのようだったが、その目から生気は失われていない。絶望こそすれ、呑まれ折れたわけではなさそうだ。
「聞いたよ。大変だったね」
隣の椅子に腰掛けながら話を切り出す。わざわざ詳細を言わずとも良い。
「……………目の前で、人が死ぬのは初めてでした…」
「…そっか」
ゴッドイーターが当たり前に死ぬように、一般民も当然死ぬ。いかに対アラガミ装甲壁に囲まれていようと奴らは時折それを突破して人々を襲う。だが、目の前で死ぬのはあまり見ることはない。何故なら、それを見た者は次の瞬間には大抵既に死んでいるからだ。
「エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。一昨年入隊した優秀なゴッドイーターだった。フェンリルの傘下企業のフォーゲルヴァイデ財閥の御曹司でね。言ってしまえば、別に神機使いなんてならなくても裕福に生きていける地位にいたんだ」
俺はアキに対して彼の話を始めた。どんな人で、どんな経験をし、どんな決意を秘めていたか。
「ボンボンってことで上から生意気にモノ言ってきたりトイレ詰まらせて清掃員困らせたりって、結構手間のかかる奴で最初は色んな人から煙たがられていたみたいでね」
実際俺に対しても初対面の時「君が例の葬儀屋クンかい?僕のような華麗さには程遠いけど、その仕事は尊敬に値するんだろうね」なんて言ってきたもんだから、何様のつもりだと多少ムカついた思い出がある。
「でも、暫くすれば彼は皆から好かれるようになった。確かに言い方は癪に触るけど、エリックは上に立つ者としての責任を常に感じてたみたいだし腕前も優秀だった。実際新人ながら多くの人を守った実績がある。…それに、彼がゴッドイーターになった理由は妹の為だった」
エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。彼の妹は療養のため欧州から極東まで父親と共に来ており、病弱な彼女を守るためにエリックはゴッドイーターとなった。
「狙ったわけじゃないんだろうけど、エリナが色んな人にそんな話をするもんだから、結果としてエリックの評価が上がったってわけ」
エリナはよくエントランスやラウンジなどに顔を出す。きっと敬愛する兄の死には酷くショックを受けるだろう。もう二度と顔を出すこともなくなるかもしれない。
「そんな義理人情のある奴でも死ぬ時は簡単に死ぬ。それはアキもわかったと思う」
あの時ああしていれば。なんて後悔は尽きない。それは良くわかる。本当に良くわかる。だが、そこで止まることだけは駄目だ。それだけは許されない。
「君はここで終わる?もう神機を振るうのはやめるかい?」
だが許さないのは俺じゃない。駄目だと突きつけるのは俺じゃない。リンドウでも、サクヤでもない。
「アキがどう選択しても尊重するよ。ゴッドイーターじゃないと出来ないことがあれば、ゴッドイーター以外じゃないと出来ないこともある。選択権は君にある。その先で手伝えることがあるなら協力しよう」
ゴッドイーターは必要とされる。だが強要するべきではない。やりたくもない仕事を他人にやらせるのは甚だ残酷なことだ。可能ならそうはさせたくない。
「……いいえ、私はゴッドイーターです」
暫しの沈黙の末、彼女は慎重な様子で言葉を発した。
「それは後悔しないかい?今後の人生を決める大きな選択だからね。もう一度聞くよ。君は何者になりたいの?」
「何度問われても同じ答えです。それに、なりたいわけじゃありません。私はもう、ゴッドイーターです」
悲嘆はある。装ってはいるが隠しきれていない。だが、暮れてはいない。その目には確固たる決意があった。遺志を継ぐ者の目だ。
「……うん、確かに君はゴッドイーターの顔をしている」
人々の為にアラガミを狩る守護者らしい立派な表情だ。
「それじゃあまたね。次の任務も頑張って」
そう言い残して俺はその場から立ち去る。背中に投げかけられた感謝の言葉に対して軽く手だけ振って応えた。
「よっ。元気かヤナギ」
そうして食堂から出ると、すぐそばでリンドウが壁に寄りかかって立っていた。
「メシまだだよな。奢ってやるよ」
「……部屋の冷蔵庫にまだ残り物あるからそれ食べるつもりだったんだけど」
「そう遠慮すんなって。隊長同士のよしみじゃねえか」
何言ってんだこいつは。と露骨に表情で示してみると、リンドウは罰の悪そうな顔で頭を引っ掻いた、
「まあなんだ。上官としてあいつに何か言ってやろうと思ったんだが、うまい言葉が見つかりそうになくてな。お前がいてくれて助かった」
つまり、代わりに話をしてくれたお礼をということらしい。こっちとしては見てられなくてお節介を焼いただけなのだが、言ったところでだ。
「…そういうことなら、まあ、いいけど……カッコつけて出てきた手前、今から食堂入るのちょっとダサくない?」
「細けえなぁお前…じゃあアレだ。ラウンジの方で食おうぜ。ちょうど配給ビールも2つあるからな」
「未成年飲酒はだめだよ」
「…ほんと細けえなぁ」
「リッカに怒られるからね」
ビールは飲まないが飯はしっかり奢ってもらおうと今度こそその場を離れようとした時、またしても呼び止められる。
「いた!ヤナギ!」
元気のいい声で、緑がかった銀色の髪を揺らす少女が前から走ってくる。そして俺の目の前で止まると、ズレてしまったトレードマークの白い帽子を被り直しながらこちらを見上げた。何も知らされていない、無邪気な顔で。
「エリックを知らない?もう任務から戻ってるはずなんだけど、探してもどこにもいないの」
「……エリナ」
エリックの妹、エリナ。彼女はまだエリックが死んだことを知らされていないらしい。彼女が兄を心から慕っているのは知っている。そんな幼い少女にいきなり訃報を告げることは誰にもできなかったのだろう。…あるいは。
「ヤナギは知ってる?お父様も怖い顔してどこかに行っちゃったし、皆エリックがどこにいるか知らないって言うの」
きっとエリナの父親は今回の件で忙しくしているのだろう。息子を亡くしたと同時に跡継ぎを亡くしたのだ。心身共に沈んでいるはずだ。
「ごめん、俺も知らないんだ。よかったら一緒に探すかい?」
「うーん、わかった。今回だけ特別よ?」
「ありがとう。リンドウ、悪いんだけどそういうわけだから…」
エリナを優先してリンドウの誘いを断ろうと振り向くと、少し険しい顔をしてこちらを見ていた。
「ヤナギお前………いや」
何かを言うか言うまいかを迷っていたようだが、リンドウは誤魔化すようにいつもの飄々とした顔に戻って俺たちを送り出した。
「今度会った時は奢らせてくれよ」
「その時はお願いするよ。それじゃあ」
俺はエリナの手を取り、行き先を決めて歩き出す。幼い子と手を繋いで歩くことに始めは違和感を覚えていたが、今となってはこうして歩くのにも慣れたものだ。
最近知ったことなのだが、ただ手を繋いで歩くのではなくエスコートするようにして歩くとエリナの機嫌は良くなる。そこはさすがお嬢様といったところだろうか。
「どこに向かっているの?」
俺が迷いなく進んでエレベーターに乗り込みボタンを押したところでエリナが首を傾げる。俺は彼女の方は向かず、移り変わる階数を示すモニターを眺めながら答えた。
「神機整備室」
鈴の音と共にエレベーターは動きを止め扉が開かれる。
「ねぇ、ここって私が来てもいい場所なの?」
彼女が目にしたのは、ズラリと物々しく並ぶ神機の数々。ここは極東支部のゴッドイーターが出撃時に訪れる神機保管庫であった。
ここにある神機は保管装置にはめられ容易に触れられないようになっているが、柄や刀身銃身に触れようとすれば触れることができる。故に関係者以外の立ち入りは許されず、エリナのような子であれば特に禁止される区域である。だが、今回はどうしても訪れる必要があった。
「特別にね。こっちだよ」
保管庫自体に用があるわけじゃない。俺は再びエリナの手を取って部屋の端にある扉の方へと向かう。そこが俺のよく訪れる神機整備室だ。
「リッカいる?」
「ヤナギ、ちょうどよかった。そこにある工具箱……あれ、エリナちゃん。どうしたのこんなところに?」
「俺が連れてきた。工具箱ってこれ?」
「あ、うん。ありがとう」
リッカは現状を掴みきれていない様子だったが、部屋のラックに立てかけられたブラスト銃身の神機が目に入ってハッとする。
「ここにもエリックはいないけど……もしかしてリッカさんが知っているの?」
そして彼女の言葉を聞いて表情を歪ませた。
「エリナ、こっち」
俺はリッカを隠すように間に入り、エリナに対して例の神機を指示す。
「これって……エリックの神機?」
彼の神機は無傷の綺麗な状態で置かれていた。リッカが直したわけではない。ここへ送られた時点でこの状態だったらしい。神機で対応することすらできなかった、不意打ちによる即死。神機の状態がその悲劇を物語っていた。
「無事に帰ってきたのは、この神機だけだ」
そう告げた途端、エリナの表情が固まった。
「……な、なにを言ってるの?それじゃあまるで、エリックは…」
「帰ってこられなかったんだ。今日の任務で、エリックは死んだ」
「嘘よ!!!」
エリナのその小さな体から出たとは思えない程の慟哭が整備室で反響する。
「いくらヤナギだって、そんな冗談は絶対許さない!」
「冗談じゃない。エリナのお父さんも、今エリックを亡くしたから対応に追われて姿が見えないんだ」
「ッ!」
耐えかねて部屋から飛び出そうとするエリナの手を掴んで制止する。当然振り解こうとしてくるが、さすがに負けるわけがない。
「エリナ、聞くんだ」
辛いだろう。苦しいだろう。耳を塞いで引きこもってしまいたいだろう。だがこれは受け止めなければならない問題だ。受け止め、立ち上がらなければならないものだ。ここで折れてしまうことを、この件に関しては俺が許さない。
「エリックは死んでしまったんだ。回収はされたが治療は不可能だった。この事実は覆しようがない。これが現実なんだ」
「……嫌…イヤよ…」
エリックと話すようになって少ししてからエリナと知り合った。交流はそれなりにあり、エリナが強い女の子だということはよく知っている。それくらいはわかっているつもりだ。
きっとそんな彼女のことだから、時間が経てばちゃんと受け止めることも出来るんだろう。最初は「いつか帰ってくる」なんて虚しい希望を抱きつつも、暫くすれば叶わぬ願いだということを自覚できるはずだ。
だが、そこに気づくまでの間はどうだろう。結果が良ければ過程はどうでもいいのだろうか。
俺はそうは思わない。数日か、数週か数ヶ月かはわからないが、人生においてその時間は無意に過ごしてはならない時間だ。多感な子供時代なら余計にだ。
受け入れられるなら、今すぐがいい。
希望にしがみついた空虚な顔は見たくない。
「エリナ、本当に逃げていいのか?君は誰だ。答えてみろ。自分が誰なのかを名乗ってみろ」
「……え、エリナ。エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ…」
「そうだ、エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。君はフォーゲルヴァイデの令嬢だ。華麗に生き、華麗に戦う。君の兄はその信条のもとで上に立つ者としての責務を全うしていた。君はその妹だ」
抵抗しなくなったエリナの腕から一度手を離し、膝をついてから彼女の小さな肩に優しく手を置く。
「これからどう生きるかは、自分で決めることだ。だが決して目を背けてはならない。兄の信条を同じく貫くかは、自分で決めることだ。だが、どちらにせよ背負わなければならないものだ」
エリックと同じ目をした少女をじっと見返す。
「家族の死は辛いだろう。受け止めるのは難しい。だが、君はそれが出来るはず。なにせ、君はエリックの妹だ」
少女は大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべ、微かにこくりと頷く。
「エリックは妹を守る為に戦った。それはエリナ、君が前を向いて笑い、健やかに生きて欲しいと願ったからだ。少なくとも、それだけでもわかって欲しい」
ポロポロと涙を頬伝いに落とし、嗚咽をこぼしながらも、エリナは口を開く。
「…じゃっ……じゃあ………ほ、ほんとう…に、エリック……は…」
「あぁ、もう帰ってこない。俺も守ることができなかった。本当にすまない」
「っ……エリッ………ク……」
小さな体を細かく震わせるエリナをそっと抱きしめると、少女は限界を迎えたように大声を出して泣き始めた。大切な尊敬する兄の死をひたすらに嘆く声が整備室でわんわんと反響し、止めどなく流れる涙が肩を濡らす。
泣いてもいい。今も、そして後になっても、死を悼み涙を流すのは間違ったことじゃない。そして、しっかりと立ち直る力を彼女は有している。きっと、もう大丈夫だ。
◆
それから数十分ほどが経ちエリナも落ち着き、泣き疲れてソファで眠りについた頃、整備室に少し場違いな高価なスーツを着込んだ銀髪の男性が訪れた。しっかりした身なりから裕福な人であるのは見て取れるが、その表情からは疲弊したように覇気が感じられない。
彼はエリナの、つまりはエリックの父親だ。俺がついさっきヒバリを通して連絡をとり、来てもらったのだ。
「お久しぶりです、フォーゲルヴァイデさん。エリックの件、お悔やみ申し上げます。また、同じゴッドイーターとして彼を救うことが出来ず、本当に申し訳ありませんでした」
俺はそう言って深く頭を下げた。
今回俺はエリックと同じ任務にはついておらず、正直に言えば俺にはどうすることもできなかった。だが、どうしても考えてしまう。もし同じ任務なら、あるいは近くの戦闘地域にいれば。救うことは叶わずとも、最後を看取ることは出来たかもしれない。
「久しぶりだねヤナギ君。…息子のことは君の責任ではない。あいつもその覚悟はあったはずだ。……全く、だからゴッドイーターなんて辞めてしまえとあれほど………あ、いや失礼。君たちを侮辱するつもりはないんだ」
「…彼は志も能力も非常に優秀でした。同じ任務に就いたことが数度ありましたので、これは間違いありません」
「……ありがとう。君の話は息子からも、そして娘からもよく聞いていた。君のように強く優しいゴッドイーターになりたいと、よく言っていた…」
俺が極東支部内でまともに話が出来るのはリンドウ、サクヤ、そしてエリックだけだった。最近はなかなか顔を合わせることがなく、言葉を交わせなかったのが本当に悔やまれる。
「エリナのことも、本当にありがたく思っている。今回のことも……私では時間に任せることしかできなかっただろう。改めて、ありがとう」
「俺も、エリックは勿論エリナにもとても助けられています。任務上、他のゴッドイーターと交流を持つことは避けていることが多いので」
「……そうか、それはよかった。君が良ければなのだが、またエリナと遊んでやってくれないか。娘は君のことを、2人目の兄のように話すのでね」
「それはこちらとしても是非お願いします。…あとエリックの葬儀にも、出席させて頂きます」
「あぁ、きっとアイツも喜ぶだろう」
彼はふぅ、と溜息を吐き顔を上げる。すると何かを見つけたように目を僅かに開く。その視線の先に気付いた俺はエリナのそばで大人しくしているリッカに視線を向けた。彼女は、それで察して前へ出る。
「フォーゲルヴァイデさん、初めまして。整備士の楠リッカです。エリック君の神機、見ていかれますか?これから保管庫に移すので、これが最後の機会になるかもしれません」
「……あぁ、是非お願いする」
リッカは彼をエリックの神機の方へ導く。フォーゲルヴァイデさんはその赤い神機を暫く眺めた後、先程より大きな溜息を吐いた。
「エリック君は神機をとても大切に扱っていて、いつも整備には手間がかかりませんでした。…今回も、殆ど修理などはありませんでした」
「…………そうか…」
彼は幾分か眺めた後、神機に背を向けエリナを抱き上げると、別れを告げて整備室を去ろうとした。
けれどふと扉の前で立ち止まり、暫く思案するように止まった後こちらへ振り向く。
「これは言うべきなのか少し迷ったのだが、息子の言葉を聞いてくれるか」
「なんでしょう?」
「『もし死ぬとしたら、僕はヤナギに殺して欲しい。』……アイツはそう言っていた」
「……………そうですか。ありがとうございます」
彼は頭を下げ、扉から静かに出て行った。その背中はどこか小さく見え、大人としてのプライドの中に確かな悲しさがあった。